Determination Decade   作:黒田雄一

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第八話 謎は増え続ける

「――ただいま」

 

 日が落ちる頃――

 士、紗夜、日菜は写真館に戻ってきた。

 

「まずは背景ロールがある奥の部屋だな」

 

 士と紗夜がせっせと奥の部屋へ歩く。日菜はのんびりと周囲を見渡しながら二人の後を追う。

 

「私たちが別世界へ来た原因は、おそらくこの背景にあります」

 

 奥の部屋に着いた三人。紗夜は、背景ロールに手を触れる。

 

「……悪趣味な絵だな」

「そう? あたしはいいと思うけどなー?」

「誰がこれを描いたのか、気になりますね」

「他にもありそうだよね?」

 

 日菜は背景ロールの隣にある紐を引いて、背景を切り替えようとする。

 

「んぅ! ……あれ? んぅ!!」

 

 日菜は何度も紐を引くのだが、絵はビクともしなかった。

 

「おっかしいなぁ……お姉ちゃんの時は絵に触れただけで落ちてきたのに……」

「――なるほど、その絵が別世界への移動手段であれば、この世界で何かを成し遂げないと移動できないってことか」

 

 士はライダーカードを見ながら言う。

 

「そのカード、使い物にならなくなったんですか?」

「いや、また使えるようになるはずだ。そんな気がする」

 

 士はカードをしまいながら、部屋を抜ける。

 紗夜と日菜は自然と彼の後を追う。

 

「次はここだな。恐らく普通のリビングだと思うが」

 

 士は隣の部屋へ入る。

 その部屋は、リビングとダイニングキッチンが一緒になった広々とした部屋だった。

 

「……普通だな」

「普通ですね」

「ここに関しては俺の記憶にある部屋と変わらん。ひとまず別の部屋を当たるか。次は二階だな」

 

 士と紗夜は部屋を抜けようとする。だが、日菜はなぜかキッチンの棚を漁っていた。

 

「……日菜?」

「ちょっと気になるものがあって」

 

 日菜は棚から白いマグカップを八つも取り出し、テーブルに並べる。

 

「何をやって――これは……!?」

 

 紗夜は余計なことをする日菜を叱ろうとするが、マグカップの表面を目にした瞬間背筋が凍り、その場で硬直する。

 その様子が気になった士は、マグカップの前まで歩いて確認する。

 

「……なんだこりゃ?」

 

 白いマグカップの表面に、それぞれひらがなで人の名前が書かれていた。

 

 

 つかさ

 

 さよ

 

 ひな

 

 だいき

 

 はると

 

 りんこ

 

 かずみ

 

 あや

 

 

「…………」

 

 殆ど知っている人の名前であったことに、紗夜は恐怖を感じた。

 それと同時に、名前の中に『はると』があったことに疑問を抱く。

 

(『はると』……あの時いた、操真晴人のことなのかしら? 私と日菜、司の他に白金さんと丸山さん? 残りの『だいき』と『かずみ』は誰なのかしら? そもそも、どうしてこんなものが――)

 

 紗夜は考えながら、無意識の内に自分の名前が書かれたマグカップを手に取る。

 

「っ!?」

 

 その瞬間――謎の記憶がフラッシュバックする――

 

 

 

   ◆

 

 

 

「「「「「「「「いただきまーす!」」」」」」」」

 

 八人の男女がダイニングで食事を取ろうとしていた。

 しかし、食事と言うには貧相で、ご飯とツナ缶だけだった。

 

「……流石に飽きてきたなぁ」

 

 日菜がもぐもぐ食べながらも、この食事に不満を告げる。

 

「日菜、わがまま言わない」

 

 紗夜が子供を躾けるように言う。

 

「えぇ! でもそろそろ別のもの食べたいよぉー! 彩ちゃんもそう思うよね?」

「えっ、えっと……」

 

 少し長いピンクの髪を肩にかけた彩が、返事に困って目を泳がせる。

 そんな彼女に対し、茶色のジャンパーを身に纏った男が笑顔で口を開く。

 

「あやたん、欲しいものがあったら何でも言っていいんだぞ……この猿渡(さわたり)一海(かずみ)、二十九歳独身があなたのために命をかけ――いてッ!」

 

 彼の前に座っていた黒髪の青年が、男――一海の片耳を引っ張る。

 

「なにすんだよ大根!」

 

 一海は彩に見せた笑顔が嘘のように、青年の手を解いて鋭い目線を向ける。

 

「いや、ただムカついただけ」

「それだけでかよ!」

「それと僕の名前は大樹(だいき)だ。ちゃんと覚えたまえ」

「大根も変わらないだろ!」

「まぁまぁ落ち着けって」

 

 二人の間に入ってきたのは、操真晴人。

 

「なんにせよ、食料が少なくなってきてる。そろそろ調達しないとな」

「わーい! 遠足だー!」

 

 日菜が席を立ち、両腕を挙げて喜びを表す。

 

「日菜! 遊びじゃないのよ!」

「わかってるって!」

「でも……どこへ行くんですか?」

 

 疑問を口にしたのは、透き通った長い黒髪をした少女――白金燐子。

 

「近くのスーパーはもう、殆ど行きましたから……」

「次行くとなると、ショッピングモールだな」

 

 晴人が行き先を提案するが、不安な表情を浮かべる。

 

「ここから遠いから、《リコルド》との戦闘は避けられそうにないが――」

 

 

「――行こう」

 

 

 すぐに覚悟を決めたのは、司だった。

 

「どうあがいても、俺たちに戦い以外の選択肢はない。『アイツ』を倒さなければ、俺たちに未来はない」

 

 その場が一瞬沈黙に陥った後、一海が口を開く。

 

「だな。にしても司、お前逞しいこと言うようになったじゃねぇか!」

「そうか?」

 

 それに対して反応したのは晴人。

 

「こいつは内気だっただけで昔から根性と変な度胸はあったからな。そうだろ、紗夜ちゃん」

 

 

「えぇ、そうね――――」

 

 

 

   ◆

 

 

 

 

「おねーちゃん?」

 

「!?」

 

 ふと我に返った紗夜。

 

「おねーちゃん大丈夫? 具合悪い?」

「え、えぇ……大丈夫よ」

 

(今のは何……? 私は何を見せられたの……!?)

 

「本当に大丈夫なのか?」

 

 再び棒立ちになる紗夜に、士が心配そうな顔を見せる。

 

「!? 問題ありません。次行きましょう」

 

 紗夜はせっせと部屋を抜け、二階へと向かう。

 

「待ってー!」

 

 日菜がその後を追う。

 

「…………」

 

(……まだ会って間もない奴なのに、何故か放っておけない感じがする。まるで、彼女が妹のようで――)

 

 

「……妹?」

 

 

「士さん、どうしたの?」

 

 来ない士の様子を見に来た日菜が戻ってくる。

 

「いや、大丈夫だ。すぐ行く」

 

士は日菜の後を追い、二階へ上がる。

 

「!?」

 

 二階に上がった士は驚く。紗夜も信じられないような顔をしていた。

 二階の廊下は広くない長方形のものであったが、左右に扉が四つあった。

 それぞれの扉に紙が貼られており、手前の左扉には『男』、右の扉には『女』、奥の左扉には『司』、右の扉には『紗夜』と書かれていた。

 

「私の……部屋……!?」

 

 紗夜は迷うことなく奥の右の部屋に入る。

 

「!?」

 

 彼女は更に驚き、恐怖を抱き始める。

 その部屋の内装は、氷川家の紗夜の部屋とほぼ同じ内装だった。

 その中で何よりも恐怖を感じた対象は、紗夜が愛用しているギターが置かれていることだ。

 

「あれ? ここおねーちゃんの部屋?」

 

 日菜が不思議そうな顔をしながら入ってくる。

 士も入ろうとするが――

 

「女性の部屋に無断で入らないでください!」

「おっと失礼。入るぞ」

「駄目です」

「許可取ってもダメなのかよ……」

 

 と言いつつも、士は大人しく部屋の外で待つことに。

 

「…………」

 

 紗夜は置いてあるギターを手に取り、家用の小型アンプに繋げて弾き始める。

 

(――このギターの感触……間違いない、私のギターだわ)

 

「ほう、中々上手いじゃないか。俺ほどじゃないがな」

 

 外で聞いていた士がそう言った。

 

「っ!? 言ってくれますね……なら、弾いてみてください。入るのを許可しますので」

 

 紗夜は強気に出る。士は遠慮なく部屋に入り、彼女からギターを受け取って弾き始める。

 

「わぁ~!!」

 

 士の高速ギターテクニックに、日菜は目を光らせる。

 

「…………」

 

 士の演奏を目の当たりにした紗夜は、狼のように顔を険しくさせ、非常に悔しそうな表情を作っていた。

 ただ、険しすぎて女性がしてはいけない顔になってしまっているが。

 

「ふぅ…………」

 

 弾き終えた士は、紗夜に対して謎のドヤ顔を見せる。

 

「……一つわかりました。あなたは間違いなく、私の知る『司』ではないと。次行きましょう」

 

 紗夜は不機嫌そうに部屋を出て行く。

 

「…………司」

 

 

 

   ◆

 

 

 

「うーん…………」

 

 紗夜が日菜と和解し始めた頃――

 

 紗夜の部屋に彼女と司がいた。

 司は紗夜のギターを借り、彼女から弾き方を教わっていたが、思うようにいってなかった。

 

「いい音が出ないなぁ……」

「弦の抑え方が甘いのよ。左手はこうやって――」

 

 司の右隣にいた紗夜は彼に体を寄せ、彼の後ろに手を回し、彼の左手と重ねるように指の置き方を直接体に教える。

その時の紗夜の顔は非常に活き活きしていた。『士』の演奏を聞いた時の顔とは正反対。明るい笑顔を見せていた。

 

「!?」

 

 一方、司は緊張した顔をしている。

 紗夜が彼の体に触れてきているからだ。

 

 左手に重なった、紗夜の心地よい手の感触が――

 右背中に当たっている、紗夜の柔らかい胸の感触が――

 右耳に入ってくる、紗夜の細かな息遣いが――

 

 司の男としての本能をくすぐっていた。

 

「…………」

 

 司は息を呑んで我慢する。

 今、二人は紗夜のベッドの上に座っている。

 やろうと思えばすぐにでも押し倒せる状況だ。

 そもそも、異性を部屋に招き入れている時点で紗夜にもその気があるのでは――。

 

(駄目だ! 抑えろ! そもそも彼女は風紀委員だ! そんなこと考える人じゃないだろ!)

 

「――司? 大丈夫?」

「えっ? あっ、ごめん! 教えてもらってるのにぼぅっとして――」

「凄い量の汗を流しているわ。具合悪いの?」

「えっ?」

 

 司は自分の頬に右手を当てると、手の平全体が濡れるほど汗を流していたことに気づいた。

 

「ご、ごめん!」

 

 司は焦り始める。大量の汗を流している自分の体に、わざわざ触れてまでギターを教えている紗夜に申し訳ないと思ったからだ。

 司は彼女から離れようと立ち上がったが、彼女の左手が思っていた以上に力が入っていたため、バランスを崩してしまう。

 

「きゃっ!!」

 

 司は崩れた勢いで紗夜を押し倒した。

 

「…………!」

「…………!」

 

 互いに目が合い、置かれている状況に気づく。

 

「ち、違うんだ! わざとじゃ――!」

 

 

「おねーちゃん! 今テレビで――」

 

 

 最悪のタイミングで、日菜が入って来た。

 

「ちち、違う! 日菜、これは――!」

「日菜! しばらく入って来ないでっていったでしょ!」

「!?」

 

 紗夜が意味深な言葉を口にした。

 紗夜は純粋に司との時間を邪魔されたくないため、日菜には事前にそう言ったのだが、日菜はそれを忘れていたのだ。

 さらに、状況が状況。この場でそれを口にするということは、まさに一線を超えると言っているようにしか聞こえなかった(紗夜はそんなこと考えていなかったが)。

 

「…………」

 

 死んだ魚のような目になった日菜は、ゆっくりとこの場を去って行き、一階の方へ降りていく。しかし、決してリビングに戻ったわけではなかった。

 

「…………」

「…………」

 

 何事もなく終われるか。司と紗夜はしばらく扉の方を見る。

 

「!?」

「!?」

 

 戻ってきた日菜を見て、二人は戦慄する。

 日菜は死んだ目のまま、チェーンソーを持っていた。

 どこにあったのかもわからないチェーンソーを。

 

 

 ――ギュイーン!!

 

 

 日菜はチェーンソーの紐を引き、起動させる。

 

「ちょ、待って日菜! ちゃんと話せばわかるから! だからしまって! お願いします!! 俺が悪かったから――!!」

 

 

 

 

 

 ……その後、紗夜の説得によって難を逃れた司。

 

 彼がやむを得ず変身しようとしていたことを、紗夜と日菜は知る由もなかった――

 

 

 

   ◆

 

 

 

(……懐かしいわね、司が何を焦っていたのかわからなかったけど)

 

 過去の思い出に浸った紗夜は、向いにある司の部屋に入る。

 ごく普通の一般男子の部屋。

 変わったところがあるとすれば、壁に司が撮ったと思われる写真があるところだけだ。

 

「おい、許可なく勝手に入っていいのか?」

 

 士が彼女の後に入ってくる。

 

「誰に許可を取ればいいのでしょうか? 彼の手がかりを探すためなら、やむを得ないことです」

「そうだが――って、おい」

 

 紗夜の話を聞きながら、本棚から写真アルバムを手にし、中を確認した士が顔をしかめる。

 

「もう一人の俺、趣味悪いな……」

「?」

 

 士の発言が気になった紗夜は、彼が手にしているアルバムを覗き込む。

 そのアルバム一面に、紗夜の写った写真が収納されていた。

 どれだけめくり続けても、紗夜に焦点を合わせた写真しかなかった。

 

「……何これ、流石のあたしでも引くわー……」

 

 いつの間にか部屋に入っていた日菜が、別のアルバムを見ながら呟く。

 そのアルバムにも、紗夜の写真しかなかった。

 

「? その写真のどこがおかしいんですか?」

「!?」

「!?」

 

 紗夜は特に表情を変えずに尋ねる。

 それに対し士と日菜が驚く。

 

「んな、これを見てなんとも思わないのか!?」

「司には、私を撮ってもいいと許可してましたし、特に問題はないかと――」

「おねーちゃん……」

 

 司のベッドの下から何かを見つけた日菜は、青ざめた顔で紗夜にそれを見せる。

 

「その人探すの……考え直してみない……?」

「!?」

 

 日菜が見せてきたものに、流石に紗夜も驚いた。

 彼女が手にしていたものは成人向けの漫画――世間で言う『薄い本』だ。

 

その本のタイトルは『乱れる風紀委員』

 

「ぶふッ!!」

 

 それを見た士は思わず吹き出した。

 

「大体わかった。もう一人の俺は変態だな!」

 

 士は笑い、膝を叩く。

 

「まさか、司が破廉恥な本を持っていたなんて……」

 

 紗夜は日菜から漫画を奪い、中身を確認する。

 

「…………」

 

 風紀委員として怒るのかと思われたが、紗夜は何事もなかったかのように漫画を閉じ、ベッドの下に戻し、こう言った。

 

 

 

「ま、司も男ですし、仕方ないですね」

 

 

 

「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

「ぶふっ、ふはははははははははははは!!」

 

 日菜が驚愕の声を部屋全体に響かせる。

士は笑いのツボを押されたかのように、腹を抱えて爆笑し始める。

 

「おねーちゃん大丈夫!? 具合悪くない!?」

「? 平気よ」

「平気って! おま! 紗夜って実は――あはははははは!!」

 

 士は笑いが止まらなくなり、横に倒れながらも笑い続ける。

 

「……おねーちゃん、もしかしてその人のことが――」

 

 日菜が言いかけたところで、玄関の扉が開く音がした。

 

「!?」

「!?」

「!?」

 

 その微かな音を聞き逃さなかった三人は、先程まで賑わっていたのが嘘のように真剣な表情となり、緊張感を走らせる。

 しばらくすると、聞き覚えのある声が下の方から聞こえてくる。

 

 

 

「あれ? ここって喫茶店じゃなかった?」

 

 

 

 

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