東方従者伝―瀟洒の妹―   作:竜華零

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紅 美鈴:裏

「やーれやれ、白夜さんにも困ったものだなぁ」

 

 

 遠目に白夜が上げているだろう水飛沫(みずしぶき)を見ながら、美鈴は笑った。

 霧の湖はこれで意外と広い、人の身で泳いで渡るなど自殺行為に等しい。

 だが美鈴はその点、まるで心配はしていなかった。

 何故なら今回が別に初めてでは無いし、彼女は白夜の能力を知っているからだ。

 

 

 白夜が能力を発動している状態である限り、彼女は破壊されない。

 怪我をしない、病気にもならない。

 ある意味無敵だな、と美鈴は思った。

 

 

「まぁ、そうは言ってもね」

 

 

 ザクザクと足音を立てながら、水辺まで歩く。

 門からそう離れてはいないが、それでも門前を空にしておくのは気が引ける。

 まぁそう時間のかかることでも無い、そう考えて、美鈴は水辺で両足を軽く開いた。

 

 

 そして、周囲を見渡す。

 ここは幻想郷、人と妖が共存する理想郷。

 だが妖怪は人間を食べるもの、人里と言う一部の地域を除いてしまえば、理想郷は地獄へと容易に姿を変えてしまう。

 この霧の湖も、そうした地域の一つだ。

 

 

「ああ、いるわね。白夜さんの匂いに釣られた木っ端共が」

 

 

 知性ある――つまり力ある――妖怪は面倒を疎んじて他者の縄張りに入ることはしない、が、中級以下の木っ端妖怪はそうはいかない。

 それでも普段は紅魔の主の気が湖全体を覆っているため、霧の湖周辺の妖怪は比較的大人しい。

 だがあくまで、比較的、でしか無い。

 美味い匂いを漂わせた人間の存在を知れば、腹を空かせた妖怪が蠢きだすものだ。

 

 

 何しろ、人間を喰える機会は少ない。

 人間は喰われないよう気をつけているし、他にも人間の数を減らさないためのシステムがいくつもある。

 「外」から迷い込む人間は月に1人いるかいないか、となると当然、飢える。

 

 

「やれやれ、そんな無防備だから咲夜さんも心配するんだと思うんだけど」

 

 

 ちなみに美鈴も妖怪なのだが、彼女は必ずしも食糧を人間に限る必要は無い。

 そもそも妖怪にとって人間を「喰う」と言うのは様々な意味があるのだが……長くなるので、省略することにする。

 重要なのは、美鈴もまた「力ある妖怪」の一体であり、紅魔館が誇る門番であると言うこと。

 

 

「妹様がマーキングしたものに手を出されると、こっちとしても困るのよ」

 

 

 それに、門番ごっこして遊んだ仲だ。

 だから、と足裏に力を込めたその瞬間、周囲の空気が重くなるのを感じた。

 美鈴を起点として正面に放たれたそれは、一見目には見えない。

 だがそれは確かにそこにあって、霧の湖の一部を覆い込んだ。

 

 

 ――――サレ。

 

 

 圧。

 空気を軋ませ、湖のさざ波さえ止めさせるその力。

 妖力でも妖気でも無い、純粋にただただ力で押さえ付けるようなそれは。

 

 

 ――――テヲダスナ。

 

 

 気である。

 美鈴の身体から放たれた不可視の圧力(オーラ)が霧の湖を押さえつけ、蠢いていたモノ達を止める。

 人間の処女の匂いに色めきたったそれらが、美鈴の気を感じて慌てて姿を隠した。

 彼らは皆一様に同じものを幻視した。

 それは大きく(あぎと)を開け、今にも自らを噛み砕かんとする紅鱗の龍の姿を。

 

 

「……ふむ、まぁ、こんなところかしらね」

 

 

 濃厚な気の圧力を消して、満足そうに頷く。

 力ある妖怪は己の気でもって自己よりも弱小の存在を威圧し、力の差を理解させることがある。

 美鈴はその中でも特に気の扱いに秀でている、それは彼女の能力が「気を使う程度の能力」だからだ。

 気の操作や探知において、この幻想郷で美鈴の右に出る者はいない。

 

 

「ふぅー……げ」

 

 

 コキコキと肩を鳴らしながら門前に戻る、と、美鈴は顔を青くした。

 何故ならそこに青白のメイド服の少女が立っていたからで、しかも美鈴が普段立っている位置に腕組みポーズで立っていたからだ。

 目を細め、ジト目でこちらを睨んでいる。

 

 

「門番が門前を空にしてどうするのよ」

「あ、あはは~、あー、いやー、そのー」

 

 

 頭の後ろに手を回してたははーと笑って見せるが、咲夜の視線の圧力はまるで衰えない。

 いやむしろ増している、次の瞬間には美鈴は腰を折っていた。

 

 

「すみません、でもサボっては無いです本当です」

「わかってるわよ、またあれを構ってたんでしょう」

「いやまぁ、構っていたと言うか何と言うか」

「良いわよ別に、美鈴は昔からあれの味方だものね」

「いやいやいや、別にそう言うわけでも」

 

 

 あ、ヤバいこれ。

 美鈴は直感的にそう感じた、これはいつものパターンだと。

 先にも述べたが、子供の頃の白夜は美鈴の傍にいることが多かった。

 時には妹を――叱るために――探しに来た咲夜から匿うこともあって、そう言う意味で「白夜の味方ばかり」と詰られることもあった。

 

 

 まぁ、つまりはヤキモチである。

 

 

 ただしそれを口にすると千本ナイフの刑に処されるので、言わない。

 そして誰がどちらにヤキモチを焼いているのかについての指摘については、思考すらしない。

 咲夜は勘が鋭い方なので、考えただけでも睨まれるのだ。

 まぁ、すでに睨まれているわけだが。

 

 

「妖精メイドから聞いたのだけれど、裸で出たってまさか本当じゃないでしょうね?」

「いや、そこは白夜さんを信じてあげてくださいよ……」

 

 

 美鈴も人のことは言えないのだが、あえて指摘しないでおく。

 

 

「まったく、お嬢様に頂いた衣装で出かけたくないだなんて」

「あはは、まぁ、お年頃なんですよ」

「あら? じゃあ私はもうお年頃じゃないってわけなのかしら?」

「え? いやいや別にそう言うわけじゃ」

 

 

 機嫌が急降下していく咲夜を、美鈴は何とか宥めようと両手を上下させる。

 文字通り「まぁまぁ」と言いたげな様子に咲夜がさらに機嫌を悪くし、それを見て美鈴がまた宥める、と言う悪循環が発生した。

 とは言え当の美鈴自身は、妙な懐かしさを感じていたりするのだが。

 

 

(そういえば、2人が子供の頃にもこうしてたなぁ)

 

 

 小さな白夜を背中に隠し、目の前で怒る小さな咲夜を宥める美鈴。

 様子はもちろん現在とは違う、が、根っこの部分では変わっていないような気がして。

 美鈴はどこか幸福そうに、ほんわかと笑うのだった。

 

 

「何よその笑顔、気に入らないわね」

「え、ああいや別に。あ、あはは~」

 

 

 まぁ、またすぐに困りきったような笑顔に変わるのだが。

 




最後までお読み頂きありがとうございます、竜華零です。
美鈴編も終わり、次回から紅魔勢以外のキャラクターと交流していく予定です。
さて、誰を登場させましょうか。
うーん……にしても、シリアス・パートとして異変編とかも描きたくなってきました。

というわけで、毎度おなじみ東方妹シリーズ。
今回は宇宙人(?)、ぬえさんの妹です!

普通の狐様(ハーメルン)
・封獣こう(ほうじゅう こう)
 種族:鵺
 能力:経過を判らなくする程度の能力
 ※行動の出がかりと結果のみを認識させ、「どうやったのか」を誤魔化す能力。
 二つ名:ネコだったりヘビだったりする奴、古の妖怪その2
 容姿:白髪(ショートボブ)で左の後ろ髪だけが外に跳ねた左右非対称な髪型、白ワンピース。
    鎌状の青い羽とグルグル状の赤い羽を持つ。
 テーマ曲:平安のプレデター
 キャラクター:
 幻想郷のトラブルメーカー、封獣ぬえの双子の妹。
 姉同様大の悪戯好きで、姉と共に1000年の長きに渡り人間を弄び続けてきた。
 正体不明と経過不明、2人のコンビは悪戯に関しては最高で、実際彼女達を止められる者はそうはいない。
 姉がうっかり地底に封じられてからは、姉に付き合って地底を制覇することに。
 地底でも相当の問題児だったようで、あの地霊殿から出禁を喰らう程である。

 伝説の姉妹。
 鵺と言えば伝説の大妖怪である、一説では魑魅魍魎の主ともされる。
 実際、大妖怪のカリスマに当てられて慕ってくる木っ端妖怪もそれなりにいた。
 だが彼女達自身は結局、勢力と言うものを持たなかった。
 何故ならば彼女達に必要なのはお互いと悪戯なのであって、特に覇権だりには興味が無かった。
 昨今の目標は、幻想郷の(悪戯による)制覇だそうである。
 そしてその前段階として命蓮寺を制覇するつもりのようだが、聖白蓮や豊聡耳神子などの伝説級の存在の前に、計画はなかなか前に進んでいない様子である。

 主な台詞:
「姉さんとは随分長い間、悪いことばかりしてきたねぇ」
「さぁて、アンタは今、どうやってそうなったのでしょーか?(クスクス)」
「そうだね姉さん、次は命蓮寺のお墓を全部引っ繰り返すなんてどうかしら?」
「仏門ねぇ……仏さんへの奉納って、悪戯でもOKだったっけ?」

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