――――パシャッ。
奇妙な音が聞こえて、白夜は足を止めた。
場所は人里へと通じる街道、整備されていると言うよりは踏み固められていると言った方が良い道だ。
足の下には砂利と雑草の感触があり、少し動けばザリザリと音を立てる。
「……?」
――――パシャッ。
幻想郷広しと言えども、その擬音を響かせる存在は1人しかいない。
音のした方へと、白夜は視線を向けた。
「あややや、これは珍しい」
そこにいたのは、黒い羽根を背に持つ少女だった。
羽根と同じ烏の濡れ羽色の黒髪、赤の瞳、酷薄そうな笑みを張り付かせた綺麗な顔。
服装は、黒いフリル付きのミニスカートと白の半袖シャツ、そして赤い高下駄を履いていた。
容貌からして明らかに人間では無く、視界に入れるだけで背筋に寒気が走るような、魅入られてしまいそうな気配を持つ少女だった。
(……鴉天狗)
胸の内で独りごちる、そこにいたのは妖怪の山に住む鴉天狗だったからだ。
しかもまだ人里まで距離があるとは言え、こんな所に出てくるような妖怪の山の住人の心当たりは一つしか無かった。
何しろ妖怪の山の住人は鴉天狗に限らず、閉鎖的で外部と交流しない鎖国主義者ばかりなのだから。
「こんにちは、清く正しい射命丸文です♪」
(うん、こんにちは)
「……あやや、相変わらず嫌われてますねぇ」
(あれ!?)
苦笑を浮かべながらそんなことを言われ、愕然とする白夜だった。
まぁ、挨拶をして返事が無ければそう思われても仕方無い。
しかも出会ってからこっち、白夜は一言も発していないのだから。
「それにしても紅魔のメイドさんが外出とは珍しい、何かネタの匂いがしますねぇ」
(咲夜姉は時間止めて行くからね、実は引き篭もりだと思われてるよねアレ)
事実である。
紅魔館と言えど全てを自給しているわけでは無く、人里と物品や金銭のやり取りをすることもある。
と言うか、人里そのものが各勢力間の取引を仲介する機能を持っているのだが――それは本筋とは関係が無い。
とにかく咲夜が担当する場合、買い物などは時間停止中に行われるので、実は彼女の存在は知られていなかったりするのだ、外出頻度の割に。
「方角的に、人里ですか。人里にどんな御用で? 館の主人がうら若き乙女をご所望とかどうでしょう?」
(どうでしょう、じゃねーよ)
「それとも図書館の魔女が悪魔召喚のための生け贄を……ああ、もういましたね、悪魔。これは没でお願いします」
(お願いします、じゃねーよ)
また始まった、こうなると長いんだよねー。
白夜はそう思い、隣に降りて来た天狗に気付かれないよう、小さく溜息を吐いた。
「うーん、もっとこう、センセーショナルでエンターテイメントなネタを求めるんですよ」
(読者が?)
「私が」
(会話が成立した!?)
射命丸文、妖怪の山の妖怪――しかも、千年を生きる大妖怪だ――であり、そして「記者」である。
天狗と言う種族の特徴として、「新聞を作成する」というものがある。
彼女もその例に漏れず「文々。新聞」と言う新聞を作っている、これは天狗には珍しく妖怪の山の外にも発行されている新聞だ。
(情報媒体としては、微妙だと思うけどねー)
ただ、天狗の新聞にしては有意義な情報も載っている方なのだ。
紅魔館と言う幻想郷のパワーバランスの一角を占める場所にいる身としては、他の勢力や妖怪の情報を知れるのは嬉しい。
よって、白夜は個人的に「文々。新聞」を購読していたりする。
月に5回出れば良い方なので、あまり購読のイメージは無いのだが。
(まぁ、たまに……いや半分くらい本当かどうか疑う記事もあるけど)
例えば、とあるスキマ妖怪が動物を虐待しているとか。
例えば、兎鍋を撲滅しようとしているグループが存在しているとか。
例えば、夜な夜な藁人形に五寸釘を打ち込んでいる魔法使いがいるとか。
例えば、悪魔の妹が隕石を粉砕したとか。
(あ、最後のは本当だった)
あの時は驚いた、何しろ隕石の真下にいたのだから。
紅魔館はブラック、夜の王的な意味で。
「それで実際、人里に何の御用で?」
(ん)
パチュリー印の鞄から取り出したのは、咲夜に渡された買い物メモだ。
それにさっと目を通した後、文は見るからに落胆した様子だった。
「あややや、おつかいだったのですが。それも塩やら小麦粉やら普通のものばかり、面白く無いですねぇ」
(実際、つまんないからね)
「ネタの匂いがしたので飛んで来たのですが、アテが外れたようですねぇ」
やれやれと肩を竦めた文は、ひらりと宙に浮いた。
羽根が生えているくせに羽ばたきも無い、何のためにある翼なのだろう。
まぁ、妖怪などそのようなものか。
己の欲の向くまま気の向くままに過ごし、他者を糧として生きる者。
天上天下、唯我独尊。
この世の全ては己を満たすためにあり、そしてそれを疑ったことすら無いのだ。
妖怪とは、そう言う存在だ。
「おっと、そうそう、白夜さん」
(はい? ……ひゃわっ)
パシャッ、とわざとらしくフラッシュがたかれる。
宙に浮かんだ文の手には一台のカメラ、河童製らしく妙に性能が良いらしい。
「うふふふ。それでは、取材にご協力、ありがとうございます!」
白夜の写真を撮った後、黒い羽根を散らして文は空へと消えた。
飛行速度だけなら幻想郷最速を謳われるだけに、あっと言う間に視界から消えてしまった。
来た時と同様、音も無くいなくなってしまった。
思わず、ポリポリと頬をかく白夜。
(……協力って、何かしたっけ)
微妙に嫌な予感を覚えたが、天狗のすることをどうにか出来るわけが無い。
だから白夜は数分後にはそんな予感などあっさり忘れて、遠目に見えてきた人里へと足を速めた。
もうおやつの時間も過ぎている、早く人里でお団子でも食べるとしよう――――。
最後までお読み頂きありがとうございます、竜華零です。
もうすぐ人里、でもその前に報道の時間です。
いつ出してもイケる稀有なキャラクターなので、非常に助かります。
そして今回の妹シリーズ、地底のアイドルに妹が誕生……!
投稿者:水晶皇帝様
・黒谷ヤマト
種族:土蜘蛛
能力:五感を操る程度の能力
※人間の五感を乱したり、逆に失われた感覚を取り戻すことが出来る。
二つ名:這い潜む大妖
容姿:伸ばし放題の金髪、服は自分で作った糸で身体覆っているだけ。
テーマ曲:妖怪とは何か?
キャラクター:
姉のヤマメが(人間を含め)友好的な「地底の人気者」であるとすれば、妹のヤマトは(妖怪を含め)好戦的な「地底の危険人物」だ。
彼女は「土蜘蛛」たる自分の出自に確固たる自負を持っており、人喰い蜘蛛としての生き方に誇りを持っている。積極的に人間を喰う知性ある妖怪であったために、姉とはまた別の理由で地底に封じられた妖怪が彼女、黒谷ヤマメである。
大妖・土蜘蛛の野望
そもそも土蜘蛛は伝説に語られる大妖怪である、鬼にも覚にも劣らぬ格を持っているのだ。
姉ヤマメはそのような気配を露とも見せないが、妹ヤマトは違う。
地底にはっきりとした縄張りを持ち、配下の妖怪を集め、地霊殿の主「古明寺さとり」や旧都の元締め「星熊勇儀」を打倒すべく、虎視眈々と勢力を拡張している……らしい。
主な台詞:
「我が名は黒谷ヤマト! 伝説に語られる大妖怪! さぁ、頭を垂れ命を捧げろ人間!」
「ふん、ヤマメだと? あんな愚姉、土蜘蛛一族の面汚しよ! だから我が、大妖・土蜘蛛の威光を知らしめてやるのよ!」
「この愚姉め、そんなだから皆から馬鹿にされるのだ。馬鹿みたいに笑いおって、何だその締まりの無い顔は。…………もっとちゃんとすれば、覚や鬼に代わってお姉ちゃんが一番になれるのに」
「ひ、必要ないとか言うな! 今日は朝まで愚姉に土蜘蛛の偉大さを語って聞かせる! 絶対だ、先に寝るんじゃないぞ!」