「ごめんねぇ、今日はもう売り切れちまったんだよぉ」
「…………」
……おかしい。
白夜は焦っていた、彼女が人里に来たそもそもの目的が果たせずにいたからだった。
彼女の目的、それは姉の咲夜に頼まれた――命令されたとも言う――おつかいの完遂だ。
おつかいの内容は、食材の買出しである。
お野菜、魚、そしてお酒を少々。
当然、八百屋、魚屋、酒屋と買い物を進めていくことになる。
しかしだ、団子屋を出て颯爽と買い物を始めた所、異常な事態に陥ったのだ。
「やー、今日はもう店じまいだよ、店じまい。売りもんがねぇんだ」
「悪ぃな嬢ちゃん、また来てくんな」
「今日卸す分は、もう全部出しちゃってねぇ」
行く店、行く店、全てで異口同音に「売り切れ」を宣告される。
そんな馬鹿な、と白夜は思う。
人里は人間陣営の最大にしてほぼ唯一のコミュニティだ、食材を扱う店も少なくない。
だと言うのに、一軒も食材を置いていないとはどういうことだ?
よもや今日に限って食糧危機が起こっているのだろうか、いやいや今年は春の精霊と秋の女神が張り切ったせいか例年に無い豊作の年だったと聞いている。
第一、お団子をお腹一杯に食べた後である。
つまり、他に考え得る可能性は一つだ。
(どこのどいつだ! 人里中の店で買占めしてるのは――!)
買占めである。
どこの誰かはわからないが、人里中の食材を買い集めている奴がいるに違いない。
そう結論付けた白夜は、その誰かを見つけるなり出し抜くなりするために、普段は行かない店を探して駆け出した。
(咲夜姉のおつかい失敗とか、死亡フラグすぎる!)
またあの絶対零度の瞳で見下されるかと思うと背筋が凍りそうだ、美鈴と一緒に寒空の下で晩御飯抜きになるのだけは勘弁してほしい。
と言うか、晩御飯抜きとか子供の罰だろう。
あの姉は本当に自分を子供扱いしてくるので、言われたことはなるべく達成したい。
(むむむ、あれは!)
それからさらに何軒か空振り(売り上げ)した後、とある通りで白夜は妙な物を見つけた。
それは何と言うか、山だった。
別に本当に山が歩いているわけでは無く、山のような荷物がゆらゆらと動いていた。
それはお米であり、野菜であり、魚であり肉であり果物であり、そしてお酒だった。
いったい何人分なのかわからない程の量の食材が積まれ、それがゆっくりと歩いている。
良く見れば、荷物の下は浮いていて、細く白い足のようなものがひょこひょこと歩いていた。
白夜はぴんと来た、奴が買占めの犯人だと。
それに気付いた白夜は、鬼の形相で無表情に駆け出した。
そして、自分を晩御飯抜きの危機に陥れた元凶に対して一気に。
「――――むっ! 殺気!」
(――――ッ!?)
殺気を感じたのは、むしろ白夜の方だった。
白夜がその行動を取ったのは本能的なもので、奇しくもフランとの「遊び」の中で培ってきた経験がそうさせたのである。
ひひゅんっ、と言う風切音が耳に届いた頃には、白夜は膝を折っていた。
膝から足首にかけてで地面を滑り、背中を逸らす。
ズザザザッ、と激しく地面を擦る音が響く。
直後、白銀が目鼻の先を擦過した。
ひんやりとした感触すら感じて、ぞっとした心地が背筋を走る。
(あ、危なぁ――――っ!?)
周囲の人間達が「おおおぉ……!」と拍手を贈って来る中、白夜は背中に鈍い汗を感じていた。
危なかった、もう一瞬反応が遅かったら身体が2つに別れていたかもしれない。
いや、確実に別れていた。
「……あれ? なんだ、白夜じゃない」
一方、白夜を分割しようとした方は、暢気ささえ感じるような声で言った。
振り切った刀を腰の鞘に戻し、背中の背負子を背負い直す。
そこにいたのは銀髪のボブカットを黒いリボンで彩った少女で、白いシャツに青緑色のベストとスカートを身に着けていて、先に言ったように背中にこんもりと食材を背負っていた。
傍らでふわりと浮かぶのは、白く半透明な霊体。
冥界に住む半人半霊の庭師、魂魄妖夢がそこいた。
温かな肉体と霊体を持つ独特の種族で、幼げな少女に見えて実はれっきとした人外である。
ちなみに真剣を持ち歩いており、今しがた白夜を分割しかけたのは妖怪が鍛えし長刀、楼観剣。
と言うか背中にあれだけの荷物を背負って良く剣を振れたものだ、むしろそこに感心する。
「妙な殺気を感じたと思ったんだけど……気のせいだったのかなぁ」
首を傾げながらそんなことを言う妖夢を横目に、白夜は立ち上がって袴の膝から下を払った。
斬りつけられた衝撃から、先程まで感じていた怒りやら何やらもまとめて吹き飛んでしまっていた。
一種のショック状態なのかもしれない。
「久しぶりだね、白夜。でもごめん、幽々子様のおつかいの最中だから、行かないと」
(え、あ、うん)
「うん、また機会があったら話そう」
(え、あ、うん)
そうとしか言いようが無い、白夜は呆然と突っ立ったまま妖夢を見送った。
ひらひらと手を振り、折り目正しく腰を折る妖夢――良く荷物を落とさないものだ――を見送りさえする。
そうして彼女の姿が見えなくなってから、白夜はさてと考えて。
(へー、妖夢もおつかいなんだ。奇遇だねー……って)
はたと気付いた。
(わたしのおつかい分、食材を分けてもらえば良かった――――!)
気付いた時にはすでに遅し、えてしてそう言うものである。
白夜のおつかい道中は、もうしばし続くようだった。
最後までお読み頂きありがとうございます、竜華零です。
次は妖夢さんでした、斬り捨て御免。
妖夢さんの口調は二次創作に慣れているせいか、敬語じゃないと違和感を感じてしまいますね。
なお、妹シリーズは地霊殿編のまま、勇儀さんの妹です。
どうぞ。
マナティーの活字中毒様(ハーメルン)、ヨイヤサ・リングマスター様(小説家になろう)
・星熊 遊華(ほしぐま ゆか)
種族:鬼
能力:虚弱を持つ程度の能力
※虚弱です。
二つ名:虚弱律心の申し子
容姿:金髪おかっぱに赤い角、薄青の小袖に首枷、痩せぎす。
テーマ曲:あそび九重の宮のこと
キャラクター:
旧都の元締め、四天王の星熊勇儀の実妹。鬼には珍しい純粋な血族であり、数少ない純血の鬼の一員である。しかし怪力乱心の力を持つ姉と違い、一言で言って「虚弱」である。
鬼と言えば妖怪の中でも最強に数えられる種族だが、彼女は悪い意味での突然変異である。
弱い、圧倒的なまでに弱い。腕っ節も弱ければ身体も弱く、気も弱い。
姉の勇儀はそれを含めて妹の個性と愛おしみ、常々心配して傍に置こうとする、過保護気味。
なお、自分を人質に姉を倒そうとしたり、自分を滅して鬼殺しの称号を手っ取り早く得ようとするなどされてきたため、人間に対してはあまり友好的では無い。
ちなみに、上記の人間は姉の勇儀により三歩必殺されている。
超虚弱:
とにかく虚弱である、下手を打てば歩いただけで具合が悪くなる。
一日に平均13度吐血するくらいに虚弱、しかも「虚弱を持つ程度の能力」なので、自分の内に虚弱を抱えると言うデメリットしか無い能力である、もはやどうにも出来ない。
ただその代わり、どれだけ具合が悪かろうと怪我をしようと、死ぬことは無い。
いわゆる、死ぬ死ぬ詐欺を体得している。
主な台詞:
「お姉ちゃんおはよう、今日も良いごふぅっ(吐血)」
「お姉ちゃん、こいしと一緒にフランの家に遊びに行ってきまげふぅっ(吐血)」
「大丈夫だよお姉ちゃん、今日は何か凄く体調がふぅっ(吐血)」
「ごふっ、げふっ、がふっ……あ、ところで今日の晩御飯のことなんだけど(だばー)」