東方従者伝―瀟洒の妹―   作:竜華零

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上白沢慧音:表

(不味い、非常に不味い)

 

 

 刻々と過ぎ行く時間の中、白夜は困り果てていた。

 日も大分傾いてきて、おつかいを果たすにはそろそろ打開策を見つける必要があった。

 しかし商店が並ぶ通りが全滅しているとなると、後はどこかで分けて貰うかくらいしか思いつかない。

 

 

 そして、白夜には食糧を分けて貰えるような知り合いはいない。

 紅魔館のメイドがまさか強盗をするわけにもいかない、そんなことをすれば即博霊の巫女の登場だ。

 理由がショボ過ぎる、別の意味でレミリアや咲夜に殺されるだろう。

 まぁ、今のままであれば咲夜に罰を与えられることは間違いないだろうが……。

 

 

(い、いやだぁ――――!)

 

 

 白夜、心の叫びである。

 午後も遅くになってきた人里、変わらず雲ひとつ無い空の下、良く見れば顔を青くしている少女が一人。

 先程までは慌しく、かつオロオロと――表情は微塵も動かなかったが――通りを行ったり来たりしていた。

 

 

 今では通りの真ん中でポツンと立ち尽くし、途方に暮れている。

 擦れ違う人々が奇異の目を向けてくるが、特にそれを気にしているようには見えない。

 と言うか、気にしている余裕が無い。

 見た目には沈着冷静のように見えるのかもしれないが、彼女の内心はすでに大混乱だった。

 

 

(不味い、これは不味い……! これだけ時間をかけて、あとついでにお団子まで食べて、買い物を何一つできませんでしたとか。不味い、お仕置きフラグしか見えない……!)

「……む?」

(ああ、でもでも、まさか今日に限って人里中のお店が売り切れとか、誰が予測できる? 咲夜姉なら出来そうだけど。うう、魔法の森のお店は普通の物は絶対に置いて無いし。せめて今が秋だったら、秋だったならあああぁぁ……!!)

「ああ、やっぱり紅魔館のメイド姉妹の片割れじゃないか。そんな所で何をしている?」

(……あぅ?)

 

 

 内心でうーうー唸っていたまさにその時、誰かが声をかけてきた。

 声のした方を振り向くと、おそらくは挨拶のつもりなのだろう、片手を上げた体勢の女性がそこにいた。

 それはそれは、息を呑むような美貌を持つ女だった。

 

 

 腰まで届く銀髪には青のメッシュが入っていて、不思議な形をした青の帽子を頭に乗せている。

 澄んだ雰囲気とは裏腹に、上下一体の青の衣装の下には豊か過ぎる程に女性的な身体を隠している。

 窮屈そうに押し上げられた胸元や、きゅっとくびれた腰からふっくらとした太腿までのラインが艶かしい。

 そして、白夜はその美しい女の名前を知っていた。

 

 

上白沢(かみしらさわ)慧音(けいね)

 

 

 人里は人間の領域だが一部に例外がある、彼女はその1人だ。

 慧音は半獣人、人間と「白沢(ハクタク)」と呼ばれる妖怪のハーフだ。

 妖怪である割に畏れを必要とせず、人間が好きで、人間の味方をする珍しい存在だ。

 過去の異変の際にも、妖怪の侵略から人里を守っていたことがある。

 そしてもう一つ、彼女を語る上で重要な点が一つ。

 

 

(……お?)

 

 

 白いレースを幾重も重ねたロングスカートの陰、そこに小さな陰が3つ。

 身なりが良いとは言えないが、それでも元気そうな子供達だった。

 人里の子供達だ。

 慧音のスカートを握り締めて、大きな瞳でこちらを見上げている。

 

 

「こら、お姉さんにきちんと挨拶しないとダメだろう?」

「「「こんにちはー!」」」

(おおぅ、びっくりした)

 

 

 思いのほか声が大きく、促した慧音も苦笑している。

 どこか凜としているその佇まいは、母親と言うよりは教師と言った方がしっくりくる。

 

 

「けーねせんせー、このひとだれー?」

「だれー?」

「そのお姉さんは白夜お姉さんだ、メイドさんだ」

「「めいどー?」」

(その紹介は、はたしてどうなんだろう)

 

 

 そして実際、彼女は先生だった。

 昼間は忙しい親達に代わり子供を預かり、寺子屋で読み書き算盤などを教えているのだ。

 1人でやっているため規模は大きくないが、それでも評判は良く、人里の人間達からも頼りにされているらしい。

 なお、その授業はある方面(たいくつさ)において定評があるとか無いとか。

 

 

(おや?)

 

 

 ふと下を見ると、男の子が自分をじっと見上げていることに気付いた。

 どことなく小生意気そうに見えるのは、穿ちすぎだろうか。

 何とはなしに、見つめ合ってみる。

 ――――こと、数秒。

 

 

「……でりゃ!」

 

 

 ぶわっ、と音を立てて、袴の裾が翻った。

 いきなりのことだったので、さしもの白夜もやや目を丸くしている。

 何をされたか、2秒の後に理解する。

 理解するが、さりとて慌てたりはしない。

 何故なら。

 

 

「あれ? みえない……」

 

 

 白夜が着用しているのは行灯袴、太腿までは見えても、着物の上が深く入り込んでいるため肝心な部分は見えない構造になっている。

 何がとはこの際言及しないが、男の子が酷くがっかりした顔をしたのは確かだ。

 ……ついでに、通りすがりの男衆も。

 

 

 まぁ、そうは言っても流石にびっくりした。

 この年頃の男の子がそう言うことに興味を示すのは知っていたが、と言って自分が対象になるとは思わなかった。

 不発に終わったこともあり、感想としては「おませさんだなぁ」くらいのもの。

 だったのだ、が。

 

 

「なにを」

 

 

 男の子の脇に細く白い手が差し込まれ。

 

 

「して」

 

 

 ひょいっと空中で横回転、正面を向く。

 男の子を抱え持った慧音が背中を仰け反らせ、力を溜めて。

 そして、白夜が「あ」と内心で思うのと同時に。

 

 

「いるかああぁ――――っ!!」

 

 

 ごすん。

 非常に痛そうな音が響いたとだけ、言っておこう。

 




最後までお読み頂きありがとうございます、竜華零です。
慧音先生の頭突き。
一度で良いから、受けてみたいものですねぇ(ドM宣言?)

さて、東方妹シリーズも残すところ、今回を含めてあと2人。
次は門番の妹です。
それでは、どうぞ。


照明弾P@ハーメルン様(ハーメルン)
・紅 鈴音(ほん りんいん)
 種族:妖怪
 能力:鍛えれば鍛える程強くなる程度の能力
 ※訓練量=実力
 二つ名:色鮮やかな虹色な警備員、華人疾走
 容姿:紅髪短髪、姉とお揃い衣装、ただしショートキュロット。
 テーマ曲:明治十七年の香港リデル
 キャラクター:
 紅魔館の門番、紅美鈴の双子の妹。門前で一日中じっとしている姉とは対照的に、紅魔館内部を一日中パトロールしている。館は広いので、常に小走り。
 真面目だがあまり賢く無く、愚直。一日を紅魔館内を走ることで過ごすため、他のことはしない。
 毎日毎日毎日毎日、走っている。
 役目は姉と同じく館の守護、とはいえほとんど侵入者などいないので、ただ走っているだけである。
 姉と一緒に花壇の世話をするのが趣味、姉妹の心休まる一時である。
 でも、一番は門にもたれて、身体を預け合うように姉と一緒にお昼寝するのが好き。ただしもれなくナイフがついてくる。

 双頭の龍:
 館の内外を守護する姉妹だが、2人揃った時の実力は侮りがたいものがある。
 2人の弾幕ごっこの勝率はそう高くないが、タッグ戦に限ってはその限りでは無い。2人の息の合ったコンビネーションの前には、永夜異変を解決した際のタッグチームでも手を焼くことだろう。
 背中を合わせた紅姉妹の前には立ってはならない、そこは龍の住み処だ。

 主な台詞:
「ほっ、ほっ、ほっ(たったかたったか)……今日も異常無し! 警備員って暇だなぁ」
「お、姉さんだ。おーい、姉さ――……あ、手を振り替えしたらナイフ刺さった」
「くやぁ……すぴー、すやすやぁ(妹お昼寝中)」「んー……鈴音、重……むにゃむにゃ(姉お昼寝中)」
「「(スコーンッ)あいたぁ――――!?」」
※曰く、「人間だったら即死だった(妹)」「普通額にナイフ投擲しますか?(姉)」

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