東方従者伝―瀟洒の妹―   作:竜華零

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ルーミア:表

(うぎゃああぁ――――ッ!)

 

 

 白夜は心の中で悲鳴を上げた。

 今、彼女は危機的状況に陥っていた。

 あたりはすでに真っ暗であり、夜の冷たい空気が少女を覆っている。

 

 

 すでに人里も遠く、畦道をいくらか進んだ所だ。

 流石に夜に湖を泳いで渡る度胸は無く、遠回りだが迂回ルートを取った。

 その結果、白夜はかつてない危機に陥る羽目になったのであるが。

 具体的には……。

 

 

(ルーミア! 痛い! いや能力使ってるから痛くは無いんだけど、でも見た目的に痛いから!)

 

 

 具体的には、小さな女の子に食べられそうになっていた。

 その女の子は白夜の柔らかそうな二の腕に噛み付いており、ちゅうちゅうと吸い付くような音まで立てている。

 ぼんやりと歩いていた時、背後からいきなり襲われたのだ。

 

 

「むぅ~、んむ、んっ、んむぅ~」

(うあああぁ……もにょもにょする。何か良くわかんないけどもにょもにょする!)

 

 

 見た目には、可愛らしい女の子だ。

 金髪のボブカットに白黒の洋服、黒のロングスカートが夜闇に溶けるようだ。

 小柄な上にサイドに赤いリボンまでつけていて、本当に人間の女の子のようだ。

 

 

 しかし、彼女はれっきとした妖怪である。

 それも人間を食べる食人妖怪であり、こうして噛み付かれることはすなわち死を意味する。

 だが、常日頃からフランの相手をしている白夜に隙は無い。

 ぞわりとした感覚を覚えた次の瞬間に能力を発動し、防御したのだ。

 

 

「うんっ、んっんー……食べられない?」

(うん、食べられたくない)

 

 

 似ているようでまった異なる言葉だが、得られる結果は同じなので白夜は気にしなかった。

 んっ、と息を吐いて、ルーミアが口を離す。

 同時に能力を解除する、あまり長い間使うと疲れるのだ。

 その代わり、強力無比な能力ではある。

 

 

 ルーミアは見た目は女の子でも妖怪、噛み付き……いや、喰い付きは相当の力でもって行われる。

 普通であれば、一口で腕を一本持っていかれただろう。

 だが、白夜は無傷だ。

 誰も彼女を傷つけられず、誰も彼女に変化をもたらすことは出来ない。

 能力を発動させている間の白夜は、そう言う存在なのだ。

 

 

「ん~……食べちゃだめ?」

(ダメです)

 

 

 眉を八の字にして首を傾げてお願いされても、ダメなものはダメである。

 と言うか、食べさせてと頼まれて食べられる人間はおそらくいない。

 ……いそうだと思えてしまうあたりが、幻想郷の幻想郷たる所以(ゆえん)か。

 両手を左右に広げた十字架のポーズで項垂れるルーミアを見て、白夜はそう思った。

 

 

「最近、食べて良い人類が見つからないの」

(それを人間の私に言われてもなぁ……)

「お腹すいた」

 

 

 はぁ、と落ち込むルーミアの姿に、白夜は痛まなくて良い胸が痛むのを感じた。

 

 

「ごめんなさい」

「…………」

「白夜は美味しそうだから、お腹がすいた時に見るとつい」

(ついで食べに来ないでください)

 

 

 しかし、妖怪と言うのは本当に人間を食べるのだなと思う。

 このルーミアを見ていると、特にそう思う。

 何しろ、ここまでおおっぴらに人間を食べたいと言う妖怪は他に知らない。

 レミリアのような上位の妖怪は品性としてそう言うことは口にしないし、下位の妖怪は獣に近いため行動で示すからだ。

 

 

(レミリア様とフラン様を除けば、私をここまで食べたがる妖怪ってルーミアくらいだよね)

 

 

 まぁ前者が吸血鬼であることを思えば、人食いという意味ではルーミアだけだ。

 思えば最初の出会いも、「食べさせて」と言う言葉から始まった。

 チルノ達と遊んでいた幼い頃、紅魔館の近くをふらふら飛んでいたルーミアを見つけた。

 それ以来の付き合いなのだが、はて……。

 

 

『アナタハ、タベテモイイジンルイ?』

 

 

 ……そういえば、あの後はどうなったのだったか。

 あまり良く覚えていないが、翌日から良く遊ぶようになったような気がする。

 まぁ、子供の頃の記憶などそんなものか。

 

 

(ひゃあっ!?)

「う~、おなかすいたー。やっぱり美味しそう……」

 

 

 頬に温かな湿り気の感触を覚えて飛び上がる、ルーミアが驚く程近くを浮遊していた。

 頬を押さえて飛びのけば、瞳の奥に本当に残念そうな色を浮かべて。

 

 

「……でも、咲夜が……」

 

 

 何やらブツブツ言っているが、声が小さくて良く聞こえなかった。

 どうやらよほどお腹が空いているらしい、食べられるのも困るし、白夜は少し考えた後に食糧の入った鞄を示した。

 ルーミアはしばらく首を傾げていたが、ぱっと顔を輝かせた。

 

 

「いいのかー?」

(良いよ良いよ、咲夜姉のことだから私のこと待たずに晩御飯の準備してると思うし)

 

 

 おつかいの意義を全力で否定する白夜だった。

 しかしあの姉のことだから、おそらく自分に大して期待なぞしていないだろう。

 ほぅ、と息を吐いて、白夜はルーミアを連れて帰路についた。

 

 

「~~♪」

(……あ、もしかして飛んで連れて帰ってくれたりしないかな?)

 

 

 にっこにこな笑顔で斜め上を飛ぶルーミアを見て、白夜はそんなことを考えた。

 十六夜白夜、旅のお供(とも)を得る。

 




最後までお読み頂きありがとうございます、竜華零です。
だ、駄目だ、まだ使うな……こらるんだ……しかし……。

今はまだ、ルーミアに「そーなのかー」と言わせる時では無い……!

と言うわけで、今回は比那名居 天下(詳細はパチュリー裏にて)の姉側視点です。
どうぞ。


永江衣玖の場合:
「いえまぁ、妹君が(天人昇格を含め)お生まれになった時、一番お喜びになったのは総領娘なんですよ」
「何せあの性格ですから、親しいご友人も少なく……無条件にご自分を慕ってくれる存在というのは、妹君が初めてだったんでしょう」
「いやもう本当、猫可愛がりでして。妹君があんなに素直に育たれたのが不思議なくらいですよ」
「私ですか? いえまぁ、確かに妹君は私のことも慕ってくれているので、好きですよ」
「ただ、その、総領娘様が妹君を喜ばせようとするのは良いのですが。緋想の剣を持ち出したり、要石を持ち出したりするのはやめてほしいです。あと、私にも黙って天界を抜け出すのも……」

比那名居天子の場合:
「天下――――! 遊びに行くわよ! そんなお勉強なんて良いから良いから!」
「今日は地上に行くわよ、地上の……えーと、何だったかしら。空飛ぶ幽霊船? のお寺? の地下? から何かが出てきたとか何とか?」
「怖い? だいじょーぶよ天下! 私が一緒なのよ? 怖いことなんて何も無いわ。いざとなればこの緋想の剣でズバッよ。おねぇちゃんに任せときなさい!」
「だからほら、ほーらっ、乗って乗って!」
「ん? え、えへへ……うんっ、わたしも、てんかがだいすきよっ(ぎゅうっ)」

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