東方従者伝―瀟洒の妹―   作:竜華零

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古明地さとり:表

 拍子抜けと言うよりは、安堵と言った方が正しい。

 その部屋はどうやら書斎のようで、壁の片側に本棚があり、部屋の一番奥の窓を背にするような形で洒落た机が置かれている。

 絨毯や薔薇を活ける花瓶など、華美では無いが瀟洒な造りの部屋だ。

 

 

「……どうぞ。地底の茶葉ですが、人間の方にも害はありません」

(あ、これはどうもご丁寧に)

「いえ、こちらこそペットがご迷惑をおかけしました」

 

 

 応接用の机に座らされた白夜の前に、白い陶器のティーセットが置かれる。

 何やらクッキーまで出して貰って、至れりつくせりである。

 正直お燐に脅かされていた分、白夜は心の底から安堵していた。

 

 

(よ、良かったー。何だかパチュリー先生みたいなイメージの妖怪さんで)

 

 

 物腰柔らかなあたりが似ている、それとゆったりとした衣服を纏っている所も。

 水色のフリルシャツに膝までの桃色のスカート、履いているスリッパがどこか生活感を醸し出していた。

 髪は薄紫でやや癖があり、眠たげに半分閉ざされた瞳は紅。

 幼めな容姿と相まって、同じくらいか年下の少女のようにすら見える。

 

 

 それでも彼女も妖怪、白夜よりもずっと長い時間を生きているのだろう。

 血管のように身体の各所に繋がる赤いコードと、そのコードを束ねているように見える目玉がその証拠だ。

 彼女の左肩のあたりに浮かんでいるそれは紛れも泣く「目」で、ぎょろぎょろと動いている所が少し不気味だった。

 

 

「それで、本日はどういったご用向きで?」

(ご用向きって言うか、知らない妖怪に落とされました)

「知らない妖怪? ……ああ、スキマの。それは災難でしたね、でも地底に封じられたわけでも無いので、そこまで落ち込むことも無いでしょう」

(ふ、封印? 何かまた物騒な単語が聞こえたような。ここってそんな危ない所なの?)

「まぁ、危ない所と言うか……地上を追われた者達の行き場であり生き場なの。鬼しかり、橋姫しかり、土蜘蛛しかり……」

 

 

 出された紅茶もなかなか美味しい、地底の茶葉とやらも馬鹿には出来ない。

 地上のそれと比べて深く濃い味わいがあり、一口飲んだ後にも舌と喉に余韻が残る。

 色合いも、何となく赤みが濃い気がする。

 文句なしに美味しいのだが、飲み慣れていないせいか物足りなさも感じていた。

 

 

「普段から、美味しいお茶を飲んでいるのね。羨ましい限りです。地底の茶葉は芳醇ですが、代わりに後味の良さでは地上に一歩及びませんから」

(い、いえいえ。このお茶も凄く美味しいです!)

「ふふ、ありがとうございます。でも、貴女にはもっと好きなお茶があるのね。というより、そんなお茶を淹れてくれる人がいるのかしら」

 

 

 何となく恥ずかしいことを指摘されたような気がして、白夜は頬を薄く赤く染めた。

 そして、ふと気付いた。

 さっきから何事もなく会話――白夜は一言も言葉を発していないが――が成立しているが、これはおかしい。

 会話が成立しているなら良いじゃないかと言う者もいるかもしれないが、そうも言っていられない。

 

 

 何故ならば、説明していないはずのことまで知っているような口ぶりだったからだ。

 思わせぶりな口ぶりは主人の姉(レミリア)で慣れているが、この目の前にいる妖怪はそう言うものとは違うとわかる。

 では、どうして会話が成立しているのか?

 

 

「ああ、申し遅れました。私はさとり、古明地さとり。この地霊殿の主です」

(あ、ええと)

「ええ、十六夜白夜と言う名前なのね。太陽の無い地底では宝物のような名前ですね。ああ、一応地底にも太陽みたいな()はいるけれど」

(う、うー? 何か変だ、こう、違和感が)

「そう、紅魔館と言う館から来たのね。いろいろ個性的な方がいて、毎日が楽しいと。羨ましいですね、ここはとても静かなので」

 

 

 話さずとも、伝わる。

 口にせずとも、脳裏に思い浮かべるだけで伝わる。

 まるで、頭に思い浮かべる情景をそのまま読み取られているかのように。

 

 

(来たよ、これ)

 

 

 安堵が一瞬の上に消えて、次いで危機感が来た。

 先のスキマ妖怪の時にも想起した、幻想郷で人間が生きていくために必要なもの。

 白夜の危機に対する嗅覚が、嫌が応にも反応した。

 自分は今、まさに、危険の中にいる。

 

 

「そんなに警戒しなくとも大丈夫ですよ、私は腕っ節にはあまり自信がありませんので」

(そうなんだ。でもねさとりさん、私は知っているんだ。この幻想郷では妖怪の言う「腕っ節には自信が無い」がまるであてにならないってことを)

「うふふ、私は本当に自信が無いんですよ」

 

 

 自身の細い腕を示しながら、さとりは妖しく微笑んだ。

 

 

「私はさとり、(さとり)です。人間の心を読む妖怪」

(心を、読む?)

「お燐から逃げようと、実にたくさんの人に助けを求めていましたね」

(はぅあっ!?)

 

 

 恥ずかしさで胸が締め付けられる。

 ではあれだろうか、姉に助けを求めまくっていたあの思考を全て読まれていたと言うのだろうか。

 だとすれば、本気で恥ずかしすぎる。

 

 

「ふふふ、本当に変わった人ですね。私と言う妖怪を前にして、そんな暢気なことを考えられるだなんて」

(ええー……まぁ、フラン様みたく殺し来てるわけじゃないしね)

「なるほど、随分と危険な生活を送っているのですね」

 

 

 ぎょろり、と、第三の目とも言うべき目玉が白夜を捉える。

 その上で、さとりは小首を傾げるような仕草をした。

 幼めの容姿と合わさって、それはとても可愛らしく見えた。

 細められた紅の瞳に、薄紫の妖気の色が揺れる。

 

 

「それなのに」

 

 

 可愛らしいはずのその仕草が、まるで首筋に刃物を突きつけられたかのように感じられる。

 

 

「それなのに、貴女は妖怪のことを信じている」

 

 

 妖怪は人間を食べるもの。

 しかし妖怪と共に生きている白夜にとって、その事実はどれ程の重みを持つのだろう。

 妖怪によって与えられる危難に敏感になっていながら、しかし一方で。

 彼女は一度も、妖怪の棲む館から逃げ出そうとはしなかった。

 あの紅い紅い、吸血鬼の館から。

 

 

「だから、そんなに無防備に私の出したお茶を飲んでくれたんですね」

 

 

 視線を落とす、そこには赤い――紅いお茶がある。

 味が濃く、深く、後に残る芳醇な紅いお茶。

 

 

「――――お味は、いかがですか?」

 

 

 くすくす、くすくす――――。

 耳に残る、それこそ心を侵食されるような、そんな声が頭に響く。

 ぎょろりとした第三の目(サードアイ)に見つめられながら、白夜は。

 

 

妖怪(わたし)の淹れた、お茶の味は?」

 

 

 白夜は、妖怪の胃袋(さとりのせかい)の中にいた。

 




最後までお読み頂きありがとうございます、竜華零です。
ついに来たか、この方との邂逅が。
無口無表情キャラクターを描くと、どうしても出したいですよね。
むしろそのために、展開を無視して地底にまで飛んで貰ったのですから(え)
さて、次回のさとり様視点はどんなさどり様を出そうか……(誤字にあらず)

というわけで、そろそろ終わりの東方妹シリーズ。
今回は藍様の妹、八雲紅(魂魄妖夢・裏にて詳細)です。


※八雲紅の反逆精神について。

八雲紫の内心:
「向上心は買うけれども、何分空回りしているものね。主として、正しい道に矯正するのがせめてもの応援というものでしょう」

八雲藍の内心:
「式の本分をわきまえろと言っても聞かないので、最近は少し諦めています」

橙の内心:
「なんだかかわいそう」

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