白夜は、全力で
何が起こったかは定かでは無いが、薄目を開けて見た限りでは自分は空を飛んでいるらしかった。
自分は空を飛べないので、誰かに運ばれていることになる。
そして白夜は、自分を運ぶその背を良く知っていた。
(……不味い。非常に不味いよこれは)
どう言うわけか姉が自分を運んでくれているようだが、今の状況を考えてみよう。
時間 → 寄り道しまくったせいでそろそろ明け方。
成果 → なし。むしろ荷物を全て無くしたのでマイナス。
結果 → お説教確定(イマココ)。
考えれば考える程、褒められる要素が皆無であることに気付く。
気付いてしまったので、とりあえず気絶を続けることにした。
作戦はこうである、「気絶しておけばとりあえず部屋のベッドとかに運んでくれるはず。後は隙をついて美鈴姉の所に逃げ込んで助けてもらおう」、完璧な作戦であった。
「プランBの無い作戦は、大体において失敗するものよ」
何か声をかけられたような気がするが、とにかく完璧な作戦であった。
その時、身体の中がふわっとする感覚がした。
降下しているのだ、空を飛べない白夜は無意識に姉にしがみつく力を増した。
「まったく……」
ポツリとした呟きにドキッとするが、きっとバレていないので気絶を続けた。
しかしどうやら、その呟きは白夜に向けられたものでは無かったらしい。
薄目を開け、自分を背負う姉の肩越しに眼下を見た。
するとそこは紅魔館であった。
姉がどうして自分を迎えに来てくれたのかは知らないが、どうにか戻ってこれたらしい。
まぁ、正門が吹っ飛んでいたが。
何やら見覚えがあるような砲撃の跡が見えるが、あれはひょっとした館の玄関まで続いているのではないだろうか。
そう思った矢先、館の一部で爆発が起こった。
図書館の方向から起こったそれは白煙を上げ、直後に白煙の中から白黒の何かが飛び出してくるのが見えた。
「この忙しい時に、仕事を増やしてくれる優しい人しかいないんだから」
「お? おお、誰かと思えば紅魔のメイド姉妹じゃないか。どうしたんだ、こんなところで」
「むしろ貴女がいる方がおかしいでしょうに」
「私はいつだって、自分のいたい所にいるぜ」
そこにいたのは、箒に跨った魔法使いだった。
黒を基調とした衣服に白いエプロン、そしてリボンのついた黒の三角帽。
パチュリーを「魔女」とするなら彼女はまさに「魔法使い」と言うべき見た目の少女で、白夜その少女を良く知っていた。
「また門や図書館をあんな風に壊して、いったい誰が修理すると思っているのかしら」
「門番の心配はしないのな、お前」
「修理費も
「たまには美鈴の心配もしてやれよ、私が言うのも何だか妙な話だが」
「わかっているなら、少しは加減して貰いたいものね」
姉――咲夜に「魔理沙」と呼ばれたその少女は、朝日に白み始めた空を背景に、太陽のように快活な笑みを浮かべて見せた。
そうして顔の前で二本指を振るような仕草をする魔理沙に、咲夜は深々と溜息を吐いた。
それから魔理沙の下に――箒の柄にぶら下げられている――揺れる布袋を見て。
「また盗んだのね」
「盗むだなんて人聞きが悪いぜ。借りてるだけだ、死ぬまでな」
(そんな発想をするのは、魔理沙さんだけだと思うけど)
この魔理沙、パチュリーの図書館から本を盗んでいく常習犯である。
白夜は図書館の地下にいるフランのメイドなので、パチュリー・小悪魔の2人を除けば良くその現場に出くわす人間であった。
そしてパチュリーの課題の本をこっそり目立つ所に置き、盗ませることもしばしば。
次の日には枕元に置いてあったりするので、軽くホラーではあるが。
しかしまぁ、意外と説得力のある理屈でもある。
種族・魔女のパチュリーより普通の人間である魔理沙の方が遥かに早く死ぬのだから、魔理沙が死んだ後に回収すれば良いというのは説得力があるように聞こえる。
だが、咲夜はそう思わないらしく。
「貴女が生きている間に本が無事な保障なんて無いじゃない」
「私は物を大事にする方だ」
「貴女の家の惨状でそんな言葉が信じられるわけないでしょう」
どうやら説得力は気のせいだったようだ。
(あ、相変わらず、凄い人だなぁ)
姉を前にして泰然自若な態度を保っていられる魔理沙に、白夜は感嘆していた。
百年の魔女パチュリーから本を強奪できるだけでも凄いのに、幻想郷の有力な妖怪のほとんどと繋がりがあるのだ。
過去、何度と無く起こった異変のほぼ全てに関わっているからである。
そんな人間が、他にいるだろうか?
戦績だけなら咲夜よりも上、まさに百戦錬磨の4文字がぴったり合う。
妖夢の異変の時、彼女の弾幕を見たことがある。
星を象った物やレーザーを織り交ぜたそれは美しく、そして楽しい物だった。
火力が全てだと言いながらその実、誰よりも美しい弾幕を張ろうとするその姿勢を「凄い」と思った。
「はぁ……まぁ良いわ。それにしても、貴女がこんな朝早くから来るなんて珍しいわね」
「お、何だ何だ、今日は優しいな。あれか、妹をおんぶ出来てご機嫌ってわけか?」
「……………………」
「き、今日はほら、神社でアレだろ? だから早めに来たんだよ、日課だからな」
「嫌な日課もあったものね」
(さ、さっきの間に何があったんだろう……)
引き攣った顔でしどろもどろになる魔理沙に、咲夜は呆れたような声音で言った。
気絶したフリを続けている白夜には、2人の表情を伺い知ることは出来ない。
例えば姉の表情など、姉の背中からでは見えない。
「お前らも来るんだよな? じゃあ、また後でな!」
「あ、ちょっと待……はぁ、仕方ないわね」
再び指2本を振り、笑顔1つ残して飛び去る魔理沙。
呼び止める間も無く飛び去ってしまったその背中は、あっという間に見えなくなってしまった。
後に残るのは、星のように煌く魔力の残滓だけだった。
「やれやれ、相変わらず素早いこと」
完全に魔理沙の姿が見えなくなるまで見送った後、咲夜は門前――鉄製の柵が吹き飛んで跡形も無いが――へ降りるべく下降を始めた。
白夜もまた、気絶のフリを続行するために目を閉じた。
だが……。
「ところで白夜、地面に降りたら自分で歩きなさい」
(ドキッ)
完璧で瀟洒な姉に、隙などあろうはずも無かった。
最後までお読み頂きありがとうございます、竜華零です。
今回は魔理沙回です、彼女は東方の中でも特別な存在の1人ですよね。
と言うか、東方と言う世界そのものが魔理沙ともう1人のための世界のような気がします。
もう1人と言うのは、おそらく言わずとも東方ファンの方々なら容易に想像できるでしょう。
この2人が生きて、そして死ぬ世界。
私にとっての東方は、そう言う物語だったりします。