――――嗚呼、自分は今日、ここで「死ぬ」のだ。
10歳の冬、白夜はそう確信した。
暖房も無い暗い、暗い地下室の中で、白夜はある悪魔に出会った。
悪魔の名はフランドール・スカーレット、狂える吸血鬼である。
「あら、あなたはダァレ?」
この時、未だ紅白の巫女は現れず、また白黒の魔法使いもいない。
姉からは遠ざけられ、魔女や門番は封印の守人であり、そして瀟洒な従者は姉の所有物だ。
誰もいない。
誰の助けも借りられないそんな状況で、白夜は独り、狂える吸血鬼の前に立たねばならない運命だった。
そしてその運命を自覚した次の瞬間、白夜は死んでいた。
いや、正確には死んだと思った。
死ななかったのは偶然に過ぎない、フランドールの能力が不安定であっただけのことだ。
視界の中を何かが擦過しかと思えば、後ろが爆発した。
家具が吹き飛び、その破片が背中や肩に当たった。
「あはっ、ハズシチャッタナァ」
ケタケタとした笑い声が耳に届く、そして気が付くと仰向けになっていた。
次いで、首のあたりにじんわりとした痛みが広がってくるのを感じた。
そして、お腹に重み。
「ねぇ、アナタはだぁれ?」
闇に輝く紅い瞳、七色に広がる翼、割れた唇から覗く牙、首を締め上げる腕力。
10歳当時の白夜にとって、同い年にしか見えない女の子に押し倒されると言うのは衝撃だった。
それでも気後れせずにいられたのは、2年に及ぶ姉の訓練の賜だろう。
まぁ、肝はすでに物理的にも精神的にも潰れかけていたが。
「おねぇさまのぷれゼントかな? でも、どうせすぐにコワレチャウ」
「…………」
「アハッ、アハハハハッ、キャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!」
これが、白夜とフランドールのファーストコンタクトだった。
この後は、身の毛もよだつような恐怖の時間が続いた。
掴まれ、引き摺られ、叩かれ、殴られ、潰され、噛まれ、そして壊された。
それを何度も何度も何度も繰り返される中で、白夜は抵抗らしい抵抗を試みることすら出来なかった。
そんな日々が、延々と続いた。
毎日のように地下に通い、毎日のように同じことをされた。
そして毎朝、姉の部屋で目を覚ました。
姉は白夜に甘えを許さなかった、褒めもせず逃がすこともしなかった。
ただ毎日毎日、白夜を地下へと送り出したのだ。
「それは貴女の役目よ、しっかりとこなしなさい」
氷のような美貌を僅かも動かさず、そう言うのだ。
そして白夜は逆らうことなく、その通りにした。
後から思えば、諦めていたのかもしれない。
この件に関しては、美鈴も自分を助けてはくれなかったから。
「ねぇ、白夜」
それでも心を切らさずにいられたのは、フランドールにも精神が安定している時があったからだ。
そう言う時のフランドールはレミリアの妹らしく、節度と礼節を弁えた令嬢として振る舞った。
400年を生きるフランドールにとって1年と言う時間は瞬き程度の物だ、だが同時にそれだけの時間を共に過ごした相手はほとんどいない。
フランドールが白夜に友誼を覚え始めたのは、そんな頃のことだった。
そしてフランドールは、友誼を覚えた白夜を自分から遠ざけようとしたことがある。
彼女は自分の狂気を自覚していたし、白夜が脆弱な生き物であることも理解していた。
聡明であるが故に、己の狂気を客観的に見ることが出来たのである。
それはもしかしたなら、とても不幸なことなのかもしれなかった。
「貴女はどうして、私と一緒にいてくれるの?」
レミリアの命であろう。
姉の命令のせいであろう。
だが1年を過ぎる頃になると、白夜は自分の意思で地下へ通うようになっていた。
あの聡明な、そして狂気に犯された吸血鬼の女の子の傍にあろうとするようになった。
「貴女はどうして――――壊れないの?」
そしてそれを可能としたのが、8歳の頃に発現した能力だった。
白夜の能力は姉である咲夜の「時間を操る程度の能力」に似ているが、それでいてまるで違うものだ。
しかしその能力のおかげで白夜は傷つくことが無く、破壊されることが無い。
名付けて「時刻を操る程度の能力」、あるいは「瞬間を操る程度の能力」。
「白夜、白夜――――白夜白夜白夜」
時間とは、過去から未来へと繋がる連続した「間隔」のことを言う。
咲夜はその流れを自在に操り、区切り、止めることが出来る。
一方で時刻とは、瞬間的に起こる人間の「感覚」のことを言う。
姉妹の能力に名前をつけたパチュリーによれば、咲夜は客観的に見た「時間」を操り、白夜は主観的に見た「時刻」を操る――らしい。
故に白夜は姉のように時空間を支配することは出来ない、代わりに白夜は自分が感じる瞬間を選択することが出来る。
肉体の時刻を停止させ、いかなる変化からも身を
これがあればこそ、白夜はフランドールの暴虐から生き残ることが出来たのだ。
「ただし」
ただし、と、白夜の診察をしたパチュリーは言っていた。
「ただし、自分の時刻を止めると言うことは、貴女の「意思」をも止めると言うことよ。この力を極むれば、貴女はもしかしたなら完全に「止まって」しまうかもしれない。何者の干渉をも受けない究極の存在になれるかもしれない。けれどその代わり、貴女は…………まぁ」
気をつけることね、と、パチュリーは忠告していた。
しかし忠告された所で、白夜に何が出来ただろうか。
それに後から思えば、1年に及ぶ狂気の日々に白夜の心が耐えられたのも、この能力のおかげだと思えた。
その意味では、すでにして白夜の
「白夜、大好き」
そうして、白夜はフランドール付きのメイドとなった。
閉ざされた空間の中、聡明と狂気の間を行ったり来たりする主人と多くの時間を共有した。
数年が経ち、もはやそれが自分の生活そのものだ思い込んでいた。
「あー? なんで、こんなに館の攻撃が激しいんだ?」
「誰? 前来た時は居なかったような気がするけど……」
紅白と黒白の2人が、運命の檻をぶち壊しにやってくるまでは――――。
最後までお読み頂きありがとうございます、竜華零です。
レミ咲に比して、実はよりバイレンスな2人だったりします。
バイレンス過ぎて描けないくらいです、はい(え)
そして明かされる白夜の能力。
最終的には本気で凍れる時間の秘法になる予定。
満月の夜にだけ動けるとかになると、ロマンチックになったりしますかね。
そしてそんな運命を破壊する妹様、劇場版にでも出来そうなネタですね。
さて、実はこれにてお話は全ておしまいです。
副題の形に挙げたキャラクターは実に20人、それぞれの話の中でちらほら登場した分を含めても相当の人数を描いたはずなのですが、それでもまだ未登場の勢力が存在したりします。
恐るべし東方の層の厚さ、描き切れやしませんね。
いつか別の物語として勢力ごとの話とかも描いてみたいですね、そうだ、子育て話とかどうだろう。
それはそれとして、それではまた。
次回と、エピローグにて。