幼い頃から、その姉妹は『時』を共有したことが無かった。
姉が童女の頃、妹は赤子であり、『時』を同じくすることは無かった。
妹が童女となった頃、姉は少女となり、やはり『時』を同じくすることは無かった。
妹が少女となった後も、同じことだった。
姉は、いつも妹の一歩先を行っていた。
どんな分野であっても常に姉の方が上で、妹はそんな姉に勝とうとも思わなかった。
姉もまた、妹に勝とうとすら思っていなかった。
先の『時』を歩む姉の後ろを、妹が追っている、その姉妹はそんな関係だった。
(もし、私がいなかったら)
フランドールに戯れに問われた時だったろうか、妹は、一度だけ考えたことがある。
もし自分がいなければ、姉はもっと完璧な存在だったのではないか?
今以上に完全無欠で、無駄も隙も無い超人となっていたのではないか。
自分は、姉の足枷でしか無いのではないか。
そう思うと、姉は自分の存在を有難いものだとは考えていないだろうと思った。
「もし、私がいなかったなら」
美鈴と酒を酌み交わしていた時だったろうか、姉は、一度だけ口にしたことがある。
もし自分がいなければ、妹はもっと可能性に満ちた存在だったのではないか?
今以上に柔軟で、固くも縮まりもしない自由な人間となっていたのではないか。
自分は、妹の檻でしか無いのではないか。
そう思うと、妹は自分の存在を疎ましく考えているだろうと思った。
(でも、咲夜姉がいなかったら)
逆に一度だけ、妹は思ったことがある。
もし姉がいなければ、自分はどうなっていただろう。
おそらく、すぐに死んでいただろう。
力も智慧も無く、ただの小娘として、妖の腹に収まっていただろう。
良しにつけ悪しきにつけ、姉の導きが無ければ、姉の後ろをついていっていなければ。
この幻想郷で、自分の生きる場所は無かっただろう。
「でも、白夜がいなかったなら」
逆に一度だけ、姉は口に出したことがある。
もし妹がいなければ、自分はどうなっていただろう。
おそらく、もっとつまらない人間になっていただろう。
今より強大だったかもしれないが、それだけだったろう。
自分の後ろを妹が歩いている、そう思わなければ、ひとりで道を歩いていたなら。
この幻想郷で、自分の生きる意味は無かっただろう。
「結局の所、あの2人は共にいなければならない運命なのよ」
紅い館の主は、図書館の魔女を相手に常にそう言っていた。
魔女は運命を操ると
あの姉妹は、2人で共にいて初めて力を発揮する、と。
しかし館の主は口にしなかったが、魔女は知っていた。
それでも結局、あの2人は同じ『時』を生きることは出来ない。
それはとても哀しいことのように、図書館の魔女には思えたのだ。
「大丈夫よ」
そしてそう言う時、館の主は魔女の手を取って言ったものだ。
大丈夫、と。
あまりにも自信満々に言うものだから、魔女も最後には笑顔と共にその言葉を信じた。
自分が育てた2人の生徒は、大丈夫なのだと。
◆ ◆ ◆
「アハッ、アハハハッ、待ってよ白夜ァ――――ッ!」
(いぃぃいいいぃやあぁああああああああああああああぁぁ――――――――っっ!?)
今日も今日とて「きゅっとされる」一日、白夜は泣きそうだった。
膝を腰のあたりまで上げ、腕を俊敏に上下しながら走る様は妙にスタイリッシュであった。
背後に迫るフランドールの狂気を切実に感じながら、ひたすらに走る。
ちなみに走る先からフランが「きゅっと」しているので、一見すると白夜の脚力で床や壁が爆発しているようにも見える。
それが実はほんの少しずつ近付いてきているのだが、フランはそれをわざとやっているのだとわかっていた。
つまり愉しんでいるのだ、サディスティックなことだと心から思う。
「キャハッ、つっかまーえたァ―ッ♪」
(つ、捕まったあぁ――――ッ!?)
後ろから背中に飛びつかれた瞬間、白夜は前のめりに倒れた。
無傷である。
しかしそれは奇跡だった、普通の人間だったら抱きつかれた段階で身体が真っ二つに引き裂かれていただろう。
だが問題はその後だった。
第一に、自分はうつ伏せに倒れている。
第二に、背中にフランが乗っている。
つまり、ピンチだった。
(た、たすけてええぇ――――え!? ……え?)
気が付いたら、1人で床の上でバタバタしていた。
爆発の痕も跡形も無く消えており、砕けた照明や調度品も全て元通りになっていた。
フランはと言えば、部屋のベットの上――もちろん、これもしっかりとベットメイキングし直されている――で、すやすやと眠っていた。
「白夜」
(……あ、咲夜姉か)
姉だった。
そうだろうとは思っていたが、いざ目の前にすると、認識が追いついてきた。
いつものことだった。
だが、今日はいつもと違うようだった。
「行くわよ」
(え、どこに?)
姉はいつも結論だけ言うので、白夜は理解が追いつかないことが多い。
そう言う時、姉はいつも溜息を吐いてから説明する。
説明してくれるわけだが、だからと言って白夜がそれで理解できるかと言うのはまた別の話だった。
「異変の解決よ」
(……あ、じゃあ私はこれで)
「待ちなさい」
身を起こして背を向けた途端、首根っこを掴まれた。
そしてそのままズルズルと引き摺られていく、気のせいでなければベットの上でフランが手を振っているような気がする。
「レミリアお嬢様のご命令よ。幻想郷中が水浸し、館はパチュリー様の結界で無事だけれど」
(えー、何それ)
「さぁ、それはわからないわ。パチュリー様によると、海と言うらしいけれど。幻想郷中が水底に沈んでいるものだから、流水が苦手なお嬢様は随分と苛立たれていたわ」
自分達が動く理由など、それで十分だ。
そう言って、姉は静かに自分を引きずって行く。
白夜は異変の解決にはまるで役に立たないだろうに、それでも連れて行くのだ。
そう言う姉の心理が、白夜は良くわからなかった。
「――――命令よ」
そうして、結局はその言葉で終わるのだ。
命令と言われてしまえば、白夜には逆らいようも無い。
逆らおうと、そう思ったことも無かった。
そう言うのは、正直ズルいと思う。
「…………」
「……そんな顔をしてもダメよ」
自分よりも、2つ年上の姉。
常に2つ年上なものだから、何かを共有したと言う認識は余り無い。
でも、生活は共にしていた。
共に食べ、共に学び、共に眠り、異変をも共にした。
そうしようと、してくれている。
10歳の頃はわからなかった、齢15を数えて、ようやく、そう思えるようになった。
『時』を共有出来なかった姉妹だからこそ、何かを共にしたいと想ってくれている。
この幻想郷で、この紅魔館で、そう言うことに何の意味があるのか。
どういう、救いがあるのか。
わからない、だが15年を一緒に過ごしてきて、その中で。
「さぁ、行くわよ」
(はーい……)
姉は結局、妹の手を離さなかった。
妹は結局、姉の手を振り払わなかった。
つまりは、そう言うことなのかもしれない。
そう言うことの中で、姉妹は、互いに対する感情を現実のものとして受け止めていた。
(門で、美鈴姉に助けてもらおう)
「美鈴に助けを求めても無駄よ、先に『
(美鈴姉ぇ――――ッ!?)
――――すなわち、お互いのことを心から「
最後までお読み頂きありがとうございます、竜華零です。
本話をもって本作は終了となります。
ここまで来れたのも、読者の皆様のご声援・ご助力があればこそです。
本当にありがとうございます。
とりあえず、縁起の白夜該当ページを作って終わりにしたいと思います。
これは少し時間がかかるかもしれません。
それでは、また次回。