こぽ、こぽこぽ……と音を立てて、熱いお湯がポットの中に沈む。
大図書館備え付けの給湯室――小悪魔が来てから作られたものだ――に立ち、さっき白夜に言ったようにお茶の準備をしながら、小悪魔はあることを考えていた。
柔和に微笑しながら、彼女は思う。
(お腹空いたなぁ)
随分と
ただ彼女も妖怪であるから、ここで言う「お腹が空いた」と言うのは、当然、妖怪としての空腹のことを差している。
しかし、小悪魔は人間を食べない。
何故かと言うと、彼女が小悪魔だからだ。
少し意味が伝わりにくいなら、こう言えばわかるだろうか。
彼女はレミリアと同じ美食家……いや、偏食家なのである。
食べるのは人間では無く、「人間の魂」なのだ。
「……はぁ」
軽くお腹を押さえて溜息を吐く様は、少女めいた容姿を相まって愛らしくすらある。
きゅるる、と音がして顔を赤らめ、誰にも聞かれていないか周囲を窺う様などは、童女のようだった。
誰もいないことにほっと息を吐くと、今度は戸棚からお茶菓子を出し始めた。
「わっ……あーあー」
その時、包装が古かったのか緩くなっていたのか、お菓子がザラザラと零れ落ちてきた。
床に積み上がったそれを見て、溜息を吐く。
しゃがみ込んで一番上のお菓子を指先で拾った時、ふと、何の気なしにそれを口に運んだ。
かしっ……と、先の方だけを齧り取る。
すぐに、形の良い眉が
不味い、小悪魔の味覚にはやはり合わなかった。
彼女の主人や主人の親友などはこういうお菓子を好むのだが、いまいち理解できない部分だった。
人間でも無いくせに人間みたいなお菓子を好むのだから、良くわからない。
あの人間、十六夜咲夜が来るまではそんなことも無かったのに。
「……侍女長、相変わらず美味しそうだったなぁ」
小悪魔は、飢えていた。
彼女がこの大図書館で司書として働いているのは、居心地が良いというのもあるが、一義的には主人との契約による。
そして普通、悪魔とは契約の完遂で契約者の魂を頂くと言うのが相場だ。
ところがどっこい。
小悪魔の主人は魔女、それも種族としての魔女であり、基本的に不老で、しかもほぼ不死だ。
いつまで経っても、魂を得られない。
ただ働きである、いや館の主人が稀に人間の魂を給料代わりにくれるので最低限は満たされているが、それでもだ。
そんな時だった、あの十六夜姉妹が館で働くようになったのは。
「メイド長もですけど、侍女長は本当に美味しそうな香りをさせますよね」
姉である咲夜は、それはそれは美味しそうな香りのする人間だった。
言ってしまえば鈴蘭の香りだ、静かで香り立ち、それでいて涼やかで整った美しい魂。
ただ、そちらは館の主人であるレミリアが完全に「握って」いて、手が出せなかった。
だが、妹の白夜は別だ。
花開いた直後の牡丹のように強烈に香る魂を前に、美味な魂に飢えていた小悪魔が我慢できるはずもなかった。
と言うか何なのだアレは、表情は動かず喋りもしないくせに、魂はやたらに香りを振りまいている。
誘っているとしか思えない、小悪魔的に。
だから、「食べたいなぁ」と思うのだ、強く、強く強く強く。
「でも、メイド長怒らせると怖いしなぁ」
最初の数年はそれでも我慢したのだが、いつだったか、我慢できずに寝込みを襲ったことがある。
と言っても、ちょっとだけつまみ食いしようという、そう、可愛らしいものだったのだが。
結果は、まるで洒落にならなかった。
……うん、洒落になっていなかった。
「……あの時は、本当に危なかったなぁ」
と言うか、主人が緊急で魔力を分けてくれていなければ、魂を寸断されて滅びていたと思う。
いや、ジョークでも何でも無く。
悪魔を滅ぼす人間なんて、フィクションの中だけだと思っていたのだが。
脳裏に浮かぶのは、視界を埋め尽くす銀閃……。
「小悪魔」
「……!」
不意に声をかけられて、小悪魔はその場で直立不動の体勢を取った。
振り向くと、そこに銀髪のメイドが立っていた。
咲夜である。
「あれ、メイド長じゃないですか」
「邪魔をしたかしら?」
「いえいえ、そんなこと無いですよ。それより、何かご用ですか?」
「ええ、あの子がどこに行ったか知らないかしら?」
「侍女長ですか」
ふと、嘘を教えてやろうかと悪戯心が鎌首をもたげる。
が、後が怖いので本当のことを教えておくことにした。
「侍女長なら、パチュリー様に呼ばれて奥に」
「そう、有難う。それと、あの子の分のお茶はいらないわ」
「あ、はい」
わかりました、と言った時には、すでに咲夜の姿は無かった。
1秒もしない内に消えるのは、いつものことだ。
だから小悪魔は緊張を抜くように溜息を吐いて、とにかく足元のお菓子を片付けようとして。
「あれ?」
無かった、綺麗に片付けられてしまっていた。
いつの間に、とは思ったが、誰が、とは思わなかった。
咲夜に決まっている、能力を使って片付けてくれたのだろう。
いつの間にか、お茶菓子の準備まで出来ている。
そして小悪魔の足元には、零れたお菓子の代わりに。
「……えー……」
銀のナイフが一本、置かれていた。
突き立てられているわけでは無い、ただ置かれていた。
置き忘れかとも思ったが、あの完璧な人間がそんなことはしないだろう。
小悪魔は、そっとそのナイフを拾い上げて。
「おお、怖い怖い……」
銀の刃先に、ちろりと紅い舌先を這わせたのだった。
活動報告において「他の東方キャラで妹を作るとすれば?」をテーマに募集をかけた所、実に多くのユーザーの方々に応募頂きました。
これから15話をかけて、その妹達を紹介していきたいと思います。
それでは、まず1人目は……射命丸文の妹です!
グニル様(小説家になろう)、からすそ様(ハーメルン)提案。
・射命丸 駒(しゃめいまる こま)
種族:鴉天狗
能力:風塵を操る程度の能力
※その気になれば砂嵐も起こせます、が、基本は雲隠れの術です。
二つ名:風塵の鴉、風神の妹、四コマ天狗
容姿:ピンピン跳ねる黒髪(ロング)に赤の瞳、天狗装束(山伏装束)
テーマ曲:風塵少女
キャラクター:
伝統の幻想ブン屋、射命丸文の妹。射命丸文の妹に生まれたことが、彼女の運の尽き。
妖怪の山の外に出ることはあまりしない、したくない、引き篭もり思考万歳――なのだが、「取材の手伝い」と称して姉に引っ張り回される毎日である。
ある時は神社、ある時は森、ある時は人里、と、行動範囲の広さはかなりのもの。
そのため、意外と顔が広い。
なお姉が取材対象を怒らせた場合、彼女が生け贄にされるのは言うまでも無い。
好物は人里名物メロンパン、メロンパンを与えれば大体のことは許してくれるので、姉である文はメロンパンを常備しているとかいないとか。
四コマ漫画家。
姉の作る新聞「文々。新聞」の編集助手である彼女だが、実はもう一つの顔がある。
文々。新聞において、四コマ漫画を描いているのだ。
そう、新聞の社会面左上のアレである。
タイトルは、『おーい、先代』
主な台詞:
「ああ、今日ものどかな一日――「駒! 取材に行きますよ!」――だったら良いなと、私はそんな儚い夢を見た」
「いや、そう言う文句は文ねぇに……何故いない!? 何故いつもいない!? そして何故、どいつもこいつも「あ、あのブン屋逃げやがった。じゃあ良いか妹で」って発想になるのか!? あ、ちょ、やめてやめて『夢想封印』と『マスタースパーク』を同時はシャレにならな(ピチューン!)」
「ああ、四コマのネタが無い……ネタが無い……ネタ、無い……なら、作る!!」
「そのネタ、頂きぃ――――ッ!!」