―――ある時、一人の少年が高熱を出して倒れこんだ。友人と遊んでいる時に突如として苦しむ間もなく倒れこみ、意識を喪失した。幸いともいえるのが友人というべき少女が幼いながらに英才教育を施されていた影響か、幼い子供とは思えないほどに落ち着いて救急車を呼んだ事により、早急に病院に搬送された。それでも少年は41℃という高熱に入り、命の危険すらあった状況にあった。そして1週間という時間を苦しみぬいた少年の高熱は漸く引き始め、彼は意識を取り戻した。だがこの時からこの少年の性格が明らかに変化したと、皆思うようになった。何故ならば―――
「病院食って味薄いな……」
彼は高熱にうなされている間に自身が知らないはずの記憶が一気に流れ込み、彼の精神を大きく作り変えてしまったのだから。元あった色は新しく入った色にあっさりと飲み込まれて一つになってしまった。元あったそれは多少なりとも新しい色に変化を付けただろうがあまりにも量が桁違いなためにほんの僅かに変化した程度だった。これはそんな少年の物語である。
「それじゃあ私たちは行ってくるけど……本当に大丈夫なのよね?ねぇ貴方やっぱり私は家にいた方が……」
「大丈夫だよお母さん。もうこの通り元気になってるんだからさ」
「そうだよ病院の先生たちだって大丈夫だって言ってたじゃないか。それにこの子なら大丈夫だよ」
退院して一月ほど経った頃の事、両親は彼が緊急入院したことで休みを取っていた。共働きであるが、会社が理解ある会社であった為に休みを取りやすくしてくれたり早く帰れるように手を回してくれたおかげでこの一か月はやってこれた。しかし何時までもそれに甘えている訳にも行かずに今日から通常通りに出勤するつもりなのだが、やはり心配なところがあるのか仕事に行くことに抵抗があった。
「俺なら大丈夫だよ。お母さん、それにいい加減にいかないと遅刻するよ」
「はっはっはっそうだな。大丈夫だよ、この子だってなんだか大人っぽくなってるんだから」
「そ、そうよね……そうよね、それじゃあ行くけど何かあったらすぐに電話するのよ!?」
「はいはい分かってるよ」
後ろ髪を引かれるようにしてた母も漸く納得したような表情を作りながらも父と一緒に仕事へと出かけて行った。残された少年は自室へと戻りながらベットに座り込むと過保護な母に溜息を漏らしながらも、虚空を見つめるかのように顔を上げる。
「さてと……漸く一人の時間だな」
少年はどこか安心したかのような表情を作りながら一人きりの自室の状態を楽しんでいた。あの高熱の一件以来自分が一人だけの時間というのはほとんどなかったので久しい孤独の時間というのが何処か嬉しくあった。
「
今の名前、以前にも名前を持っていた時とははるかにかけ離れている名前に慣れるのに苦労するなと溢す。高熱を出した際に彼は前世だと思われる記憶を手にした。平凡に生きて結婚して子供をもって死んだ自分、それが輪廻転生しまた新しい命となったのが今の自分。それが何故以前の記憶を思い出したのかは全く分からないが、彼には今生きているこの世界を知っていた。
世界総人口の八割が"個性"と呼ばれる不思議な特殊能力である力を持つ超人社会。ある時、中国で光り輝く赤ん坊が生まれ、世界は新しい流れに呑まれていく。不可思議な能力、のちに個性と改められる力を持った人間たち。『超常黎明期』とも呼ばれたその時代の中で徐々に個性という力は超常というカテゴリーから常識というカテゴリーに変化していった歴史を持つこの世界を。そんな彼は自分にもそんな個性があるのかと病室で思っていると自らの個性が姿を現した。
「母さんの個性はイメージした物を形にする"形成"。父さんの個性は精神力をエネルギーに変える"精神波"。俺にはこの二つの個性が混ざり合って生まれた個性が誕生した……それがこいつか」
そう、彼にも特殊能力ともいうべき個性が宿っていた。それまでは個性はあるものの出し方が分からず落ち込んでいたのが高熱がキーとなったのか出現した。それは……まるで幽霊のように突然、出現しこちらを見つめていた。人間のような形をしているそれの正体を自分は知っていた。
「"
彼の目に見えているもう一人と形容していい存在は進志がその言葉を口にするのと同時により明確な姿となった。所々に防具のようなプロテクターを装備している青い存在に思わず進志はこう呟いた。
「スティッキィ・フィンガーズ……」
見た目が違う部分などはあるが、目の前の存在は確かにどんな困難に対しても強い覚悟をもって立ち向かう男のと同じスタンドが、スティッキィ・フィンガーズがこちらをずっと見つめ続けていた。最も自分が憧れていた男のスタンドが自分のスタンドとして自分を見据えている現状にわずかな戸惑いを受けつつも、このスタンドが自らの力であると把握するのは容易かった。
これは自らの志を曲げない覚悟を誓った一人の男の物語。