いよいよやってきた体育祭当日、2週間という時間を各自が使って今日まで備えてきた。その結果が今日明らかにされようとしている。雄英の体育祭には通常の体育祭とは比べ物にならない規模の人間が集う、純粋に楽しむ為に、警備のために。全てを含めたならば数千では効かなくなるような人数だ。しかも今回はヴィランへの警戒を強める為に、オールマイトが軸になって各ヒーローに呼びかけを行った結果として2千人強のヒーローが警備として参加してくれている。今までよりもすさまじい大規模だ。
「緑谷、調子如何だ」
「うんいい感じ。進志君と百さんに教えてもらった整体に行ってみたら凄い調子良くなっちゃったよ、整体って凄いんだね」
「そりゃ何よりだ。身体の歪みとか直すのに整体は一番だからな、それに身体がなんか可笑しいんだなって実感もあったろ」
まもなく行われようとしている体育祭を控室で待っている面々の中で一番いい顔をしているのは恐らく出久だろう。今日まで進志や百、そして一佳も手伝って訓練に参加していた。その為に個性の使い方が驚くほど成長している、後は身体をどんどん鍛えていけば個性を生かせるといった具合に個性制御も上手くなってきている。どうやら彼の師匠というべき存在も出久の成長に目を見張ったらしい。
「にしてもなんか緊張しなくなったな、お前」
「確かに凄い頼もしくなった気がしますわ、緑谷さん」
「そっそうかなぁ……?」
「やっぱり一佳との一騎打ちが利いたか?あいつの個性、怖いもんなぁ」
「うん。拳藤さんの個性はマジで怖かった……」
一佳の個性は"大拳"、簡単に言えば手を巨大化させる個性。最大で人間1人をすっぽり覆えるくらいまで大きくなり、大きさに比例してパワーアップする強力な個性。手が大きくなるという事はそれだけ筋肉の量も増えて力も余るという事。一佳の手の握力も鍛えているので一般的な女性に比べて強い、そして単純な計算で巨大化させた場合に発揮される握力は6トンをあっさりと超えると百が弾き出した。
「あれはマジでやばいからなぁ……あれで殴られたらノックアウトしかねない……」
「握られたら、あの握力で降参するしかないもんね……」
「「マジ震えてきた……」」
そんな一佳との一対一の戦いをしたのだからもう下手な事では緊張しなくなってきた、一歩間違えば巨大化した手で殴られるか握り潰されるという恐怖に比べたら緊張なんて紙のように薄っぺらい。実際進志も握り潰されそうになり本気で死ぬかもと恐怖して、思わずスティッキィ・フィンガーズのラッシュで拳を退けたほどだ。その結果一佳が酷く痛がって食事を奢らされる羽目になったのだが……。
「それでも緊張しないってすげぇよ進志と緑谷」
「まああれに比べたら緊張なんてゴミだよな……」
「そうだよね、本当に……」
『一体どんな恐怖を味わったんだ……』
電気の言葉に二人揃ってそう返すと1組の皆は何があったのか気になるが、二人の死んだ表情から聞き出せなくなった。そんな中で一人が二人に歩み寄った、焦凍であった。
「おい緑谷、それに傍立」
「なんぞ」
「傍立、俺はお前より強いと証明出来てねぇ。お前はUSJであのヴィランの切り札を無力化してるしな、だが今日ここでお前よりも強いって事を証明してやる、緑谷お前もな。なんかオールマイトに気を掛けられてるようだけどそんな事関係ない。俺はお前も超える」
宣戦布告。明確な敵意を持って焦凍は進志に向けて言葉を放つ。出久はまさか焦凍にそんな事を言われるとは思っていなかったので動揺するが進志は全く目をそらさずに焦凍を見つめている。その瞳にある色は黒、純粋な黒い物があった。そして自分達に向けていってはいるが自分達を一切見ていない。本当に気に入らない、やはりこいつと自分は相いれないと強く確信しながら適当に返そうとするが、出久が立ち上がって言う。
「僕だって、黙って超えられるだけじゃない……君が僕を超えるなら僕は君の足を掴んで引き摺り下ろす!!」
進志たちとの訓練で精神的な成長を見せたのか真っすぐ焦凍を見つめながらそう返す。出久の瞳の中にはかつて戦闘訓練で見せたかのような美しくも強固な意志がダイヤのように固まっている。絶対的な意志を見せつけられた焦凍は上等だっというと今度は進志に目を向ける、出久がここまで言ったんだからお前も何か言ったどうだと言いたいのだろう。ため息をつきながら進志は言う。
「んじゃ言うぞ……轟、お前は面白くない」
「……あ"っ?」
心底つまらなそうな表情をしながら進志は言う、周囲は何を言っているんだと凍り付く中で進志は言った。
「お前は誰を見てる、そして何を思ってる。お前は俺らを踏み台としてしか見てない、そんな奴が俺になんか言ったとしても何も思わない。戯言抜かす暇があったらお前が見てる奴に挨拶でも行け」
「てめぇっ……!!」
「だってそうだろ。俺を見ようとしない奴は自分を見ない、そんな奴を俺は見ない。そんな臆病な野郎は俺には勝てない」
「なっ……なんだとおい傍立てめぇ!!」
そう言い残すと控室を出て行って入場先へと向かっていく傍立を焦凍は苛立ちながら追いかけていく。臆病者と表現された事が頭に来たのかはわからないが追いかけていく。そして出久は思う、何故彼は臆病者と表現したのか。あの言い方はまるで―――轟が自分の個性と向き合っていないような言い方ではないか……?
「進志さん……轟さんが嫌い、という訳ではないのですね。興味が、ないんですね」
そんな一悶着があったが時間が来たので遂に皆が入場門へと移動した。
『刮目しろオーディエンス!群がれマスメディア!今年もおまえらが大好きな高校生たちの青春暴れ馬…雄英体育祭が始まディエビバディアァユウレディ!!?』
解説席から聞こえてくるプレゼント・マイクの声、それが知らしめるのは開始の合図。それによって出場生徒の間に一気に緊張が走って行く。入場を控えている1年達の間にもそれは広がっている、マイクの言葉と共に入場が行われるが矢張りと言わんばかりに視線と歓声が集中しているのはA組だ。まだ未熟な身でありながらヴィランの襲撃に遭遇しながらも生き延びたクラスに注目が集まるのは必然。大観衆が声援を上げて出迎えてくる。それをプレゼント・マイクの気合の篭った実況が更に加速させていく。それらの勢いに飲まれそうになる生徒、物ともしない生徒に別れる中で全1年が集結した時、一人の教師が鞭の音と共に声を張り上げた。
「選手宣誓!!」
全身を肌色のタイツにガーターベルト、ヒールにボンテージ、色んな意味でエロ過ぎて18未満は完全に禁止指定のヒーロー、18禁ヒーロー「ミッドナイト」が主審として台の上へと上がった。
「18禁なのに高校にいていいのか?」
「それ俺も思ったわ」
「良いっ!!」
と進志と電気のやり取りを力強く肯定する峰田、流石エロブドウである。
「選手代表、1-A 傍立 進志!!!」
「はい」
選手代表を務めるのは入試でトップを飾った進志、それを知らなかったのかクラスメイト達は騒めいている。爆豪は苛立っているのか舌打ちをしているがそれ以外はやはり敵対心が大きい。そんな中で進志はゆっくりとミッドナイトの元へと向かっていく。前もって聞かされていたので内容は考えている。
「それじゃあお願いね」
「はいっそれでは……ごほん。宣誓―――ッ!!今この場に集った我々は誇りと格式がある雄英の生徒、それに恥じぬように積み重ねた努力を全力で発揮し、ヒーローシップに則って正々堂々と、正面からぶつかり、それらを全て超えて戦う事を、此処に誓います!!!選手代表1ーA……傍立 進志」
「おおっ流石傍立君!!素晴らしい宣誓だ!!」
と感動する飯田を筆頭に皆かなり正統派な宣誓にやる気を出し始めていく、ここで爆豪なんかが出たら何を言うのかと思うと不安になる。だが、進志はそこでやめなかった。さらに言葉をつづけた。
「では、これからは私個人としての言葉です」
『ッ!?』
「(いいわよ進志君、言っちゃいなさい!!)」
と止めるべきなのかもしれないが、ミッドナイトはこういうのが大好きなのでサムズアップでゴーサインを出した。それに感謝しつつ、言葉を続けた。
「この場にいる皆が全て平等だ、入学前や入学後に何があったなんて関係はない。故に、俺たちA組がヴィラン相手に生き残ったなんてことも関係ない。注目すべきは全員、それが正しい。だからこそこの場にいる生徒全員に俺は言う―――俺は全てを出し切って皆に戦いを挑む、だから皆も全力で挑もう。さあ見せつけよう、雄英というこの場にいる俺達の全てを!!!」
『おおおおおおおおおおおおっっっっっっ!!!!!』
その言葉に生徒が当然だと言わんばかりの大歓声を上げながらやる気を溢れ出させていく。少し前までA組に敵対意識を燃やしていた生徒らの瞳にもそれはない、あるのは全力を出し切るという意志だけ。進志は促しただけ、元々彼らにはそれだけの意思を持っていたんだ。ならばA組だけを見つめるなんてお門違いというものだ。全員を見ろ、そして全力を出せ、それが全員を刺激し力を漲らせた。
「んもう本当に好みよ!!凄い滾るし興奮するじゃない!!それじゃあこの勢いのまま早速第一種目行っちゃおうかしら!!!」
雄英体育祭、開幕。