「君が傍立 進志君か」
「……エンデヴァー」
トーナメントの初戦が始まる時間が迫る中、トイレを済ませた進志が廊下を歩いている時ある人物に出くわした。炎を纏った威圧的なオーラを纏う男、オールマイトに次ぐNo.2、デビューしてから20歳の時点でNo.2に上り詰め、事件解決数史上最多の記録を持つ現役屈指のフレイムヒーロー・エンデヴァー。焦凍の父親であるエンデヴァーが自分を待ち受けるかのようにそこにいた。
「初めましてだな、君の活躍は見せて貰った。実に素晴らしい個性だ、ジッパーという何気ない日常に存在するものをあそこまで発展させ応用するとは私も驚かされた。本当に素晴らしい個性だ、親御さんに感謝すべきだな」
「……(なんだ、こいつ)」
拙い笑みを浮かべつつも話しかけてくるエンデヴァー、進志にとってはエンデヴァーは嫌いなヒーローという訳ではなかった。実直にヴィランや事件へ立ち向かっていき解決へと導き平和を齎す、ファンサービスなどはしないが純粋に実力だけで勝負するそんなストイックでいぶし銀な感じがするエンデヴァーはヒーローの一つの完成形とさえ思っている。だが……いざ対面してみるとこの男は自分を評価していない、自分の個性を、使い方、結果を評価している。
「……それで、俺と戦うやつの親父さんが何の用ですかね」
「おおっすまんな、試合直前だというのに。では率直に言おう、君には焦凍の全力を引き出して貰いたい」
エンデヴァーからの言葉は一見すれば自分の力に酔っている息子の間違いを正してほしい、という親心にも思えなくもないがそんな風には感じられない。どちらかと言えば―――自分を受け入れろ、認めろといった強制に近い。
「焦凍にはオールマイトを超える義務がある、あいつは反抗期なのか半分の氷しか使おうとせん。だからあいつを炎を使わなければならないところまで追い込み現実を教えてやってくれ、君も本当の全力でな」
「……何を言いたいので?」
「隠さずとも良いとも、君は全力などではない。君の個性には先がある……違うかね?」
無意識に進志は瞳を鋭くする、彼には見えているのだろうか、スタンドが……。いやスタンドは不可視のままでしか使っていない。自分が見せようと思って出現させなければ不可視である筈、それは百や一佳などに協力して貰って何度も実証した筈だ。
「長年ヒーローとして活動していると個性の深みや強さなどが体感的に理解出来る。君のジッパーはまだ何か出来るのだろう……?」
「……否定はしない、という事にしておきますよ」
それを聞いて少し安心する、エンデヴァーはスタンドが見えている訳ではなく経験と直感でジッパーにはまだまだ先があると見破っているんだ。それはそれで恐ろしいがスタンドが見えているというよりも安心出来る。
「そんな君ならば焦凍を本気にさせ、そう簡単には負けることなどないだろう。確実にあれを本気にさせ、全てを出させる。左を使わざるをえない程に追い込まれる筈だ」
「(まるで物みてぇに……)そうか、あいつが見てる相手っていうのは貴方かエンデヴァー」
成程、これならばこれほどの相手を見ているならば自分を見るに値はしないという事か。焦凍が見つめているのは自分の父親であるエンデヴァーだ、そこにあるのは純粋に父親を超えたいというだけではない。恐らく焦凍は父親を好いていない、いや憎んでいるのだろう。でないとあんな黒い瞳はできない。エンデヴァーは口角を歪めて笑うが進志はそれに怯む事もなく言う。
「いいだろうエンデヴァー。アンタの要望を受け入れよう、俺はあいつを全力で潰す。アンタが望むその先も場合によっては見せてやる」
「有難い事だ、これで自分の思い上がりが間違いだと気づく事だろう」
「だが一言言っておくぜ―――エンデヴァー、今のアンタの顔はヒーローがしていい顔じゃない」
何かを言おうとした彼の顔は停止した、目の前の少年の表情を見て言葉を失った。そこにあったのは絶対的な強さと覚悟を持った自分の息子の対戦相手ではなかった。そこにあったのは―――
「俺が憧れたヒーローとしての一つの完成形としての顔じゃないよ……エンデヴァー」
まるで親と逸れてしまったが故に寂しくて悲しそうな表情をする年相応の少年だった。彼は一度頭を下げるとそのまま去っていく。エンデヴァーは何も言えなかった、彼が言っていた言葉が自分の胸を深く突き刺さった矢のように抜く事が出来なかった。そっと、自分の頬を触れると大きく持ち上がって歪んだ笑みを浮かべている事に気付く。だがそれがどうしたと言わんばかりに客席に戻っていくが、彼の足取りは何処か重かった。
『さあさあいよいよ始まるぜ、雄英体育祭最終種目であるガチバトルトーナメントがよぉおおおお!!頼れんのは己だけの最高のガチンコバトルの始まりだぁあああああああ!!』
『少しは黙れ』
いよいよ行われるトーナメントに大観衆が声援を上げる、誰もが視線を向ける第一回戦。プロヒーロー達が見たいのは№2ヒーローであるエンデヴァーの息子である焦凍。進志は添え物と言った感覚なのだろう、そんな事など知った事かと言いたげな表情を浮かべながら進志はステージへと歩き出す。
『さあトーナメント初戦、いきなりとんでもねぇ対戦カードだ盛り上げれ大観衆ぅぅぅ!!!まずはご存じ選手宣誓を務めた首席入学者、その個性は面白いが応用力が半端ねぇ!!俺の大ファンでもある傍立 進志ぃいいい!!!応援してんぞぉおお!!!YEAH!!!!そして相手は個性出力とんでもねえ!?推薦入学者は伊達じゃねぇ!ここまで安定した成績で勝ち上がってきた轟 焦凍ぉぉおおおお!!!』
『私情を混ぜるな司会』
「うおおおおおおおっ死ぬ気で頑張りますマイク先生ぃぃいいい!!!YEAH!!!!!!」
『お前も乗んな傍立』
先程のエンデヴァーに見せた表情はどこへやら、テンションとやる気MAXになっている進志。それに対するような形で静かに瞳に冷たい炎を燃やしながらステージへと上がる焦凍。因縁が存在する二人が向き合った時、一際大きく焦凍の瞳が冷たくなっていく。それに対するかのように進志は軽いストレッチをしながらそれを受け流すようにしている。
「この時を待ってたぞ傍立、お前を倒すこの時をな……!!」
「(うわぁっ滅茶苦茶根に持ってるぅ……なんか、エンデヴァーの目にそっくりだぜ)」
体育祭開始前の言葉のやり取りで生まれた因縁、故か焦凍はそれに囚われている。臆病者と愚弄され勝てないと宣言された事が余程頭に来ているらしい。
「やれやれ怖い怖い。そんなに俺が憎らしいかい、臆病者と言った俺が」
「ああっ許せねぇな……俺が臆病者だと……今でも思ってんのか」
「ずっと思ってるよ。面白みのない舐めプ野郎だってな」
「っっ!!!!」
進志の一字一句が更に焦凍の怒りのパラメータを上げていく。火に油を注ぐのと同じ、さらに彼の感情が燃え上がっていく。
「言われたくねぇなら全力で来いよ、クール野郎」
「てめぇはっ―――!!」
「てめぇにキレる権利なんてねぇんだよ、さっさと掛かって来やがれってんだ!!!!」
構えを取る進志、そして下されるミッドナイト主審の試合開始の合図。それと同時に焦凍が何かを叫びながら全力で個性を発動していく。それによって地面だけではなく空気中の水分までが凄まじい勢いで凍結していく。巨大な氷塊がまるで生きているかのように進志へと迫り、その身体ごと凍結させ莫大な量の氷山を生み出しながら彼を完全にその中へと閉じ込める。だがそれでは何も終わらない、マイクが実況を行うよりも早くジッパーが設置され開かれていく。中からは無傷の進志が姿を現す。
「傍立……!!」
「さっさと次を出せ、轟よぉ!!」
そういうと進志は氷塊の一部を切断するとそれを轟に向けて投擲した。だがそれは顔の近くを通っただけの外れ、明らかな挑発に焦凍は苛立った。トーナメント初戦、不安に満ちた幕開けは何処へと向かっていくのか……。