暗闇の中で儚げな色を映し出すモニター達、それらが映すのは雄英体育祭の最終種目であるトーナメント。それを楽しみにしているのかそれらを見つめる瞳は何処か優しげで口角は上がっている、静かに吐き出される紫煙。だがよく目を凝らしてみるとモニターの多くは進志と焦凍の試合、そして今現在行われている緑谷と飯田の対決しか映し出されていなかった。
「
「その言い方やめてくれるかしら、年下は射程範囲外よ」
「それは失礼いたしました。ココアの差し入れっす」
そんなモニターを見つめる影へと一人の男がトレイに乗せたココアを差し出した。コーヒーばかりだったのがポリフェノールを摂取した方がいいと懇意している医者に言われてからココアに切り替えている、仄かな甘みとミルクのコクを味わいつつも高速で走り続けている緑谷と飯田の対決を見つめ続ける。
「良い筋してるわね……彼はこれから最も伸びていくわね」
「……へぇ、大将がそんな事を言うなんて珍しいっすね」
「若い芽が育つのは良い事よ。何時までも同じ人間が長い世代に君臨するのは逆に悪影響を与える、今のオールマイトにもそれが言えるわ」
ココアを置きつつもモニターの若い世代たちの活躍を楽しみながら、吐き捨てた言葉には様々な物が込められている。
「彼だっていつまでも動けるわけじゃない、それなのに世間は彼に依存し続けている。今やるべきなのはオールマイトという象徴の維持ではなく、その力を少しずつ新しい世代へと転換させるのを手助けさせる事。あのままだと確実にオールマイトは終わるわ」
「……縁起でもないって言いたい所ですけど彼も人間ですからね、老いも確実もあります」
「それを一番理解しているのがオールマイトでしょうね、だから―――継承者を見つけたんだから」
『SMASHッッ!!!!』
『なっ……!!?』
モニターでは怒涛の攻防が続いている、エンジンの個性を持つ飯田に対して瞬間的な速度ならば上回れる緑谷はスピード勝負を試みた。しかし継続的な速度では劣る上に飯田の方は速さの世界になれているうえに身体の扱い方を心得ている。細かな軌道転換などで緑谷を追い詰めていく。そしてそれに耐えきれなくなったのか、倒れこんだところを逃さずに突撃したところを、緑谷は自身を囮にしつつ自身の技で飯田の突撃を完全に殺した。
「……成程。敢えて自分が負けていると思わせて、相手の動きを直線的にして捕まえる……そうよ、速度で上回るならするべきは先読みよ」
「しっかし、この緑谷って子も無茶しますね……」
『くそっ離れなければ……!!』
『逃がすもんか……ここで君に距離を取られたら、もうチャンスなんて来ないに決まってるじゃないかっ!!!!』
左足を掴んだ手を絶対に放す気がない、そこから始まる地面を蹴ってのタックル。飯田の身体が浮く、エンジンの個性の関係上で空中に出されてしまった場合にその機動力は完全に殺される。なんとか着地しなければと思う中で飯田が見たのは人差し指と中指、薬指を弾こうとしている出久だった。
『DELAWARE SMASH!!!』
『ぐっなぁぁぁっっ!!!?』
指を弾く、ただそれだけならば意味もない。だが、彼の指に幾重にも閃光のようなものが走りそれらが爆発的な力を発散させながら空気を文字通り弾く。それが生み出すのは暴風の塊、団扇で扇ぐのとは比べ物にならない風が無防備となった飯田の身体を一気に押しのけていく。止める事の出来ない身体は中央にいた身体を大きく吹き飛ばしステージの上を転がしていく、そして体勢を整えた時に追い打ちの風が身体を押す。
『DETROIT SMASH!!』
『なんて力だ……だが俺は負けないっ!!』
『飯田君、場外!』
『なっ……しまった!?』
二段構えのスマッシュの波状攻撃、それは空中に投げ飛ばした飯田を確実に外へと運ぶ為の策。指と腕、その二つを上手く使用した彼の作戦勝ちといえる結果だった。飯田は悔しそうにするがすぐに表情を切り替え、さわやかな笑みを作りながら出久に言う。
『素晴らしかったよ緑谷君。俺もまだまだだな……確かに空中での対処法はあまり考えていなかった』
『なら今度、僕と訓練しようよ。僕も進志君たちと一緒に訓練してるから色々思いついたんだ』
と試合後は互いに固く握手を結びながら健闘を称える、そして観客たちも見事な戦いを見せた若いヒーローの若木に向けて喝采を送る。
「……まだまだ年相応に甘い所もあるけど、よく相手の弱点を分析してるわね」
「では彼に出しますか―――指名」
「伝手を使えばまあ来てくれるかもしれないけど……ダメね、彼は向いてない」
ココアをもう一口飲みながら、提案を却下する。人には向き不向きがある、それを意図的に押し付けて乗り越えられるなら良いが大多数がそれらを引きずって正常な成長に障害を齎すかもしれない。ヒーロー活動と緑谷との相性は考えられる限り最悪すぎるものだろう。
「では誰に?」
「―――傍立 進志。彼に出してちょうだい、彼は間違いなくこちら向きね。光を支えるもの向き……」
残ったココアを飲み干すと懐から新しい煙草を取り出し、それに火を灯し紫煙を吐く。この世界の平和を維持するのは綺麗で派手なヒーロー達だけではない―――自分達だ。
「それと私にココアを淹れてくれたのは本当に差し入れなのかしら?」
「いえっ血狂いと同ランクのヴィラン、脳吸いの情報が入りました」
「そう、じゃあ行きますか……我らが守るは平和、齎すは平和……
そう呟くとコートを引っ手繰って供を連れて部屋から去っていく。同時にメールを打つと気だるげに仕事へと向かう。
「『―――以上、指名の件は宜しくね』……か。やれやれ相変わらずだな君も、だが彼女に見初められるとはな……光栄なことかもしれないが傍立少年、君はとんでもない相手に目を付けられたかもしれんぞ……?」
「如何したんですかオールマイト、ため息なんてついて」
「大したことではないよ」
メールをチェックしたオールマイトは携帯をしまいながら、目の前で行われている爆豪対麗日の激戦を見つめていた。強さで劣る麗日は必死に考えながら個性を行使しながら前へ前へと進んでいく。それを圧倒的な強さで粉砕しながら尚、立ちはだかる爆豪の強さ。矢張り彼は強いと思いつつも麗日はそれでさえ前に進む。そんな意志を称賛しながらも彼女は個性のデメリットで限界を迎えてしまい倒れこんだ。ミッドナイトは続行不能と判断し、爆豪の勝利が確定する。
「凄まじい個性の強さですね……」
「うむっ身体能力もさることながら個性の使い方も天才的だ」
「ベスト8の中でもかなりの強さでしょうね」
ベスト8に勝ち進んだものが決定、間もなく始まるトーナメントこそが本番。これからが益々激しさを増していくことだろう。そしてその第一線を飾るのは―――
この二人の戦いである。