覚悟の幽波紋   作:魔女っ子アルト姫

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覚悟の闘志

京兆は素直に目の前で立ち上がった一人の少年に対しての敬意が恐怖へと移り変わっているのが理解できた。並の人間ならば身体の複数に銃弾を食らった上で頭部にナイフより深い傷があるのにも拘らず立ち上がる事が出来るだろうか、訓練を積んでいたり精神的に大きく成熟しているプロのヒーローなどなら十分に可能だろうが目の前にいるのは全く違う。各部から血がまだ出ている、それなのに彼の目にはそんな事など気になっていないようにも映っている。

 

「(なんだ彼は……痛みを感じていない、のか……?)」

 

痛みが一周して精神的にハイになって痛みを感じなっているのかと思ったが、相手の瞳は酷く冷静にこちらを捉え続けている。そこにあるのは自分を絶対に逃がさないという不屈の闘志と大きく燃えるかのような何か。

 

「不思議な気分だ、さっきまであった痛みによる恐怖が消え去っている。俺の中にあったそれが、決めたそれによって精神が完全に固定化されている。今の俺に恐れはない、あるのはお前を倒すという意思だけだ」

「……言ってくれるな進志君。再び立つならば俺は本気で君を殺す気で銃を握らなきゃいけなくなる」

「―――ゴチャゴチャ言ってねぇでさっさとトリガー、引いてみろ」

 

身体を斜めにするかのような体勢を取りながらも挑発的な言葉を口にする。絶対の自信があるのか、それとも自棄になっているのかは分からないが既に警告はした。ならば次は行動だと言わんばかりに腕を軽く上げる。連動するかのように兵がライフルを構え、下げると同時に銃口が輝きながら銃弾を吐きだして行く。先程装填したままの実弾が、更に身体を抉ろうと迫る中で進志の心は全く揺るがなかった。痛みによる動揺はなく、ひたすらに穏やかだが深層では強い感情が渦巻き続けていた。

 

「スティッキィ・フィンガァアアズ!!!!」

 

叫びをあげ唸りが上げる。赤く染まった視界の中に飛び出していく拳の嵐、それらが実弾を捌ききれるのかは分からないが迷うことなくそれを選択していた。今まで感じた事もないような速度を纏ったままでスタンドは腕を振るって迫りくる弾丸の雨の中をかき分けていく。

 

「マジかよ……さっきは対応できなかったことに対応している……」

 

思わず驚きで弾丸の雨を止ませてしまう、銃口から煙が立ち上る先にあるのは周囲に弾痕を残しながらもなおも立ち続けている進志とそれを守り続けているスタンドの存在だった。そして進志は一歩、一歩、踏みしめるかのように歩いてこちらへと向かってきた。身体から血が溢れているのにも拘わらず、気にも留めずに近づいてきた。

 

「俺はある覚悟をもってお前に立ち向かっている、俺は彼女を守る。ただそれだけの為に立っている」

「女を守る為……ず、随分とカッコいい事を言うじゃないか」

 

冷静を装うとしているが明らかに声色が可笑しくなってきていた。目の前の進志に対する恐怖がますます強くなってきていた。全身に傷を負いながら立ち上がり、銃撃の嵐を抜けてるほどの覚悟を女を守る為というだけの覚悟で成し遂げたという。そんな覚悟をこんな少年がするのかと、驚きを隠せない。

 

「俺はお前を倒す、そして百も守る。両方をやるのは京兆、お前相手に両方やり遂げると言うのはそうムズかしい事じゃあないな」

「……」

「お前は思っていた以上のゲスじゃないからな、やりやすい」

 

思わず後退ってしまった。怖い、目の前の子の少年が……。こんな事ならば報復なんて馬鹿な事を考えなければよかったんだとさえ思えるほどに進志が纏っているオーラは異常なものだった。目的の為ながら自分がどうなろうと構わない、自分を倒すためならば平気で自分さえも犠牲にして刺し違えてでも仕留めようとするだろうと予見させる凄みを感じさせる。

 

「これだけの事をしたんだ、お前もされる覚悟がある。そう解釈するぜ―――覚悟はいいだろうな、俺は出来てる」

「―――ッ!!」

「スティッキィ・フィンガァァアアアアズ!!!!!」

 

スタンドが唸る、表情さえ読み取れない見た目(デザイン)をしているがその表情は闘志漲る表情をしているに違いない。叫び声と共にスティッキィ・フィンガーズが躍り出る。この時を待っていたと言わんばかりに、咄嗟に残っていた兵を出現させて自らのガードを固めるかのようにする京兆。しかし、今の進志にはそんなものは薄いベニヤ板にしか過ぎない。

 

『アリアリアリアリアリアリアリアリ!!アリアリアリアリアリアリアリアリアリアリア!!!!!』

 

パンチの一発一発が放たれて行く度に兵を貫通していく、貫通して行く度に兵は煙と光になって消えていく。壁にすらならないそれはあっという間に品切れと化す。そして遂に―――スティッキィ・フィンガーズの拳が京兆を捉えた。振りぬかれた拳が即座に再び襲い掛かっていく、傍から見れば腕が何本もあるかのような光景が広がっている事だろう。

 

『アリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリ!!アァァアアアリィィィ!!!!

「ダギャバァアアアアアアアアア!!!!」

さよならだ(アリーヴェデルチ)

 

渾身のラッシュの全てが吸い込まれていく、無数の腕によりパンチの雨霰が京兆の肉体へと入った。身体中が軋むような音を響かせながら吹き飛ばされた京兆は廊下の壁に激突しながらも、糸が切れた人形のように廊下へと倒れこみ意識を完全に喪失してしまった。そしてそれを見届けた進志は全身から力が抜けていく感覚と途轍もない痛みを感じ始めた。

 

「がぁっ……」

 

再び血の池の中に身体が落ちる。先程まで身体にあった炎が消え去り冷えていくかのようなものを感じながら、赤く染まった天井を力なく見つめていた。

 

「守れ、たかな……百を……」

「進志さん!!!!」

 

そんな言葉に応えるかのようにジッパーが開くような音とソファを押しのける音がする。そしてそこから大粒の涙を流しながら百が自分に駆け寄ってくる。自分の血でドレスが汚れる事など関係なしに膝をつき、自分を抱きかかえるようにしながら必死に呼びかけてくる。

 

「ああっそんな、そんな……こんなに血が、血が……進志さんしっかりしてください!!」

「百……君は、無事なんだな……?」

「わ、私の事なんていいですからご自分の事をっ……!!」

「無事、なんだよな……?」

 

百は言葉を失った。これほどの重症なのに自分の事を思ってくれる進志、そして彼が何を一番聞きたいのかを察して言葉を作った。

 

「はい、私は怪我一つしておりません……!!」

「そうか、そうか―――良かった……」

 

そう言うと進志は安心してしまったのか、緩やかに瞳を閉じてしまった。そんな彼に百は必死に呼びかけ続けた。

 

そして、京兆が気絶したことでアーミーズが消え去り解放された大人たちは列車内をくまなく調べ彼らの元へと辿り着いた。そこにあったのは壁に叩きつけられ気絶している主犯(京兆)と血だまりの中で死んだように眠る少年(進志)とそんな彼に抱き着きながら大粒の涙を流し続ける少女()だったという。


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