聖杯戦争に薪の王が参戦しました   作:神秘の攻撃力を高める+9.8%

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リアルのごたごたが片付いたのでぼちぼち再開します


少女と、イケメンと、魔術師

思えば当然の事ながら初めからそうであれば違和感など何ら感じないもので、改めて考えてみるとなんとも言えない不思議さを醸し出していた。

 

それは例えるならばそう、動物に育てられた少年が自分もその動物だと思っているような……。いや、これは違うな、強いて言えば猫の集会にゴリラが参加しているようなものか。何が言いたいかと言えば、全てはこの男の服装にあった。

 

「リンカー、お前その鎧以外に服って持ってないのか?」

 

そこはある程度豪華とはいえただのリビング。今からご飯を食べようとしているにもかかわらず、その景色にはまるで似合わない爛れたような鎧を纏うその男、リンカー。今でこそそのヘルムを脱ぎ去り驚くほどの端麗な容姿が晒されているが纏う鎧は変わらず動くたびに微かにかちゃかちゃと金属音を立たせている。

 

「そういえばそうだね。リンカー、もっとおしゃれしてみようよ」

 

雁夜の言葉に同意したのは桜だ。ほんの数日前までは蟲に身体を喰われ、目からは光の消えていた少女。今ではそうであったとは信じられないほどに明るい、とまではいかないが、ある程度の少女さを取り戻せているように見える。

 

「む、そうか。実を言うと他の着れるものがないわけではないのだが、どうにもおしゃれやらとなんやらと言うのには疎くなってしまってな。確かに食卓に鎧というのも少々アレだな。…鎧以外だとこんなものか」

 

そう言ったと思えば、リンカーの鎧はいつのまにか消え、1着の黒いコートに変わっており、手甲や足甲もそれに合うような手袋とブーツに変わっている。それは隠密のコート。かつてのリンカーの友が着用していたさる魔術院の正装である。

 

「私の持っているもので鎧ではないものと言えばこのコートくらいしかないのだが、どうだろうか」

 

「どうだろうか、と言われると…な、俺にもよくわからんが、その服は現代にはあまり合わんかもしれないな」

 

そう、そのコートはあまり現代に合っているとは言えなかった。明らかに上質な生地から織られたそれは、過度な装飾は無いが着用者の立たせる音を軽減し行動を阻害しないように作られており、あまりおしゃれとして着る物ではない。

 

「そうか、ならばどうしようか?」

 

「どうしようかってお前…。ああ、そうだ!確か兄貴は沢山服を着て持っていた筈だ。そこから少々拝借すれば……。でも、あの兄貴が貸すとは思えんな…」

 

と、雁夜が同じ家にいる筈の兄の話をし始めた頃に、リンカーがその思考に助言をする。

 

「ああ、貴公の兄なのだがな、昨晩この屋敷から出て行ったぞ」

 

「なんだって!?」

 

「いや、昨晩屋敷から出て行こうとしているところを見かけたから声をかけたんだが、なんだったか…英霊も召喚され、雁夜も帰ってきた。これ以上は俺がいなくても親父はなんとかするだろう、とか言っていたな」

 

それを聞いた雁夜は呆れたようにため息を一つ吐いた。確かにあの兄貴はあまり魔術の才能もなく、自主性もなく、臓硯の言いなりになっているような男だったが、こんなところでそんな行動をするとは思っていなかった。恐らくは雁夜に全てをなすりつけ己は逃げるつもりなのだろう、そのあまりにもといえばあまりにもな行動にやはりため息しかでない。

 

「…まあいいさ。今じゃいない方が勝手が良いしな。じゃ、さっさと兄貴の部屋行って服でも選びに行こうか、夜逃げなら大したものも持って行けていないだろう」

 

兄弟にしてはドライな関係だな、と兄弟のいないリンカーは内心で驚いていた。てっきり兄弟といえばあの大書庫の最奥にいた()()のように絆があるものだと思っていたが…。

 

「…いや、あれは絆というにはどうにも…」

 

仕方がないとはいえ殺すことになってしまった者、あまりとやかく言いたくはないが、あの2人は…何というか…。

 

「どうしたリンカー、行かないのか?」

 

イケナイところまで考えつきそうになったところで雁夜から声をかけられ、リンカーは雁夜と桜を追いかけた。

 

 

 

〜〜〜〜

 

 

 

「しっかし、イケメンだな、お前は」

 

多少の呆れとともに吐き出されたその言葉は、だがしっかりと目の前の者を評価しているがための感想であると言えた。

 

いま雁夜の前で立ち、姿見に己を写しているはリンカーであり、その服装は鎧ではなく現代の装いとなっていた。灰色のジャケットに黒のタートルネック、そして黒のパンツに革靴と、着る者によってはとても持て余しそうなそれをしっかりと着こなし、その魅力を増大するさせていると言っても過言ではないだろう。だからこその()()であり、少々の嫉妬だったりする先程の雁夜の言葉はリンカーを的確に評価していると言っても良い。

 

「はは、そうか。面と向かって褒められるのも嬉しいものだな。さて、私はこれが一番気に入った。今日はこの服で生活するとしようか」

 

「そうかい、それは良かった。どうだい桜ちゃん、リンカーは」

 

話をかけたのは傍にいた桜だ。彼の所有物でない服のため、あの消えるような着替えが出来ないらしい。だからリンカーは生で着替える必要があり、刺激が強いかと桜には後ろを向かせていたのだが、女の子からしてリンカーの服装はどうであろうか。

 

「うん、かっこいい。リンカーってそもそもスタイルいいからなんでも似合いそうってのもあるけどやっぱり細身のコーディネイトが良さそうだね他にももっと色々似合いそうだけどやっぱりロングコートとかいいんじゃないかなあれって相当持て余すけどリンカーなら驚く程似合いそうでもゆったり系とかもキリッとした顔とギャップがあっていいかもでも最近寒いしだったら…」

 

「え、え、桜ちゃん…?」

 

常人には聞き取れないような早口で何事かを呟く桜。雁夜に聞き取れたのは僅か一部であるがそれがリンカーのファッションについての考察であることを確認して安心した。急に何事かと思ったがどうにも桜はファッションが好きらしい。どこでそんな知識を蓄えたのか知らないが、それだけのことをすぐさま考えつくということは相当な理解があるのだろう、目の前のリンカーも驚いたような目でこちらを見ているが、雁夜もなにもすることはできない。

 

その呟やきはその後2分ほど続き、我を取り戻した桜が赤面することで止まった。

 

 

〜〜〜〜

 

 

「なにやら長引いてしまったが、目的はご飯を食べることであってリンカーのおしゃれではない!ということでさっさと作ろうか、もうメニューは普通でいいよな」

 

「ああ」

 

「うーん、やっぱり何でも似合いそうだけどいちばんは…」

 

一度は思考の渦から戻ってはきたがまたぶつぶつと呟いている桜は置いといて、雁夜は調理を開始する。手早く野菜を洗い刻んでいく。お米はもう炊いているからおかずを用意するだけでいいため気楽なものだ。最初は久々の食事だというリンカーのために豪勢なものを作ろうと思っていたがもう10時を回っており、そろそろ朝食ではなくなってしまう。リンカーには悪いが今は簡単なもので我慢してもらおう。

お肉を取り出して適当に切り、フライパンにぶち込んでいく。もう一つのコンロではそろそろダシが煮えてきたので鰹節をとり、野菜を入れていく。

 

やはり、身体の調子がとても良い。こんなに手際よく料理ができていた時などもはや一年以上も前であろう。サーヴァントを召喚したことでなにやら変化があったのかもしれない。あとでリンカーと相談する必要があるな、と考えているがその手は止まっていない。伊達に数年間一人暮らししていたわけではないのだ。

 

「さて、こんなものだろ」

 

出来上がったのはオーソドックスにしょうが焼きと味噌汁だ。特に下味やら仕込みやらはできていないので本当にただのしょうが焼きだが、それでも普通に美味しい。キッチンから持ち出された料理を見て、桜との会話をやめてリンカーが配膳を手伝う。こういう所が女性にモテる秘訣なんかね、と妙に卑屈になりかけていたところで桜が声をかける。

 

「ね、おじさん!早くたべよ?」

 

「ああ、そうだね。じゃ、いただきます」

 

「「いただきます」」

 

と言ったものの、雁夜と桜の箸は動いておらずリンカーをじっと見ており、リンカーはそれに気づくことなく器用にお箸を使い、お肉を食べる。

 

「ああ、うまい。とても久々だ、こんなに美味しいものを食べたのは。うまいぞ、雁夜。…二人ともどうかしたか?」

 

そこには、あからさまにホッとした様子の雁夜と桜。

 

「いや、なんでもないよ。うまいか、よかった。…何年振りかはわからないけど、久々に食うごはんがこれで悪かったな、ほんとはもっと準備してから食べさせてやりたかったんだが…」

 

「とんでもない!十分にこれで美味しいではないか」

 

「そう言ってくれるなら良いんだけどな、また今度もっと美味いもん食べさせてやるよ」

 

そう言って言葉を切り、自らの食事に顔を向ける雁夜。自分の分も用意してしまったが、今じゃ固形物は喉を通らなくなって久しいというのを忘れていた。それも今日はとても調子がいいからだろう。自分の分はリンカーにでもやろうと思ったところで、やめた。もしかしたら、食べれるかもしれない。食べられなかったらそれはその時だ。

 

覚悟を決めてごはんを口に運ぶ。あたたかく湯気がでていてとても美味しそうだ。もふ、と咀嚼して、そのまま飲み込む。飲み込めた。ならばとしょうが焼きのお肉を食べる。ひさひざに感じるお肉の硬さと旨味を感じながらこれも飲み込んだ。

 

「…えっ!ちょっと雁夜おじさん!なんで泣いてるの!?リンカーに褒められたのがそんなに嬉しかった!?」

 

気づかなかったが、今自分の頬をつたっているのは涙らしい。ああ、情けない。大の男が涙を流してしまうなんて。でも、それだけ嬉しかったのだ、自分自身でごはんが食べれたことが。蟲に身体を犯され、固形物は喉を通らなくなり、いつ死ぬかもわからない瀬戸際にいた。だがそんな自分が、目に光を取り戻した桜と、気のいい友人と食卓を囲めている。嬉しかったのだ、ただそれだけのことが。涙を拭い、微笑みを浮かべて雁夜は答える。

 

「ああ、ちょっとな。リンカーには人を褒める才能があるのかもな」

 

「ははは、まさか私にかような才能があろうとはな。なんならもっと褒めようか?」

 

「いや、これ以上はうるさいだけになりそうだ」

 

「自分で言っときながらそれはあんまりではないか!?」

 

少女と、イケメンと、魔術師。この異様な3人の食卓は、とても楽しいものだった。




びっくりする程期間が空いて申し訳ないです。これからはもっと更新頻度を上げれるよう努めます。

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