聖杯戦争に薪の王が参戦しました 作:神秘の攻撃力を高める+9.8%
その時間は雁夜にとって何ものにも代え難い幸せであった。つい昨日召喚したばかりだというのにもかかわらず深い友情でもって接してくれるリンカーに、つい先日までは絶望の淵に立たされていた桜。その2人と共に食卓を囲み、笑い合う。リンカーは美味い美味いとご飯を頬張り、桜も控えめだが確かに満足してくれているようだ。なによりも、自分がご飯を食べれていることにも驚きと、幸せを感じた。
だからこそであろう、その時間が壊されたことに怒りを抱いたのは。
「ふん、雁夜よ。お友達ごっこも良いが、あまり情が湧かぬようにな。サーヴァントなど所詮は過去の妄執の塊、ただの道具にすぎん。大切なところで適切な判断ができなくなればこの聖杯戦争、勝てんぞ」
そのしわがれた声には嘲りなどなく、ただただ多少の呆れを含んでいた。いつのまにかリビングの入り口近くに立ち、雁夜にそう言い放ったのは臓硯だ。
サーヴァントを、己の友人を道具と言われて、はいそうですかと従える雁夜ではなかった。楽しげな食事は唐突に終わりを告げ、思わず食卓の椅子から立ち上がった雁夜は怒りを声に滲ませる。
「お友達ごっこでも道具でもない!リンカーは俺の友達だ!」
「はっ!三流もいいところの魔術師が友人とは、そのような得体も知れぬ無名のサーヴァントにはちょうどよいな」
「…確かに三流なのは認めるが、リンカーはれっきとした偉大な英雄だ。たとえお前が知らなくともな」
「ふん、儂が知らんというに、偉大な英雄とは笑わせる。雁夜、お前そのサーヴァントに騙されているのではないか?」
その考えは、雁夜の頭になかったと言えば嘘になるだろう。昨晩見せてくれた桜の蟲を焼き払った力は確かに見た。だが、リンカーが語ってくれたその旅路が全て信じ切れているかと言われればすぐに頷くことはできないだろう。
考えればわかることだ。リンカーの話が本当ならば、世界で最も偉大だと言っても遜色はなく、かの英雄王よりも古い最古の英雄と称えられていてもおかしくはない。たがそれはなく、その理由は世界が移り変わったからだという。世界が変わった、だからこそ歴史の証人はいない。確かに納得できるし、そうなのだろうと思う。だからこそ、嘘ならばいくらでも言える。そう、勘ぐってしまう。疑ってしまう。
召喚してからこれまでのとても短い時間でもこの男が嘘をつくような人物ではないことはうっすらとだがわかる。信じたいとも思う。だがしかし、リンカーの語る全てを鵜呑みにするにはとてもじゃないができそうもなかった。だって、竜を、神をも殺したなどと、あまりにも信じられることではない。
そんな内心を知ってから知らずか、臓硯は言う。
「…心当たりでもあったのかは知らんが、儂の言うことは一つ。あまりサーヴァントを信用しすぎるなよ。そいつはあたかも普通のように振舞っているがクラスはバーサーカーだぞ、いつ狂うのかわからん」
それだけ言ってどこかに消えていく臓硯。出会って間も無いとはいえ、既にリンカーは大切な友人だ。それをここまでこけにされたことに怒りを覚える。だがそれ以上に、言い返すことのできない自分に腹が立っていた。これまでの振る舞いで忘れていた。いや忘れようとしていた事実。それは、リンカーのクラスはバーサーカーであるということ。普通なように見えて、どこか狂っているのだと。臓硯にそう再確認させられたことが無性に腹が立った。
「リンカー、すまん。見苦しいものを見せたな。…言い訳みたいで癪だけど、俺はお前のことを道具なんて思っちゃいないし、ましてや信用していない訳がない。出会ってあまり経たないけれど、お前のことは友達だと思っている」
友を好き勝手にいわれて大した反論をできなかった自分への悔しさと、ただただリンカーへの申し訳なさ。それが感じ取れたリンカーは応用に頷き、微笑む。
「いや、いいさ。それよりも、貴公に、雁夜にそこまで想われているとは思ってもいなかった。私にとっても貴公は大切な友人だ。友人に想われているというのはどうにもむず痒いが、悪くない」
そう言ってくれたリンカーには、やはり頭が上がらないだろう。ひとつ頭を振って思考を吹き飛ばし、そういえばと周りを見る。
ご飯を食べていたのだから当然だが、おかずのしょうが焼きの乗ったテーブルがある。もうあまりご飯を食べようという気は無くなったため、自分の分をリンカーや桜に分けて使用したお皿を洗って置くことにした。
かちゃかちゃと、お皿を洗う音が響く。あまり心地の良くない沈黙に耐えられず雁夜は口を開く。
「そ、そういえば、リンカーは聖杯に何を願うんだ?聖杯戦争に参加する魔術師やサーヴァントはどれもが聖杯に願いを叶えてもらおうとしているもんだ。かくいう俺は、もうあまり参加する理由もなくなったが…」
そう言いながら桜を見る。桜を助けようと参加した聖杯戦争だが、リンカーのおかげで桜はもう臓硯に縛られてはいないだろう。というか、臓硯は桜の蟲が焼けきったことに気づいていないのだろう。
「望み、か」
そう呟いたリンカーの声でそれた思考を戻す。彼の旅路は苦難の連続だったそうだ。なればこそ、願うことも大きいものだろう。
「そうだな、今強く願っていることは…。ああそうだ、世界が見てみたい」
「…は?」
その、あまりの欲のない願いに雁夜からは変な声が出る。もっと、かつての友人の復活だとかを願うものだと思っていたが。そのようなことを言えば、ほのかにリンカーが苦笑する。
「確かに彼らに二度と会えないとなると悲しいものがあるな。気のいい者達だった、本当に…。だが、もうそれは終わったことだ」
「終わったこと?」
「ああ。あの世界を、火継ぎの
ああ、またこの男は。かつての友を終わったものとしてそれに縛られることなく、今あるものに望みを載せられることなど一体どれだけの人ができるのだろうか。
己の言葉の後に黙り込んだ雁夜を見て、何か不快なことを言っただろうかと不安になるリンカーをよそに、幼い声が名案を放つ。
「なら、雁夜おじさんもリンカーも、街に遊びに行こうよ!リンカーの新しい服だって欲しいし!」
まさにそれは名案といって遜色ないだろう。リンカーは世界を見たい。雁夜は友人のことをもっと知りたい。桜は新しい服が欲しい。三者三様の望みを叶える大変よい案だと言えた、それが聖杯戦争の最中で無ければ。
もう既に六体のサーヴァントが召喚され、残すところはキャスターのみ。そんな状況の冬木を出歩くには、少々危険が伴うだろう。だが、
「ふむ、いいのではないか?私の服を桜嬢が欲しがるというのもおかしな話だが」
「なっ!リンカー!」
「危険、か?そうだろうな。もう既に聖杯戦争は始まっているといっても過言ではない。だからこそ、まだキャスターの召喚されていない今こそが街を普通に出歩ける最後のチャンスなのではないか?」
確かにそうだ。今から聖杯戦争はどんどん激しくなるだろう。だからこそ、まだ誰も動いていない今しか遊ぶ機会など無い。確かにリンカーとは遊んでみたい、だが桜も一緒となると万が一が怖い。
悩んで、悩んで、悩んで、出した結論は、
「…そうだな、行こうか」
肯定であった。
「やった!準備してくる!」
桜が自分の部屋に走っていき、足音が遠ざかっていく。それを苦笑を浮かべて聞いていた雁夜はリンカーに向き直り、言う。
「だけどリンカー、条件がある」
「なんだ?」
「もし何かがあったとしても、必ず俺らを守れよ」
「はは、承知した。
「それでよし!じゃ、行こうか」
〜〜〜〜
時は進み、雁夜たちが屋敷に帰ってくる頃には夜になっていた。今日の成果である服の詰まった紙袋を両手から下ろしたリンカーは、ふぅと一つ息を吐いた。
「どうだった、今の世界は?…と言っても冬木の街しか見れていないけどな」
そう聞いたのは雁夜だ。質問として形にはしたが、それを聞いたリンカーがどう答えるのかなどとうに分かりきっている。
「ああ、とても素晴らしい。どこにも不死や火の陰りを感じることもなく、人々もみな笑顔だった。これならばこの世界を好きになれそうだ」
「ん、お前そんなこと思ってたのか!?」
「いや、な。これでもし私のいた世界のような状況が街に溢れていたならば好きにはなれないな、と」
「いやまあ確かにそれはそうかもしれないけども…」
街を歩いている間ずっとにやけていたから楽しかったのはわかっていたが、好きになれるかなんてものまで考えているとは思わなかったが、どれも概ね好評のようで良かった。
桜も今じゃ疲れてソファで寝ているが、久々の外出で喜んでくれていたようだし、やはり多少の危険はあってもこのお出かけはやって良かったなと、そう思えた。
ほんわかとした、和やかな空気が流れていた。
「昼にあれだけ言ってやったというに、また懲りずにお友達ごっこか、雁夜」
ーーーその醜悪な声が響くまでは。
「臓硯…!」
「言ったはずだ、情を湧かせるな、と。それがなんだ、楽しくお買い物か?はん、聖杯戦争も始まりかけなのに余裕なもんだな、おい?」
「俺にはリンカーが…」
その雁夜の言葉を遮り、さらに怒りと嘲笑を乗せた臓硯が言葉をぶつける。
「サーヴァントが居たから大丈夫、か。おい雁夜、お前、わかっているか?そこな英霊は儂も知らぬ無名、端的に言えば雑魚だろう」
「そんな訳がない!リンカーは偉大な英雄だと言ったはずだ!」
「どうだかな。騙されていると、儂も言ったはずだが。…やはり雁夜などに聖杯戦争は無理か。早く新たな代を作る必要があるな。…ああそうだ雁夜。遠坂の娘はどうした」
本当の事を言えば後ろのソファにいるが、そんなことをこいつに言う必要はないと雁夜は嘘をつく。
「…桜ちゃんなら自分の部屋にでもいるんじゃないか。だけど、どうしてだ?」
「いや、なに。お前に今回の聖杯戦争を託すのはもうやめだ。一刻も早く次代の間桐の準備をしなければならんと思ってな」
「なっ…!!俺がマスターになったからにはもう手出ししないんじゃないのか!」
「気が変わった。もし会ったら明日から蟲蔵にまた来るようにと伝えておけ。…三流魔術師と無名の英霊の傷の舐め合いなどに期待する方が馬鹿らしいというものだろう」
自室へと歩き去る臓硯の後ろ姿を、憎しみと殺意でもって見つめる雁夜。なによりも、己の力不足を呪って。そのせいでまた、桜に絶望が近づいている。せっかくリンカーのおかげで笑顔を取り戻してくれたというのに。
臓硯がいなくなり、無念に肩を震わせる雁夜にリンカーが声をかけた。
「殺すか?」
と。
○○○○
その言葉は、あまりに自然に発せられた。例えば、明日の夕食を尋ねるかのような。例えば、遊びに誘うかのような。
驚くほど自然に聞こえた言葉に、理解するのに数秒かかった。それもそうだ、あの優しいリンカーがこんなにも
動揺する雁夜をよそに、話を続ける『薪の王』。
「そも、かの老人からは
その声は、天使の囁きにも、悪魔の誘惑にも聞こえた。自分の、間桐の、桜の正しい生き方を歪めた張本人。だが、確かに自分の親でもある。そこまで考え、やめた。考える必要なんて無い。親だからなんだ?それ以上に害悪であったはずだ。それに、そもそもあいつに家族の情を覚えたことなどただの一度もない。ならば。
「いや。…殺してくれ」
選んだ。自分が、桜が幸せになれる方を。己の新しい友に殺しを依頼することに心苦しさを覚えながらも、言葉にしたその想いは。
「ああ。承った」
確かに、届いた。
「そもそも、この屋敷中からあの老人の気配がすると思っていた。ならばそれは、この屋敷中にあの蟲がいるということなのだろう。それごと焼き払う必要があるな。…さて、マスター。桜嬢と共に私の後ろへ」
言われた通りにソファに寝ている桜を抱き抱え、『薪の王』の後ろへと移動する。そうしている間に、『薪の王』の手にはあの螺旋の剣が握られていた。
「さて、やろうか」
剣を逆手に両手で握り、胸の前に構える。途端、剣に集まるとてつもない魔力。その魔力が炎を成し、剣に渦巻いていく。どこかから慌てて動き出す気配がしたが、もう遅い。
その瞬間、渦巻いた炎と共に剣は床に刺さり、
屋敷を炎が包んだ。
○○○○
怨嗟を固めたような声が屋敷中に響き渡り、どこか身体が軽くなった気がした。
未だ燻る屋敷を歩く雁夜とリンカー。その背には桜が寝息を立てている。燻っているのは屋敷ではなく臓硯の蟲であり、至る所から煙と灰が巻いている。2人が目指しているのは臓硯の部屋だ。確かに臓硯の断末魔は聞こえたが、まだ安心は出来ない。奴はその外道な魔術でもって何年も生き続けているのだから。
臓硯の部屋の扉を、剣を構えたリンカーが押し開く。だがそこには臓硯はおらず、ひときわ大きい灰の山があるのみだ。だがそれすらもリンカーがその山に剣を突き刺し、燃やしたことでなくなってしまった。
臓硯が、死んだ。長年の呪縛が解かれた。
その散り際にはいつも通りの外道はなく、己の蟲も、蟲の主人たる自分も、ただ等しく『薪の王』の炎にて灰になることで迎えた。
「…ありがとう、リンカー。お前はこの短い間に二回も俺たちを救ってくれた。いや、もっと。…なあ、俺はなんてお礼すればいい?お前に、偉大なる『薪の王』に、何をもって返せばいいんだ?」
それは感謝の様にも、嘆願の様にも聞こえた。絶望にいたはずの自分達は、いつのまにか何の憂いもなくなってしまった。良いことだ、それ自体は。両手を上げて喜んでやってもいい。それがただ自分だけによってもたらせられた物ならば。
だがそれは自分だけによって起こされたものではなく、友人に、『薪の王』によって促された物。彼に背負わせた物。リンカーは慣れていると、人を殺すことに今更感じることは無いと、そう言ってくれた。
だがそれではあんまりだ。ただそれを幸運だと受け入れることなどどうしてできようものか。
何を言われようと、一生を呈してでもやろうと思った。
「私に返すもの、か…」
「ーーーならば、明日もご飯を作ってはくれないか?」
なんだ、それは。
「リンカー!お前、ふざけてるのか!」
思わず、声が震える。
「それのどこがお返しだ!俺はっ!俺は、そんな程度じゃ返しきれないほどの恩をっ!」
声が荒がる。足だって震えてきた。
「ーーーそんな程度じゃない」
「ぇ?」
「そんな程度じゃないさ、雁夜。私は貴公の食事で久々に『生』を感じられたのだ。永らく忘れていた、その感覚を。だからこそ、そんな程度、なんかじゃ絶対にない」
駄目だ、そんなに断言されてしまっては。
なにも、言い返せないではないか。
「…ああ、いいさ!やってやる!いつでも、お前が飯を食いたいと言った時になんでも作ってやる!!それが俺からの、リンカーへのお返しだ!」
「はは、いいな。いつでも食事を取れるとは嬉しいものだ。…では、明日の朝ごはんは楽しみにしているぞ?」
「ああ!期待しておけよ!」
いつのまにか足の震えは収まって、
2人には笑顔が浮かんでいた。
だいぶ眠い時に書いたので誤字あれば報告お願いします。