聖杯戦争に薪の王が参戦しました 作:神秘の攻撃力を高める+9.8%
『男』は、不死であった。
『男』は、使命を胸に旅を始めた。
そこには、終わりの始まった世界でなお夢を追う者がいた。
「俺も、太陽みたいに熱く、でっかい男になりたいんだよ」
そこには、人ならざる亡者蔓延る土地にてなお騎士道と愉快を忘れない者がいた。
「お、おお!貴公か。先日の苔玉は助かった!いやはや、あれは死ぬかと思ったものだ」
彼らは『男』の旅路において数少ないまともな人間で、友人だった。ある時は助け合い、旅の途中で会うことがあれば話をし、しばし使命を忘れ友人との交流を楽しめた。
息を飲むような絶景に共に感動し、また目を逸らすような絶望にも共に戦った。
死を与え、死を与えられるその旅にて彼らは心の支えとなり、互いに友人であった。
だが、死んだ。実の娘に殺された。
「あの人はもう、亡者になっていました…」
彼もまた、死んだ。いや、殺した。太陽を見るが故に、夢を追うが故に。
「ああ、俺の太陽が…沈む…」
なぜ、私は友人を奪われなければいけなかった?
何が悪い、何を憎めばいい?
彼を殺した娘か、違う。夢を追い続けた彼自身か、それとも彼を殺した自分か。それも違う。そして考え、気づいた。
『火』が消えかかっているのが悪いのだと。
もとより、あの世界蛇に火継ぎの話を持ちかけられたときはただ純粋に世界を救うのだと、ただ正義と使命に燃えていた。だが、今ならば違う。
私が火を継ぎ、『王』となることで私のような悲しみを負う人が少なくなるのならば、少しでも悲劇が減るのならば。
『男』は、その身にかけられた使命と、欠片も疑わぬ『救い』を願い、確かな誇りを持って『薪の王』たるを選んだ。
○○○○
「…ッ!」
がばりと布団を跳ね上げ、息を荒らげる。
今のはなんだったのだろうか、いや、なんとなくだがわかる。
「リンカーの記憶、か?」
言葉にする事でそれが事実であると確信してくる。思えばあの声も、あの話し方にも覚えがある。
考えれば考えるほどあの『男』は数日前に召喚した友人たるリンカーであり、その事実が嫌でたまらない。
果たして、あれほどの苦難を背負ってなお立ち上がるのに、どれだけ死んだのだろう。果たして、友人を失った悲しみを背負ってなお笑えるようになるまでどれだけの時間がかかったのだろう。その苦しみをあの気のいい友が背負っていたことに自らを恥じたくなる。
召喚した日にある程度彼の旅路は説明されており、理解していた。していたはずだった。過去にリンカーの話を疑ったことがあったが、もしできるのならその時の自分をぶん殴りたい。
何が信じきれない、だ。これだけの悲しみを、試練を乗り越えたものに対する言葉が疑いではあまりにも、
「報われない、なんて。何も知らない俺が言っていいはずないのにな…」
まだ、あいつのことを知らない。戦争が始まるまであと僅かしかないが、少しでもあいつのことを知って初めてあいつと肩を並べる資格があるはずだ。もっと話そう、もっと仲良くなりたい。
「…朝飯でも作って待っておくか」
そう言ってベッドから起き上がった雁夜の顔は、蟲により引きつった醜いものではなく、友人を案じる1人の青年のものとなっていた。
〜〜〜〜
じゅうじゅう、ぱちぱちと音がするとともに食欲をそそる匂いがする。寝室から起き、廊下を歩く桜は早くも今日の朝ごはんも美味しいのだろうと期待した。
「…私ってこんなに食いしんぼうだったかな」
いやいや、雁夜おじさんのごはんが美味しいのが悪いのだと正当化しつつ、リビングへと向かう。
「おはよう、桜ちゃん」
「おはようおじさん、今日のごはんは…、て、おじさん、か、顔!」
雁夜はここ最近は蟲のせいで顔が醜く歪み、夜中などに見れば思わず悲鳴を上げてしまう程度には恐ろしくなっていた。雁夜もそれをわかっており、いつでも目深にフードを被れるウィンドブレーカーを着ていた。だからだろう、最近は雁夜も鏡をみることはなくなっていた。結果がわかっているものをわざわざ確認するほど愚かなことはないと知っているから。
だからこそ、今更桜に顔のことを悪く言われるのは多少心にクるものがある。
「…ああ、ごめんね桜ちゃん。朝ごはんの前に醜いものを見せてしまって」
思えば、以前の桜は臓硯のせいで意識も虚ろであったし、やっと昔のような笑顔を見せてくれるようになったのはここ数日。リンカーが召喚され、治療してくれてからだろう。なればこそ今になって顔を恐れてもおかしくはない。まあ元気になってから数日はたっているが、そんなものなのだろう。
「そうじゃなくて、顔!治ってる!」
「え?」
「ほら、早く鏡見てきてよ!料理は私が見とくから!」
半ば押し出されるようにリビングから追いやられ、しぶしぶ洗面台に向かう。
「そういえば今朝も顔は洗ったけど鏡は見てなかったな…、いや、待てよ」
顔を洗った時、手のひらに引きつった皮膚を触る感触はあったか?
それに気づいたとき、雁夜の心には希望が灯った。未だ身体は本調子ではなく、走れば身体が壊れることをわかっている。だからこそ、鏡をみるまでがとてももどかしい。
この顔になってからは、もし戦争で生き残れてもまともな生き方は出来ないだろうと覚悟していた、していたつもりだった。だが、これほどまでに希望を与えられればそれを望まずにはいられない。
洗面所に着き、鏡の前に立つ。ああ、もしこれで以前と何ら変わりのない顔があればどうしよう、そんなことで絶望するなら見ないほうが良いのではないか。
どうしようもなく怖気付いてしまう。もう戻らないと思っていたからこそ、希望を前にどうすれば良いのかわからない。
「大丈夫…大丈夫だ、桜ちゃんが言ってくれたんだ、だったら大丈夫なはずだ」
意を決して俯いていた顔を正面に向け、鏡を直視する。
「…あ…ああ…」
思わず、顔に手を添える。そこには蟲が皮膚の内側を這い回るあの気色悪い感覚はなく、ただただ少し固まっただけの人の皮膚。固まっているのだってずっと動かしていなかったからで、しばらくすれば元どおりになるのだろう。
なぜか、なんて。理由は1つしかないだろう。
思わず雫が目から溢れる。一生このままだと思っていた。ずっと、死ぬまで臓硯の傀儡に成り果てるのだと。だが臓硯も、自分の醜い顔も、全てを救ってくれた。
またもや自分を救ってくれたリンカーに感謝し、喜びに泣く。そんな状況で後ろから近づく足音に気づけたのはまさに奇跡だっただろう。桜のとも違うその音は、この家に住む友人で。
恐らく起きて顔を洗いに来たのだろう。そんなリンカーに泣き顔なんて見せられない。ごしごしと目元を拭い、ついでに顔も洗っておく。
「おはよう、雁夜。よく眠れたか?」
「ああ、おはようリンカー。ぐっすり…、ではなかったけど、まあそのことで話もしたいんだが…。その前に、だ」
顔を治してくれてありがとう、そう続けようとした雁夜が一旦言葉を切った隙に、リンカーがそういえばと話し出す。
「顔、治ったのだな」
「あ、ああ!そのことでな、ありがとうリンカー。俺はもうずっと醜いままだと思って…」
「ん?まてまて雁夜、私は何もしていないぞ?」
言葉を続けようとした雁夜を遮り放ったそれは、すべてリンカーのおかげだと感謝しようとした雁夜にはあまりにも衝撃的で。
「…え?本当か?」
「本当だとも。雁夜が自分で治したものだと思ったんだが…違うのか?」
朝の洗面所に、なにやら微妙な空気が漂うのはそれからすぐのことであった。
〜〜〜〜
「恐らくだが、完全に私が関与していないというわけではないのだろう。前にも言ったとおり、私の炎は邪悪を滅し、人を癒す力を持つ。雁夜が私の炎に触れる機会は幾度かあったな、例えばあの老人を焼いたとき。あの時に私の火の粉などが雁夜に当たり、それが今になって活性化した可能性もある」
場所は変わりリビング。先程の微妙な空気を乗り越えた2人は、朝ごはんを食べながら互いの事情を把握し、それを元にリンカーが考察していた。
「うーん、なんだかそれじゃ俺が気づかない間に治っていたおまぬけさんみたいでなんか嫌だな。他に可能性はないのか?」
「嫌って…雁夜おじさん子供みたい」
「んなッ!だってこれじゃ俺が一方的に勘違いしただけじゃないか!たしかにリンカーのおかげではあったけど、これじゃ何というか…納得行かないような…」
てっきりリンカーがやったものだとばかり思っていたので、まさか自分の気づかぬうちに自分で治るきっかけを作っていましたというのはどことなくまぬけな気がする。
うんうん頭を悩ませる雁夜にリンカーが笑う。
「まあ、そう悩むのはわからんでもないし、元より他にも説はある」
「本当か!言ってみてくれ!」
急に元気になった雁夜に桜が呆れ、リンカーが笑う。
「まずひとつ、単純だ。雁夜を支配していた蟲、その主たる臓硯の死によるもの。これが可能性としては高いかもしれん。だが、数日前のことが急に雁夜の身体に影響を及ぼすとも考えづらい」
そこでリンカーが言葉を切り、また続ける。
「そしてもうひとつ。私の炎は殆ど私の魔力そのものだと言ってもいい。ならば、私と魔力的なパスの繋がっている雁夜にそれが流れた、という可能性。こちらならば、蟲がおとなしくなったことも、皮膚が治ったのも頷ける。蟲をおとなしくさせた後、皮膚を治したと考えられるからな」
「なるほど…。なら、3つ目の説を俺は信じるぞ!それが一番かっこいい」
「待て、まだある。私はこれだと思っているが…。まあ、今言った2つの可能性、どちらも組み合っている、というものだ。先程はああ言ったが、ただ魔力のパスで繋がっているだけで流れる微量の魔力では蟲をおとなしくさせたとは考えづらい」
「なるほど、だから二つ、か」
「そうだ。雁夜はもともと固形物を口にできないほどまて弱っていたのだろう?だが食べれている。これは恐らく私の魔力が原因だろう。微弱だが、一晩かければそれくらい治す程度の癒しの力も持っているはずだ。だが、蟲を焼くには至らなかった。だが蟲たちの主がいなくなったことで蟲がおとなしくなり、私の魔力が雁夜を内側から治していき今日顔を治すに至った。…私はこれが濃厚だと思っている。どうだ?」
「ああ、確かに説得力もあるな。けど…、俺はやっぱりリンカーが治してくれたんだとばかり…」
「はは、治してと言われればやるつもりだったのだが、気が回らなくてすまない」
いや、いいよと半ば諦めたようにリンカーに返し、自分のごはんを食べていく。
「ああ、そういえば。先程この件とは違う話がしたいと言っていたな、何のことだ?」
「…その話は、ごはんを食べてからにしようか」
ちらりと桜に目線を向ければそれで察してくれたのか、先程までとは違った話題を振り、笑っている。
何の話かはわかっていないだろうが、桜にあまり聞かせたくない話題だとは気づいてくれただろう。こんなふうに笑っているリンカーに、あんな過去があったなんて。桜は知らずとも良いだろう。
〜〜〜〜
「私の記憶、ね…」
「ああ。すまないが、見てしまった」
マスターは契約したサーヴァントの記憶を夢として見ることがあるらしい。そんな話から始まり、見てしまったのだと謝罪する。
「いや、見たのは構わんが…。大丈夫だったか?私の旅は死に塗れている。どこまで見たのかは知らないが、貴公にはいささかきついものではなかったか?」
「大丈夫、お前が感じたものに比べればだいぶ弱いはずだ。…ああ、そういえばお前の友人も見たぞ」
あまり、死について話すものではないと話題を変える。
「ほう、どんなやつだった?」
「確か…。玉ねぎみたいな人と、バケツみたいなものを被った人だった」
とたん、リンカーの表情が変わる。今を楽しむものから、過去を偲ぶものに。生者との話から、死者を想う表情に。
「ああ、彼らに会えたのか。まったく良い者達だった。玉ねぎの者は出会うたび困難にぶつかっているにもかかわらず寝ていてな、悩んでいるのかそれとも考えていないのかわからないのがとても面白かった。…それに私への恩義だと言って無茶してもらったこともある。…バケツの者は熱い男でな。どうにも同郷のものだと言うので話してみれば、あの時代においてあそこまで熱く夢を追える彼を尊敬していた。…思えば、私が困難に当たった時はいつもこの2人に支えてもらっていたな。…ああ、懐かしい」
本当にいい思い出なのだろう。思い出すリンカーの顔には笑みが溢れ、それを抑えることもない。ただ、その2人との最後の記憶が死というものでなければ。
「本当に、聖杯に願わないのか?その…」
「彼らともう一度会うことを、か?」
言い淀んだ続きをあてられ、雁夜は何も言うことは出来ない。そもそも、こんなこと聞かずともリンカーの答えが以前と変わらないのはわかっている。
「前も言ったが、彼らは過去だ。それがどんなに悲しいものでも、その時を生き、その時を走った者達の決意と生き様は変えてはいけないと、私は思っている」
静かに、だが少しの怒りを感じているようで。なぜこんなことを聞くのだと。
恐らく、何度言ってもリンカーはこの答えを変えることはないだろう。死を最も経験しているからこその、死者への尊敬と感謝。死者の生き様を汚してはならないという自戒。
それを己に課しているからこそなのだろう。殺すことに躊躇はなく、だが殺した者には最大限の感謝を捧げる。その歪さこそが今のリンカーを作っているのだろう。
「すまない、リンカー。俺も配慮が足りなかった」
「いや、いいさ。…それで、まだ他にも話したいことがありそうだが?」
「バレてたか…。そのことなんだが、ひとつお願いがあるんだ」
「何だ?」
それをリンカーが使っているのは記憶を見たときに知った。なにせ、これまでそんなそぶりをなにも見せなかったのだから。
「俺に、魔術を教えてくれないか」
「なんだ、そのことか。良いぞ」
即決だ。魔術師というのは、得てして己の術を秘匿するものだ。教えてくれないことも想定していたが、優しいリンカーの事だしきっと教えてくれると思っていた。だが、まさかここまで即決だと逆に不安がある。
「なに、不安にならずともよい。この戦争が終わるまでに貴公を一人前にしてやるさ。準備が整えば知らせよう、その時に授業開始だ」
そのときの、なぜかワクワクしたようなリンカーの顔はとても印象に残った。
リンカー「オーベックにさせられたあのきつい授業を誰かに経験させられる!」
それで喜ぶなんて割と黒いですな、リンカーさん。