ガーリー・エアフォース∞ 死神の翼   作:零八式

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12巻発売まで一週間切ったので初投稿です。

ただその日ヴァイスの富士見ファンタジアの日と被ってるんだよなぁ……


死神は死地より舞い戻る

「は?」

 

 開口一番、見知らぬ病室で目覚めた彼、いや、彼女が上げた声は、まさに困惑のそれだった。体が妙に軽く、起き上がっては部屋に備えられた鏡を見ると、そこにいたのはシンプルな病衣を着た美少女だったのだ。

 見た目はハイスクールの学生のそれで、スタイルはややスレンダー寄り。髪は黒曜石の様な黒でややもみあげの長いショート。瞳は右目が赤く、左目が灰色と色が違う。

 おかしい、何故鏡に映っているのが()では無く女なのか。

 

 「どうなっちまったんだ、俺の体……?」

 

 無理やり働かせようとすると痛むこめかみを押さえながら、記憶に残る限りの自分の行動を思い出す。覚えている最後の戦場は、ロシアの国境付近でのザイとの戦闘だ。既存の戦闘機を遥かに上回る機動性を持つガラスの戦闘機相手に成す術なく、かつてリーダーとして率いて来たアローブレイズは自分を残して全機撃墜された。隊員の安否は分からないが、少なくとも多分アイツは生きてるだろう。

 

 鳴り響くミサイルアラート。背中から迫るミサイルをギリギリまで引き付けて回避、その隙に敵機の目の前に躍り出て、すれ違いざまに敵機に機銃弾を叩きつける。

 

 「ADMM、出し惜しまない!!」

 

 正面に捉えた複数のザイを同時にロックオン、最大十二機の目標に対して同時攻撃が可能な超小型多目的ミサイルが機体上面2箇所と下部中央の計3箇所に搭載されたウェポンベイから吐き出され、空に赤い花を咲かせる。無茶な機動。あまりにも乱暴な操縦。しかし、それでも奴らを追い詰めている。

 

 ADMMは今ので撃ち尽くした。通常のミサイルも残弾ゼロ。

 しかし最後に残った機関砲がその銃口から火を噴けば、敵機は確実に数を減らしていく。残る武装はこの機銃弾だけ、どんどん減っていく残弾数のメーター。だが、それでも落とせたのはたったの三機。

 

 残存するロシア空軍の撤退まであと少し。この際、全てを使って敵を出来る限り落とす。それがプロとしての務めだ。

 背後につかれる。敵機がその標準をリーパーのノスフェラトゥに定める。しかし、いざミサイルを放とうとした所で、唐突に目の前の死神の姿が掻き消えた。ハイGターンを駆使した旋回戦で背後に付いたリーパーの放った弾丸の雨を喰らい、またガラス細工が落ちていく。

 

 「残りは――――」

 

 あと十機。そう呟きかけた時、機体が悲鳴を上げた。

 

 「しまっ――――」

 

 気付いた時には、ノスフェラトゥの機体に亀裂が入っていた。無茶な機動と今までの戦闘で累積したダメージが、とうとう限界に達していたのだ。整備費をケチった上に、ADMMの便利さ故に乗り続けた弊害だった。

 背後からのミサイルアラート。

 ブレイクをしようとする。しかし、それ以前に機体のダメージが気になって上手くパフォーマンスできない。

 フレア、チャフは共に既に残弾が無い。逃げる事さえも叶わない。

 

 「やっぱ、整備費はケチるもんじゃねぇな」

 

 ひきつった笑みを浮かべて呟かれたその言葉は、死神と呼ばれた男の最後の言葉となる筈だった。

 

 

 

 

 

 「そうだ、俺はザイに撃墜されたはず……」

 

 「おめでとう、リーパー。君は今日からアニマとして生まれ変わった」

 

 ようやく思い出したと言う所で、病室のドアが開いて入って来たのは彼が良く知る人物だった。黒縁メガネが特徴の、航空戦力主体の傭兵部隊、アローズ社の代表。

 

 「グッドフェロー……」

 

 「君は今、ロシアのとある施設で保護観察されている。我々が瀕死の君をロシアの極寒の山中で回収できたのはまさに奇跡とも言えるだろう。だが、肉体は正直どうしようもない程ボロボロだった」

 

 そう言って彼が見せたのは、かつてのリーパーが写った写真だった。両手足は凍傷を起こしており、血の気が薄い。最早死体と大差ないのでは、そう思えるほどの凄惨っぷりだった。

 

 「そこで、だ。ロシア軍で最近発足したとある軍部が、君を助ける代わりに情報を欲しがっていてね。より正確には君の戦闘経験を、だが」

 

 「そこからどう派生したら俺がティーンエイジャーの女の子になるんだ?」

 

 「ここから先は専門家に聞いた方が良いだろう。まずは着替えたまえ」

 

 グッドフェローに促されて備えられたロッカーを開くと、ジーンズとシャツ、そしてパーカーとありきたりな私服が入っていた。ロッカーの扉を陰に着替える。何故サイズが丁度良いのかは言及しなかったが、パーカーのポケットの中に∞の形をしたヘアピンがある事に気が付く。

 

 「こいつは?」

 

 「お守りだよ。君のエンブレムに準えて用意した」

 

 「へぇ」

 

 リーパーの機体に描かれていたエンブレムは、大鎌を持ち、頭に∞を模ったリボンの付いた死神だ。そういうことか、と呟くとエンブレムと同様、左側の側頭部にやや苦労して取り付ける。

 着替え終わると、リーパーはグッドフェローと共に病室を後にした。

 

 「ところで、何故室内でフードを?」

 

 「この方が死神っぽいだろ?」

 

 

 -----------------

 

 

 自分が今いる場所が、ロシア極東の主要都市、ウラジオストクから北東へ約300km、チェグエフカから約10kmの位置にあるロシア航空宇宙軍の基地、チェグエフカの空軍飛行場だと分かった。冷戦時代、極東からやってくる戦闘機及び爆撃機の航空攻撃を防ぎ、または有事の際には極東侵略の足掛かりとなる前線基地だ。

 どうやらその地下施設にいたらしく、無表情のスーツを着た男二人に取り囲まれながらエレベーターで上昇していく。

 

 「しかし、随分厳重だねぇ……」

 

 リーパーは頭上に目を向けると、そんな事を呟いた。隅だけでなく天井にも死角が無いように取り付けられた監視カメラのレンズがこちらを覗いている。よく見れば少口径の弾帯がカメラに吊り下げられており、黒光りする銃口と赤色のレーザーサイトが腕と足を照射していた。

 

 「現在、地下400mから上昇中です。安心してください。このエレベーターのワイヤーと発電機は日本製です」

 

 「日本、か。リーパーの初任務は確かそこだったな」

 

 ただの解説にしか聞こえない無表情なガードマンのジョークに、グッドフェローが笑って返す。上昇が止まり、コンクリート張りの通路しかない基地の中を案内されると、やがて格納庫に辿り着いた。

 そこではロシアのフランカーが数機と、純白のSu-47、そして、その隣には対になる様に漆黒の機体が鎮座していた。

 

 「なんじゃこりゃあ?」

 

 「ADFX-01 Block1 ANM、これが、今日からの君の機体だ」

 

 「借金持ちにはデッドコピーがお似合いだってか?」

 

 ADFX-01 Block1、通称ブラック・モルガンはADFX-01の量産化検討モデルで、ドイツのグランダーIG社で二十機前後が生産されている。だが、リーパーがデッドコピーと言うように、量産化検討モデル故に一般兵でも扱えるよう、元となった機体からはかなり性能が落とされているのだ。両方を乗り比べていた彼にはその違いが分かる。

 

 「懐かしいな。君が我が社で初めて支給された機体だ。ちなみに君が保有していた他の機体だが、君の手術台と借金の担保として持っていかれたからこの機体以外は残っていない」

 

 「はぁ!? ファルケンもフェンリアも、ヴィルコラクもか!?」

 

 「それでも返済し切れていないのだがね。全く、どうやったらそこまで借金が膨れ上がるのだか……」

 

 うぐっ……と、リーパーはナイフで胸を抉られた気分になる。ユージア戦争終結後、貰った休暇中に自分にリーダーの教えを授けるも、パイロットを引退したヴァイパーと久々に出会った。思い返せば、それがケチの付き初めだ。彼はギャンブルまでもリーパーに教え、リーパーは見事にそれに嵌まった。しかし、借金を抱えていた者からの教えだったせいか彼にもそれが伝染し、しまいには機体の整備費用もケチったぐらいである。その結果が今の体の訳なのだが。

 

 「ドクター・ヤリック。彼が目を覚ましました」

 

 「ほ、本当かい!? 今行くよ」

 

 グッドフェローが呼びかけると、白いSu-47に取り付けられたタラップの上で何やらパイロットと話し込んでいた白衣を着た研究員が、急いで降りてきてこちらに向かってくる。白人ならではの堀の深い顔立ち、まだかなり若い研究員だ。

 

 「二ヶ月も眠っていたからダメかと思ったけども……生きていてくれて、本当に良かった」

 

 「……? ちょっと待て、今何年何月の何日だ?」

 

 「今は西暦2016年の8月16日だ。アローズ社の国境付近の戦闘から丁度二か月が経過しているよ」

 

 どうやら、この体になってから随分時間が経っていたらしい。聞けば、動作不良の疑われたリーパーは彼の強い根回しのお陰でこの施設に入れて貰えたのだとか。

 視線をチラリと白いSu-47に向けると、丁度降りて来たアルビノの少女がリーパーに向けて丁寧にお辞儀をした。

 

 「場所を移そう。こんな所で立ち話もなんだろう?」

 

 ヤリックがそう促すと、格納庫から少し離れた位置にある彼の自室と思われる部屋に案内された。部屋の中を見渡すが、特に変わった物はない。至って普通の自室の様だ。アンティークな家具に纏められた研究資料、クローゼットの上には笑顔で写るヤリックと、やや困った表情ながらもにっこりと微笑んで写る先程の銀髪の少女のツーショット写真が写真立てに入れられていた。場所は……ゴーリキーパークだろうか?

 

 「さて……君にはどこから話すべきかな」

 

 「山の中で凍え死にかけていた所までは聞いた。記憶は曖昧だがな」

 

 中々高級そうなソファーに腰掛け、ヤリックと対面したリーパーはぶっきらぼうに答える。命の恩人とは言え、彼が本人の許可も無く勝手に体を改造したことに変わりはないのだ。

 どことなく不機嫌そうなリーパーの声に苦笑いを浮かべながらも、ヤリックは事の顛末を述べる。

 

 「今から一年と三か月ほど前、ザイが出現したのは知っているね? 僕たちはそれに対抗できる手段を研究していたんだ。ザイの常識を超えた機動力。そしてミサイルのセンサーが狂わされる電磁波に対抗するための手段をね」

 

 「その集大成が、この体って訳か?」

 

 「そう。既存の戦闘機にオーバーチューンを施した戦闘機『ドーター』と、その自動操縦機構『アニマ』。これらによって、ようやく人類は対等に戦う力を得たんだ。あぁ、でも君の場合はその亜流と言った方が良いかな? 僕達としても初の試みだったけど、そのアニマに人間の脳をコピーしたらどうなるのか、その実験体が君の今の姿だ」

 

 「操縦機構って、部品かよ俺は……」

 

 それからもしばらく彼の難しい話は続いた。リーパーは何度か寝落ちしかけたが、要約するとこうだ。

 

 

 1:リーパーの元々の肉体は死んだ。

 

 2:ギリギリ脳は生きていたので電脳化して意識を抽出、コアとやらにプログラミングした。

 

 3:実験の対象に選ばれた理由は、軍属で無い負い目のあるエースパイロットだったから。

 

 4:今の体はGによる制限がほぼ無いため、ドーターと合わせる事で無類の強さを発揮できる。また、EPCMに悩まされる事も無い。

 

 

 他にも色々言っていた気がするが、取りあえずこの四点だけ抑えておけば良いようだ。

 ただ、ヤリックは研究チームの中ではかなり上の地位ではあるが、何もノリノリでこの人体実験紛いの研究に取り組んだ訳では無く、寧ろ反対派だった。しかし、軍上層部からの命令という事もあり、これは人命救助だと自分に言い聞かせて何とか成し遂げたらしい。

 彼のその心情を聞いて、リーパーは幾らか心を許した。 

 

 

 「退屈な話を聞かせて申し訳ない。もうすぐベルクトが暖かい飲み物を持ってきますから」

 

 「ベルクト? 戦闘機が給仕でもするのか?」

 

 「先程の銀髪の少女ですよ。彼女もアニマです」

 

 あぁ、とリーパーは一つ納得がいった。こんな所に年頃の少女がいること自体おかしいと思っていたからだ。すると、奥のキッチンから銀髪のアニマがお盆に紅茶とクッキーを乗せてやって来た。青を基調としたワンピースと銀髪のコントラストが素晴らしい。

 

 「どうぞ」

 

 「おぅ、何か悪いな」

 

 「いえ、気にしないで下さい。折角のお客様なのですから」

 

 「私も頂いて構わないかね?」

 

 勿論です、凛とした良く通る声で告げると、お盆を抱えて博士の隣にちょこんと座る。動作がいちいち小動物みたいで可愛らしい。こうして見ると、ベルクトは背丈で言えば今のリーパーよりも大きいだろう。

 久しぶりの食事に無遠慮にボリボリとクッキーを頬ぼるリーパーを見て、ベルクトは微笑ましげに笑う。

 

 「ふふっ……何だか妹が出来たみたいです」

 

 「一応俺元男なんだが?」

 

 「ふむ……あながち間違いでも無いな、前進翼機体同士と言う意味では。良いんじゃないか? ベルクトお姉ちゃんの妹、リーパーちゃん」

 

 予想外のグッドフェローの援護射撃に、思わず口に含んだ紅茶を吹き出しそうになり、むせた。

 彼の笑い声が部屋に響く。リーパーは咳き込みながらもフードの影からキッと睨み上げ、

 

 「ゲホッゲホッ!! グッドフェロー、てんめぇ……」

 

 「大丈夫ですか、リーパー? じっとしていて下さい、お姉ちゃんが今拭いてあげますから」

 

 「そんな目で俺を見るんじゃねぇ!! 完全に妹を心配する姉のそれじゃねぇか!!」

 

 純粋に心配そうにハンカチを取り出し、リーパーのジーンズに飛び散った紅茶と口周りを拭おうとするベルクト。彼女に完全に妹扱いされ、元々大の大人であり気恥ずかしさからそれを拒もうとリーパーはジタバタともがくが、結局はおとなしく彼女のされるがままに拭き上げられてしまった。かつてのアローブレイズのエースもこれでは形無しである。

 気が付くとベルクトはリーパーの隣に座りこんでいた。それからは四人で座談会の幕開けだ。

 

 リーパーがこれまで従事してきた任務や、被撃墜王オメガ、エースの何たるかとギャンブルを自分に教えたヴァイパーなど仲間について、とにかく話題は尽きなかった。

 リーパーにとっても悪くないとも思える時間だったが、痺れを切らしたのか乱雑にドアをノックする音が響く。

  

 「グッドフェロー氏、そろそろお時間です」

 

 「どうやら、時間切れの様だ。君をここに入れたのには大分無理があったようだからな。軍の方も君をここにあまり置いておきたくはないのだろう」

 

 やれやれ、と嘆息しながらグッドフェローは立ち上がり、リーパーにも付いて来るよう促す。

 

 「リーパー。また、会えますよね……? もう少しだけゆっくりしていけば良いのに……」

 

 「生憎と、私や彼には仕事があるんでね。特にリーパーにはこれから借金返済の為に場所馬のように働いてもらわなければならない。おっと、滞在時間もかなりオーバーしているな。本来の予定なら、3時間程前に日本へ着いている筈なんだが……」

 

 「また会えるさ。ただ、今度会う時は妹扱いは勘弁してくれ」

 

 リーパーはフードを脱ぎ、はにかんだ笑顔でベルクトにそう告げるとグッドフェローに連れられて施設を後にした。この時、まさかあの様な形で次にベルクトと会うことになるとは、リーパーはそれを知る由も無かった。




ベルクトお姉ちゃんにお世話されたい……されたくない?

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