標的10はじめのいっぽ
初めて出逢った時から彼とは何故か初対面ではないような気がしてならなかった。
彼の身にまとう哀愁が誰かに似ていたから。でもその誰かはわからない。
記憶の片隅にぽっかりと穴が空いたところ、切なくて苦しくてでも甘酸っぱい心がほわっとするような感じ。
飛行機から覗く青い空を眺めながらぼんやりと考えた。
あの日、私が攫われ救出された後ザンザスに抱き抱えられたまま車に乗った。もちろんディーノも一緒だったけど、いつもの明るい表情をしておらず落ち込んだ様子だった。
それがどうにも気になったけど幼児の身体は睡眠を求めているらしく、意識も曖昧になり始めていて心地のよい背を叩くリズムと私を抱きしめるザンザスの体温が気持ちよかった。
「…ね…む…」
「眠っとけ、カスはもういねーから」
「…?……で、も…」
なんだか眠ったらなにもかもが最後のような気がして。
それでも彼は眠れと言う。曖昧な意識の中で彼は珍しく微笑んだ。
「寝ちまえ、そうすれば全部、明日には夢になっちまうから。明日遊んでやるよ」
ぜんぶゆめになるの、だったらいいな。
「…う…ん…」
また、明日と言ったつもりだったがもう意識は夢の中。
朝起きたら何故か首にはチョーカーをしていた。ひし形の赤い宝石が輝きを放っていて
まるで猫の首輪みたいと思った。だけど嫌とは感じずお気に入りとなった。
次の日彼の姿は何処を探しても見つからなかった。
次の日もそのまた次の日も彼はまったく姿を見せなかった。
私はなんだか落ち着かなくてディーノの目を掻い潜ってザンザスに逢いにいった。
彼女が協力してくれたからできたのだ。
そしていつも彼が居るだろう部屋にいけばそこには氷に抱かれている彼の姿。ザンザス。
まるで眠っているかのように、静かに静かに彼はそこに眠っていた。
どうして?こうなっているの。
どうして?彼は喋ってくれないの。
どうして?彼は私を見ないのだろう。
それが現実だと信じられなくて自分が見ているのが夢だと認識したくてゆっくりと彼に手を伸ばそうとした瞬間、私は誰かに抱きかかえられた。それは九代目だった。私は彼にお願いした。
ザンザスを起こして!
九代目は首を振り悲しそうな顔をした。
それはできないことなんだよ、と。
どうして?私は話したい。だって約束したんだよ?
彼はね、犯してはならないことをしようとしたんだ。
それはなに?
それはね『ボンゴレの意思を覆そうとしたからだよ』
『ボンゴレノイシ』
それがある限りザンザスはあの牢獄から逃れられないのだろうか。
私にはそれが何なのか理解できなかった。でも彼をどうやったら助けられるのか。
その疑問を解くために。命令されたからじゃない。お願いされたからじゃない。
自分の意思で決めた。彼に逢えばザンザスが救えると考えたからだ。
だから私、ジルは、日本に向かいます。
◇◇◇
沢田綱吉side
それはいつもの日だと思っていた。ようやくへとへとになりながら家にたどり着いたとき、自分の部屋にいたのは態度でかく豪華なソファに座るディーノさんだった。
「ディーノさん!来てたんですか?」
「ああ、実はな。ツナに頼みたいことがあって来た。この子のことで、ホラ、……ツナだぞ」
そういうディーノさんの膝元には少女がいた。まだ5歳ぐらいだろうか、顔を反対に向けディーノさんにしがみ付いている。促されこちらに振り向いた少女の銀髪の髪がふわりと揺れ、ゆっくりとこちらを向いた。……正直、可愛いと思った。見惚れるくらいに。
突然の事に色々と戸惑って身動きができない俺にリボーンは突拍子もないことを言い放った。
「ツナ。聞け。こいつがお前の未来の花嫁。ジルだ」
「え」
何言ってんだ?こいつ。目の前にいるのはどう考えても俺よりもずっと年下の子供。しかも下手すりゃ犯罪者扱いのレッドゾーンだぞ。
呆ける俺にリボーンはワザとらしく訂正をした。
「まぁ、正しくは婚約者か。ジルはボンゴレ十代目の花嫁となる存在だ。こいつは他のマフィアが重要視するほど大事な娘だ。しっかり守れ」
え、え?な、何これ。ドッキリ?もしかしてドッキリですか?
どっかにカメラとか隠されてたりとかのパターンなのか!?
だが俺の考えとは裏腹に現実は痛いぐらい容赦なかった。てっきりディーノさんが否定してくれるものだと思っていたのだが、
「そういうことだ、ツナ。ジルを泣かせたらいくら弟分でも容赦しねぇからな」
との脅しもとい、肯定の言葉には思わず大声を出してしまった。
「えぇ―――!?」
「うるさい」
ドカ!とリボーンから相変わらずの俊足の速さで蹴られ、俺は「んぎゃ!」と悲鳴を上げて勢いよく顔面から壁に突っ込む。
「ちょっ、痛いつーの!」
俺は赤くなった鼻先をさすりながら抗議の声を上げた。
「大丈夫?」
「へ?あっ!だ大丈夫だから!」
ジルと呼ばれた幼い少女がディーノさんの膝から降りてきて気遣いの言葉を言いながら俺の顔を覗きこむ。けど俺は落ち着かず慌てた。
「?」
「まっ、まってよ!納得いかないから。だって俺は十代目になんかならないって言ったろ?それに俺は好きな人が!」
そうだ。俺には好きな人がいる。笹川京子ってマドンナが。だがそれさえもリボーンにとっては取るに足らない問題らしい。
「京子か?なら愛人にでもしろ。お前がボンゴレ十代目になる限りジルはお前の妻だ」
「おかしいだろ!?だってこの子まだこんなに小さいじゃないか!!」
俺の震える指先の先には妻だとか世間一般的には当てはまらない俺よりも年下の少女がいる。っていうかどう頑張っても歳の離れた妹にしかみえないはずだ。大体、こんな子供がいるまで妻だとか愛人だとか教育上よろしくないだろ!?
俺の必死の叫びにディーノさんは否定してみせた。
「おかしくなんかないさ」
「え?」
「……ずっと前から定められていたことなんだよ。これは」
「ディーノさん…」
「………もう、バイバイなんだね」
ぎゅっとせつなげに眉をよせディーノさんの服を握る少女はまるで捨てられようとしている子犬のようなに心細さから切なそうな顔になった。
ディーノさんは少女、ジルに囁くようにけどはっきりとした声音で言う。
「……そんな訳ないだろ、ジル。またすぐに会いにくるから。だからそれまでいい子にしてろよ。わかったか?約束だ」
「うん。いい子で待ってるよ。約束、ね」
二人はお互いの額をこつんとくっつけて笑いあった。別れを耐えて寂しそうに笑った。
ジルという不思議な子供とは初対面なはずなのに、俺の心がなぜかチクリと胸が痛んだ。
まるで、『 』しているみたいに。
(はじめましてとさようなら)