ここは神が住まう場所。もっとも静寂に包まれたどこか寂しい空間。
そんな中、一人の男がある男に声をかけた。
「おい」
「んあ?」
神男と普段姉妹から呼ばれている人物は、声をかけられたというに素っ気ない返事しか返さず己が釣竿を丁寧に手入れすることしか頭にない。
全身包帯男、通称ラビットはそんな様子な神男でも全く気にしないようで淡々と報告する。
「『未来』のアイツがおちた」
神男は一瞬手を動かすのをやめた。しかしそれは本当に一瞬でまたせっせと手を動かす。
「…そ~か。まぁ、力が無くなった時点で用済みだし丁度良かった」
ふきふきと丹念に手入れをする。
「あっさりだな、神男。『今回』の蒼龍姫には何かと気にかけてやってるくせに」
「馬鹿言え。俺がわざわざ目をかけてやってるのは大事な手駒を失くしたくないからに決まってんだろ?じゃなきゃ、使えないのは早々に切ってる」
「本当にか?何処か別の理由があるからじゃないのか…」
ラビットは後から後悔した。一言余計だったなと。
「くどい!!」
神男の言葉が衝撃波となり一陣の鋭い刃を生む。ラビットはそれを首を少しだけ傾げさせて避けるも髪の毛が数ミリ単位で切れてしまった。
「いつになく感情的だな。珍しいこともあるもんだ」
しかも、それだけではない。神男の手の中にあった、普段愛用している釣竿が長ネギのようにみじん切りされ無様な最後を遂げていた。
押し隠された怒りが、神男から感じられる。
普段のおふざけした態度など吹き飛んでいた。
「それ以上、喋るな……死にたいのか」
「………」(いつになく殺気が増したな)
そんな時、怯えきったひつじが現れた。
どうやら神男に話しかけた雰囲気の様子。
「神様、少々よろしいでしょうか」
「話せ」
「…はい、ヒナ様から言付けがございまして」
神男の威圧感から首を竦めビクビクしているひつじ。
神男が横目で睨みつけるかのようにひつじを捕らえる。
「続けろ」
ひつじは声を震わせながらも伝えた。
「……そろっと蒼龍姫をこちらに引き渡せ、と。国がざわめきだした、収拾がつかなくなる前に戻せとの仰せにございます」
「ハッ、偉そうに言いやがる。狗楽をあっちにやったというのに天姫まで寄こせだと?あの女はいつから俺と対等でいるつもりだ」
「昔から面白い奴だったがな。思考が丸わかりでいいじゃないか」
「……天姫をやるわけには行かない。アイツには元の強さよりもっと強大になってもらわなくてはな。……俺よりももっと、大きく」
まるで自分に言い聞かせるかのように、神男は言葉にした。
不器用な奴、とラビットは内心思った。
こいつに誘われ『仕事』をやるようになって、どのくらいの年月が経ったか。
一昔前の俺なら、『不器用』なんて言葉すら使わなかったろうに。
変わったな、俺。でも、お前は出会った時から変わらない。
お前の中で時が止まってしまったのか。
ラビットは言葉を選び、神男に伝えた。
「…お前も、ヒナみたいに『単純』だったらいいだろうにな」
耳は当然あるはずなのだから、聞こえていたはずなのに、神男はその言葉に返答は返さず、
「……ラビット、天姫に伝えてこい。次の世界へ飛ばすとな」
「ほいほい」
ラビットは消え、ひつじも姿を消す。残ったのは神男ただ一人。
脱力したように神男は、地面にへたり込んだ。
「…俺が単純だったら?」
俺はそんな風に生きられない。生きられなかった。
「………それじゃ、やってらんないだろうが……神なんて……俺がやらなきゃいけねぇんだよ……ほかでもない、俺が……」
その呟きは誰に対して言ったのか。神男は一人項垂れ、悔しさから唇を噛んだ。
思いっきり、皮膚が裂け血が滴れようとも。
幾度の『蒼龍姫』を選定し、苦労して育て上げ、送り込んでも駄目だった。
戦闘で逃げる者や、死ぬ者、暴走して一つの世を崩壊させた者。
どれ一人として成功しなかった。
どれくらい年月が過ぎたか頃、ようやく期待をかけてもいい存在に出会えた。
#name4#緋奈。
内にひそめた潜在能力が大きく、柱としても期待をかけた女。
しかし、ダメだった。緋奈も所詮はもと、人間の女。
使命よりも男を選びやがった。
もう、諦めかけていた。そんなときにあの姉妹の存在があきらかになった。
俺はこいつらなら、と賭けた。こいつらが駄目なら、もう諦めようと。
俺は賭けに勝った。姉が『蒼龍』、妹が『紅竜』という新たな鍵が出来上がり、俺の願望をかなえる道が広がった。
もう少し、もう少しなんだ。アイツに出会えるまでもう少し。
神男が、今逢いたいと願う人は、もうすでに
話しかけても答えてはくれない。
華のように微笑んではくれない。
「…光……いつになったら、俺はお前に逢えるんだ………?…」
時間が過ぎてしまうまえに事を運ばなければ…
あせる思いと裏腹に、わずかな罪悪感があった。
俺がやろうとしていることは、本当は正しいことなんだろうか、と。
自分の幸せの為に、アイツらを不幸に陥れることに躊躇いがある。
だが、その理由だけで諦めることなんてできやしない。
だったら、今頃自分は生きていないはずだからだ。
光、…俺はまたお前に逢いたい。
だが、お前は絶対許さないかもしれないな。
卑怯なことが嫌いな奴だったしな。
……迷いを捨てなければ、お前に逢えないというのなら俺は………
神になるときに人の心は捨てた
原点に帰れ、俺よ。
ユキヒコとの約束が消える前に。