天姫は、何度眠れずに、寝返りをうっただろう。
宛がわれた二段ベッドの上で天姫は一人孤独さを感じていた。
事は思っていたよりも深刻なのだ。
「…奈々ママ…」
正直ショックだった。家光さんと旅行に行ったまま行方がわからないなんて言われた時は。それどころか、京子とハルまでもが奴ら、ミルフィオーレの標的にされてるなんて……。
「くそっ」
苛立ちに寝ていることなどできずに、天姫はベッドから起き上がった。
今までかかわってきた人たちが、消されている。武のお父さんだって、容赦なく殺された。
こうしている間も、奴らの手が襲い掛かろうとしてるのに……どうして、私がここにいるんだ。
何のために、私がいるんだ……。
ごちゃごちゃしたものが天姫の心内で暴れる。
ガシガシと頭をかき、とりあえず、茶でも飲んで気持ちを落ちつけようと部屋を出た。
目的の部屋に入ったときには、先客が来ていた。
「眠れないのか、天姫」
「…武…」
ニカッと笑みを浮かべながらよっと軽く手を上げる仕草。
彼はどのくらい、ここにいたのか。だって、ずっと彼は黒いスーツのままなのだから。
「まぁね」
そういって、天姫は武の隣に座った。
ぽすんと背もたれに体を預ける。出てくるのはため息ばかり。
「…はぁ…」
「………なぁ、」
「ん?」
「髪、触っていいか」
遠慮がちに言う武はどこか悲しそうだった。
その瞳には私だけど、私じゃない人が重ねられてると感じたからだ。
「いいよ」
断る理由もないので天姫は了承した。
「……アイツもこんなんだった…」
武が懐かしむ相手、アイツ、とはいかなる人物か。天姫はその人を知らないし、武も教えようとはしない。
きっと、それでいいのだ。言葉あやふやなままなのが何よりこの距離感を産み出しているのだから。武の指は何度も天姫の髪を弄ぶ。まるで会えない時間を感じるように、会えない人への寂しさを紛らわせるように。
「少しは成長してた?今よりは」
大きな手。彼もこんな感じだったなと、思い出した。
もちろん、槍を持ってるから手はごつごつしてて、でも安心できた。
だって、触れられるだけで幸せになれたもの。
彼の愛情が指先から感じられたから、それが確かだって思えた。
「ああ、背丈ももう少し上だし、髪ももっと長い。顔はまぁ、相変わらずの美人だしな」
「どうせお世辞でしょうが」
「おいおい、俺が世辞なんか言うと思ってるのかよ」
「思う。だって武、女たらしに見えるから」
「ひでぇな、…俺はこれでも一途なんだぜ」
「そう、武も好きな人いたの」
きっとそれは天姫ではない。そして天姫の隣にいる武も、彼ではない。
「………ああ、ずっと片思いだけどな」
お互いが求める人は違うんだ。
彼の手が止まる。
ああ、残念。気持ち良かったのになんて思ってたのは内緒である。
「天姫、今でも彼のこと忘れられないのか」
「……忘れられないんじゃない、忘れちゃいけないの…」
天姫がずっと抱えるものだもの。彼だけを想って生きていかなきゃならない。
責務であり劉牙を葬ってしまった天姫の永遠の業なのだ。
武の腕が伸ばされ、ゆっくりと肩を引き寄せられた。天姫も抵抗なく彼の肩に寄りかかる。お互い顔をみることはなく、武はぽつりと言葉を漏らした。
「…一途ってのも困りもんだな……」
「……そうかも、しれないね」
そう肯定し、天姫は瞼を下した。
今は一人でいたくない…誰でも良かったわけじゃない、けど、今は武が隣でよかったと心底思う。
少しでも、考えることから逃げたい。
逃げちゃいけないのはわかってる。でも、少しだけ時間がほしい。
ごちゃごちゃしたものを考えなくてすむんだから。
(感情はループしたまま止まっている)
※
人から欲張りだって言われても大切なものは全部守りたい。
両手で持ってもこぼれそうになるならポケットに入れる。
それでも溢れてしまうならバッグにでも入れよう。
方法はいくらでもある。悩んでる暇があるなら行動しよう。
私は今までだってずっとそうしてきたんだから。
人の指図なんか受けない。
『蒼龍姫』は一人しかいないんだ。
…対である妹はこの世界にいない。私の存在理由がいない。
ええ、そうね。それは私にとって必要なもので、生きる指針。
だから、いずれは私はこの世界から消えるんだ。
情に流されてまた大切な者を失うのはもう嫌だ。
あの時、冷たい雨が降る屋上で感情を出せとディーノは言った
ため込むな 吐き出せって。
私だって言いたいさ、心の底から叫んで助けてってみっともないくらい縋りつきたいよ。
でも縋れない、いや縋らない。そもそも駄目なんだよ。
感情を表にだせば敵に悟られる。それは私にとって隙になる。
だから私は仮面を手にするんだ。時として感情はもろ刃の剣になる。
まだ死ぬわけにはいかない。
いつか、死ぬ時が来たとしても、アイツをこの手で、私自身の手で葬り去るまでは。
絶対、に死ねない。
死んでなんかやらない。
【Endrollは迎えさせない】
※
時変わって、舞台はイタリアに移る。
高層ビルの一番高い部屋、街を見下ろすには絶景ともいえる場所に、男はいた。
白髪の目立つ髪型、目を細めた姿はまさにキツネといった印象を受ける。
だが、この男、見た目だけは好印象だろう。
ミルフィオーレのボス、白蘭でなければ。
「報告します、白蘭様」
一人の部下と思しき、男が白蘭に声をかけた。
「第14トュリパーノ隊の報告によりますと、キャッバローネは思いのほか手ごわいようです。こう着状態に入った模様です」
「……そう…」
「またメローネ基地より入江正一氏が到着したと報告が上がりました」
「正チャン、着いたんだ。じゃ花送ってあげなきゃ。キミ、ところで誰だっけ?」
白蘭は思い出したかのように男の名を尋ねた。
男は上官ともいえる相手に名を聞かれ、緊張を露わにしながら
「はっ、自分はこのたびホワイトスペルの第6ムゲット隊に配属されたレオナルド・リッピF級であります!」
「ふーん、あっそう。様付とかしなくていいから」
「えっ、ですが」
「うちはやることやってくれればそれでいいの。レオ君」
「は、はい」
上官とはこういうものなのかと、レオ君と呼ばれた男は戸惑いを隠せなかった。
白蘭からの指示で入江に、白いアネモネを大量に送るよう、奇妙な指示を受け、レオは下がった。
そして部屋には白蘭、一人が残る。
彼の手にはリモコンのようなものが握られていた。白蘭はそれのいくつかあるうちのボタンを押す。すると、部屋の中央に立体映像が浮かび上がる。
白蘭はそれを恍惚な眼差しで見つめた。
そして触れられないはずだろうに、手を伸ばさずにはいられなかった。
「もどかしいなぁ」
「未来のキミはこうして僕の手にあるのに、どうして眠ってしまったんだい」
「外界から遮断された世界でキミはどんな夢をみてるの?」
白蘭はとめどなくあふれる想いを言葉にしていく。
キミと呼ばれた者は何も言うことはなく、ただそこにいる。
当たり前だ。白蘭が話しかけているもの。
それは目覚めることのない眠りについているのだから。
本体はここにはいない。ホログラムというやつだ。
彼女はそれほどまでに重要で、尊くて、唯一無二の存在。
もっとも地下深く厳重に管理された場所にて保管(眠ら)されている。
大切に異常なほどの【愛】に包まれて。
白蘭は答えが返されることがないことを知っていて、なお、話しかける。
「ねぇ、天姫」
【知ってるかい】
「僕は欲張りなんだ、キミだけじゃ足りない。完璧なキミが欲しい」
【こうなった理由を】
「だから」
【きっとキミは知らない、だから僕は】
舌唇舐めつつ、白蘭は微笑した。
目標はもうすぐ、近づいてきてる。
「過去のキミも、もらうよ」
白蘭の貪欲なまでの想いは
はたしてどこからやってきたのだろうか。
それを知るのはまだ先のこと。
(必要なのはキミを手に入れること)