沢田綱吉side
天姫は珍しいくらい、悪くいうなら気持ち悪いくらい大人しかった。母さんや京子ちゃん、ハルが危ないかもしれないっていうのに顔色一つ変えずに俺に言う。
「気をつけて」
たった、これだけ。
これだけしか、俺に言わなかった。
だから自分をコントロールできなかった。
突然の環境、天姫を追ってきて世界での様々な思惑が一気に圧し掛かってきて、不安で眠れなくて、どうしようって悩んで、次の日を迎えて、俺がどうにかなってしまいそうだった。そうだ、天姫を追ってきてらこんな世界に来ちゃったんだ。そりゃ、リボーンも一緒だったけどあの時、リボーンを抱えた天姫がランボの10年バズーカの弾をよけられてさえいたら…。こんなことにはならなかったはずなんだ。
過ぎたことをいまさら蒸し返すつもりはないけど、彼女の妙な冷静さが苛立つ。
もし、もし母さんたちに何かあったらって!
どうすればいいんだ。
だから、俺は天姫に対して怒りがこみ上げた。
当たらずにはいられなかったんだ。
「天姫は心配じゃないのか!?皆が!」
「…心配に決まってるわ…」
まるで興味ないと顔を背けた。
そんな顔して言うのかよ。
ぶわっと怒りが最高潮に達して俺は怒鳴りつけた。
天姫の肩を乱暴につかんで正面を向かわせた。天姫は痛みからか顔を少し歪めた。
でも俺はそれすら気にする余裕はなかった。
「だったら、もっと心配そうな顔しろよっ!泣いたり叫んだりしろよ!?人形みたいに冷たい顔して、本当に考えてるのかよっ!」
「十代目!」「ツナっ!」
「……馬鹿ツナめ…」
それ以上言っちゃいけない。皆が止めてくれたのに、俺は馬鹿だった。
馬鹿だから先走った。
天姫は何も言わなかった。だから俺は言ってしまった。
「本当は、本当は!天姫は他人の事なんかどうでもいいんだろっ!前からそうだ、人の気持ちなんかどうでもいいって思ってんだろ!?じゃなきゃ勝手に動きまくれるはずがない、俺がどんなに心配したか、これっぽちも理解する素振りさえみせない。普段から自分の事ばっかり考えてるし、俺はそんな所が」
言うな、俺!後から何度と後悔したか。
絶対言ってはいけない言葉を俺は彼女に突き刺したんだ。
「そんな、天姫が……大っ嫌いだ!!」
天姫のアメジストの瞳が一瞬、揺れた。
「あ、ご、ごめ」
俺はハッと我に返り、彼女の肩から手を外した。
天姫は頭を振り、弱弱しい笑みをつくり俺の言葉を謝罪を流した。
「いいの、事の発端は私にあるかもしれないから。ツナは悪くないよ」
事の原因…?そんなの俺は聞いてない。
何なんだ、それは…。
「敵は貴方達が思うほど生易しいものではないはずよ。油断はしないで。ごめんなさい、私は一緒に行けないけれど。武、二人を頼むわ。隼人も気を付けて」
「…ああ…」
「……」
10年後の山本は俺に厳しい視線をやりながらも返事を返した。
獄寺君は無言だった。
「あ、天姫」
「ツナ、貴方の無事を心から祈ってる。京子とハルを助けてあげて」
天姫は俺が伸ばした手から逃げるように部屋から出て行った。
そのあと、リボーンが舌打ちしながら俺に教えてきた。
天姫は、俺たちがいや、10年後の俺たちが敵対しているミルフィオーレから狙われてるって。
だから、このアジトから出ることができない。
出たいと訴える彼女をリボーンと10年後の山本が止めていたらしい。
だから、出たくても出られないジレンマを抱えていた。それを噯にも出さずに普段通りふるまっていた。俺はそれを知らなかった。
そして、天姫が言っていた事の発端。
それは、このボンゴレとミルフィオーレとの抗争の原因が『蒼龍姫』の争奪戦を巡っての争いなのだと。
そんなことになっていたなんて。
俺は後悔の渦にはまった。感情の思うがまま、爆発させた結果、天姫を傷つけてしまった。取り返しのできないことをしてしまった。
自分のことで精一杯で、彼女の心境を察してやれなかった。
俺たちは京子ちゃんとハルを無事に救出することができて山本が現代の山本にチェンジして、覚悟を炎にかえて、ボンゴレリングを使いミルフィオーレのブラックスペル、『太猿』と『野猿』を命からがら撃退することができた。
俺も重傷を負ってしまい、すぐに意識ないまま手当された。俺は痛みで耐え切れずに悶えた。
体全体が焼けるように苦しかった。痛かった。
夢現に天姫を見た。
ぼろぼろと涙を落として、俺の手をとって
『ごめんね、ツナ、ごめんね』
必死に謝り続けてた。
自分が何もできないから、こうなってしまった。
全部自分が悪いんだって。痛い思いをさせてごめんって。
天姫が責任を感じることはないのに。
これは俺への罰なんだよ。天姫を傷つけてしまった責任なんだ。
だから、
謝らないでよ。むしろ、俺の方こそ謝らなくちゃ…。
でも、俺の意識はそこでぷつんと途切れた。
目が覚めた時、天姫の姿は何処にもなく、獄寺くんだけが俺の目覚めを喜んでいた。
天姫がここにいなかった、と尋ねたら獄寺君は首を振り、自分しかいなかったと言った。
アレは夢だったのか、一瞬呆けた。
でも俺の手は、なぜか濡れていたんだ。
【謝する心】
※
皆、無事でよかった。ホントに良かった。
天姫は廊下を息せいて駆けていた。
リボーンからツナ以外、無事に帰ってきたことを告げられて彼がいる医務室からあわてて部屋を飛び出したのだ。足がもつれて転びそうになりながらもなんとか体勢を立て直し、皆が待ってる部屋に飛び込んだ。皆の驚く顔を見た途端、詰まる思いが弾けたように天姫は駆け寄った。
「京子、ハル!」
「「天姫ちゃん!」」
「それにランボ、イーピン!良かった、皆無事で…」
「天姫だー!」
『天姫!』
チビッ子二人は我先にと天姫の胸に飛び込んだ。あまきは甘える二人を思いっきり胸に閉じ込めて思う存分に甘えさせた。ハルは抑えきっていた涙をぼろぼろと決壊させ、天姫に抱き着いた。
「うえぇぇぇんん!」
「ハル、…京子も泣かないで」
「ご、ごめんね?でも、……安心しちゃって……」
嗚咽を漏らしながらも、京子も涙をぽろぽろと零す。
天姫がしょうがないと手招きすれば、京子は本格的に泣き出し、ハルと同じように天姫にぎゅうぎゅうと抱き着いた。
チビッ子二人、友達二人。
普段ならこんなもの暑苦しいと蹴とばしているかもしれないが(男限定で)天姫は気にしなかった。
むしろ、皆の体温を感じるだけでほっと胸を撫で下ろした。
泣けるのは元気な証拠。
怪我もない様子に、ツナがどれだけ敵と奮闘してくれたのかが窺い知れる。
どうして現代の皆と10年後の彼女たちが入れ替わっているのかはわからないけど、無事ならなんでもいい。
「天姫。お前、ここにいたんだな。どれだけ捜してもいないはずだぜ」
10年後の武だった彼はここにはおらず、やはり天姫が知っている年相応な顔をした武が苦笑しながら声をかけてきた。
「まぁね、リボーンと一緒に10年後に飛ばされたから。あ、それとちょっと教えてほしんだけど。現代で私たちっどういう扱いになってるの?」
「行方不明扱いになってる、それも相当に日数経ってるしな。奈々さんも一時精神的に参っちまって倒れたんだ」
「奈々ママが!?……そっか。……奈々ママが…」
「でも心配すんな!ツナの親父さんが帰国して奈々さんに付き添ってるしな。俺も…ホント、…心配したんだぜ」
まるで絞り出すように武は天姫を見つめて言った。
その一言を言うまでに、武はどのくらい私たちを心配したんだろうか。
きっと色々あったに違いない。
武のその気持ちが嬉しくて、
「ありがとう、…武…」
天姫は心からお礼を言った。
素直に心から。ある程度ハルと京子が落ち着いた後、二人はハッと我に返り、
「そうだ、天姫ちゃん。ツナ君がどこにいるかわかる?」
「そうです!ハルたちを助けて怪我しちゃったんですぅ!」
と天姫にツナの居場所を尋ねた。天姫は瞬時に顔が強張るのを感じた。目ざとい武はすぐに天姫の違和感に気付いた。だがあえて口に挟むことはしなかった。
そんな武の内情など知らない天姫は、なんとか平静を装って二人にツナの居場所を教えた。
「知ってるよ。ツナなら隼人が付き添ってるわ。ゴーラちゃん、案内してあげて」
「え、一緒に行かないの?」
不思議そうな顔をする京子の言葉が天姫にぐさっと突き刺さる。
「天姫ちゃん、そういえば、目が真っ赤です、何かあったですか!?」
ハルも初めて気がついたように天姫の顔を覗き込もうとした。だが天姫はフイッと顔を背けて見られないようにした。
私を見ないで、なんでもないから。
「大丈夫、さっき目にゴミが入っただけだから。そろそろ目を覚ましてるかもしれないよ。早く行って顔見せてあげて?」
「う、うん」
「わかりました…」
納得いかなそうな二人を見送って、天姫はドカッとソファに座りこんだ。
ランボとイーピンは退屈なのか、天姫に引っ付いて「遊んでー」や『おなかすいたー』とねだってくる。
休まる暇ないな、なんて思った。
天姫は苦笑しながら、そういえばキッチンに果物があったはずと思いだし、席をたった。
「なんか適当に持ってくるから、ちょっと待っててね」
武に二人を見ててと頼むと部屋を出ようとする。
その時、背中越しに武から声をかけられた。
「なんかあったのか、ツナと」
「……別に…なんでもないよ。武が心配するほどではないから」
「そんな顔して、自分で自覚してないのかよ」
「そんな顔ってどんな顔?見えないでしょ。背中向けてるんだから」
「わかるさ。天姫のことならなんだって。……今にも泣きそうな、でも我慢して耐えてる素直な女の子、だろ?」
仮面をつけた私は完璧なはず。絶対ばれない、という自信があった。
なのに、武はいつも確信をついてくる。
だから、私は何も言えない。辛うじて声に出せた。
多少、震えてしまったけど。
「……素直な女の子は、とっくに卒業したよ…」
そう言い残し、天姫は完全に部屋を出る。
閉まる直前、聞こえたのは
「俺の背中はいつでも空いてるぜ」
だった。
誰もいない廊下、壁に寄りかかりながら天姫はそのままズルズルと床にへたり込んだ。
アホ、武め。
そう悪態づきながらも、天姫は嗚咽をこらえることはできなかった。
だって、武はこう言いたかったんだと思うから。
『俺の背中はいつでも空いてるぜ』
いつでも空いてる。
いつでも、泣きに来いって意味だとさ。
(飾らない優しさが染みて痛い)
※
日本某所内にて。男は椅子にもたれかかりながら眠っていた。
お気に入りのバンドの音楽をかけ、ヘッドホンをしたままで。
彼は気がつかない。可笑しそうに微笑みながら、女二人が男に近づくのを。
女の一人が男のヘッドホンに手をかけた。
「失礼します」
ずるりとはずし囁くように言った。
「研究お疲れ様です、入江様」
男はヘッドホンがない事、そして女が来たことに気づき目を覚ました。
「…ゴメン、寝てたようだね」
「ええ、ぐっすりと」
もう一人の女が遠慮なく言う。仮面をつけた女二人は男を迎えにきたのだ。
三人は広い基地内の廊下を歩く。
「野猿と太猿?第3アフェランドラ隊の?負傷ってどういうことだい」
「兄弟喧嘩という報告が」
「理由としてはおかしくない。なんせプラックスペルの連中は野蛮なのが多いから」
入江様と呼ばれた男は首元が苦しいの我慢して、襟をただす。
舐められたら終わり、終わりっと自分に言い聞かせる。
「処分はいかがなさいますか」
「いい、僕が直接言いにいくよ。どうせ上官のいう事なんかききやしない。それより白蘭さんから何送られてきたか、君、知ってるかい」
「ええ、格納庫に」
「よくもあれだけ送りつけてきたものだよ。あんな白いアネモネを格納庫いっぱいに。あの人は僕を殺す気なのさ。プレッシャーでね」
白のアネモネの花言葉は『期待』
それには様々な意味が込められており、入江は深くため息をついた。
上司の異常ぶりは身に染みてわかっているからだ。
「あの人はまだアレに夢中なんだよ。滅多にない研究対象だっていうのに、僕に譲ってくれないんだから。大事にしまってるから僕も手を出せない」
せっかく面白いサンプルとか取れそうなのに、と愚痴り始めた入江。
女二人が入江に反論しだした。
「入江様、その発言はお控えください」
「あの御方は我らにとって『柱』ともいうべき尊く重要な御方。
『研究対象』などと、失礼極まります。それに今は眠られております」
「あ、そうだったね。ごめん、言葉が足りなかった。でも見せてくれてもいいはずなのになぁ~」
興味なさそうに口だけ謝罪をする入江。
女二人もそれがわかっているから、それ以上は何も言わない。
入江正一とはこういう男と認識しているからだ。
「『銀白に眠る堕天使』、か。一体誰が名前を付けたんだが」
その問いに答えるものは誰もいない。
最初に居合わせた人物は
今、この場所に存在していないのだから。