ジルside
いつも誰かが傍にいてくれた。
それは暗闇を怖がる私をギュっと抱きしめてくれるディーノだったり、いろいろ面白いことを教えてくれるファミリーの家族、遊びにいったヴァリアーの皆だったり、
すごく優しくしてくれて絵本を読み聞かせてくれたおじい様だったりした。
私の周りには人で溢れていた。恵まれていた、環境。でも、私を取り巻く環境は一変した。
『虚像の花嫁』。私がこののリングに選ばれたことによってすべては霧散した。
家族も友達も何もかも。ボンゴレにとって重要な存在だという、『虚像の花嫁』
こんなものの為に、私は大切なものを失う。そしてボンゴレ十代目に傅かねばならない。
逢ったこともないものに一生を捧げなければならないのだ。
こんな馬鹿げた話があるだろうか?
それに、ザンザス。彼の別れ際の言葉が忘れられない。
『寝ちまえ、そうすれば全部、明日には夢になっちまうから。明日、遊んでやるよ』
たった数ヶ月の出来事だったとしても、私にはかけがえの無い時間。
夢ではない。夢で終わらせてたまるものか。
『ジル』
ねえ、ザンザス?『ボンゴレノイシ』って何?
どうして、それに逆らってはいけないの?
どうして、ザンザスは罰を受けなければならないの?
ああ、絶対彼を思い出のままにはさせないわ。
ザンザス、あの閉ざされた氷の檻から解き放ってあげるから。
だから待ってて。きっと、きっと助け出してみせるわ。
「………ん…」
まどろみの途中で私の体を優しく揺すられた。
「………ジル………ジル………って…」
「……う……ん……?…」
お日様のにおいがする布団は心地が良すぎる。ちょっと瞼を持ち上げれば明るい日差しが眩しくてすぐに手で遮った。
そして、私の顔を覗き込む人物の姿で影ができる。
「おはよう、起きた?」
「…………」
ああ、そうだった。私は今、日本にいる。
そして私の将来の婚約者。笑っちゃうくらいありえないけど実際そうなのだから受け入れなくちゃいけない。彼を、沢田綱吉を。
次のボンゴレ十代目。大切な大切なマフィアのトップに立つ男。
自分はマフィアになどなりたくないと言っている自分勝手な人間。
どれだけの人がどれだけの血が流れたか何も知らない愚かな人。
人の犠牲も幾重の涙も知らない子供。知らないのは当然よね。まだ彼は子供だから。
私という存在を彼は知らない。分かるのは上辺だけの情報だけ。
「ジル?まだ眠い?」
ベッドの上でぼうっとしたまま反応がない私を訝しむ。
あえて私は首を振り、にっこりとあいさつを返す。そう、にっこりと。
「おはよ、綱吉」
「うん、おはよう。ジル」
そうこの顔。このへらへら顔が無性に腹に立つ。
そんな事を内心思いつつ、笑顔を浮かべる私はなんていけない子でしょう。
◇◇◇
いま私が寝起きをする部屋は元々使われていない部屋だったが急遽私の為に用意されたもの。部屋の模様な家具など全てディーノが手配してくれたものだ。
いかにも乙女チックといった内装でファンシーなドレッサーやチェスト。それと私が寂しくないようにとぬいぐるみの山。クロが休めるようにふかふかのクッションとかもある。
可愛らしい子供には似つかわしくない分厚いの本などが収められた本棚と超高性能のパソコン。これに関してはディーノに強請って買ってもらった。記憶はないがパソコンは扱えるというまさに私専用である。パスワードはしっかりと掛けているので誰かに使われる心配もない。
なにより原作を知っている私は絶対ザンザスを救わなくちゃならないのだから。
―――そう、私はこの世界を知っている。おぼろげな記憶だが確かにこの世界の事を知っているんだ。ディーノもロマーリオも御爺様も漫画の登場人物であることを思い出したのは日本に来てからだけど。ああ、忘れちゃいけない。ザンザスにスクアーロやルッスーリア、ベルにマーモンにレヴィもね。
原作を壊しちゃいけないなんて考え、私は最初から馬鹿馬鹿しいと思っている。
だって本来部外者である私がそこに存在していればそれは原作の世界ではない。元、原作の世界だ。私がただの通りすがりAだったら干渉することなどなかった。でも私はすでにこの世界に干渉してしまっている。私という存在そのものを存在させている時点で。
……大切な人たちが苦しまなきゃいけない世界なんてそんなもの壊してやる。
理由なんてそんなもんだ。私にとってのこの世界での白黒なんて大切なもの以外全て黒だ。
利用するものは全て利用してやる。壊さなければ手に入らないなら壊してやる。
私から絆を奪ったボンゴレに復讐を。
パジャマから服(これは奈々さんがえらんでくれたらしい)を着て下に下りた。
起こしにきた彼はもうご飯を食べ終えたようで慌しく行ったり来たり。ドタドタと落ち着きがないったらない。
朝から優雅にエスプレッソ飲んでる赤ん坊、リボーンは私に気づくと挨拶をしてきた。
「よう、よく眠れたみたいだな」
「おはようジルちゃん!よく眠れたかしら?ホラ、座って座って」
「おはようございます!奈々さん、リボーン」
朝からエンジェルスマイルで対応。慣れないことするものだから、頬がひきつってなければいいけど。奈々さんはすごくほんわかした人だ。急に来た私にも優しくしてくれる。
だからちょっと彼女には罪悪感なるものを感じてしまうこともあった。
沢田は私に行ってきますと声をかけると大急ぎで出て行った。私はさっさと席に着く。
うむ。今日は和食系のようだ。味噌汁とご飯に目玉焼きにタコさんウインナー。それと漬物に色々。朝から豪華だけど、あまり食欲が湧いてこない。この幼児の体ではそんなに食事の量は欲してはいないらしい。あっちにいた時も少食でディーノ達にも良く心配はかけていた。初めての朝食の時もあまり食べられず奈々さんに滅茶苦茶心配された。でもしっかりと事情は伝えてあるので納得はしてくれたので助かった。いちいち説明するのは面倒だから。
「あらやだ!ツっくんってば、お弁当忘れていってるわ」
それは大変ですね。だが私としては好都合だ。家に居たままでは何も出来ない。
家庭教師の監視の目もあるし。ここは……。
「私届けるー!」
元気良く挙手をした!子供とはこんな感じでいいはずだ。
「あら!嬉しいけどジルちゃん一人で大丈夫?心配だわ……」
「大丈夫~」
一人のほうが好都合がいいのでそんなに心配しないで下さい、奈々さん。
中身はバリバリ成人女ですから。だと思う、……自信ないけど。
◇◇◇
うん。日本の空気は何処となくイタリアとは違う感じ。
立ち並ぶ建物とかそうだけど、元日本人?だった私には久しい気がする。
で、だ。沢田の忘れていったお弁当を学校まで届けるという、口実。もとい情報収集なんだが。
てとてとてとてとてとてと。
てくてくてくてくてくてく。
てとてとてとてとてとてと。
てくてくてくてくてくてく。
私はいい加減にしつこく付きまとう彼に話しかけた。
「リボーン、私は一人で行けるよ」
一人では中々自由がきかないこの小さな体は見た目通り不便だ。健康体といえるものでは無いため、お弁当一つ入った可愛いリュックサック背負うだけでも歩くことに不可がかかる。しっかりと監視の為か隣を歩くアルコバレーノは時折大丈夫かと声を掛けてくる。まだ沢田家を出て5分も経っていない。どれだけ過保護なのだ。大体、なぜアンタがついてくる。
「お前、まだ着たばかりだろ。此処は物騒なとこだからな」
お前のほうが物騒だろうと言いたいがグッと抑えた。
「でもリボーン。サイキョーのヒットマンなんでしょ?忙しいんでしょ?」
だからさっさと消えてくれ。視界から。
「気にすんな、ジルを護衛するのも俺の仕事だ」
にやりと不敵に笑う自称赤ん坊。それがウザイことなぜ分からないのだ。
彼は読心術が出来ると漫画で公言していた。だがこちらの考えが悟られている気配は感じられない。まぁ、私もそうはさせないつもりでいるが、油断はできない。
てもさっさと消えてくれないと行動できないじゃない。
「むう。わかった。でも忙しかったらいいんだよ(本当は消えて欲しい)」
「安心しろ。お前が最優先だからな」
頼んでもいない護衛を勝手にやる気満々になるな。やっぱり、うまくいかない。
マークされてると考えてもいいかもしれない。殺し屋が告げる直感とやらか。
やっかいな。これは用心せねばと思った。
◇◇◇
リボーンside
九代目には早くからジルの事は知らされていた。虚像のリングの持ち主、すなわち虚像の花嫁が現れたということはな。
実際に顔を会わせたのは昨日が初めてだったが、まずその雰囲気に圧倒された。
幼少の子供が放つオーラじゃなかったぜ。すべてを飲み込んでしまうかのような支配者のようなものをもつかと思えば、ディーノに対してのすがりつく子供らしい一面。
ディーノとの別れ際、ジルがまるで今生の別れのように涙をひっそりと噛みしめているようにも思えた。実際にそんな事などありえはしないはずだ。ディーノはジルを本当に大切に想っている。妹のように、一人の家族として。
それをボンゴレが引き離してしまった。ジルはボンゴレにとって必要不可欠な存在になっちまったからだ。ボンゴレと同盟同士にあるキャッバローネ十代目の選択肢は一つしかない。
ジルを手放すこと。
もはや普通に暮らすことさえ出来なくなったジルはいつ誰の手に狙われてもおかしくない。キャッバローネにいるよりもボンゴレの手で保護され、厳重に守られればそうそうに他のマフィアも手をだそうとは思わないだろう。哀れとも思うしそれがまた必然とも感じてしまう。
無邪気に振舞うその様はマフィアの中ではそぐわないほど可憐で純粋な華のようだ。
ジルの容姿にも驚かされた。いや、目を奪われたと言っても過言ではない。
月の精霊のごとく銀色のサラサラとした髪、白磁の肌にほっそりとした体系。顔は人形のように繊細でかつ美しいもの。瞳は輝く宝石のように瞬き、見るものを魅了する。唇はぷっくりとしていて思わず触れてしまいそうだった。
そう、省略するなら俺は魅了されてしまった。この少女に。ボンゴレの花嫁に、だ。
虚像の花嫁はボンゴレの宝とされている。永遠なる絶大な力と約束された繁栄。
どのマフィアも喉から手が出るほど欲しがる存在。それは初代のときにしか姿を現さずその存在そのものが伝説とされていたからだ。伝説では数多の男共を魅了し、数々の求婚を受けたと言う。だがそれらすべてをはねつけ初代ボンゴレに忠誠を誓った。
たった一人の為にすべてを捧げた女。だがそれが理由だからではない。
今まで心を鷲づかみされるほどの相手などいなかった。
愛人は数え切れないほど相手にしてきたし、それでも本当に心から欲している相手がいたかと問われれば答えはノーだ。
だがそれはジルが現れた途端、答えはイエスに変わる。
確実に心を奪われた。理由?フッ、今は分からねぇと答えるしかねーな。
子供に愛しいなどと馬鹿げた想いを抱くなどヒットマン失格だぜ。
だが、子供のようで子供でない。
違和感を感じるのだ。ジルには。まるで、俺(異様)のようだとな。
本能が告げるんだ。ジル、この気持ちに偽りはないぜ。
お前がボンゴレの花嫁なのは紛れもない事実だが、そんなの関係ない。
俺は、俺の想いを貫くだけだ。
◇◇◇
ジルside
無事に並森中学にたどり着いたのはオッケー。しかも一人で。リボーンはどうしたのかというと携帯に電話かかってきて舌打ちしながら応対していた。そしてすぐに通話を終えると、どうしても片付けなければならない野暮用が出来たとのこと。再三変な奴には気をつけろとか知らない奴近づいてきたらコレを使え、とか言われ小型銃を押し付けられた。
処分に困るものをなぜ幼児に預ける!?私に立派な犯罪者になれというのか。そしてお縄を頂戴しろと?あり得ないマジで。リュックにつっこんでおいた。ここまで警官とすれ違う事はなかったのが何よりも幸運である。
っチ、ホントマジこの体はキツイ。
大人の足で15分かかるところ、えーと一時間半ぐらい掛かったかな。体力不足で息切れも発生。校舎内に勝手に侵入して適当な父兄用のスリッパを履いて沢田のいる教室を目指す。
何とか階段を使って上がってみたが今は授業時間なのか廊下はシンと静まりかえっている。
しかし、コレは偵察どころではない。というか私は不法侵入者扱いになるのだろうか。幼児だけど。目的地がはっきりしていない中、体力も限界に達する。その場にしゃがみ込んで胸を押さえつつ深く深呼吸を繰り返す。そういえばディーノから私専用にってラムネ持ってきてたんだよな。一休みするか。廊下だけど。
「…ふぅ…」
さらりと銀色の髪が視界を遮った。
ああ、邪魔だな、切ってやろうかな、なんて考えていたら
「君、なにしてるの」
耳に心地のよい声が背中から聞こえてきた。