闇ニ花ヒラク蒼薔薇   作:サボテンダーイオウ

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標的113夢現の中で

天姫side

 

自分が何をしていたかなんて、全然把握できなかった。

ただ、あの忌まわしい記憶から逃げたくて、必死に逃げて、逃げて、苦しくて、悲しくて、淋しくて、叫んだ。

叫んで、泣いて、そして気がついたら、名を呼ばれた。

力強く、あったかい、安心するような。

そう、まるで劉牙に呼ばれたような気がした。

でも、気がついたらいたのは、彼じゃなかった。

私を抱きしめて、涙してくれたのは武だった。

ただ、涙を流し、俺が守ると、何度も何度も私に言ってくれた。

私は現実に返り、彼を突き飛ばしてしまった。

 

こんな自分を見られてしまった。

こんな醜態を見られてしまった。

羞恥心から彼を拒絶してしまった。

 

武が私の背中で私の名を呼ぶのをわかっていながら、私は自分の部屋に逃げ込んだ。

 

ベッドにもぐりこみ、誰とも会いたくなかった。

でも眠ることはできなかった。

あの記憶が私を追い詰めて、追い詰めて、苦しめる。

だから、鍵をかけて閉じこもった。

何回も京子やハル、ランボにイーピンそれに、情報収集から帰ってきたビアンキ姉やフゥ太が来てくれた。

ゴーラちゃんはドアをぶち壊そうとして慌ててほかの皆に止められてた。

それも10分おきぐらいにうるさいくらい。

でも私は頑なにドアを開くことはなかった。

 

誰とも顔を会わせたくない。なおさら私は閉じこもった。

 

皆、心配そうにドア越しに声をかけていっては、反応のなさに落胆して帰っていく繰り返し。

 

来ないでよ、誰とも会いたくないんだから!

 

どのくらいの時間が経ったか、時間の感覚がわからなくなった。

私はぼうっとベッドの中で丸まっていた。

たぶん夜中だろうか。静まり返った室内は、まるであの頃の地下牢にいるときと同じだと思った。すると、コンコン、と控えめながらもノック音がした。

 

「…………」

 

私はビクッと反応し身を潜めた。黙っていればまた帰っていくだろうと無視することにしたんだ。

けれど、ノック音はずっと続くこと、数分いい加減苛立った。

思わずベッドからドカッと降りてドアに駆け寄り鍵を解除し、

 

「五月蠅い!」

 

と怒鳴った。殺意さえこもっていた私の前に突然視界に入ったのは、ほかほかの肉まんが乗せられたお皿。そして、それを持っていたのは

 

「天姫、久しぶりね」

 

まったく変わっていないような印象の10年後の美人な毒のお姉さん。

 

「…ビアンキ姉…」

 

だった。ビアンキ姉は呆ける私の横を通ってズカズカ部屋に入ってきて、乱れまくったベッドに遠慮なしに座った。

 

「食べなさい。イーピンが貴女にって作ってくれたのよ」

「………出てってよ」

 

私の拒絶に再度、ビアンキ姉が言った。

 

「少しでもいいから食べて。ドアの前に置いておいた食べ物、一切口にしなかったでしょう」

 

そういえば、ご飯がどうとかなんとか言ってたような。

でも関係ないし、食べたくもない、しゃべりたくもない、ずっと閉じこもっていたい。

 

でも、久しぶりの肉まんの匂いにちょっとだけ、おなかが鳴ってしまった。

けど、なんとなく意固地になっていた私は近づけなかった。そうしたら、

 

「食べなさい」

 

とビアンキ姉がポイズンクッキングでお皿の上にのっかった毒々しいものを手にしながら、笑顔で脅し迫ってきた。

 

殺される!

 

私は本能で速効に彼女のとなりに座り肉まんをほうばる。

肉まんにつられたからではない。命の危険回避のためだ。

 

はぐはぐと口を動かす私にビアンキ姉は

 

「おいしいでしょう。ホントはイーピンだけじゃなくて、京子やハルも手伝ったのよ。貴女の好物だからって」

 

と尋ねてもいないことをペラペラと語りだす。私はそれには反応せずひたすらはぐはぐ食べ続ける。

 

「隼人や武の傷はだんだん回復してきてるわ。あまりにも回復が早くて不思議なほどよ。アジトの中を走り回れるくらいなんだから」

 

どうでもいい。私には関係ないもん。

 

「…ごちそうさま…」

「一個で足りるのかしら?まだあるわよ」

 

ビアンキ姉が持ってきてくれたのは結構な量だった。

だが体力使ってない私にそれ以上食することは必要ないし、さっさと残りの肉まん持って帰って部屋から出て欲しかった。

だから首を振りいらないと言った。するとビアンキ姉の手が私の髪を撫でた。

 

「目の下に隈ができてるわ。眠れていないのね」

「…ビアンキ姉に関係ないでしょ!?」

 

ぱしっ!と反射的に私の手が彼女の手を叩き落とす。ビアンキ姉は何も言わなかった。

私はこれ以上傍にいてほしくなくて、八つ当たりしそうだから自分からこの部屋を出ようとした。けど、腕を掴まれ引っ張られた。

その先はなぜか、ビアンキ姉の膝だった。

ようは膝枕状態。

 

「少し、お休みなさい」

「なっ!?いい歳してやめてよ。私は子供じゃ」

 

起き上がろうとして、また膝に戻らされる。

天井が丸見えだ。

 

「子供よ、私からしてみれば」

「っ!!違うっ、私は」

 

無力な子供じゃない!!そう叫ぶつもりだった。

 

でも、できなかった。

だって私の視界はビアンキ姉の手によってふさがれたのだから。

一気に真っ暗になった。

声だけがクリアに聞こえた。

 

「傍にいるわ、安心して」

 

安心させるように、優しく言い聞かせるように。

 

なんで………なんで私に構うの?

どうして放っておいてくれないの?

 

こうして優しくされるたびに私は仮面をはぎ取られていく

無力に近づいていく

ちっぽけな私を見られてしまうのだ

 

私の涙腺がまた壊れた。

塞がれた視界から、涙がこぼれた。

自分でも止められず、制御できずに涙は溢れ、止まらない。

ビアンキ姉は何も言わず、それを拭うこともなくただ、視界を遮ってくれた。

暗くても、怖くなかった。誰かのぬくもりがあったから。

これは、あの時と同じだ。

無条件でただ何も言わずに接してくれる

奈々ママに抱き締められた時と、同じだ。

 

お母さんの匂い。

 

自分が得られなかった、温もり。ずっと求めてた温もり。

自分が与えることだけしか体感できなかった、あったかさ。

 

……奈々ママ……

会いたいよ、奈々ママ。

 

「…奈々、まま……」

 

ああ、だんだん瞼が堕ちていく。どうしてかな、荒んだ心が静まっていくかのよう。

眠気が、私を包んでゆく。

 

「これから言うことは夢現でいいのよ。覚えていなくていいわ」

 

ビアンキ姉が優しく囁くように言った。

でもごめん。

意識が、続かないよ。

……私はそこで、眠りについた。

 

※※※

ビアンキは天姫がすぅっと眠ったのを確認して、優しく乱れた髪を撫でた。

事情は粗方、雲雀から聞いていたのだ。だが当人同士の問題にビアンキは首を突っ込むべきではないと思った。ただ、天姫がこれ以上壊れてしまわないように願うしかなかった。

ビアンキは10年後のツナの心境を知っていた。だから今回の亀裂には胸が締め付けられる思いだったのだ。

 

「ツナを恨まないで。あの子は貴女を求めすぎて最初の気持ちを忘れてしまったのよ。純粋だった気持ちを」

 

想う気持ちは誰だってある。ただそれが時折、感情の思うままブレーキがきかない時もある。

 

「それに、ヒバリが『虚像』の指輪を外したのだって、貴女を守るため。貴女をしがらみから解放するために、10年後のツナが『契約』を解除した。それによってこの時代にやってくるだろう貴女の身を敵が感知できないようにした。いずれ闘いが始まったら貴女を完全に守られるかどうかわからなくなってくる。それを見越してツナは『契約』を失くしたのよ。『足枷』になりたくなかったから、貴女を手放した」

 

天姫を守るため、しいては天姫の未来を守るため。

苦渋の決断だったはずだ。いや、そうに違いない。

今の天姫が苦しむかもしれないことも、承知でツナは行った。

その先にきっと明るい未来が待っているはずと期待を込めて。

 

「天姫、貴女の過去を消すことは私にはできないわ。こうやって、傍にいることでしかできない。でも少なくともここにいる皆は貴女を道具だなんて思ってない。貴女を一人の人間として大切に想っているの」

 

傷ついた天姫の心を癒すことなんかできやしない。

ビアンキが知る10年後の天姫もその苦しみを背負い続けていたのだから。

でも、天姫には掛け替えのない大切な人がいた。友達がいた。信じられる仲間がいた。

だから、

 

「忘れないで、天姫。誰も貴女を見捨てたりしないから」

 

そう、天姫を見捨てる人なんて誰もいない。

貴方が、貴方でいる限り。

 

ビアンキはそういって、天姫のすべすべな額にキスを落とした。

 

「おやすみ、天姫。いい夢を」

 

神よ、どうかこの眠れる乙女に癒しをお与えください

たとえそれが束の間の事でも。

 

※※※

 

私は幸せな夢をみた。

奈々ママがお母さんが子供におやすみのキスをするみたいに、額に愛情のこもったキスをしてくれた。夢から目が覚めた私が気がついた時

 

「よく、寝てたね」

「きょ、うや」

 

私は恭弥の部屋にいた。

彼の膝枕で私は寝ていたのだ。

自分がなぜ恭弥の部屋にいるのか、わからなかった。

 

でも、どうでもよくなった。

だって、奈々ママに久しぶりに夢の中で逢えたんだもん。

 

私はたまらずに恭弥に話しかけた。

 

「恭弥、奈々ママの夢をみたの。笑顔だった、よ」

「良かったね」

 

彼は優しく微笑んで私の髪を撫でてくれた

それがくすぐったくて、目を細める。

 

「もっと、眠るといいよ。傍にいるから」

 

僕は傍にいるから。そういって彼は私を見つめた。

 

「う、ん…」

 

おかしい、な。寝てたはずなのに、また眠気がやってきちゃった。

奈々ママの事もっと話したいのに。

恭弥に言いたいのに、眠くて眠くてしょうがない。

なんでこんなに眠いのかな。

 

「今はおやすみ」

 

その言葉を最後にまた私は眠りにおちた。

私は赤ん坊のように安心して眠ることができたのだ。

 

【君の眠りは純粋な赤ん坊の様】

 

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