このお話は虚像の花嫁として受け入れた銀の天使が直後、夕闇の女王に出会う前のほんのちょっと前のお話です。
時間軸は違うけど確かにそれはあったのです。必然の内に。
ここは願いの代わりに相応の対価を払うお店です。
縁側にて『モコナ』と戯れる少女がいました。
その少女は自分が何者なのか、いまだ答えを見つけられずにいました。
見つけられないがゆえに、少女は心を閉ざしてしまいました。
自分がいる意味を見いだせずに、自分は役立たずだ、大切な人を救えずに、何もしてあげられない。いる意味すらない。
彼が苦しんでいるときに、自分はただ見ているだけしかできない。
痛みを肩代わりすることもできない。
わたしがいる意味とはなんだ?
誰もかれもがわたしを知っているのに、わたしはわたしを知らない。
もう、いやだ。こんなのいやだ。
わたしは、わたしは……。
少女は段々自分を追い詰め、追い詰めて、いつしか心を閉ざしてしまいました。
誰もわたしに関わらないで。
わたしは役立たずだから。
いる意味も見いだせず、ただあるだけの人形だから。
だから、誰もこないで。
心を閉ざし、表情を失った少女は本当に生きる人形となってしまいました。
ただ、そこにいるだけの存在。
あるがままの存在として、お店にいました。
魔女は少女がそうなるのを知っていました。
辛くても悲しいことだとしても、それを止めることはできませんでした。
それが魔女の友人が望んだ筋書だから。
【願い】に必要なこととして、じっと見守っていました。
ですが、時はついに満ちました。
魔女は自ら人形となった少女に言いました。
『実は、前に話したドッペルゲンガーの話には続きがあるのよ』
少女は軽く相槌をしました。何の感情も込めずに。
『そう』
ですが、魔女は気にせずに話を続けました。
『少女自身が彼女を受け入れたのよ。自分のドッペルゲンガーを認めたの。自分が見落としてしまった欠片。自分が置き去りにしてしまった過去に気がついたの』
『………』
『人は愚かだからこそ、前進しようとする。間違いを知って、乗り越えようとする。それが新たな生きる力に変わるのだから』
『………』
『夢物語のようだと大半の人はそれに気がつくことなく朽ちてゆく。でもね、少なくとも、貴女が知った人物の中ではたどり着くわ。たとえばあのお話の少女とか』
少女はゆっくりと魔女を見上げました。
その瞳に、初めて何かが宿りました。
『これはおとぎ話ではないわ、夢物語でもない。アナタの大切な人がこれから起こすであろう『必然』よ』
『わ、たし…の?』
『そう、アナタの』
魔女はそっと少女の髪に手を伸ばし優しいまなざしで撫でました。
『そう、アナタには大切な人がいた。それは今も変わらない。いいえ、ずっとアナタには繋がった先にいたのよ。ただ見ようとしなかった。真実をその手に収めようとしなかった。
アナタが思い出そうとしないから』
『わたし、……でも、…わたし、は……なにも、なにもっ救えない!!』
魔女は瞳に涙を滲ませた少女の顔をそっと両手で挟み上向きに持ち上げました。
自分の顔を近づけ、視線を合わせるように、少女の訴えを静かに否定しました。
『違うわ、それは違う』
『違わないっ!君尋を救えなかった。彼を、助けられなかった…痛がる彼を、ただ見ていることしかできなかった……!』
『それは四月一日の必然だからよ。くー、アナタの所為ではないわ』
『でも、でも!』
『時が満ちたわ』
『とき?』
やっと、この時が来た。
少女は魔女に縋り付きました。
オッドアイの瞳に魔女を映して。
『そうよ、アナタが動く時がきた。今度こそくーは大切な人を手放さない為に動くときよ』
そういって、魔女は庭先に目を向けました。
つられて、少女も視線を動かしました。
そして、目を奪われました。
白い仮面をつけた男がこちらに向かって優雅に一礼をしました。
懐かしいくて、切ない気持ちがこみ上げてくるのです。
少女は白い仮面の男をずっと見ていました。
そして、白い仮面の男も少女を慈しむようにみていました。
魔女は庭先にたつ、白い仮面をつけた男に言いました。
『遅いお迎えね、揚羽』
揚羽と呼ばれた男はにっこりと微笑みました。
『これでも早い方なんですよ。次元の魔女。あの子がバタバタと事を急展開にさせてしまったので神男の尻を叩いてラビットを餌付けしてようやく動かしたんですから』
『それはさぞや、面白い事ね。さぁ、行きなさい。貴女のお迎えが来たわ』
魔女は少女を促します。でも少女は戸惑いました。
でも、怖い。わたしは自分を知らない。また失うのは嫌だ!!
そういって首を振りました。
魔女は少女の肩に手を置き、顔を近づけました。
『怖がっては駄目よ。貴女自身の力を取り戻しなさい。『紅竜』も貴女を待っているわ』
『紅、竜?』
少女の心はとても温かく感じました。
まるで自分の半身を取り戻したような気分でした。
わたし、わたしは
『そうよ、前へ進みなさい。貴女は竜の子。大地を駆け大空を飛ぶ。誰にも囚われない娘』
『わたし、は…』
思い出した、そう少女は言いました。
瞳に光を宿して、魔女に言いました。
『わたしは、神崎狗楽。姉の、姉の名前は神崎天姫!』
ずっとずっと、手放すのを怖いと思った。
ずっと、失うのを怖がっていた。
でも、失わせない。二度と手放さない!!
『そうよ、狗楽。貴女は神崎狗楽。『蒼龍姫』の対『紅竜姫』。あの子が貴女を待っているわ。今度こそ、あの子を救いなさい』
『ありがとう!ゆうこ』
そういって、狗楽は笑顔を浮かべ、腕を広げ優しい笑みを浮かべていた揚羽に抱き着きました。
『揚羽!』
『お帰り、狗楽。随分見ない間に、明るくなったな』
『わたしって変かな』
『いいや、お前は俺の大切な妹だ』
『うん!!』
『さっそくで悪いが、天姫を助けにいかなくてはいけない状況でな。間に合えばいいが』
『大丈夫、今度こそ。わたしはねーちゃんを助けるから』
『頼もしくなったものだ。………ありがとう。次元の魔女。この子を傍においてくれて』
『それがあの子の望みだもの。天姫の望みだった』
『そうだったな、ホントに自分の事となると無頓着な奴が多くて俺も疲れる』
『いいから、ホラ!さっさと行こう』
『わかった、わかった。……さようなら、次元の魔女。またいつか会える日を願っている』
揚羽は別れを言いました。
『ええ』
ゆうこは言葉少なくそう返しました。
ブンブン手を振って、狗楽はゆうこにお礼を言いました。
『ありがとー!ゆうこ。今度はねーちゃんを連れて最上級の肉まんもって遊びにくるからね~~!』
『期待せずに待ってるわ』
揚羽と狗楽は旅だちました。
大切なあの子を今度こそ、救いに『虚像の花嫁』となった銀の堕天使を二度と手放さないように
『どうか、あの子らの行く末に、幸せが訪れますように』
魔女は祈った。
『全て』の龍の娘たちに幸福が訪れるように、
今度こそ 永きにわたる終焉が訪れるように、
最初の『蒼龍姫』が安らかに眠れるように、
祈り続けた。
そして、自分にも終わりが近づいていることを感じ取った。