天姫side
少年達の名前は骸、犬に千種というらしい。パイナップルみたいな髪型が特徴的な骸。喋り方が個性的でわんこみたいな犬。口数少ないけど面倒見のいい千種。どこかで聞いた気がするような、そうじゃないような。
ぼんやりと思い出そうとするけど記憶に霞がかっていてはっきりと思い出すことはできない。
「どうかしたんですか?天姫」
「ああ、なんでもないよ。骸」
「天姫!ご飯まだびょん?!」
「はいはい、もう少しだから。犬」
「俺も……手伝う……」
「ありがとう、千種。じゃあ、お皿出してくれる?」
私三人の子育て中です。ああ、いきなり大きい子供の世話をする羽目になるとは……結婚さえしてないのに…。してないはずだよね。うん、そこは大丈夫だと思う。
ああ、私の記憶どこいったんだーい。
ほろりと見えない涙を流してしまうほどですよ。それだけじゃない、まず考えてしまうのが一日をどうやって生き残るかってこと。見知らぬ土地で子供三人抱えてどうやって暮らしていくか。
まぁ、子供連れになるのは計算外ではあったが、実はあの実験施設からいくらかお金を拝借したのだ。爆破する道具とか探してる時に必要なものを持っていくときに偶然奴らが所有していた金庫らしきものを見つけた。もちろん、金庫はしっかりとロックされていたけど適当に解除してみたらこれがばっちしアタリ!
相当な札束の山に秘密書類とか色々お宝が盛りだくさん。
適当なところで見つけたリュックサックに入るだけ札束をぶち込んだおかげで今私たちが住んでいるそれなりの家を現金購入で買うことができたわけだ。そりゃ町に着いた時はズタボロな服の子供三人を連れた年若い娘が突然現れ空き家を買うといっても大家はいきなり何言うんだ、頭イカレテやがるとか怪しい奴が来ちまったと疑われても仕方ないが、人間というのは正直な生き物で目の前にドン!と大金見せればあっという間に上客に早変わり。
着るものやら生活に必要なものを自分で用意する手間も省けた。
おっさんが勝手にあれやこれやと手配してくれたから。そこに「これからもよろしくおねがいします」と笑顔でおっさんの手を握りつつその中にいくらかの札を握らせれば相手はにんまりと笑みを深くしてなおさら気を良くするだろう。
それにおっさんは町でもそれなりに融通がきく立場にあるらしいので、見ず知らずの私たちの身の上話などちょこっと細工して流したりすれば町の人たちの態度は怪しい奴を見る視線から可哀想な若い未亡人とその息子たちという視線に早変わり。
うん、完璧。これでそれなりに安心して暮らせるというもの。
夕食を終え仲良く後片付けをし、食後をのんびりと子供たちと過ごしお風呂を嫌がる犬を引っ張りつつ4人で騒がしくお風呂に入り、それぞれのベッドに入らせて絵本を読み聞かせながら子供らが寝たことを確認して自室に向かった。
必要最低限な殺風景な部屋の窓際に置いてある机に向かい、そこで一冊のノートとにらめっこ。私が作った手作り家計簿なのだが、当面持ってきたお金で暮らせる額はある。
だがそこで安心してずっと無職というのもマズイ。
やはり手に職をつけて今後も安定した生活を送らなければ子供らにも迷惑がかかってしまうしね。接客業とかいけるかな。割と人付き合いは嫌いではない。
自分でもいうのもなんだが、引っ込み思案な性格でもないし適応能力も悪い方ではないと思う。バリバリ働きたいと言いたいところだが、子供たちとの時間もほしいのでお金はそれなりに稼げればいい。今はできるだけ子供たちの成長を見届けること。
心に癒えない傷を負った彼らをなんとか光当たる場所へ連れ出してあげたい。
経験できなかったことを思う存分させてあげたい。
普通の子供として過ごさせてあげたい。
コンコンと控えめにドアがノックされた。私は「ん?」と声を出すとドアがゆっくりと開かれる。顔だけのぞかせるように現れたのは骸だった。
「天姫、まだ起きてたんですか?」
「骸。まだ寝てなかったの」
私の言葉に咎められたかと勘違いした骸が「ごめんなさい」と謝る。私は頭を振って苦笑いしながら手招きをした。骸は遠慮がちにおそるおそる部屋に入ってきた。彼は枕を抱き込んで私が座る椅子の前に来る。
不安そうに私を見つめて一言、小さく呟いた。
「……眠れないんです…」
「そっか」
骸の頭に手を伸ばし優しく撫でると、彼が何か言いたそうな顔をする。
「………あ、の…」
「一緒に寝よっか」
「!…はい!」
ぱぁっと明るい顔の骸はすぐに私に抱きついてきた。
いつも夜になると甘えてくるこの子は、最近は一緒に寝ることも多々ある。
それこそ、最初は彼等はどこを歩くにも私の後をくっついて回っていた。母親の愛情を知らない子供。彼等に少しでもそれに似た感情を与えられたらなんて身勝手な考えをしているんだけど腰もとに抱きついてくるパイナップルの頭を撫でつつふとドアの向こうに気配を感じた。
「甘えん坊がもっと増えたね」
「え?」
カチャリとドアの向こうから姿を現したのは少しおっかなびっくりな表情をしている犬と千種だった。私に抱きついてる骸を目にした途端ぱたぱたと駆け寄ってきた。
「骸しゃん、ばっかり、ずるいびょん」
「……犬…!」
「千種だって思ってるって!」
「……すこし…」
「クフフ、…犬…よくも、邪魔を!」
骸君、二人がびびってるよ。しかも、右目が妖しく光りだしたし。
しょうがない、ベッドはそんなに大きくないけどなんとか寝れるだろう。
「骸、皆で仲良くしなきゃだめだからね。皆で寝よう」
「やったびょん!」
「……うん…」
「…仕方がありませんね…」
夜は、三人と私で川の字になって一緒に寝た。夜中、三人がくっつきすぎて暑かった。
※
六道 骸side
まるで母子(おやこ)のようにその人は僕たちのバラバラになりそうだった心をつなぎ止め、永久に得ることが出来ないと思っていた愛情というものを僕らに与えてくれた。
「骸」
名を呼ばれる事がこんなにも嬉しいと感じた事はない。
天姫の姿がほんの少しでもみえなくなれば、不安が、頭を、思考を奪いとりすぐに彼女を探す。そして彼女の後ろ姿に飛びつく。
「ん、どうした?また犬が悪戯でもして千種がキレた?」
綺麗に笑うその笑顔に言いたくなる。
違うんです、そうじゃない。貴女がいなくなってしまったのではないかとそんな事あるはずないと思っているのにそんな不安は一向に消えはしないんだ。
「…少しくらいは多めにみてあげてよ、骸の家族なんだから」
くしゃっと僕の髪をちょっと乱暴にかき回すと彼女。
かぞく、家族。僕たちが?ずっと僕には得られないモノだと思っていました。それを何気なく言葉にする彼女につい尋ねたくなる。
「…それに、」
聞きたい。僕たちがその『カゾク』なら、
「貴女も……入って、い、ます、か……?」
僕の問いに彼女は目をぱちくりとし、急におかしそうに微笑んだ。その瞬間、僕を絶望が包んだ。違う、彼女は天姫は僕達を僕を捨てるのか。
そう、思った時、初めて視界が潤んだ。ぼやけて彼女の姿を歪んで見えさせる。
悲しい苦しい、捨てないでください、おねがいです。ちゃんとするからだから僕をみて。
「骸」
ぽふんといい匂いに包まれて僕は温かな胸に抱きしめられた。
「え…」
温かい体温、彼女の黒い髪が僕の頬をくすぐった。
ぽんぽんとあやすように彼女の手がリズミカルな音を作り出す。
「泣かないで、骸。大丈夫。私はみんなの家族だから。貴方たちがそう思ってくれる限り絆は消えないわ。…貴方たちは私が守って見せる。だから安心しなさい」
本当に?本当にそう、思っていいんですか?
ああ、天姫の言葉はどうしてこう僕を安心させてくれるんだろう。
どうして、僕が欲しい言葉がわかるんだろう。
今まで安心する日なんてなかった。いつもギリギリの境界線にいた。
今日生き残っても明日には死んでるかもしれないっていう恐怖を毎日毎日味わって人なんか信じられなかった。自分以外信じられるものはいないって、諦めてたんです。
でも、貴方が現れた。
見知らぬ子供のために命張って危ない真似してあそこから連れ出してくれた。
普通の子供と変わらない生活を与えてくれている。
「天姫」
「なに、骸」
僕は、
「天姫」
「なぁに」
僕は。
「…天姫…」
「……骸……」
死が、怖かったんです。
死ぬことが怖かったんです。
「骸、我慢しなくていいんだよ」
「!」
何度問いかけても彼女は嫌な顔一つせずに僕の名前を呼んでくれる。
僕は初めて天姫の前で泣いた。声を上げて泣いた。
どのくらい泣いていなかったのか思い出せないくらいで、頬に流れる涙が熱く感じた。
僕の気持ちを、本当の気持ちを全部天姫にぶつけた。
天姫、この気持ちはなんですか?
天姫、僕は嬉しくて泣いた事なんてなかったんです。
天姫、ずっとずっと一緒ですよね。
僕たち、ずっと一緒に暮らせるんですよね?
僕たちは、幸せになっていいんですよね?
たくさん、たくさん、伝えた。
天姫は目を細めて僕の髪を優しく撫でて言う。
いいんだよ、骸と千種と犬は幸せになる為に生まれてきたんだからって。
私は貴方たちに出会えてうれしい、幸せだよって。
幸せ。嬉しい。僕も嬉しいです。今、とても幸せです。
生きてるって、嬉しくて。死ななくて、良かった。
天姫と出会えてよかった、って。
僕が泣き止むまで彼女はずっと僕を抱きしめてくれたんだ。
僕にとって『カゾク』が出来た瞬間だった。
(初めての家族)