骸、犬、千種。
ねぇ、何処にいるの?顔をみせて、声を聞きたい、抱きしめたいよ。
犬。子犬みたいにじゃれたり悪戯ばかりする子だったけど、すごく真っ直ぐな子だった。
一番好きなお菓子がアップルパイだなんて私と同じだったね。
千種。あまり、表情には出さない子だったけど、すごく気が利く子で私の手伝いも進んで手伝ってくれた。とても素直な子。
千種のふっとした時に出る表情、今でも覚えてるよ。
骸。異なる瞳を持つ寂しがり屋で甘えんぼな子。君はお兄ちゃん的な立場で二人に頼られていたね。口では皮肉っても瞳は誤魔化せないんだよ。私はいつもわかっていた、君は自分の能力を恐れ、畏怖していたことを。いいんだよ、骸。それは君にとって忘れられない事実だ。でも、それがあったから私は君と出会えた。少しでも君に、君たちに『家族』という夢を与えられた。
まだ、家族でいたかった。離れたくなかった。君たちの大きくなった姿を身近で見守りたかった。もう、一度。逢いたい、君たちにこの祈りは、届きますか?
(誰に向けて祈ればいいの)
※
沢田綱吉side
ピ、ピ、ピ、ピ、ピ。
規則的な機械音が彼女が今、生きている証。
並森病院の一室にて、俺はいまだ眠り続けるジルを見つめる。
ジルの生命線ともいえる点滴を打っている腕はあまりにも細くなってしまった。
それでも、ジルは綺麗だと思った。病的な白さシーツの上で流れるように綺麗に手入れされたシルバーブロンド。閉ざされた瞳は俺を見つめる事無く、その小鳥がさえずるような口は酸素マスクで閉じられ開くことはない。『綱吉』と呼ばれることさえこの一週間ないのだ。そう、ジルはディーノさんが来た日に高熱で倒れそのまま意識がもどらなくなり病院に運ばれた。必死にジルの名前を叫びながらその腕で直接この病院に駆け込んだのだ。最上級の部屋に一番の設備が整えられた病室。
ジルの為に用意された機器や設備。それら、すべてはディーノさんが用意させたものではなくあの、雲雀さんだと聞いたときには、あぁなんとなくそうだなと理解できた。自分の権力を誇示してでもジルを救おうとしている表れだから。
あの人は全力でジルを救うつもりだ。それこそ何を使ってでも。そこまで想われてるくせに、ジルはいつも人の好意に鈍かったよな。まるで自分が好かれることはないって決めつけてるみたいだ。思い込みが激しいっていうか、自分が決めたら一直線に突っ走るっていうか。猪みたい。
「ジル」
幼い手を大切に自分の手で握り締めた。本当に君は子供なのか。こんな頼りない小さな手で一体何を求めているんだ。人質という立場を理解して受け入れてそのうえで無邪気に振る舞ってたのか。俺がボンゴレ十代目という重圧から逃れようと必死だったのに対し、ジルは全て受け入れていた。まるで俺の方が幼稚だよな。ジルの想いを理解せずに、いや上辺だけで判断してたのか。
そんな幼いはずの君は大の大人でさえ尻込みしそうな決意を秘めて、イタリアからはるばる日本へ渡ってきた。俺の所へどんな思いを抱えてきたのか馬鹿な俺じゃわからないかもしれないけど、でも聞きたいんだ。ジルがどんな風にイタリアで過ごしてどんな風に笑ったのか、泣いたのか、怒ったのか、日常生活の話とかさ。ジルはあんまり向こうでの生活を語ろうとはしなかったら。謎だらけな子だなっと怪しんだくらいなんだぞ。
……知りたい、いろんな、ありのままのジルが知りたい。
本心から、ジルっていう子を知りたいんだ。
だから、
「……起きて、起きてくれよ……ジル」
(祈るだけでしか、君にこの『想い』を届けることしかできない俺だから)
※
雲雀恭弥side
「君はいつも唐突だね」
決して返事が返されることがない部屋で僕は彼女の眠る顔を見つめた。僕は薄暗い部屋で明かりをつけることもせず、ジルの眠るベッドの脇に立った。あの赤ん坊から連絡が入った時、僕の心臓は完全に停止した。再び、鼓動を開始したときは君の運び込まれた病室に入った時だった。生命維持装置につながれた君はまるで鎖につながれた天使のように、儚くて悲しかった。僕はずっと君を見ていられなくて病室を出て行ってしまったよね。それ以来君の所へきたのは一週間ぶりだ。こうしてくれば僕は現実から逃げられなくなる。
君がもう、僕に微笑んでくれないから。
『きょん』
君の声が聞けないから僕はイライラしてばかりいる。
『どうしたの?きょん』
君に、伝えてないからだよ。
『きょんに逢えてよかった』
嘘だ、だったら目を覚ますはずだ。
僕はそっと動かないままの君の髪に口付けた。
「許さないよ」
そう、許さない。僕をこのままほったらかしにしたまま、自分だけそのままなんて眠りこけるなんて。君はいつからそんな意地悪になったんだい。
「絶対、許さない」
ねぇ、知ってるかな。おとぎ話のお姫様の話。
眠りについたお姫様は王子のキスで目覚めるってやつだよ。
「僕なら絶対やらないって思ったよね、幼稚だから」
僕はそんな幻想みたいな話嫌いだよ。現実味を帯びてないじゃないか。
「でもね」
僕はそんなものにすがりたいくらい、君が愛おしいだ。酸素マスクを外した。呼吸を補佐する為の機械を。ジルとの距離が近くなる。僕の吐息が君の頬を掠める。
眠り続けるお姫様ってこんなに綺麗だったのかな?
「君のほうが俄然に、綺麗、だよ」
合わさった唇は冷たくて、柔らかくて、冷たいマシュマロのようだった。
(僕は君がずっと、王子を待つ『孤独な姫』じゃないことを知っている)
※
ディーノside
「なぁ、ジル」
俺は変わる事無く眠る義妹の頭を撫でた。イタリアに居た頃、嬉しそうに目をほそめ、擦り寄ってくるジルが愛おしく、一生守ってやりたいと思ったのだ。
「またお遊びにいこうぜ。お前が日本に居る間で好きなった場所でもいい。俺にそこを案内してくれよ。なぁ?」
サラサラと指をすり抜ける髪。それでもジルが反応することはない。
でも、俺は喋り続ける。
「ツナから聞いたんだ。お前がアップルパイが好きだって。そういえば、林檎が好きだったもんな、ジルは。俺がお前に何が好きかって聞いたら、真っ先に『りんご!!』って大きい声でニコニコしてたよな。そしたらそれを盗み聞きしてたロマーリオや他の連中がスンゲー数のりんご持ってきやがって、邸中が林檎で溢れかえったっけ。ジルはびっくりしてたっけ。アレな、今だからいうけど、みんながお前の喜ぶ姿がみたくて買ってきたんだって。しかも、市に出てるりんごとか、店にある林檎片っ端から、買いあさってきやがって!俺のトコに苦情来たんだから、困った連中だよ」
アハハと笑い続けていてもそれは自然と止まってしまう。
最後にはカラ笑いになり沈黙だけ場を支配する。
ジルと最後に喋ったあの時。もっと、話しておけばと思ってしまう。もっと何か違うことが言えたのでないかと。
必死に俺に笑顔をみせ再会できた喜びを体全体で表現していたジル。
俺には家族同然の部下たち。その部下たちとジル、どちらか大切な方を選ぶことなんてできやしない。だが俺は卑怯者なんだ。ジルなら、分かってくれると。心のどこかで自分に言い聞かせている俺がいたんだ。
だから、ジルを手放した。理由つけて、逃げて、全部押し付けた挙句がこのザマだ。
失いかけてようやく気が付くなんて。もっと、早く!早く…言えば良かったんだ。
『イタリアに帰ろう』と。
九代目の重圧がなんだ!俺たちの絆は脅されたからって壊れる軟なもんなじゃない。
いざとなったら体張ってでも守って見せる。だから我慢しなくていいんだ。
自分を抑え込まなくていいんだ。だから、俺と帰ろう。俺と生きようと。
そう、ぎゅっとこの腕に抱きしめて伝えてやればよかったんだ。
大人のエゴに振り回され利用される可哀想なジル。
ああ、お前には何処にでもいける翼を与え危険があれば俺の腕で身体を休め心を休めまた、飛んでほしかったんだ。ちっぽけで豪奢な鳥かごに閉じ込められて大切にされるよりももっと自然にのびのびと生きるのが何よりジルらしいから。
でも、その願いは届かなかった。お前の体がタイムリミットを叫んでいたことを知るまでは。ショックだった。そんな事はないと全力でシャマルにつっかかったんだ。全て嘘だ、まやかしだとな。でも、奴は言うんだ。
『俺は患者の事に対して嘘はつかないぜ』
あの飲んだ暮れ親父とは思えない、真っ直ぐな瞳で俺を射抜く。
どんなに事実でも俺には悲しいんだよ。認めたくないんだよ。
規則正しい呼吸を繰り返すジル。部屋には沢山の花々で溢れかえっている。
全部がジルの為。全部がジルを大切に想っているから。誰もが、お前の微笑みをみたいから。
「ジル、……はやく起きてくれよ。……じゃないと、じゃない、と」
にーちゃん、泣いちまうぞ。
視界が滲んだのは気のせいではなかった。
(お前が起きた時、視界いっぱいに林檎の山をみせてやる)