標的30心の中に疼くモノ
雲雀恭弥side
ジルが消え去ったという情報はすぐに各自に伝えられた。
そんな中いち早く動いたのは…。
「……やってくれるね……」
ぐしゃりとただの紙切れはもはや屑と化す。最初は只の悪戯かと思った。でもその後すぐに病院からジルが消えたと電話が入った。紙切れ一枚。それがジルを連れて行った奴ら。表現できないほどの怒りが溢れた。側にいた草壁でさせ、息が詰まるほどの殺意が部屋に充満している。
「噛み殺すだけじゃ、もの足りない奴らみたいだね」
恭弥はこんなにも見えぬ相手に殺意を抱いた。自分からジルを奪い取った男へ。
どうしようもないほどの怒り、どうやって噛み殺してやろうかという高揚感。
とくにかくにも彼女を奪った罪は天よりも高く地よりも低い。誘い込まれるように書いてあった紙には『黒耀中』の文字。
「行ってあげようじゃないか…そこにね」
ニヤリと恭弥の口角が上がる。
(獲物は殺す)
※
ジルside
「……ッ…?…」
ここは…………。私は上手く動かせない身体を無理矢理に動かし何とか周りを見渡して体を起こそうとする。けど腕に力が入らなくて完全に体を起こすまで十分くらいを要しただろうか。薄暗く人気がない場所、寂れたところのようだ。ふと、自分の身体を見てああ、やっぱりアレは終わってしまったと思う。黒いワンピース姿の私の腕は細くなりガリガリで病人とも言えるものに様変わりしている。多分、顔色も悪いはずだ。どういうわけか、あの数ヶ月の生活はすべて崩れた去ったまま私は現代に戻されたようだ。そして、この身体で今を生きている。時間跳躍?精神だけが別の世界にでも飛んだとでもいうのか……。さっぱり頭が回らない。だが今となってはどうでもいい。あの子たちとは二度と会えないんだ。
私が、私が守るって言ったのに……。あの子たちを守れるのは私だけだったはずなのに……!何が『柱』だ!私から大切なものを奪って利用しようとするあの男……。
自称、『神』なんちゃら。あんな最低な男に利用されてたまるか。
このまま此処で朽ちるのも手だ。静かに時が来るのを待とうと思った。これもあの子らを守れなかった罰だと受け入れて。ある人物が現れるまでは
ガチャン!
「天姫」
「……ぇ…」
誰に名前を呼ばれたのか思考が動く前に誰かに抱きすくめられた。
温かくけれども離すことはない腕。地面には彼が落としたらしい食器が。
それには細切れに分かれたケーキ。アップルパイ。
「天姫、ずっと、ずっと逢いたかった…」
嘘、私は夢を見ているのか。
私の名前を呼ぶ彼。
髪型はパイナップルみたいだ。パイナポー?
「……もう、僕の事は忘れてしまったのですか?……」
その色違いの瞳。ああ、忘れるわけがない。忘れることなんか出来やしない。私の大切な家族。守りたかった存在。
「む、くろ?」
「はい、僕ですよ。天姫」
「……骸…!」
私は零れ落ちる涙が彼の制服に染み込むのも判らずに彼が慰めてくれるまで泣き止むことはなかった。
私が弟のように接してきた子は男の子らしくなって再び、私の前に帰って来た。
(小さい体の私と大きく成長した彼)
※
「犬!千種!」
「「天姫!」」
あの頃の面影を残した二人はすっかり骸同様大きく立派な少年に成長していた。
どれほど嬉しいことか。殺されたと思っていた彼らが今目の前にいるのだから。
私に加減無しに抱きついてくる犬に千種が脇からドつき、ふっとばし今度は千種が手加減して抱きしめてきた。
「天姫、小さくなっても可愛い」
「…ありが、と…」
「何すんら!?」
「犬が悪いですよ。天姫を絞め殺す気ですか?」
「ッグ!?骸さん、右目が妖しく光ってらす!?」
「クハハハ!犬は御仕置きが必要なようですね」
「ギャン!?助けて!天姫!」
あわただしい彼等のやり取りは昔と変わっていないようだ。
ソファに座る天姫の隣に逃げ込み、助けを求める犬。
天姫はなんとか犬の頭を撫で、骸と千種に待ったをかけた。
「二人とも、それくらいにしなさい。感動の再会なんだから。少しくらいいいじゃない?私は嬉しかったわよ」
「……犬、後で覚えていなさい」
「二倍返し」
何とかその場を抑えられた天姫はほっとし、何故骸たちが自分とわかったのかを聞いた。
「僕が天姫を忘れるはずがありませんよ。だって、貴女がその姿という事は聞いていましたから」
意味深な台詞を吐く骸。
天姫はなんとなく違和感が身体を走った。
「ねぇ、骸。どうして?誰から聞いたの?」
自分の記憶があいまいなのは自分がよくわかるはず。だが語ってもいない事実を一体誰から得たというのか。そもそも、どうして今の自分が骸が知る天姫であると知ったのか。
骸は私の知らない情報を持っている。
「天姫。安心してください。その『ジル』としての体がもうすぐ朽ち果てることは知っています」
「っ!?」
どうして!?骸がその事を……
骸は私の動揺を見破ったようだ。安心させるために隣に座り、私の身体を引き寄せた。
彼の胸に引き寄せられ鼓動が聞こえる。
「天姫、僕に任せて下さい」
既に犬と千種の姿はなかった。骸の目配せによって半強制的に追い出された事を私は知らずにこの廃墟に骸と二人きりになる。させられる。以前とは明らかに雰囲気が違う彼に。
「貴女は僕が救います。僕の全てをかけて」
「貴女を必ず、天姫に戻します。……だから」
「骸?」
「僕と、……僕の、『家族』になってくれませんか?」
あの時とは違う骸の真剣な表情。それでも重なる瞳はあの頃と変わらない。
(指輪はないけれど、この想いを貴女に伝えます)
天姫、タイムリミットまで、後12時間