標的35日常の中、キミはいない。
暗闇の中二人の人物が佇む。明かりがないというのにお互いの顔は確認できるのだから不思議だ。子供特有の幼い声が場を支配する。
「契約をしましょうか?別に断ってもいいわよ」
「お前の、目的はなんだ」
「わかりきったこと聞かないで。もちろん彼女の復活よ。『完全なる』、ね」
「……………」
「いいじゃない!ジルは消えたけど彼女は戻る。ジルはあの子だもの。
問題はないはずよ。それで貴方がボンゴレ十代目になれば貴方の真の望みも叶う。一石二鳥じゃない?何をそんな眉間にシワ寄せて悩むわけ?」
「………解せんな。貴様、何を企む」
「アハハッ!企むですって?失敬な物言いね。ワタシがあの子を罠にはめるとでも?
その反対よ。あの子を追い求める馬鹿は吐いて捨てるほどいたわ。昔も今もよ。もう、飽きる位。それを全て排除したいのよ。だって今のワタシでは不完全だもの。
わかる?あの子が可愛いの愛しいのワタシの半身だもの。愛して当然だわ!
だから、あんな沢田綱吉には任せられない。アレにあの子を任す事なんかできやしないわ。だから貴方を使う。……さぁ、どうするの?」
「…フン……さっさと済ませろ」
「いい返事ね。じゃあ、顔をこちらに」
「……………」
ちゅっとリップ音がした。近づいたジルの顔で女は笑う。猫のように目を細めて。
「これはワタシとの契約よ。借りでしかないわ。本当の契約は十代目が定められた時、あの子が正式なものをする予定」
「早く消えろ」
「フフっ!獰猛な猫ちゃんね、でも嫌いじゃないわ。無駄に咆えなければね」
「……………アイツはいつ、目覚める……」
「そうね、自然によ。時が来ればあの子は暗闇から解放される。それがつかの間の事でも」
あの子がワタシを必要とする時にね。それがあの子の運命の日よ。
そういって、少女はフッと意識をなくした。その瞬間、少女を眩いばかりの光が覆う。視界が全て光に飲み込まれ、男はバッと腕で光を遮った。
「………クッ……」
どのくらい続いただろうか。終息を向かえたその光。
少女がいた場所には、丸まるように眠っている少女があった。身に着けているものはなに一つなく生まれたままの姿で。男はゆっくりとその少女に近づいた。
手に入れられなかった天の星を掴むかのようにそっと大切に壊れないように。
「天姫」
これからが茨の道だろうが喜んで進むだろう。これがお前を手に入れる為ならば。
赤ん坊のように健やかな眠りについている君は知らないだろう。
今、君を渦巻く幾つもの要因が君を手にするためにスタートラインに立とうという事実を。
※
沢田綱吉side
ジル、どうしてだよ?と疑問を投げかけた所で返してくれる君はいない。
俺はそっとドアを開けた。今、この部屋の持ち主はいない。
俺の前から消えたからだ。あの時から。
その部屋の子は突然俺の婚約者だとイタリアから連れてこられた幼児だった。
見かけの可愛らしい容姿とは裏腹に、大人顔負けの口達者と見事な男気あふるる活発な行動派で目を離せばしょっちゅう家から出かけていた。
しかもそのたびに色々な知り合いを作ってきたりして。交流関係が広いというか、本人が無意識にやってるのか知らないけど、ともかくすごい子だった。俺もジルが心配で親心みたいなもんで叱りつけたりしたけど、頭の回転が速いというか言い訳がうまいというかこっちが逆にタジタジになったりする口喧嘩もあった。でもお転婆な面もあって、ああ、俺が守ってやらなきゃダメだなって保護欲がわくことも。
自分への好意なんか全然わからなくて鈍くて天然な女の子。
でも人への優しさは一番だった。だから周りのひとは彼女のそんな面に集まっているんだ。天然で鈍感で真っ直ぐな君。
『綱吉』
屈託なく笑う君はもう此処にはいない。クロもジルと同様いつの間にか消えていた。
骸との闘いが終わった後、ジルはジルでなくなってしまった。瀕死の状態からなぜか回復したジルは紅い瞳をしていた。そう血のように真っ赤な瞳は背筋がゾクッとし本能的に少女の存在が危険だと告げていた。
ジルは死んでワタシが今いると言っていた。天姫の影だって。
あとからリボーンに聞かされたがあの復讐者と呼ばれる人たちを従えさせられる人間は一人しかいない、最初の『虚像の花嫁』だと。
『私は天姫の影。あの子が忘れた天姫の一部。もう一人のワタシ』
天姫。少女はその名前を繰り返していた。
ジルはジルじゃなかったのか。頭が滅茶苦茶になりそうだ。
俺はジルの事を何一つ知らない。ディーノさんから聞いたけどジルという名前もディーノさんが彼女を拾って名づけたらしい。
だからジルの本当の両親とか、家族とか何処に住んでたのかもわからないそうだ。
ボンゴレは今、八方手を尽くして探しているとリボーンは言う。俺だってこんな状態なのにディーノさんはすごく冷静だった。
ううん。冷静であろうとしたのかもしれない。無理矢理に気持ちを殺さなければジルは見つからない。そう思ったのかも。
気絶した骸たちはあの子が庇ったことによって罪は無くなったんだって。
今は何をしているかわからないけど、彼等もどんな形にしたってジルがすごく大事なのは痛いほどあの闘いで伝わった。
俺だけじゃない、リボーンも家の皆も仲間もジルが消えたことを悲しんでいる。
悔やんでいる。戸惑ってもいる。
暗いんだ、いつも毎日が。明かりが消えたみたいに家の中が静まり返っている。俺ん家ってこんなんだったっけ?
あ、そうか。ジルが完全にいなくなった日常は初めてなんだ。
ジルが来る以前の生活に戻っただけなのに、こんなにも差を感じてしまうなんて。
きっと、ジルの存在が強すぎたせいだ。
「ツナ、遊びにいかねーか?」
「十代目、少しは気分転換も必要ですよ!」
山本や獄寺君も気を遣って接してくれるのが少し複雑であり嬉しかった。
だって、二人はジルと話すことさえ出来ないまま、あの最後の瞬間を知らないんだから。
口で説明して伝えはしたけど納得はしていないみたいだったし。
……ああ!ダメだ。どうにも気分が落ち着かない。……受け入れなくちゃいけないんだ、現実を。俺はこのままじゃいけないんだ。日常に帰らなくちゃ。ジルはもう、いないんだから。久しく帰ってきていない父親も帰ってくることになっているし、いい気晴らしにはなる。
「ありがとう、二人とも」
せっかく遊びに誘ってくれたんだ、気分を変えるには丁度いい。俺は少し笑みを作って礼を言った。うまく笑えたかな。
※
雲雀恭弥side
いつもの変わらない並森。でも、応接室に毎日来ていた君の姿は何処にもいない。
最後に覚えてるのはあのムカつくパイナップルに倒されている時。
『恭弥、恭弥ぁ、恭弥!』
痛みと薄れゆく意識の中で僕に必死に手を伸ばす君。
流れゆく真珠のような涙を拭ってあげたかったけど、それすら僕にはできなかった。
僕が気が付いた時は並盛病院の一室で、何処を探しても君の陰すらなかったよ。
必死に探したんだ。まだ安静でいろと口五月蝿い草壁をのして邪魔する風紀委員たちを倒しまくって、並森の至る所を探した。
君と行った並森神社や海や君が大好きだったケーキ屋だって。君と初めて出会った学校。廊下、グランド教室。最後にジル、君がいつも僕の帰りを待っていてくれた応接室。
扉を開けば君は嬉しそうに笑いながらいつも同じ台詞で迎えてくれた。
『お帰り、きょん』
だから僕はもしかしたら君はずっとそこにいるんじゃないかって願ってしまった。
でも、僕の願いは届かなかった。扉の向こうにいたのは、夕日に染められた君じゃなくて。
「どれだけ捜そうが無駄だ。ヒバリ」
「…赤ん坊……」
あげくの果てに突然現れた赤ん坊の一言。
「ジルは自分から並森を去った」
たったこれだけだよ。たった一言の言葉だけで、僕が納得できると思ったかい。
風のように現れて僕の心を弄んで魅了して、また勝手にいなくなって。
僕で遊んでるつもり?そんなの、絶対、許さない。
君は僕をただの茶飲み仲間とでも勘違いしてたの?
君は僕が下心なしでただ気に入ったから近づいたとでも思ってた?
だったら君は馬鹿だよ、大馬鹿さんだ。そんな君は探し出して今度は僕と言う鎖で二度と動けなくしてあげるよ。ソファで座っていた僕のテーブルの前に並べられたのはジルが調べ上げていた情報。彼女がパソコンを持っていたのは知っていたし、時たまこの部屋のパソコンを使っていたのは判っていたからね。履歴を消し忘れていたんだよ。
草壁が持ってきたのは数枚の紙。外国語ばかりの羅列が連なる中そこにはある共通点が存在していた。僕は一枚を手に取り、眺めた。
文字を眼で追っていく。すると、一つの言語が気になった。
『蒼龍姫』という謎の言葉。
「………此処の部分、…ちょっと他の書類で探して」
「ハイ!」
指示した部分、やっぱり共通してたみたい。他でもこの『蒼龍姫』とか『虚像の花嫁』とか細かな情報ではあるけど、ジルはこれを調べてたんだ。
かなり昔の記述で厳重にロックされた情報をジルは探していた。
それほどまでにジルが気になっていたもの。
なら、これがジルが消えた要因と繋がるかもしれない。
僅かな情報を頼りに手さぐり状態だけど、これが君へと続くなら僕はなんだってやる。
君は自分でしつこい性格なんだって言ってたよね。
言ってなかったけど、僕も執念深いんだよ。今度こそ、覚悟してなよ。
(諦めないという名の執着力)