私には妹はいない。いないはず、と記憶している。なのにその子は私を姉と呼ぶ。
いや正確には私がなっている人物に姉と言っているのだろう。
『ねぇ?おねーちゃん』
茶色のくるくるとした髪がゆらりゆらりと揺らめき私は馬に乗っている。
おかしい話だ。馬になんか小学生の触れ合い体験コーナーとかで乗った以来なのに。
ぱから、ぱからと馬のリズムが身体に刻み込まれているかのように乗りこなしてる。前方をゆっくりと進む少女。異国、中国風な衣装に身を包んだ少女の背には、現代では考えられないまるでゲームに登場するキャラクターのような武器が装備されている。重くはないのだろうか。大鎌。
『結婚式っていつあげるの?』
『やっぱさ、女は貰ってくれる人がいるうちが花だっていうしさ』
失礼な子。確かにその通りだと思うけどもうちょっとオブラートに包めないものか。
『あんまり先延ばしにしてると彼に逃げられちゃうよ?おねーちゃん、そういうの疎いから。プロポーズだって三回くらいしてようやく意図が伝わったって、あの人嘆いてたんだから。ホント鈍感すぎ』
どんだけ鈍いんだ?この人物は。
『だからさ、さっさと結婚しなよ。わたしはもう大丈夫だから。もう守ってもらわなくてもいいから』
守らなくていい?
『今度はおねーちゃんが守られる番だよ』
今度は守られる番?
『小さい頃からおねーちゃんばかりが苦労して、わたしを育てて必死に働いて自分の事なんか一切気にかけないで突っ走ってきた、おねーちゃん』
『真面目に役目をこなそうとする不器用なおねーちゃん。自分が幸せになろうとするのを拒む臆病なおねーちゃん』
『わたしはもう、おねーちゃんに守られている弱い存在じゃない。泣き虫な女の子じゃない。今度はわたしがおねーちゃんを応援する番。わたしがおねーちゃんを守る番』
なんだかどうしようもないほど彼女が気になった。
ねぇ、今君は笑ってる?ねぇ、今君は泣いていないよね?
どうしようもない気持ちがこみ上げてきた。まるで懐かしくそれでいて切ない自分から切り離せない存在だったような気がして。今、君の笑顔が見たい。
『おねーちゃん、幸せになって?』
『おねーちゃん。幸せになろう?』
『皆が祝福してくれる』
『この戦が終わったら』
『わたしが、皆が、おねーちゃんを支えるから』
『―――と一緒に幸せになって?』
少女が振り返った瞬間、私の意識は闇に堕ちた。かと思ったら今度はまた違う場所。
小さな小川のほとりで男女が佇んでいる。私と背丈が似ている少女にそれより少しぐらい背が高いスレンダーな少年。今の私はどうやら透明人間のようだ。自分の手が景色を透かして見える。どうせだ、近づいてみよう。好奇心から私はその二人の会話を盗み聞きした。少女がんーっと伸びをする。
『久し振りだね。二人きりで遠出するのなんかいつ以来だろう』
『ああ、この所書面とにらめっこ状態やら戦やらでお互い休まる暇もなかったからな』
『息つく暇もなかったわ。最近。あの子にも無理な仕事させちゃってるし…』
『家族なんだから、そんな他人行儀な事言ったらハリセンで叩かれるぞ?』
『ウッ!……ソウデスネ』
少女は小川のほとりでしゃがみこみ、手を水の中へ入れた。
『気持ちいい』
『………話、あるんだろ』
『……わかってた?』
『分かるよ。天姫のことならなんだって』
一呼吸する音。
『………私、―――と結婚することにした』
『……………そう、か……』
少年はただその言葉しか発しない。後ろを向いている少女は気がつかないが少年の肩は震えていた。少女はぱちゃぱちゃと川の中で手を動かし
『…一緒に生きて行こうって、守ってくれるって』
『……ああ………』
『どんな、怖いものからでも私を守ってくれるって』
『私の宿命が重いものなら一緒に抱えようって』
『…………あ、あ………』
『立ち止まるときがあるなら一緒に休もうって』
『………………』
『私が隣で笑ってくれるなら、後悔しないって』
『…………』
『彼、言ってくれたの。…嬉しかった…』
彼の相槌が段々少なくなってくる。なんとなく気がついちゃった。彼の心情に。
少年がゆっくりと近づき少女を後ろから抱きすくめた。決して自分の顔を少女に見せることはせず、
『………今だけ、こうさせてくれないか……』
『うん』
今だけは一緒にいさせてくれと、ひしひしと彼の想いが伝わってくる。ああ、気がついた、なんとなくだけど。
彼は少女に恋をしていたんだ。報われることのない恋を。ああ、なんか意識がまたこんどこそ、ほんとにブラックアウト。
※
イタリアでのひとコマ。
連なる幹部達。厳かな雰囲気の中、中央に座る男がいる。
「ザンザス様、スクアーロが戻りました」
「これで時期ボンゴレも決まったも同然ね」
「スクアーロ」
「呼んだか?ボ」ドカッ!
「な、なにすんだよ!?」
「偽者だ」
鼻をぶつけられたスクアーロの前で壊される指輪。それはザンザスの超直感で見破られたのだ。
「日本に発つ。向こうの奴らを根こそぎ根絶やしにしてやる」
「………ボス、お姫はどうするのさ」
「やっぱり連れてくでしょ。こんなとこに残していくなんて出来ないし」
「ボス、俺に運ばせ」グシャっ!
ザンザスの一撃によりのされるレヴィ。ザンザスは気にせず部屋を出て行く。
「レヴィったら、お馬鹿な発言しちゃって。ボスが許すはずないでしょう!」
じゃあ、あの子の洋服とか荷物用意しなくちゃ!とルンルン気分でボスの後、ルッスーリアは出て行った。
「ルッスーってジルに甘いよね。あ!今は天姫だっけ」
「…小さい頃の天姫もだけど,今の天姫はその頃をしのぐほど綺麗だね。
あれじゃあ、ボスが心配にもなるのも頷けるよ。僕だって変なやからが目をつけてないか気を配ってるし。大概ボスも、日中夜問わず天姫の側にいるし」
「まだ、天姫は起きねぇのか……?」
「そうだね、彼女はまだ眠り姫さ…」
※
ザンザスは応答のない扉を開いた。中央に置かれた黒い天蓋の大きなベッド。
シックな部屋は全部一人の少女の為だけに用意されたもの。コツリコツリと靴音を響かせてゆっくり近づく。ベッドに眠り姫のように手を中央で組み眠り続ける少女。
シーツの上で流れるように伸ばされた黒髪。ゆっくりと上下する胸は少女の生命を感じさせる。
「……天姫……」
(これがお前の姿なんだな)
幼児でなく15歳ぐらいに成長した姿。大人に近づいた姿は銀髪ではなく黒髪。だが根本は変わっていない。一目を引くその美しさはさらに輝きを増した。
そっと、天姫のベッドに腰掛けザンザスの重みでスプリングがギシッっと鳴る。
「やっと、お前を手に入れられる。やっと、お前を解放できる」
柔肌すぎる白磁の肌にさえ触れるのが躊躇われた。だが彼女の存在を確かめたい。
今、ここにいる少女は確かに自分の物だと、証をつけたい。だがそれは少女の額に口付けするだけに留めた。
「……お前を、確実に手に入れた時だ」
(遠からず訪れるその日その時は、お前を、お前の全てを俺の物としてやる。)