「ジル、なの?」
「………きょ、うや……」
その姿形変わろうと君だけが持つの瞳の深さは忘れない…。
『きょん!』
美しく成長した少女は瞳を大きく開き、一瞬我に返ったかと思うと、首を左右に振りながらゆっくりと後退としていく。
「………あぁっぁあ、あ………」
声を震わせ、顔を引き攣らせ蒼白にさえなっている。まるで、迫りくる現実から目を背けるように。恭弥が一歩、彼女に近づくたびに天姫は一歩下がる。
「ジル、待ってよ!」
「てめぇえ゙え゙――!下がりやがれぇえ゙」
「あ、天姫ちゃん!?待って!」
「天姫!?」
天姫は踵を返し駆けていく。まるで逃げるように。
「ジル!」
恭弥は、天姫の後を追いかける為ヴァリアーの攻撃を掻い潜り暗闇の校舎を駆けた。
「おい!?ッチ、さっさと追いかけるぞぉお!」
「ええ」
「僕はレヴィと連絡をとるよ」
慌ただしく天姫の後を追うヴァリアー。恭弥は異常なほどヴァリアーの攻撃をかい潜り素早い動きを見せ、いつもなら群れている連中は噛み殺す!と意気込んでいる彼なのにそんな余裕すらないほど必死に天姫を追いかけて行く後ろ姿をツナは羨ましいと感じてしまった。
「……ヒバリさん、知らないんだ。……ジルはもういないって事…」
「アイツ、なんで、あんな表情してんスかね……」
「『天姫』、か……俺、ただジルって連呼してたけど、『ジル』の事。何にも知らなかったな……」
「俺はヒバリが正しいとおもうがな」
「えっ?笹川センパイ?」
「あの少女が「ジル」でも「天姫」という少女でも、本人である事に変わりはなかろう。何を考えこむ必要あるのだ?」
そう、ごく普通に言いのけた彼。当たり前の事だろうと顔で表現するしては不思議そうな顔をする。そんな当たり前だと思うことさえ、ツナたちは見ていなかったのかもしれない。
ただ、『ジル』という少女の消えてしまった残像を追っていたのか。
だが、答えはまだ分からない。
どうすれば彼女に近づくことができるのか、その糸口さえも見つかっていないのだ。
※
雲雀恭弥side
走る勢いで髪が踊っている。後ろ姿を見失わないように必死に追いかけた。
僕の瞬発力を上回る勢いの彼女。猫のように走り回り、最後に追い詰めたのが屋上だった。
壁際まで追い詰めてジルの腕を掴んだ。それでも君は首を振り続け、嫌だ、嫌だと僕を拒絶する。君を追いかけて今度は離さないって誓ったのに。
「ジル!」
「……嫌…だ、離して……!」
引き離された時間、それが永い分だけ君が愛おしくて
想いが募ってるのに、どうしてそんな泣きそうな顔をするんだ。
「…っ!?………ん……ふぅ」
嫌がる君の唇を塞いだ。
いいかげんその拒絶を聞きたくなかったから。黙らせたかった。
女子が夢みるような甘いキスではなく塩辛い味。
君は一筋の涙を流した。今、ようやく出会えたのに君は『籠の鳥』。
真っ黒な服に身を包んだ君
絹のように滑らかな肌。左手の薬指にはぴったり収まっている
『指輪』
君は僕の腕をすり抜けていく。
長い口づけは一瞬のように夢の出来事かと思うほど短く感じた。
背に壁、前には僕という壁で挟み込まれた黒髪の少女。両腕を僕に囚われた君はただ顔を背けようとする。そっと、ジルの耳に顔を寄せ囁く。
「……ジル、君、誰の物になったの」
「っ!」
ビクンと体が反応した。
ジルの頬が紅く染まる。
そんな初々しい反応さえ、他の男が独占していると思うと腹立たしさで煮え繰り返りそうだ。
ギリッと手に力が入った途端、ジルが小さな悲鳴をあげる。
「痛い!離して」
華奢な腕なんかちょっと力を込めたら簡単に折れそうだ。
何も変わってない。
「答えて。ジル、君は……」
「私はもう、ジルじゃない!」
キッと涙を振り切るように君は僕をみた。
それって強がりかい。
それとも単なる意地をはってるだけ?
「…………君はジルだよ」
何が変わったって言うのさ。
「違う!私はもう元に戻った。……もう、違う人間なんだよ」
違う人間って何。どこで区別するの。
「っ!?嘘だ、君はあの頃と何にも変わってない」
その瞳は何ひとつ変わってはいない。
君の意思の強さはあの時と一緒だ。
なのに、僕の想いを全力で否定する。
「変わったよ。見た目も身長も年齢もぜーんぶ、変わった」
「……君は僕のだって言った筈だ!!」
「………っ…」
「っジル!?」
僕の隙をついてジルは腕を振り払い、俊敏な動きでフェンスの向こうまで跳躍した。
カタンと彼女の靴音がした。
不安定な場所だ。
一歩踏み出せば命の保障がないのはわかっているはず。
「ジル?!危ない!」
僕は彼女をこちら側に引き戻そうと駆け出そうとした。けど、ジルは自分の体を抱き込むように一言言った。
「来ないで」
と、拒絶だった。
ジルに拒絶された。
その事実を受け止めきれなくて、僕はただショックを受けその場に固まった。
ジルは顔を伏せある程度の距離を維持したまま、しばし時間が経過する。
僕とジルとの間には見えない壁のようなものがあるような気さえしてきた。
「………恭弥、覚えてる?私達が初めてあった時の事」
「ジル、急に何を」
「私、沢田のお弁当届けてる最中で息切れ起こしてへたりこんでたよね。その時、丁度恭弥が通り掛かって助けてくれたんだよね。フフ、あの時はこんなに子供の体が不便だなんて思わなかったな。今の方がすごい楽。だってへたりこんだり体がツライなんて感じないもの」
「ジル?」
「そうだ!海行った事とか覚えてる?恭弥が来るとは思わなかったからあの時の私目を白黒させて驚いてたし。それに電話切れたと思ったら、速攻で現れるんだもん。ビックリしちゃった。あ!あとお祭り。あれもすごかったね!屋台たくさんあってさ、恭弥ったら食べきれないほど買うんだもの。ちょっと呆れちゃった。それでも最後に見た花火、綺麗だったなぁ~。すっごくすっごく心にじーんってきちゃった。…………思い出作れて、嬉しかった。恭弥と皆と一緒にいれて楽しかった、友達もできた、家族もできた、大切な………もできた」
「何、それ……?なんで、過去形なのさ……」
「恭弥がいたから私は思い出を作れたんだよ」
「嫌だよ!僕は認めない!」
「恭弥に逢えて、本当に良かった」
「ジル?!!待ってよ、行かないで!」
ジルは笑顔一つだけ残して僕の前から飛んで行った。
躊躇いもなく簡単に空に自分の体を身を投げて。
「バイバイ、『きょん』」
「ジル―――!」
僕の手は君には届かず君は空を翔けた。
(言い逃げがーる)