ジルside
唇が勝手に動いたような、気の所為だろうか。だが二人は私をまるで化け物でも見たような驚愕の表情で見ている。私は本を元の本棚に戻してディーノの元へ向かい腕を揺すった。
『デイディ、どうしたの』
「…ジル、お前、今なんていったんだ」
『え』
「その指輪は私のよって言わなかったか?」
『知らない』
普段の彼からは想像がつかないほど強張った表情に怖くて私は必死にぶんぶんと首を振った。だが彼の手が私の腕を捕らえた。
「嘘を言うな。今確かに口が動いただろ?」
『違う!私じゃない!』
どれだけ訴えても彼は聞いてくれない。
いつもの優しい彼がいなくなっていて私の身体を恐怖が支配する。身体を暴れさせて彼から離れようとする。だが彼の手はびくともせず逆に強まり腕をきつく絞められた。痛さで顔が歪んで涙がこみ上げてくる。痛くて痛くて暴れて叫ばずにはいられなかった。
『痛い!離してっ!』
「ディーノ!やめるんだ!」
「ッ!?」
おじいちゃんが大声をあげて間に入ってくれた。制止された事で自分が何をしているか現状を理解し彼が掴む手が緩んだ瞬間、バッと振り放し急いで部屋を飛び出した。
「ジル!?」「ジル!待ちなさい!」
呼び止める二人を背に私は己の小さな足で必死に走った。
とにかくここから離れたい。早く逃げなきゃ。
後ろからちりんちりんと音が響く。ふと振り返るとクロが追いかけてきた。
『クロ』
「にゃあ」
私の足元まできたクロは身体を摺り寄せてきて一緒に行くと言っているらしい。私は素早くクロを抱き上げまた駆け出した。
「「ジル!」」
ディーノの呼び止めを背にしながら逃げた。
とにかく怖くて怖くてあの追い立てるような瞳が怖かった。
なぜだかはわからないがとうしても逃げなくちゃ逃げなくちゃ逃げなくちゃ逃げなくちゃと焦るのだ。捕まってしまう、また囚われてしまう。暗い所に閉じ込められてしまう。
迫りくる恐怖に私の体は反応して逃げろ逃げて逃げまくるのだと全身に訴える。
小さな体に鞭打って走り続けた先に辿り着いたのは朽ち果てた四河(あづまや)だった。
私はそこでようやく腰を下ろした。というか、もうこれ以上は走れずへたり込んだと言った方が正しい。既に駆け回った足は疲労を叫んでいる。しばらくは起き上がれないだろう。
枯れ果てた庭園はどこか寂しい風景だった。咲き誇っていた頃は素晴らしいものだったのだろう。
私はクロを抱いたまま頭を伏せた。溢れる涙は止まることをしらず。
何故彼はあんなに私に問い詰めたのかそれがわからない。
だってあれは私が動かしたことじゃない。勝手に口が動いたんだ。
けどいくら訴えても彼はわかってくれなかった。
ディーノはいつも私の言うことを信じていてくれた。だからちゃんと言えば信じてくれると思っていた。なのに彼は、ディーノは信じてくれなかった。
絶望感に包まれようとしていた時、ぺろりと顔を舐められる。
「っ!」
ばっと顔を上げればクロが必死に私の涙を舐めようとしていた。しょっぱいだろうに我慢して何度も舐めてくれる。
『クロ』
その懸命さに私は自然と笑顔になれた。悲しも少しだけ軽減された。
私はクロを抱きしめ礼を言う。
『ありがとう』
いつも側にいてくれて慰めてくれる彼が嬉しくて、ぽとりと涙がまた落ちた。
すると、ガサリと物音が背後でしたのを反射的にばっと振り返った。ディーノが追いかけてきたと思ったのだ。だがそこにいたのは彼ではなかった。
「……お前は…」
立っていたのは全身一色に黒を纏ったどこか悲しそうな瞳を持つ男だった。
◇◇◇
?side
そこに行ったには只気まぐれだった。随分前に放置された庭園。ここは親父が俺の為とか抜かして作ったものだがそんな気休めなど、俺には無用、むしろ邪魔ものだった。
だから一回もここを訪れたことはなかった。今日はたまたま、そう気分がそうさせた。
どこを見ても枯れ果てた姿ばかり。ふと四河を見ると小さな人影があった。
俺は自然と足がそちらに行く。不思議と俺の足はまるで見えない何かに導かれるように進む。
そこにいたのは小さな餓鬼だった。
カサリと枯れ葉を踏む音でバッと餓鬼がこちらを振り返る。
それは一瞬にして目を奪われるほど、だった。
光を浴びて銀色の長い髪が風に踊り、涙に潤んだアメジストの瞳が大きく開かれ、雪のように白い肌そして赤い唇がゆっくりと動く。
『だれ』
ちっちぇ餓鬼だった。まだ幼いがどこか不思議な魅力を放っている。
「…お前は…」
何者だ、言葉は続くことなく風に消える。
しばし見つめ合ったその一瞬が俺には永遠に感じられたが、餓鬼が慌てたように逃げ出そうとした瞬間俺は叫びその細い腕を掴んだ。
「待て!?」
「っ!」
掴んだ腕はまさに折れそうなほど脆さを感じられるもの。
足元に子猫が俺を威嚇するように唸り声をあげる。少女は怯えたように真っ青な顔色で俺を見上げた。それに俺はなぜだか傷ついた。
「なぜ逃げる?俺が、怖いか?」
自分で信じられねぇほど情けない声が出た。普段の俺ならぜったいこんなことはない。
だがなぜだか目の前の少女に嫌われたくなかった。
そう強く思ってしまっていたのだ。少女は首を浅く振ると逃げる体制をやめた。
「俺が怖いんじゃねぇのか」
コクンと頷きなぜか少女は言葉を発しない。どこか違和感を感じた俺を察したのだろう。
少女は自分の喉をぽんぽんと叩いた。
「……声が、でない?」
少女は小さく頷いて擦り寄ってきた子猫を抱き上げ肩に乗せると俺の腕を取りどこかに連れて行こうとした。俺は少女の腕を振り払うことなくそれに付いて行く。
少女は砂があるところで止まりキョロキョロ当たりを見回した。そしてなにか目当てのものがみつかったのかそれを取りに行った。
少女が取ってきたのは木の棒で俺の前でしゃがみ地面に字を書きだした。
俺も少女の隣にしゃがみその書き上げていく字を読んでいく。
『ディディから言われてきた人だって思った』
「ディディ?誰だ、それは?」
『ディーノ』
「じゃあ、お前があの跳ね馬が連れてきた奴か」
『知っているの?』
「…ああ。情報には事欠かないからな」
『じゃあ、違うんだね。私ディディから逃げてきた』
「何があった?」
そう問いかけたら少女の書く手が止まった。
ポトリと木の棒が心もとなく少女の手から落ちほどなく、して地面に水滴が一つ落ちた。
少女の顔を覗き込めばそこには静かに涙を流す姿がある。
「悲しいのか?」
その問いかけに少女は答えることはなく、俺はその小さな身体を自身の中に収めた。
「…泣け…」
小さく震える身体を優しく抱きしめた。
それが単なる慰めであろうと俺には見過ごすことなどできなかった。
逢ったばかりだというのにこの少女に惹かれ心奪われた惨めな男に成り下がるとはな。
だがそれでもいいと思った。
今はこの小さな天使の休めるところとなれるなら。
◇◇◇
ディーノside
ガタン!と勢いに任せて拳を思いっきり机に叩きつけた。
どれだけ探してもジルの姿はどこにもなかった。焦りがさらに俺を追い詰める。
「ジルはどこに行ったんだ!?」
ロマーリオも手を尽くしていてくれているが一向に情報は入らない。
怒りで狂う俺を9代目が落ち着きをはらいたしなめた。
「落ち着きなさい。ディーノ。屋敷の外にでていないのは確実なんだ。今部下も探している。ボスたる者そう簡単に取り乱してはいけないよ」
「ですが!」
こうしてじっとしている間にもジルは俺のせいで傷つき、涙を流しているかもしれない。俺はいてもたってもいられず部屋を飛び出そうとした。
その時ドア越しに部下達が騒がしくしだした。
「お待ちください!」
「ザンザス様!?」
「うるせぇ!どけ、カスども」
ドカリ!と乱暴に蹴破られた扉の向こうには九代目の息子、ザンザスの姿。
「…ザンザス」
その腕に抱かれている者に視線がいき、叫ばずにはいられなかった。
「ジル!?」
ジルはザンザスの腕の中ですやすやと眠っていて俺はすぐに駆け寄り奪うように抱き上げた。ギロッと鋭い眼光で睨み付けてくるザンザスはジルの顔を一瞥し、すぐに背を向けた。
「次、ジルを泣かせば俺が掻っ攫うからな」
脅しともとれる台詞だけを言い残した奴はすぐに部屋から出て行った。
混乱と謎だけを残しすぐに消えたザンザス。
一体なぜジルを連れてきたんだ?奴のたんなる気まぐれか。
だが無事で良かったと俺はほっと自分の腕に戻って来た静かに寝息を立てて眠るジルを見下ろす。泣き腫らしたと思われる痛々しい目元を見ていると胸が詰まりそうになる。
ジルを泣かせてしまったのは、明らかに俺が原因だろうから。