暖かい、優しく抱きしめられていた腕は私を悲しみから守ってくれた。
黙って、ただただ側にいてくれた。あなたはどうして私を助けてくれるの?
その問いに応えてくれるものは誰もいない。
「ジル?」
柔らかな感触が肌をくすぐる感触から耐え切れずゆっくりと瞼を開く。瞬きを何度か繰り返して見上げる風景はいつもの自分の部屋だった。
隣にはディーノが一緒に横になっている。ベッドには彼に抱きしめられた状態で眠っていたようだ。
『ディディ』
そう口を動かすと彼の瞳が揺れた。そしてぎゅっと抱き寄せられた。
彼の髪がジルの肌にかかる。
眠気がまだ身体を支配している中、彼の震える声を黙って聞いていた。
「ごめんな。ジル……ごめん」
力なく眉を下げ、小さな声で何度も謝罪し続けるディーノ。
彼はあの出来事を謝っているのだろうか、ならもう私は気にしていないのに。
取り乱してしまった私が悪いのだから。あれは偶然が重なってしまっただけだ。きっと、彼には口の動きがそう見えただけなのだろう。それに私が感じたあの言いようのない恐怖心も、いきなりの事だったのだから取り乱した事による一時の感情のはず。
『気にしてないから、謝らないで』
彼の抱きしめる腕をさすりそう伝えた。
「……ジル!」
しばしの間緩やかな朝を二人で過ごした。いつも通りの朝を。
※
「いらっしゃい、ジル」
『おじい様。こんにちは!』
ジルは腕を広げて出迎えてくれた九代目、おじいちゃんの腕の中に飛び込みその小さな身体はいとも簡単に抱き上げられた。
頬に軽く挨拶のキスをするその様を見守るボンゴレの部下達は微笑ましい光景に心癒された。まさにおじいちゃんと孫娘状態である。実際に九代目の顔はとろけそうなほど笑顔を浮かべている。
ジルはディーノからお許しをもらいまたボンゴレを訪れることになった。というか、ここでレディに相応しい勉強を教えてもらうことになった。
ボンゴレなら警備は万全だし何よりジルの為だと涙を飲んで送り出したことはジル本人は知らないことである。
「ジル、今日からここで勉強するんだよ」
九代目じきじきに案内された場所、そこはジル専用の勉強部屋らしい。
だがジルは唖然としてしまった。そこは勉強部屋というにはあまりにも日常に事欠かないものが溢れていたからだ。勉強机は勿論のこと、休むためのソファにテーブル。それに天蓋付きの白いベッドにチェストなどなど。まるでここですぐにでも生活が始められそうなほどである。九代目は呆然と立ち尽くすジルを抱き上げてソファに座る。ジルの為にと用意してあったくまのぬいぐるみをジルに手渡して「気に入らなかったかい?」と悲しそうな顔をした。ジルは慌ててぬいぐるみをぎゅっと抱きしめる。
『すごく気に入ったよ』
「よかった。ジルがお泊りしたときのために一応すべてそろえたのだよ。足りないものがあったら遠慮なくいってくれていいからね」
ニコッと微笑んだ九代目はジルにあれやこれやと説明を始めた。暫くここに滞在することになるからジルが着る服も色々と買ってみたらしい。クローゼットにはパンパンなほど服や帽子、髪留めや種類豊富なリボンまであった。あまりの展開にただただ説明を聞くことしかできないジル。弧の事、当然ディーノも知らないことだった。
後に事実を知ったディーノが殴りこみ同然で乗り込んできて問題になったらしい。
『あれここどこだろ?』
そして、ジルは現在元気に迷子中。屋敷内で見事に迷子になってしまった。トイレから戻って来たはいいが、部屋への道順をすっかり忘れてしまったのだ。だが気楽なジルはそう深く考えずに自分の部屋を探す為鼻歌まじりに当てもなく歩き出した。
※
「王子つまんないんだけどぉ~?」
いくつもののナイフを宙に浮かせ遊びながら暇をつぶしている少年。大きなソファに座りながらやっている彼は慣れた手つきでナイフを自由自在に操っているのは問題王子のベルフェゴールである。最近暗殺の仕事が少ないため日頃のストレスが溜まっているようだ。
「ねぇ?遊ぼうよ?」
「嫌よ!せっかく髪整えたのにまた崩れちゃうじゃない。他の奴に言いなさいよ」
「どうせ同じなんだから変わりしないって」
「なんですってぇ!?」
オカマ口調で話す彼はルッスーリア。可愛いもの好きで有名。ベルフェゴールは彼を炊きつけ遊ぼうと仕向けているがそこへ別の者が介入する。
「君たちは金にならないこと無駄に好きだね。僕ならごめんだけど」
ヴァリアーの幻術使い、同時にアルコバレーノでもある。金にガメツイ性格だ。
「マーモン。私はただこのお気に入りの髪型をけなされたから怒っただけよ?全然暇じゃないんだから!」
「ケッ、つまんないの!」
確かにここ最近ボスからはまったくというわけではないが仕事がくる量が減ったのは事実。マーモンはフードに隠れた表情を曇らせた。
「これじゃあ全然稼げないじゃないか…」
ぼそりと呟かれる言葉は彼も不機嫌であることを示している。
「あぁ~!なんか面白いことないかなぁ~」
退屈しのぎになるものならなんでもいいのになぁ彼らのこの退屈な時間は後ほど終わることとなる。
※
ジルside
『……………』
まったく違う方向に来てしまったらしい。行けども行けども、廊下が続くばかりなにやら妖しげな方向へ来てしまっているような気がしてならない。
人の気配がしないと言うか住んでいる気配がない?そんな感じだ。
ちょっと怖くなって壁に寄りかかってそろそろと進む。
ヤバイ、腰が引けてきた。どうにも戻ったほうがいい予感がするが足が疲れてこれ以上動かすことが無理なようだ。幼い躰では体力もあまりなく情けなく壁に左手をついて廊下に座り込んでしまう。
『どれだけ広いの、この屋敷は……』
息切れも起こり、呼吸を落ち着けようと胸を押さえていると、後方からカツンカツンと靴音が響く。その音は徐々にこちらに近づいているようだ。だが私はこれを好機とみた。もし、屋敷の住人なら手助けしてもらえると思ったからだ。
そんな軽い期待を抱きながら、私はその人物を待つ。
※
スクアーロは任務から帰ってきたばかりで一応ザンザスのところへ報告に行こうと廊下を進んでいた。いつ来てもここは薄暗く湿った空気が漂っておりすぐにでもカビが生えてしまいそうだと考える。日の光が届かないところだから当たり前なのだが、気分がいいものではない。ふと前方に白い何かが座り込んでいる。
「なんだぁ…?」
近づくにつれてそれは子供しかもかなり幼いとわかる。
その子供は床に座り込み胸を押さえながら荒い呼吸を繰り返していて、床に流れるようにつく髪はこの暗い中、銀色がはっきり見えた。子供、少女がこちらに気づき、ゆっくりとその顔を上げた。その瞬間、スクアーロは息を呑んだ。
白くふんわりとしたドレスを身に纏い、床に散らばる銀色の髪は指を通せばするりと通りそうで小さな顔は雪のように白く紫紺の瞳がゆらゆら揺れる。
呼吸が繰り返される唇は触ったら解けてしまいそうなほど赤い果実のよう。
そう、すべてが完璧な存在。まるで穢れをしらない純白の天使が舞い降りたようで、スクアーロは言葉を失った。話しかけてしまったらこの天使は逃げてしまう、そんな錯覚にさえ陥ってしまうほどだった。だが時間がすぐに目覚めさせた。
「っ!」
少女の呼吸が荒くなり完全にその小さな身体は地に伏せようとしていたからだ。
「おっおおぃ!?」
スクアーロは慌てて少女に駆け寄りその身体を抱き上げた。片手で収まってしまう少女。その軽さに驚いた。まるで羽をもっているかのような異常な軽さに戸惑ってしまう。
「……人間かぁ…?軽すぎるじゃねぇか…」
「……」
こうしている間にも少女の症状は悪化しているようだ。苦しみに歪む幼い少女の唇がわずかに動いた。
『……ザンザス…』
と。読唇術に長けているスクアーロには造作もないことだが、衝撃の方が強かった。
「…あいつの知り合いか…?」
スクアーロはとにかく少女をベッドに寝かせるため報告を後回しにして自室へその足を急がせた。だがそうはいかなかった。廊下でばったりとルッスーリアと出くわしてしまったのだ。
「ゲェッ!?」
「何々!?スクアーロ何急いでいるのよ?」
「ナンデモネェ!」
「声が裏返っているわよ」
咄嗟に少女を隠そうとしたがキラリと相手の目が光った、ようが気がした。
素早い動きで腕の中の少女を覗かれる。すると案の定ルッスーリアはまるで女のように頬を染め少女をみて歓喜の声をあげた。
「キャーキャーキャァーーー!!」
「ウルセェー!」
スクアーロはなんとか黙らせようとするが彼の口はあいにくと閉じることを知らない。むしろ興奮して加速する一方。
「あんた!どこでこんな可愛い女の子拾ってきたのよぉ!?まさか誘拐じゃないでしょうね!」
「んなわけねぇだろぉ!ちょっとはそのウルサイ口閉じやがれぇ!」
「なによ。……何その子もしかして具合悪いんじゃない?」
「みりゃあ分かるだろうがぁ。今ベッドに寝かせ」
「駄目よ駄目よ駄目よ!そんなんじゃ!ちゃんと医者に見せなきゃ!その子ちゃんと寝かせておいて!ちゃんとあったかくさせるのよ?私、医者の手配するわ」
呆気にとられたスクアーロに「さっさと行く!」と促したルッスーリアは脱兎のごとく走り去った。
「行動波早すぎだぜぃ…」
ぽつんと残されたスクアーロはハッと正気を取り戻し自室へ駆け込んだ。
※
『…………?』
「やーん。目が覚めたぁ?」
「おぉい!驚いているだろぉがぁ!」
何故かオカマの人と銀髪ロンゲの出現にジルは『………私、死んだの…』と呟かずにはいられなかった。
◇◇◇
さて、ベルとマーモンの方ではあのオカマの事を噂していた。急に叫んだと思ったら
「あ!おいしいケーキがあったの。すっかり忘れていたわ。あなたたち食べたくなぁい?すぐもってくるわぁん!」
返事を待たずして腰をくねくねさせながら颯爽と消え去った男、ルッスーリア
そう言い残し既に3時間以上経っている、いまだ戻る気配なし。
「そういえばさぁ~。遅くない?」
「さっき雄叫びが聞こえたけど」
二人にはどうでもよかったが、だらだらしていても仕方がないのでさっきの雄叫びの正体を確かめに言った。暇な退屈凌ぎというやつだ。まぁ正体はある程度予測はついている。奴しかいない。二人並んで廊下を歩いていると
「やーん。目が覚めたぁ?」
「おぉい!驚いているだろぉがぁ!」
なにやらスクアーロの部屋で賑やかな声が聞こえた。任務から帰ってきていたらしい、スクアーロとルッスーリアが何やらしているようだ。
「なにしてんだー?あいつら」
「あけて見ればわかるかもね」
ベルが王子らしくドカリとドアを蹴破った。
「なにしてんのー?」
するとルッスーリアがベルの王子らしい振舞いを振り返って窘めた。
「あらぁーベルちゃん。イケナイ子ね。ノックもしないで乙女の部屋に入るなんて」
「さっき自分で言ったこともう忘れてるの」
「ハッ!?すっかり覚えてなかったわ!」
「駄目だね」
ルッスーリアとスクアーロがベッドの脇にイスを置いて座っている。
ベッドには誰かが寝ているようだ。影なって見えないが。
「ここ、スクアーロの部屋でしょー?」
「てめぇは静かに入って来れねぇのかぁ!」
「明日は雨だね。スクアーロの口から、静かに、なんて言葉がでるなんて」
茶化すようにマーモンも部屋に入る。ベッドの人物が起き上がった。小柄なその身体はすぐにふらりとしおれる花のように弱弱しいものだった。
ルッスーリアは慌ててその人物を支えた。まるで壊れ物を扱うかのように。
「大丈夫?無理しなくていいのよ?」
「平気かぁ?」
珍しいことに二人が献身的になる姿を目に見ようとはこの世の終わりかと錯覚してしまいそうになる。起き上がった人物が視界に入った途端ビクンと身体が硬直してしまった。
『……………』
幼い少女だった。
銀色の髪はサラサラと揺れ、支えられた身体は脆いガラス細工のように細く、点滴を打っている腕でさえ簡単に折れそうなほど華奢なものだった。ゆっくりと瞬いた瞳は吸い込まれそうなほど鮮やかな紫色。陶器のように白い肌は焼くことを知らないようだ。
二人はその少女を見つめたまま、少女はじっと見られていたことに戸惑いを感じたようで隠れるようにシーツを手繰り寄せ顔を隠す。
「ちょっとあなたたち!この子が怯えているじゃない」
「「………ハッ!?」」
我に返った二人は慌てふためいた。
「王子怖くないよ?断然優しいからねー!」
「僕だって金は大好きだけど時と場合によるんだから!」
「お前等、もうすこしまともなこといえねぇのかよぉ」
スクアーロの突っ込みもまともな意見だ。さっきまでの余裕はどこへいったのか。
珍しく取り乱す二人だったが、それが少女に好印象を与えるきっかけになったのか。
『…ッ…』
少女はシーツから顔を出し、おかしそうにコロコロと笑うじゃないか。
二人はとりあえず嫌われなかったことに胸を撫で下ろし、ここぞとばかりに少女に話しかけた。
「ねぇ、君名前何て言うの?僕王子、ベルフェゴールっていうんだ」
「僕はマーモンだ」
マーモンも負けじとベッドへピョーンと飛びうつりを丸くする少女を見上げた。
「ちょっと抜け駆け禁止!おねーさんはルッスーリア。ルッスーって呼んで」
「おまえらぁぁー!俺が運ん出来たんだぜぇ?……スクアーロだ」
皆必死に自己紹介をするが少女は静かに喉を軽く叩いてみせた。不信に思ったルッスーリアが少女の意図に気づく。
「もしかして……声が…?」
それに応えるように少女は悲しそう微笑み頷く。ショックを受け一同沈黙状態になった
皆が言葉を発することがなくなったので少女は慌ててキョロキョロと辺りを探した。
丁度運よく紙とペンが脇のサイドテーブルの上に置いてあった。
少女はそれを取るとカキカキと何か文字を書く。
「なんだぁ?」
少女はばっと紙をみんなに見せた。そこには子供とは思えない綺麗な字でつづられた言葉があり皆が注目する。
『ジル、私の名前だよ』
「ジル。いい名前ね。ジルジルって呼んじゃおうかしら!」
「ジルね。じゃあ、俺ジルのことお姫って呼んじゃおー!すっごい気にいちゃったからねー。光栄に思いなよ?王子にそう、呼ばれちゃんだから」
「僕もジルって呼ぶよ」
「おれも」「ジル!」
スクアーロが言葉をかけようとした途端遮るかのようにタイミングよくドアが開かれた
大きな音と共に視線が集中する。現れたのは、見たこともなく取り乱したザンザスだった
「「「ボス!?」」」
「いやぁ――!?汗を流すボス!輝いて見えるわぁ!」
額に汗を流し、ボスの登場にヴァリアーの面々は驚きの表情をあげ、若干一名が違う感想をのべているがこの際無視である。ザンザスは長い腕をまっすぐにジルに手を伸ばし、気がつけばその小さな身体はザンザスに収まっていた。
「…無事じゃねえか。…ッたく心配かけさせんなよ…」
ほっと安堵のため息をつくボスのみたことない穏やかな表情に皆凍り付いた。
ザンザスはきょとんするジルを軽々と抱き上げ部屋を出ようとする。
『ザンザス、どこに行くの?』
「心配するな。俺の部屋に連れて行くだけだ」
未だにショックで動けない部下を残しさっさといなくなったザンザスであった。
「って、おおぉい!?」
まるで嵐のような出来事に我に返ったスクアーロが声を上げるまで皆動くことすらできなかった。