天姫side
だが、一閃がすべての動きを止めた。突風がみんなを吹き飛ばし、私だけなんの被害もない。そして、よく聞き慣れた声が響く。
「良かったわね。愛しい、ワタシの半身。貴女が嬉しいならワタシも嬉しいわ」
そう、この声はすごく馴染み深いものだった。
だって同じ人物がすぐそばにいるのだから。
「……お前は…!?」
誰かが呟く。私と同じ顔をして私と同じ背丈で私と違う中国風の衣装を身に纏ってその衣装が血で真っ赤に染まっていたという事。長剣を手にしている片方の手は真っ赤。
まるでさっきまで血を浴びたかのように。彼女の手からポタポタと血が雫として落ちる。
「ウフフフほら見て!やっと大きくなれたわワタシ。喜んでくれるでしょう?天姫。そうねそうよね貴女も嬉しいのでしょうだって顔があんなにも引きつっているもの!ワタシを愛していてくれているからねきっと!」
子供のようにはしゃぎ喜びを素直に表現する彼女。
「ワタシは私よ、貴女の愛しい半身。天姫よ」
そう、私だ。アレは私だ。けど私が何で二人もいるの。違うそうじゃない、私たちはずっと一緒にいたのだ。最初(根底)から同じだったのだ。
「ああ、ごめんなさい。具現化するのにこの格好じゃカッコ悪いわね?これあの時の衣装よ。貴女は鮮明に覚えているでしょう?美しく染め上げられた赤。赤赤赤!なんて綺麗なんでしょう!やっぱりワタシ達を彩る色は赤でなくては」
『………ック……!?』
脳裏に焼き付いた記憶にはあの人がいた。けっして消えることのないもの。
確かに、いたんだ。ずっと大切にしてくれると約束してくれた人。でもどうして忘れていたのだ私は。
「…そ……うだ、忘れてたんじゃない。…逃げてたんだ……逃げて…?嫌だ嫌だ嫌だ思い出させないでこれ以上思い出させないで!!」
本能が危険だと叫ぶ。足が後ろへじりじりと後退した。だが私という得物を捕捉され身動きが出来ない。恐怖というやり方で。私とうり二つの彼女がぺろりと自分の手に付着している血をひと舐めりする。妙な色気が漂うそれはある意味で異様だ。
舌がちろりと見え隠れし舌まで紅く染まる様に私は視線さえ逸らすことは許されなかった。彼女は唄う歓喜の唄を。心からの狂気を紡ぐ。
「この剣が『彼』の心臓を一突きした瞬間、高まったこの想いはなんとも言えなかったわぁ。肉を裂き骨を砕き突き抜ける楽しさ。天姫貴女も一緒に感じたからわかるわよね?最初から共にある貴女ならこの楽しさを理解できるでしょう?彼の呻きを、叫びを、痛みを、深く深く刻み込まれた愛を」
駄目だ、忘れていたと思っていた記憶が流れ込んでくる。あふれ出てくる、彼の最後の瞬間を。
『天姫』
忘れていたいと願った。だから私は忘れた。逃げた。逃げるしかなかったから。
そうしなければ私を保てなかった。忘れてることで私はワタシを守った。だが彼女はアレを思いだせという。思い出したくないと涙して蹲り耳を塞ぐ私を愛おしげに見つめて強要する。
「…思い出、したくない……!」
「何を言っているの。ワタシがいて今の貴女があるのだから。さぁ、天姫一緒になりましょう。だってそれが『必然』ですもの。ワタシ達は最初からあるべきもの。共にいるべきもの。だって貴女はワタシ、ワタシは貴方なのだから」
『天姫』
彼は最後の力を振り絞って私に手を伸ばそうとした。けどワタシは薄く笑うだけで手を取ろうとはしなかった。ただ笑って笑って見下ろすだけ。
その手を取ってもらえない貴方の腕は力尽き地面に落ちる。
ワタシから私に戻った所で彼は動かない。ピクリともしない。
「やめ、て…」
彼の死に顔はどこか幸せそうだった。まるで眠っているように。
血で染まっているのに気持ちよさそうな陽だまりの中で彼は息絶えた。
「さぁ、ワタシの手を取って天姫」
ああ、思い出してしまう。完璧に思い出してしまう。
これでは逃げた意味がない。意味が全てなくなってしまう。
五月蠅い五月蠅い五月蠅い。
何もかもが五月蠅い。邪魔だ、邪魔なんだよ。
お前が、お前が私から彼を奪った癖に自分の手を取れというか?
そんな身勝手が許されると思っているのか。
いいや許さない、彼を私から奪ったのは私じゃない。
お前だ。ワタシであるお前なんだ。
「……れ…」
黙れ、黙れ
「さぁ、ワタシの手を取りなさい。闇の奥深くずっと誰も入ってこられない領域誰も知らない深淵へ戻りましょう」
劉牙、劉牙。ゴメンねごめんね。私の所為なんだ。
全部全部私の所為なんだ。
許して欲しいなんて言わない。口が裂けても言わないから。
今、責任、取るから。
ふらりと立ち上がった私はワタシに向って歩き出す。
「そうだね、私のワタシ。全て私の責任だものね」
「天姫?」
「今、手を取ってあげるよ天姫」
私は手を伸ばし彼女は嬉しそうに目を細めた。
重なる手の感触は温かくて、ああ彼女は生きていると実感できる。
彼女の躰に腕を回して抱き締めた。彼女は大人しく私に身を寄せてくる。
私が彼女が持つ長剣に手をまわしているとも知らずに安心しきっている。
甘いよ。天姫。
私は嘘は嫌いだけどつくのは上手なんだよ。
知ってるでしょう?
ぐさ、り。
「あ、天姫?」
ああ、ようやく気がついた。おなかに走る違和感に。彼女は信じられない表情でおなかに手をやった。そして事実に気がつくも信じられないと首を振り彼女は口をパクパクさせて私の頬に手を縋らせる。
「天姫天姫天姫」
私の名を呼ぶ。
けど私は無表情で見下ろすだけ。
私の頬に彼女の血液が付着した。
「私なワタシの責任とらなくちゃ」
自分で体験してみたことなかったよね。良かったじゃない。
自分で貴重な体験をすることができて。
嬉しいでしょう?ああ、私はすごく嬉しいよ。
血が沸き立つように興奮しているもの。
貴方も同じでしょう?
「大丈夫、天姫。痛くないでしょう?だって私が痛くないもの。私は貴女なのでしょう?」
「あ、ああ……あ……」
声なき声を発する彼女(ワタシ)。
忘れることが罪ならば私にはこうするしかやり方がわかりません。
この引き裂かれるような感情を痛みを抱えて生きることなんて弱虫な私には到底無理です。
逃げるばかりの私の人生に強気な私はいません。
だったらどうするか?
答えは一つしかありません。
ばたり。
彼女は地面に崩れ落ちた。大地が温かな血で染まっていく。
彼と同じように。彼女も紅(くれない)に染まっていく。
(私はワタシを殺すことにしました)
※
「間に合わなかったかっ!?」
いなくなっていたシロを伴い、仮面をつけたスレンダーな男、両目を包帯で隠した燃えるような紅い髪の奇妙な男。それに白髪の超絶美形長髪男。
仮面の男が槍を手に持ちそして両目包帯男は長剣を携えていた。
そして、最後。
暴れ狂う天姫を目の当たりにし驚愕の表情をつくる茶色髪の少女。
懐かしい瞳が揺らぎそして口が開いた。
「ねぇ、ちゃん」
「ああ、狗楽。来てくれたんだね。それに揚羽に神男にラビットまで」
「ねぇちゃん」
「ごめんね馬鹿なおねーちゃんで。こんなことしかできないんだ。逃げたけど駄目だった。最初から逃げられなかったんだ馬鹿だよね私」
「ねーちゃん!!」
「殺すことしかできない愚かな私がおねーちゃんでいて言い訳ないよね。狗楽はそんなおねーちゃん嫌だよねそうだよねだからし」「紅竜!!」
狗楽と呼ばれた少女が天姫の言葉を無理やり遮り叫ぶ。
すると辺りに轟々と風がとどろきあるモノが召喚された。
呼ばれたソレは童話に出てくるような見事な体躯のドラゴンであった。
ばさり、ばさりと翼をはためかせ空想上の生物が実際に目の前に悠然と翼を広げ空中に佇む。
「お願い!」
少女の願いにより紅竜とよばれたそのドラゴンは静かに頷くと天姫に白い白い雪を降らせた。
それは荒ぶる魂を鎮めるもの。
それを受けた彼女はフッと気を失い地面へと倒れこむ寸前
茶色髪の少女が受身をよりごろごろと転がる。
「ねーちゃん、……この馬鹿阿保ねーちゃんが…」
瞳のたっぷり涙を溜めた少女。
眠る天姫にむぎゅっと身体に抱きつく。
「………くそ…」
仮面の男が悔しそうに唇を噛む。
そして天姫が取り返しのつかない事をしてしまった相手、つまりもう一人の地に伏した天姫を見やると近寄り己の腕に軽々と抱き上げた。
「あーあ、またやっちまったか…。よぅ存在感薄いけど無事みたいだな」
「貴様、神!?」
あの白髪の男と面識があるらしい骸が驚愕の表情をする。
「だからアン時説明したろーが。お前らには敵わねぇ、相手だからってさ。実際こんなの目の前にしてまだ天姫の事気にかけんのか?物好きだな」
「神男、早くねーちゃんを連れてって。こんなところに一秒でも居させたくない」
天姫を姉と呼ぶ少女に急かされ神と名乗る男が天姫を紅い髪の男に抱き上げさせた。綱吉が驚愕して叫ぶ。
「天姫を何処に連れて行く気ですか!?」
「あー腹減った。俺は先に行くぞ」
だが綱吉達の存在など全く無視される結果に。
少女と神と呼ばれる男そして天姫を横抱きにした男は一瞬にして綱吉たちの目の前から姿を消した。
「天姫!」
みんなの叫びは届かなかった。
「いったい、何が起こったんですか?!天姫は!?」
「悪いが君たちに暢気に説明している暇はない」
「ちゃんと説明してくださいっ!」
揚羽と呼ばれた男は、ふぅとため息をつき綱吉たちに視線を戻した。
「明日の夕方またこの場所に来い。その時に全て話そう。では失礼する」
男はそう言い残しもう一人の天姫を抱きかかえたまま消える。
そして、納得がいかないまま、次の日を迎えた綱吉たちは本当の天姫を知ることになる。そしてあまりにも残酷な展開が彼等を待っていた。
指輪争奪戦編 完