風のようにサッと現れた瞬く間に攫われるようにして抱き上げられ、何処かへと連れて行かれるジルは、揺られながら自分がいかに子供であるかを痛感させられていた。
軽々と抱き上げられるなど、以前の自分ならきっとなかったはずなのに、と思わずにはいられない。だが記憶がはっきりとしない中、果たして自分は一体何者なのかと問答せずにはいられない。ザンザスと言えば、不機嫌そうに無言でズカズカと廊下を歩き続ける。
話しかけようにも躊躇ってしまうくらいに。そうこうしている間に、目的地へと辿り着いたようだ。
「ジル、着いたぞ」
『ん?』
手慣れた動きでザンザスはドアを蹴って中へと入る。乱暴すぎるやり方だが中に入った頃にはドアは自然と閉じられ。ジルは「おー」と拍手して素直に感心してしまった。
「何、喜んでんだ」
とザンザスは呆れた様子でジルをベッドへと寝かせる。ジルは別に眠たいわけじゃないのだが、彼としてはジルが倒れていた件を知っているので心配なのだ。
それにしても、何処か殺風景な部屋だが、どうやらザンザスの部屋らしい。
ザンザスはベッド脇にイスを引っ張ってきてドスっと腰を下ろす。見た目とは裏腹にジルの頭を優しく撫で寝てろと話しかける。
ジルは不思議に思った。
なぜこうも私を構ってくれるのだろう?こんな幼児なんかに。きっと、ザンザスもマフィアだと見た目で判断したが、実際に教えてもらっていないのでハッキリとは分からない。
『ザンザス』
「なんだ?……そういえば、お前俺の名前どこで知った」
『ディディに教えてもらった。……ザンザスはどうして私にこんなに優しくしてくれるの?貴方もマフィア、なんでしょう?』
「……関係ねぇよ、やりたくてやってんだ。お前が気にすることじゃねえ」
ぶっきらぼうに言い返すザンザスはジルの向ける視線から顔を逸らした。若干、照れているようにも取れた。
「もう寝ろ。側についていてやるから。しばらくしたらジジイのとこ連れてってやるから」
『まって、最後にひとつだけ』
どうしても尋ねておきたいことがあった。それは先ほどの謎の指輪の件だ。
「なんだ」
『あのね。おじい様がディディに見せていた女の人がする蒼い宝石と龍の形したリングってどういうものか知ってる?』
「っ!?………いや、知らなねぇ」
心当たりがありそうな反応をしたが、ザンザスはワザとらしく首を横に振る。懐疑的な視線を向けるジルは『ホント?』と再度尋ねるがザンザスは「ああ、…なんか果物でも持ってきてやる」と、逃げるように椅子から立ち上がり部屋を出て行ってしまった。
あれは何かを知っている顔だとジルは戻ってくるまで絶対に寝るものかと思っていたが、気が付けば睡魔は襲ってきてあっという間に夢の中へ引きこまれる。
すっかり寝てしまい気がつけば既に自分の部屋に運ばれザンザスの姿はなく、脇を見やると九代目が椅子に座りジルの顔を心配そうに見下ろしていた。
『おじい、さま』
「ジル、良かった。目が覚めたんだね」
ジルは九代目の手を借りてベッドから身を起こした。
『ザンザス……は?』
「ザンザスは急遽仕事に行ったよ。ああ、そうだ。ジルにお土産を買ってきてくれるとね。良かったね」
『そっか、残念』
「ほら、ジルにあげるとザンザスが持ってきた林檎だよ。こんなにいっぱいあるからなにかデザートにでもしてもらおうかな」
見せられたのは籠いっぱいに収まった真っ赤な林檎の山。デザートの提案はジルも賛成だった。でもその前に一つ林檎を九代目自らに切ってもらい味見をした。
口の中いっぱいに広がる甘酸っぱいシャリシャリ感にジルは満面の笑みを浮かべた。
『おいしい!』
「……良かったね」
そういって優しくジルの髪を撫でた九代目の瞳はどこか悲しそうだった。だがジルは気が付かなかった。その時自分がどんな状況下に置かれていたのかも、そしてこれから待ち受ける運命も。
彼が、ザンザスがあんなことを考えていたことも知らずに。
◇◇◇
ザンザスside
『あのね。おじい様がディディに見せていた女の人がする蒼い宝石と龍の形したリングってどういうものか知ってる?』
まさかジルの口からあの指輪の言葉がでるとは思わなかった。
俺は思わず言葉を詰まらせ果物をとってくると言って部屋を出てきた。だが敏いジルにはばれたかもしれない。だからこそ逃げるように部屋を出てきたのだ。
外見はあどけなくそして人形のように精巧な美しさを持つジル、だが内面は堂々と確信をつく感覚とそれを実行する行動力をもっている。
虚像のリング、別の名を『虚像の花嫁』。
これの存在はボンゴレの中でもトップクラスの極秘情報。ここ最近になって見つかったというものがジジイのところに行っていたとは……。
あのリングには正当な持ち主しか反応しなく元の持ち主つまり初代ボンゴレに見初められた蒼龍姫と呼ばれた女だけしか扱えない代物だと聞いた。
それがジルが現れた途端ひょっこりと見つかるなんて出来すぎた話だ。
この長い歴史の中で幾度も世界中探された逸品であるにも関わらず、情報の欠片一つも明るみに出なかったというのにあっさりとボンゴレの元に帰って来た。
これが偶然に成り立つもんか?いや、あるはずがねぇ。
リングは正当なる持ち主の元に戻ってくるとある。俺は確信している。
リングは自らの意思で帰って来たのだ 主の帰還とともに。
その主がジルであることは疑いようがねぇ。
ジジイ共もこの事態に気づいているだろう。だからジルをあの跳ね馬から引き離し、この屋敷に閉じ込めた。何処にも行かぬように。逃げられないように。
虚像のリングの持ち主は絶大な力と永遠なる繁栄をもたらす、云う。
その力に逆らえる者はおらず、神でさえ退ける圧倒的な力。ボンゴレは長年待ちわびた存在をみすみす手放しはしないはずだ。
虚像のリングの持ち主に唯一、命令をし、従えさせられる存在はたった一人だけ、それが現ボンゴレボスである、九代目のジジイ。
だが次の後継者、十代目が現れたときにはジルは……そいつの所有物となる。
……この先は考えたくなかった。これが事実となる日など見たくないと、アイツが ジルが誰かのものになっちまうなど。
拳を握った手で壁を叩きつける。抑えようがない憤りが込み上げてくる。
誰かを守りたいと思ったことなど、今の今まで一度もねぇし、きっとこれからも例外を除いてないはずだ。だが、その例外がたった今、起きている。
自分とまったく真逆の存在。
一目見て、惹かれた。俺の手に触れられない存在だからこそ、守ってやりたいと思った。
その存在が、純粋な少女がこの血に塗れた世界に閉じ込められるなど俺は認めねぇ。
すべてぶっ壊してやる。
そう決意新たにルッスーリアに切ったりんごを用意させてから(私もジルに会いたいわ!とかなんとか叫んだが蹴り飛ばして黙らせた)部屋に戻った。
自分のベッドに近づけばすやすやとジルが寝息をたてて眠っていた。
「……寝た、か…」
猫のようの丸まり、ベッドに腰かけそっと手を伸ばして髪を撫でても起きることはなかった。
この少女がボンゴレの生贄なる。あどけなく眠る少女が、だ。
「……俺が全部全部、失くしてやる。お前を縛る鎖を引きちぎってでも、全ての滅ぼしてでもお前を」
救ってやる。
そう宣言することで、何かが俺の中で変わるような気がした。
俺の力は全てをねじ伏せて何かを産みだすことはねぇ。これからもない。
だからこそ、その力を全部使ってでも、守りてぇと思った。
眠る少女のおでこにそっと口づけを送り、一方的な約束をする。
お前が笑っていられれば俺は満足なんだよ。
だから、お前はいつも笑っていろ。何があってもだ。
俺はジルを起こさぬようにベッドから立ち上がり、ジジイの元へ行くため部屋を出た。