闇ニ花ヒラク蒼薔薇   作:サボテンダーイオウ

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標的79 10代のキミ

入江正一side

 

君と出会ったのは偶然ではないと思ったよ。あの朝、キミに出会ったのは偶然じゃなかったんだね。なんとなく、君との運命のいたずらに導かれたような気がしていたんだ。

 

「……君は……」

「………ん?」

 

まさか、こうして二人だけの空間で出会えるなんて夢じゃないかって思った。

黒く艶やかな髪が秋風の揺れ、伏せていた瞼が持ち上がる。整えられた造形美。

全てが完璧すぎて触れてしまえば簡単に消え去ってしまうかのような美しさ。

キミの一つ一つの動作が、繊細な硝子のように見えた。その涼やかな声も、雰囲気を変えればまったく違うものになるんだよね。相手を威圧させてしまう冷徹を思わせるかと思えば、一瞬にしてその声で相手を堕としてしまう魅惑の声。でも今の君はそのどちらでもない。まるで無だ。あるようでない曖昧な存在。

キミはゆっくりと僕を見る。アメジストは煌きを放っていて僕はごくりと息を呑んだ。

 

「…………」

 

視線が重なる。一瞬にして僕から音は消え去った。

聞こえるのはキミの消えない音だ。

 

「…何か用事?無いなら話しかけないで」

 

明らかな拒絶に僕は喜びかけた感情が冷めていくのを感じた。

 

そうだ、この世界のキミは何も知らないんだ。

未来のキミはここにはいないのに。こうなることはわかっていたはずなんだ。

僕って、馬鹿だな……。何を期待していたのか。慌てて彼女に嫌われまいと必死に謝った。

 

「……ゴメン!そんなつもりじゃっ」

 

けれど、彼女はただ視線を真っ直ぐに見つめるだけで反応はない。

 

「………」

 

このチャンスを逃したくはないって思った。

無関心なキミとでも、話しておきたいって思ったから。駄目元で尋ねてみた。

 

「あ、あの!隣座ってもいいかな?あっ!迷惑でなかったらなんだけど……」

「……ここは公園の敷地内でここはブランコで私は勝手に座ってるだけ。君も私の許可なんか求めなくても勝手に座ればいいんじゃない?」

「…どうして、こんなところに?」

「……なんとなくだけど」

「そっか、僕もなんとなくここにきちゃった」

「そう」

 

一瞬、彼女の左手で視線が固まった。

細い薬指に収まっているのはボンゴレの所有物の証。

 

『虚像の花嫁』……そうだったね。キミはもうすでに彼の物だった。

どんなに恋焦がれた存在でもこんなに近い距離にいるのに切ない。

数多の世界の中で、雄一いる世界はこことあちら。同じ世界に居られるだけでも幸運だというのに。

 

「………僕、迷ってるんだ。これから先必ず行なわなければならない事に対して」

 

馬鹿だよね、僕は。キミにこんな話をしたところで。解決することではないというのに。

それでも僕の事を知ってほしかった。ほんの刹那な時間でも。

 

「………」

 

彼女はまったく変わらない。ただ燐としている。変わらないね、天姫さん。

眠ったままのキミと過去のキミ。全然違うところがない。

 

「それは決まっている事で、絶対にミスは許されない。けど僕がそれをすることで何かが変わってしまうのがすごく怖いんだ」

「…………」

「まったく違う展開に繋がったりしないか、誰かを失った結果になってしまわないか」

 

キミを細い糸で繋ぎとめている現状その糸が切れてしまったら僕は完全に生きていけない。

だって、その糸が切れるということは完全にキミを失うということに繋がるからだ。

僕には耐え切れない。白蘭さんに奪われるキミを見るのは。だけど、天姫さんはキミは真っ直ぐに僕に問いかけてきた。

 

「君が恐れるのは結果?それとも自分に対する非難?」

「っ!?」

 

衝撃が僕を襲う。逐一彼女の言葉が突き刺さるのだ。

 

「人が何かをするのにいちいち理由が必要なの?」

「天姫さん…」

 

キミは男の僕より男らしい、なんて言ったら怒るかな?でもホントにそう思ったんだ。

自分に正直になれって一喝された感覚。

 

「人に意見を求めないで。結局それを決めるのもやめるのも自分。他人の意見に左右されるくらいならそれまでの事だし。君は自分で選んだ事なんじゃないの」

 

どうしてだろう、さっきまでモヤモヤしていた気持ちは綺麗に霧散していった。

素直に受け止めることができる。

 

「……うん…」

「私は否定しない。かわりに賛成もしない。ただ在るがままを受け入れる。それが今の君なんだから」

 

キミは気がついていない。そうやって、励ましているつもりなんでしょ?

先を恐れては白蘭さんに勝てない。恐れを捨てよ、と。

 

「……………」

 

川の流れには逆らえない。でも、その流れを変える方法はある。

 

「ただ、抗うと決めたならその時は…」

「………その時は?」

 

悪戯を思いついた子供のような表情に笑みを浮かべたキミ。

 

「秘密。答えは自分で見つけること」

 

知りたければ前へ進むことだ。そう、僕には伝わったよ。キミの真意を。

涙が出てきた。僕はぼやけていく視界の中で必死に、キミをこの目に焼き付けようとした。

 

「……君は、ずるい人だ…」

 

最後の瞬間まで、キミはずるい。あの時もそうだった。

白蘭さんに追われていた君は逃げる時に僕に振り返ってフッと不敵に笑った。

 

『正一、じゃあ、ね?』

 

目の前にいるキミとあの時のキミが重なって二重になる。

 

「……また会う日もあるかもしれない。じゃあ、ね」

 

『じゃあね』

 

これが本当のサヨナラにならないように僕は前に進むよ。

 

「ありがとう、天姫さん」

 

未来で言えなかったお礼を過去のキミに言えた事は僕の奇跡かな。

 

※※※

 

それがキミと出会った最後の日。

それ以来キミを見かけることはできなかった。

だってキミはあまりに綺麗で遠すぎたお星様のような存在だから。

だから、あんな事になってしまった。

キミをおとぎ話の中の眠り姫に追い込んでしまった。彼女の敵が白蘭さん以外にいるのは知っていたけど、あれは明らかに僕の責任なんだ。彼女は僕を敵の罠から逃すために、身を潜めていた隠れ家から飛び出て僕を助けに来てくれた。僕に逃げろと言い、ゴーラに僕を託してその場を脱出させた後、あんなことになるなんて。

 

今でも鮮明に思い出せるあの胸が張り裂けそうな苦しい瞬間。

彼とあの人と僕だけが知る極秘裏の作戦。全ては彼女を救う為。

 

狸の化かしあいがこれから始まるんだ。

いやすでに始まっていたのかもしれない。

 

「正チャン、時間だよ」

「わかってますよ。白蘭さん」

 

僕はこれから一世一代の大仕事をする。君は僕に言ったよね。

結局は自分が決めることだって。だから、自分で決めた。

僕が為すべき事。それが今から行なうことだ。

 

キミが眠るこの世界で、キミが愛したボンゴレを潰しにかかる為、僕は白蘭さんの命を受ける。僕はそれを受け入れてこの手を黒く染める。

仕込んだ計画が失敗に終わらないように、入念に入念を重ねて練った案だ。

 

キミを白蘭さんに渡さないため、キミを守るために僕はなんにだってなってやる。

数多の人間に恨まれようとももう進んだ道を戻ったりなんかしない。

それほどにキミの存在は尊いものだ。

 

キミは何を思っているのかな。

 

……今、僕はキミとまったく違う遠いところにいるよ。この、未来の地に。 

 

(覚悟は決めた)

 

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