闇ニ花ヒラク蒼薔薇   作:サボテンダーイオウ

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標的87君 恋しくて

天姫side

 

普段、シロは無責任だ。本当の猫みたいに気まぐれなくせしてこんな時には傍にいる。

揚羽によって作られた命なのに作られた感がまったくない。本当に自然に生まれでた命のように彼は存在する。じっと、私の膝の上で丸くなり私はシロに声をかけることさえできないのに。

 

けど、シロはそれでも私の傍を離れない。

 

鳴き声を上げるわけでもなく、身動きするわけでもなくただ私の傍にいる。

…シロは私の一部に近い。ずっと一緒だったんだ、あの世界でも。共に。

 

体にとっても心にとっても。

 

そして私は、シロの優しさに甘えて何も言うまでもなくただ時間を無常に過ごす。

部屋の中に置いてある目覚まし時計が午後1時を告げる。昨夜から10時間以上、私はただベッドに腰掛けている。食べることもなく眠ることもなく動くこともなくただぼーっと涙を流し続けた。廃人のように。

 

「天姫、入るよ?」

「…………」

 

そっとドアを開く気配がした。でも今の私にとってそれさえ認識できていない。

ただドアが開いた、それだけの事、と私の頭の中で処理される。

 

「にゃ~」

 

シロが私の代わりに返事がわりに鳴いた。

 

「シロ、天姫は相変わらずみたいだね」

「姫様…」

 

燐華が目の前で膝をついて私の冷たくなっている手をそっと触ってきた。

 

「姫様」

「……………」

「姫様。わたくしは」

 

けど拒絶が、言霊となる。

 

「……………一人に、して…」

 

枯れ果てたような声。一瞬これが私の声だろうかと、頭を疑った。

それでもこのしゃがれた声は確かに地声だ。まぎれもなく私自身である。

ずっと、泣いて泣いてそれでも涙は流れた。今、音にして声を出すのも苦しい、痛い。

 

「……お願い、一人にさせて……」

 

私に、構わないで。全てを拒絶する私には人との関わりさえ苦痛で、どうにかなりそうなんだ。もう、放っておいて。

 

「天姫……」

「……綱吉様、参りましょう…」

「うん、…また、後で来るから…」

 

二人はゆっくりと私から離れ、部屋を出て行った。

 

 

ごめんなさい。私は本当に生まれてきてはいけない存在だった。

ごめんなさい。生まれてきてしまって疎まれていらない子だというのは真実でした。

私がいることで憎しみが生まれ死ななくていい人が死んで、その人を大切に思っていた人が悲しんで怪我をしなくてもいい人が傷ついた。

 

私は不の連鎖しか生まない。私が生きていていいことあった?

妹の為と自分に言い聞かせてきた。私が生きる理由があの子だけだからって。

でも今私はあの子を私に縛り付けようとしている。あの子の自由を奪って。私の檻の中に。

 

それだけじゃない、私が犯した罪はそれだけじゃ済まされない。

 

親子の関係をぐちゃぐちゃにしてしまった。

やっと、やっと!改善されたと思えた関係に修復できないほどの傷を与えた結果、親子の確執を作り上げてしまった。

 

ごめんなさい。ごめんなさい。謝っても謝っても謝りきれないことを私はしてしまいました。

どうすれば償えますか?どうすればすべて元に戻りますか?

お願い、時を、戻してください。私を抹消してください。私をいなかったものとしてください。そうすればみんな正常になる。みんな普通になれるだ。

私は罪の固まりだ。罰せられて当然なんだ。

おねがい、どうか、私を殺してください。

 

本当は不謹慎なのよ、こんなことを思ってしまうのは。

 

それでも私には縋り付きたい人がいる。

助けてほしい人がたった一人いる。いや、いた、の間違いだ。

 

過去の人にさせてしまった人。教えて、劉牙。

 

「……さむい…っ……よ」

 

さむい、さむいよ。自分の腕をかき抱く、それでも寒さはなくならない。

当然だ。だって今まで私は彼に守られていた。守っていたつもりで私は守られていたのだ。あったかい腕の中に。

 

「劉、牙………りゅうがぁ…」

 

何度、彼の名を呼んでもこたえてくれる彼はいない

 

「りゅう、がぁ………りゅうがぁ!!」

 

零れ落ちる涙に幾度も流れ落ちる。私の涙をぬぐってくれる大きな手はもうどこにもいない

 

『馬鹿だな天姫、泣かなくてもいいだろ?』

 

そういって、あったかい彼の腕に抱かれながら彼の生きてる鼓動を聞く。それに私は慣れ過ぎた。

 

『お前は、一人じゃない』私は今一人だよ 劉牙

『俺が傍にいるから』ずっと傍にいないじゃない

 

貴方の腕が恋しい。貴方の優しい眼差しが恋しい。

貴方のぬくもりが恋しい。貴方が、恋しいよ。

涙を止めてくれる貴方がいない。私、独りだよ。劉牙、独りなんだよ。

 

これが私の罪の一つになるんだ。消えることのない罪が私に刻まれてるの。

蒼龍姫なんて、ホントは血に塗れた龍姫だったんだって言ったら、貴方は怒るかな?

とめどなく流れる涙を私はどうすることもできず枯れ果てるまで流し続けた。

そして、シロは変わらすにそこにいた。

 

「………シロ……、わたし……行くよ」

 

しばらくして、私はベッドから立ち上がり、おぼつかない足取りでドアへと向かった。

シロは、追いかけてこなかった。

 

 

神崎天姫。私は罪の塊。その一部。最初に私が生まれた世界。

その世界の名前など忘れてしまった。もはや私にとって産まれた世界などどうでもいい屑なのだ。ただ、思い出せるのは諸悪の根源を生んでしまったという事実のみ。

私は狗楽を生きる糧にするため結局は自分の為に神崎の一族を断絶に追い込んだ。

次に三国の世で私がもっとも大切にする狗楽に手を出した雌豚を殺し、輝瑠姫の一族を破滅へと追い込んだ。結果彼女の一族は全員、私を溺愛する曹操おじさまの命により処刑された。

そして、彼、劉牙との婚姻を迎える日、祝ってくれる人は極一部だけで、でもそれでも良かった。私たちの幸せを心から喜んでくれていたから。だから私たちは幸せになるはずだった。本当はウェディングドレスが着たかった私は三国の世では無理だろうとあきらめていた。命のやりとりをする過酷な状況の中祝ってもらえる、それでも嬉しいことなんだって。たとえ人数は少なくても燐華や、朱論、璃怜や狗楽、私にとって大切な仲間が私の花嫁衣裳をみんなで考えて作ってくれた。

現代風は無理でもみんなが一生懸命私のことを考えてくれたその花嫁衣裳。

それに着替えた瞬間ああ、私は幸せになってもいいんだ、と。

私が犯した罪が消えることはないかもしれないけど、でもその時ばかりは許されたと勘違いしたのだ。

その愚かな勘違いが彼を死にへと至らしめたのだ。

 

ノイズに操られた劉牙を私の手で殺した。彼の声だけが鮮明に耳に今でも残っている。

べとっとした感触のものが私の頬についた感触。

理解できなかった。なぜ、彼は倒れこんでゆくのだ。

限界以上に見開いた瞳は地面に崩れゆく彼をスローモーションの形で記憶していた。

彼はとめどなくあふれる箇所を押さえながらなぜか呆然とする私に彼は無理に笑いながら手を伸ばしてくる。

 

だって、痛いはずなのに恨んでいいはずなのに笑顔なんだよ?

 

『ばい、………い………だ』

 

ばいばいなんて言っちゃいやだ。だって、さっきずっと一緒だって約束したじゃん。

もう私たち『夫婦』になったんだよ?書類なんかないけど確かにさっき誓ったじゃない。

 

『ず、………と……』

『りゅう、が?』

 

カランと、空しく音を立てて、なぜか足元に剣が落ちる。

 

どうしてそんなものが落ちるの?私の目はそれを映す。なぜ、それは血に染まっている?

 

次に私の左手を見た。腕にしていた赤い腕輪がどす黒い液体をぽたぽたと滴り立たせていた。

 

私の血ではない、ならばこれは誰のもの?

私以外の誰かのモノそう頭が理解するまで一瞬だったか、数年にも感じた。

 

でも理解してしまえば後は地獄に堕ちるだけ

 

『リュうがぁあああああああああああ――!!』

 

結局、私は臆病な存在だ。燐華に逃げるなって叱咤されたのにまた逃げた。

こんな自分がもう嫌で醜くて情けなくて彼に逢えるわけじゃないのに

逢いたいって考えて

考えて考えて考えて

考えて考えて考えて

考えて考えて考えついた結果。今、私はここにいる。

 

学校の屋上まで私は来た。そこに至るまで私はこの異端とも呼べる能力を使い、空間をごちゃごちゃにした。学校の様々な個所を幾重にも捻じ曲げ無理やり別の場所につなげた。

私の邪魔をさせないために。きっと彼らは私を探しにくるだろう。

私を止めようと、邪魔をする。

そんなことさせない。何者も邪魔させない……。

 

ふふ。ほらね、……私は化け物だ、と自分にせせら笑いする。

自然の摂理に逆らった存在が。今、死を欲しているなんて。

なんと愚かであろう、なんと醜き姿であろう。

彼を殺しておきながら彼にもう一度会いたいと願う自分。

その思いだけが今の私を突き動かしているのだ。

ぴゅうっと冷たい秋風が頬に当たる。

それだけではなく体全体の体温さえ奪っていくかのようだ。

一歩ずつ、着実にフェンスへと足が向かう。

 

「ねぇ、りゅうが?『ずっと』ってどういうことかな?」

「あの言葉がすごく気になるよ?気になってしかたない」

「ねぇ、聞きに行っても、いいかな?」

 

死に方なんてわからない。私の肉体はふつうの人間ではなくなってしまったから、案外頑丈にできているのかも。落ちたら痛いかな。死ねないのかな。

もしかしたら無駄なのかもしれないね。でも、さ。でも、逢いたいんだ。

 

「…劉牙……どこ、にいるの?…」

 

きっと劉牙はお空の綺麗なところにいるんだよね。

私はきっと同じ場所にはいけない。もっと深い深い底の底だ。

この身が腐り果てたとしても、きっと私は貴方に逢えない。許されないのかもね。

 

逢いたいよ。劉牙。

 

そして天上から雨が涙をこぼすかのように大粒をこぼす。まるで私の涙を具現化するように。もう少しでフェンスを乗り越える、そんな時。

 

「馬鹿な考えはやめろっ!天姫!」

 

ある声が私に制止を掛けた。この声は……。私はゆっくりと振り返った。

 

「…なんで、でぃでぃが…!?」

 

ディーノ。彼は肩を激しく上下させ荒い呼吸を繰り返していた。よほど走ってきたのだろう。この異空間に単身乗り込んでこられるほど、彼が異質なはずじゃない。

常人な彼になせる芸当ではない。だったら誰か手引きしたか、介入したか。

 

神男か……、小癪な真似をする。

 

ギリッと歯を食いしばったことで音がなる。自分の下らない責務だかなんだか知らないがそんなものの為に、私を利用しようと、私が最も信頼に値する人物に止めさせようと送り込んだ?自分の駒がアッサリとなくなるがそんなに不都合か。

 

いいじゃないか、利用されるのなんてまっぴらだ。

もう、疲れたんだ。逃げたい、逃げたい、消えたい。

 

彼はきっと私を止めたいのだろう。だから私をじっと見つめて雨に打たれも動かずに濡れている。私も同じように濡れている。長くうねる髪は、滴を吸い取りただ重たいばかりだ。

そう、重たいの。何もかも、全部。

 

「来ないで」

 

私は手を振りかざして、こちらに近づいてくディーノの足を止めさせた。

 

「なんで来たの。惨めな私を嘲笑いに来た?違うわね、貴方は優しいから止めに来たのね。ああ、でも残念。今回ばかりはディディのいう事聞いてあげない。聞いてる暇ないの。構ってあげられないの。だから大人しく帰って?帰ってくれたらフェンスから離れてあげる」

「嘘だな」

 

ディディはそう迷いなく言い切り、一歩足を進めた。

 

「嘘?嘘じゃないわ、貴方が去ればフェンスから離れると言ったの。これは嘘じゃないわ」

「嘘じゃないだろうさ、だがそれは真実のようでいて嘘だ。天姫の言い方は含みがある。『フェンスから離れる』と言っているが、それはどちら側の話だ。ちゃんと足場が安定している方に離れるのか、それとも足場がない方に離れるのか。お前はそれを告げずにただフェンスから離れると言っているだけだ」

「……へぇ…、私を疑うの。この私を……。あれだけ可愛い可愛いって猫かわいがりしてたのは見た目可愛い女の子だったから?この姿になったらやっぱり信用できないとかってパターンなわけ?はーん、まぁ別にいいけどね。所詮その程度の関係、その程度の仲だったわけだし……。私は、本当はあの時死ねばよかったのよ。……そうすれば狗楽をしばることもなかった、揚羽が神男に縛られる理由もないもの。劉牙を死なせることもなかった、燐華を悲しませて、朱論に恨まれることもなかった、パパがおかしくなることも、じーじが怪我をすることもなかった、陸遜も私なんかに会わなければあんな苦労をすることも無かった。全部、全部私が元凶。ああ、すっきりしたわ!全部私、全部私がいたから起こった災厄。だったら元凶である私が消えればいい!そうすれば全部何もかも元通りに」

 

そう、私がディーノから視線を外し下を向いている間に、

 

「死が、救いなのよ」

「天姫っ」

 

隙をつかれ走ってきた彼に腕をグイッと掴まれフェンスから無理やり離された。そしてディーノの胸に飛び込んだかと思えば、バシンッ!!と頬に鋭い痛みが走った。

 

「っ!?」

 

流れるような動作で私の頬をディーノが叩いたのだ。

 

「……そんなことばっかり言うな!」

 

まず痛みよりも、呆然とした。彼が。だって、ディーノのこんな顔見たことなかったから。

叩いた彼の方が今にも泣きそうな顔をしてたから。

 

「でぃでぃ…?」

 

ガシッと両肩を掴まれ、彼の指先が食い込んで痛みが走るほど、力が込められていた。

加減されない痛みに思わず苦痛に顔を歪ませる私だが、ディーノはそんなものお構いなしに自分の言葉を、ただぶつけてきた。

 

「俺はお前に出会えて幸せだった、俺はお前に救われた!お前の純真さ、無垢なところ、まっすぐなところ、他者を労わる思い、お前の全部、全部だ。……たとえお前が全てを否定したって、俺はお前を否定しない!お前は、そんな俺を否定するのか!?俺の気持ちをもなかったことにしちまうのかっ!?」

 

ディーノは泣きながら私に訴えてきた。自分が泣いているとは知らずに。

 

「全部、全部ぶちけれ、天姫。俺が受け止める、お前の悲しみ、苦しみ、痛み、全部全部受け止めてみせるから!」

 

彼の言葉を訊いた瞬間、ぶちっと自分の中で何かがキレた。

 

言いたい放題いいやがって。私が純真だって無垢だって?そんなの偏見よ、ただ上っ面しか見てない人間の馬鹿な妄想よ幻想よ、全然私のことなんかわかってない。綺麗事ばっかり並べやがって!何様のつもりよ、なにが俺の気持ちを否定するだって!?

 

「……そんなことできる訳ないじゃない!無関係な人間が簡単にわかった風な口きくな!!」

「………」

 

私はぐっとディーノの胸を押し戻し、一歩後退しギッとディーノを睨みつけた。ディーノは黙って私を見て聞いた。

 

「所詮、人間なんて最後には自分が可愛いんだ、他人なんか信じられない、口では綺麗ごとばかり言っていざ危険が迫った時には自分が我先に助かろうとする、醜い人間ばっかり。簡単に人を裏切るんだ!信頼していた人から裏切られることにどれだけ絶望を味わう事かアンタに理解できる!?!大切な人に裏切られてそれで平気な人がいる?いるわけない、そんなのあるわけないじゃない!結局私は利用されてぽいっされる運命にあったんだよ!そうだよ!私が産まれたときからそんなレールが敷かれていたんだ!信じて信じられなくて全部から目を背けようとしたでも信じようって努力してようやく信じられたのにまた裏切られた!またかって落胆さえしたさもう諦めたよ私が信じられるのは自分とあの子だけ後の周りは敵敵敵!!そればっかりそう思わなきゃ私が壊れそうだったんだよ私が保てなかったんだよ!私だって人の子だよ人間の心もっていたいよ!でも環境はそう整えられたもんじゃない私が一から作り上げなきゃ、じゃなきゃ私は……!私はアンタたちが思い描いた理想の神崎天姫じゃない、最低最悪の下劣な女よ!……平気なんかじゃない、私は……!」

 

まるで今までの鬱憤やらなにやらが爆発したかのように私は思いの丈をぶつけた。

 

まるで私の言葉を一言も漏らさないように、ただ静かに。そして、彼は、

 

「天姫」

 

静かに私の名前を呼んだ、それが引き金だった。私は視界が揺れていくのを抑えることができなかった。抑えていたブレーキが緩んでいくのを感じた。雨の所為なのか、それとも私自身からによるものなのか、判断さえつかずに目の前がぼやけた。

雨に打たれてながら、私を見つめる彼に心からの叫びをただ、ぶつけた。

 

「でも、彼だけは違う。今まで出会った中で彼だけは違って見えた。……劉牙は違った、彼はまったく違う人だった。最後まで私を信じてくれた。私が何であってもどんな過去があったとしても、劉牙は『そんなもんだろ、人ってさ』って笑い飛ばした。こっちが呆気にとられるくらい馬鹿みたいで、ああ、この人にそう言われると今までバカみたいなことで悩んでたなって思えた。重かった肩がフッて軽くなった気がした。たった一言でだよ?今まで悩んでたのが馬鹿みたいに思える位に。彼の存在がどんどん私の中で大きくなっていった。消せないくらいに、刻み込まれたの、私の胸奥深くに。でも私はそんな大切な人に酷い仕打ちをした。信じていてくれた彼に私は……。でも彼は笑ってくれた。本当に嬉しそうに笑って、……逝った。こんな馬鹿で救いようのない屑な私に……彼を手にかけてしまった愚かな私に……笑って!?馬鹿じゃない!?なんで笑うの!?睨みなさいよ石でもぶつけなさいよ罵ってくれたっていいじゃない!呪ってくれたっていいじゃない!?なんで笑うのよ!なんでそんな顔して逝っちゃうのよっ!なんで私に追わせてくれないのよ、責任取らせてくれないのよ…。どうやってこの想いを届ければいいの……?どうやって……」

 

もう何がなんだかわからない。

ぐちゃぐちゃで理解できる思考もない。

寒いし冷たいし鼻水出るし涙か雨かわからない液体で視界もぐちゃぐちゃだしいいことなんかない。

 

「私は彼に言いたいんだ!!愛される事を恐れた馬鹿な私だけど、それでもそれでも私は彼と幸せになりたかったんだって。失いたくなかった。彼だけを、愛したかった本当に大切だったの、彼が大切だったの……!」

「ああ」

「彼に逢いたいの、ディディ」

「ああ」

「逢いたくてたまらないの」

「でもな、天姫」

「わかってる。わかってるよ、ディディ。もう逢えないってわかってる。彼はもう死んだんだって理解もしてる、はずなんだ。でも、どうしようもないの逢いたいの伝えたいの言いたいの!」

「彼に、伝えたい……」

 

本当は伝えたかった言葉をたぶん彼だけになると思う。

彼が私にとって最初で最後の人。最初で最後の言葉を。貴方に伝えたい。

 

『愛してる』って。

 

「ため込むな、天姫」

「………だって、私…は…!」

「お前は一人じゃない、俺たちがいる」

「でも」

 

なおも言い募ろうする私に、ディーノは自身の両手で私の顔をすっぽりと覆うように手を添えた。少しかがんで私と視線を合わせてた。

 

「でもじゃない。何度だって言ってやる。お前は一人じゃない。信じられないならお前が信じるまで何度だって言ってやる。お前は一人じゃない」

「でぃ、でぃ」

「天姫、お前は一人じゃない」

 

指先で私の涙を何度も優しくぬぐって微笑んでくれるディーノ。

 

ああ、一人じゃない。

ディーノがくれた言葉が私の荒んだ心にしみわたっていく。

 

『一人じゃない』

 

確かに、そうかもしれないね。

こうやって慰めてくれて支えてくれて、私はどうやって貴方に恩返しすれはいいの。

でもごめんなさい。

私は馬鹿だから何度もでもこうやってあがいてあがいて見苦しい所を見せるんだ。

不安で、不安で、どうにかなりそうで、信じてくれてるって証拠が欲しい。

 

みんなにそのたびに迷惑をかけるかもしれない。

そういったら、ディーノは笑いながら私とおでこをくっつけて言った。

 

「おまえは『人』なんだから当たり前だろ?そしたら、また怒って受け止めてやるから何度でも爆発でも噴火でもすればいいさ」

 

人、か。人である彼は私がどのように映っているのかな?

人の形をした生き物?

人の皮をかぶった化け物?

彼は優しいからそんなことは思ってないかもしれない。

 

「天姫、孤独になるな。お前は一人じゃないんだ」

 

そう、ディーノは言った。

 

「でぃでぃ、寒いよ……」

 

私はディーノの服をぎゅっと握って見つめた。ディーノは目を細めて、

 

「俺があっためてやるよ……そうすれば寒くないだろ」

 

顔を覆っていた手を、ゆっくりと引き離し、優しい手つきで片手を包んでもう一方の手を私の背に回した。

 

「………うん……」

 

私も残っていた片手をディディの手へと重ねた。そしてゆっくりと彼に胸に体を寄せた。

 

彼の一言一言、私の心に波紋を起こしそのたび私は反応して涙を流す。

ぽっかりと空いた穴はゆっくりとふさがれていった。

だけど、それが完全に閉じることはない。

だって、私は不完全だもの。

そして、私はようやくかすかだけど、

笑えた。

 

(それは不完全な笑みでもある)

 

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