事態はいっこうによくなるわけでもなくでも時は刻んでいく。
その証明にまた一人仲間が増えた。天姫を守る仲間が。その仲間がぺこりと優雅な挨拶をツナの母親にした。
「わたくし燐華と申します。ご迷惑かと存じますがどうぞ、よろしくお願いいたします」
「いいえ、こちらこそ!天姫ちゃんや#name1#ちゃんはとても素直ないい子で私たちも楽しくさせていただいていますよ。」
「わたくしもこれからご厄介の身となりますが、なんでも言いつけてくださいな。大抵のことはこなしてまいりましたので」
「そんな気にしないでください。家族が増えることは私も嬉しいですから!」
「ありがとうございます、奈々様」
「様なんてつけないで?私たちに遠慮なんていらないんだから」
「ですが、これはわたくしのけじめですので」
「でもね」
「いいえ、ですが…」
そういって、二人の押し問答は終わることはなかなか終わらなかった。
なので、無理やり終わらせることにした。ツナはガッと二人の間に乱入し、
「いいじゃないか、母さん、それに燐華さんも!」
「ツナ?」「綱吉様」
驚く二人に、ツナは息つぎなしで、
「燐華さんは慣れるまでは今までの言い方でいいだろうし、慣れたら普通にしてもらえばいいから。母さんもあんまり無理言わないで、さ?ね?もうおしまい。ほら、燐華さん、天姫が待ってるからさ」
一息に強制的に話を終了させ、燐華をひっぱって2階に連れていく。
もちろん、燐華は天姫と同じ部屋に住んでもらうことになったのだ。その部屋の持ち主である天姫は…。
「天姫、入るよ?」
「…………」
ドア越しに声をかけても返事はなく、そっとその部屋に踏みいればベッドに腰掛けたまま微動だしない彼女の姿があった。無表情のまま。彼女の膝には昨夜からシロが離れず傍にいた。ツナたちの顔をみるなり反応しない主人の代わりに一鳴きする。
まるで、大丈夫だというみたいに。じっとツナたちを見て。
「にゃ~」
「シロ、天姫は相変わらずみたいだね」
「姫様…」
天姫はショックが大きすぎたみたいでいまだ放心状態が続いている。
燐華が天姫の傍にそっと近づきその冷え切った手をぎゅっと自分の手で包み込んだ。
「姫様」
「……………」
「姫様。わたくしは」
か細い声がした。
「……………一人に、して…」
全てを拒絶するかのようなか細い、今にも消えそうな弱弱しい声だった。
「お願い、一人にさせて……」
「天姫……」
「……綱吉様、参りましょう…」
「うん、また、後で来るから…」
ツナたちはそっと天姫の部屋を出た。
出るしかなかったのだ、今のツナたちに天姫に掛けてやれる言葉など皆無に等しかったのだから。
ツナの部屋には天姫を心配して駆けつけた仲間ばかりで溢れかえりそうだった。
こんな時、不謹慎ではあるが、女性がひとりいるだけで和むとはツナは痛感した。
「姫様は、己を責めることしかありません」
彼女はさきほどの天姫の状態にショックなのか、下を向いてそうぽつりと一言。
「天姫は、どうしてあんなに自分ばかり責めるんだ?異常すぎるだろ」
ツナがそう今まで感じていたことを独りで呟けば、
「確かに、おかしすぎるぜ」
その呟きに真っ先に獄寺が同意した。
なんか重たいものを含むような言い方にリボーンは何かを感じて問いかけた。
「獄寺、どうかしたか」
「…いいえ!なんでもありません」
ツナは横目で獄寺を盗み見た。明らかにいつもと何か違和感がある。
何か……隠してる?
そんなやりとりなど、一切燐華は眼中にないようで、ツナの呟きにある話を説明してくれた。
「…姫様は、幼少の頃、妹の狗楽様を失いかけました。ある策略により」
燐華が語ったその話は、あまりにも残虐すぎて皆、何も言えなくなってしまった。
それにより天姫がとった行動というものも、
「狗楽様を叔母君の手から離させるために一人、策をねり決行に至ったのです。姫様は御身を顧みず、目標を殲滅するためなら自身が傷つこうとも何とも思わない方です。それ故に今の姫様はもろすぎます。自身の家族を誰よりも大切に思っている分、ご自身を責めすぎて…そんなことにならない為にわたくしが御傍に来たというのに」
燐華は嗚咽をこらえきれずに一筋の涙を流す。
「こんな時にまで役立たずなわたくしは……」
そういってまた涙を流しながら黙ってしまった。
重い沈黙が、この部屋にまとわりつく。ツナは思わずため息を吐く。
空気は重たいばかりで長い沈黙が続いた。すると、その沈黙を破ったのがリボーンだった。
「……天姫って異世界から渡ってきたんだよな?なんでその世界に落ちたんだ」
唐突にそんな疑問を投げかけた。
なんでこんな時にその話を?
ツナが不可解とリボーンに目を向けても無視された。ダメツナは引っ込んでろ。的な雰囲気だして。燐華はリボーンの言葉に反応、顔を上げて会話を再開した。
「……姫様と狗楽様は影動様が突然お連れになられたのです。幼児と赤ん坊のお二人を」
「ちょっとまて。天姫は二十歳の時に神男に契約をさせられたようだぞ。計算が合わないじゃないか」
リボーンは目を丸くして、燐華にそう問いかけた。燐華はためらってから、
「……それは契約がそうなるよう決められていたからですわ」
静かにそう口にした。
「燐華。お前、何知ってる」
リボーンの目がきらりと光った。燐華は真っ向から受けてたちつつ、
「これに関してはわたくしの口からお答えできません。軽々しく発言できることではないのです。申し訳ありません」
そういって深々と頭を下げた。リボーンはしばし黙って、
「……詳しくは神男か」
うなるように声を絞り出した。
「はい、リボーン様のおっしゃる通りにございます。とにかく今は姫様から目を離さないようにしなければ……何をなさるかわかりません。目を離しては取り返しのつかないことになるやも……」
「……まさか、そんなことあるのかよ」
獄寺は全体の話を聞いて、ただ絶句した。
「姫様は一途で不器用な御方です。それゆえに繊細でもろい。………あの時姫様に逃げるなと申したことも、今考えてみれば無理な話だったのかも………」
「………それだけ、その……劉牙さんを………愛してたってこと?」
ツナはそうかなりためらいながら、口にした。
燐華やツナ以外の皆は、はっとして口をつぐんだ。
できるならききたくないような顔をして。
だけど、天姫に関することなら聞かなくては、反対なことを胸に抱いて。
「……最初の姫様にそのような感情はあまり見受けられませんでした。もともと、あのお方の心情というものはわたくしには踏み込めない領域でした。姫様は養女といえど、曹操様のいとこにあたる曹影動様のご息女。身分は我々、臣下の身からすれば天にも近い御方にございます。そのような御方、馴れ馴れしく接するなど不敬罪にあたります。それなのに……それなのにあの人はズカズカと割り込んでいったのです。姫様の本当の気持ちの中に」
「天姫の、本当の気持ち……?」
山本がそうぽつりとこぼす。
「…ええ、わたくしが言えるのはここまで。とにかく、姫様にとって、魏の姫ではなく『自分』というものを見てくれた初めての人物ということです。だから」
燐華がそこで言葉を切ると、
「だから、……大切にした分、失った苦しみも到底に計り知れない、ってか…」
獄寺がついで口にした。燐華は獄寺に何とも言い難い顔を向けて、そう頷いた。
「…はい……。……」
同時にディーノがドアを開けて現れた。
「よ!お前ら何辛気臭そうな顔してんだよ」
「ディーノさん!」
ツナがディーノの登場にほっとした顔で出迎えた。
久しぶりに日本に来て天姫に逢えると意気揚々としていたディーノは今まで起こった出来事をツナから聞かされ驚愕した。
「……天姫が…?」
突発な展開に、ディーノは押し黙るしかなかった。状況は最悪。天姫の精神状態は不安定で問えるどころの状態ではない。だが今のままでは色々とまずい。
「どういうことだ。ツナ…それにその彼女……ん」
そう見慣れない和服に身を包んだ美女が、優雅にいちどこちらにお辞儀をして、
「お初にお目にかかります。わたくし燐華と御申します。姫様の幼少時からの女官をしておりました。今は姫様の護衛をかね居候をさせていただいております」
そうさらりと自己紹介をする。
「……そうか、あんたが。俺はキャッバローネのボスをしているディーノだ。#name1#である天姫を拾ったことがある。それより状況を説明してくれないか」
燐華は、はいとはっきりした返事をする。
「……わたくしがこの地に参ったのは二つ理由がございます。一つは姫様の御身を守ること。二つ目は蒼龍を探しだすことにあります。あの龍は姫様の半身である存在。それを今再び姫様の御身に宿らせなければ、強敵ともいえるあやつとは対峙することすらかなわぬのです」
「前にもいってたな。蒼龍とかってのも気になるが…、天姫の恋人の敵役か」
ディーノはそういって腕を組んだ。
「………はい、あやつは兄様を操り姫様を亡きものとしようとした汚らしい外道なのです」
「……兄様ってもしかして、」
もしやと、ツナは思っていた。
深くその内容に突っ込んだことはしていなが、
ツナは天姫と燐華の再会の場に居合わせていたのだ。あの時は理解できなかった内容も今ならわかる気がしたのだ。
もしかしたら、と。
「…御察しの通り、姫様の恋人である劉牙、字は劉瑛李(りゅう えいき)。わたくしの腹違いの兄にあたります」
「ええっ!?」「マジかよっ」
皆驚きを見せて、声をあげた。
「マジにございますわ。この平穏な世界では珍しいことなのでしょうか?」
彼女は淡々とこともなげに、さも当たり前なんじゃないか?と顔して驚く俺らをみた。
「いんや、そういうこともないけどよ。普通はあんまりないな…」
山本は言葉を選んで言葉を選んでそれとなく返した。
「確かに…」
ツナは静かに同意した。燐華はそんなものなのかと不思議そうな表情をしたが、次には引き締めた。
「左様ですか…話がそれてしまいました。とにかく姫様から目を離さない。これが第一になすべきことです。」
「そうだね、とにかく今は天姫が落ち着くのを待って……」
ツナがそう言い終わる前に、ドアがガチャリと開きそこから顔をのぞかせたのは奈々であった。
「あら、皆して何の相談かしら?」
「母さん……なんか用?」
ツナは怪訝に思いながらもすぐに立ち上がりドアへと近づいた。
あまり聞かれたくない内容なので奈々には早く出て欲しいと思ったからだ。
だが、奈々から伝えられた内容は皆を驚愕させるものだった。
「天姫ちゃんは仲間はずれと思っただけよ?さっきフラッと出ていっちゃったから、またツナと喧嘩でもしたのかと思って」
「え!?」
「天姫が出ていった!?いつの間に……」
「姫様!」
皆、血相を変えてバタバタと部屋を飛び出ていく。
ツナは「天姫!!」と叫びながら天姫の部屋に飛び込むようにドアを乱暴に開けた。するとそこには部屋の主はおらず、シンとしていた。
ツナは思わず舌打ちしドタドタ!と物音立てて階段を下りて玄関にいた仲間たちに「いない!やっぱり出ていったんだ」と告げた。
「すぐに探すぞ、まだそう遠くには行ってないはずだ」
「ああ」
「……姫様、…嗚呼、どうか早まらないで!」
リボーンの掛け声に皆が力強く頷き一斉に駆け出した。
ツナたちは手分けをして天姫を探しだすことになった。
手後れに、なる前に。
※
ツナたちが家を出て数分後……玄関の前でばったり顔合わせした顔ぶれがいた。
赤コーナー
ぷりてぃな小鳥さん、通称=ヒバードを定位置頭にのせ、姿をみせた学ラン姿が今日も完璧にお似合いでいつもよりも数倍剣呑さを研ぎ澄ました並盛秩序と
青コーナー
天姫大好き会員を束ね会長をつとめる変態息子にその変態を尻にしつつある少女、それにいつも寡黙だけどいざという時は動く男子、いつも元気でそれ以上元気すぎるのもどうかなと思う男子。それぞれの個性でトップを飾る黒曜ーズのみなさん。
全員大集合、みたいな感じになっている。
最初に動き出したのは赤コーナー、ヒバリの方だぁ!
「…どうして、ここにパイナップルがいるのさ」
相手に先攻をとられてしまったがまけじと青コーナー骸もやる気を見せつける!
「それはこちらのセリフですよ、雲雀恭弥。なぜ貴方がこの場所にいるのです」
白熱したバトルが火花を散らす。
「君に言う必要ないよ。目障りだ。ここで噛み殺す」
カチャ!!
「クハハハ!僕に負けたくせにまた挑むのですか?面白い、受けて立ちましょう。ですが同じ結果になったとしても後悔しないでくださいね?」
スチャ!!
自身の分身ともいえる武器を手にして両者熱い戦いとなるかっ!?
そして自分たちには全く関係ないと豪語してもいいと思っている人数複数。
天姫関連で何かとお世話になっているので
もはやなじみになりつつある沢田家。
インターホンを押し、奈々ママがハーイと顔を出すと最初にいたのは、
「……こんにちは奈々さん。天姫はいますか?」
「クロームちゃん?あらいらっしゃい。それに犬君に、千種君も」
「………」(ペコリ)
「おばちゃん、天姫どこだびょん!?」
今にもとびかからんとばかりに奈々ママに迫る犬。それだけ必死なのは理解できるが、その剣幕はなんともはや。
すぐに横にいた千種にあたまを小突かれ、おとなしくなる。
変わりにクロームが謝ることも忘れない。
「ごめんなさい、家の飼い犬が…」
「それは違うびょん」
犬の訴えもむなしくクロームによって無視された。
この関係図が信頼で結ばれているのかと
問えばなんともはっきりそうだとは言い難い。
でも奈々ママには微笑ましい様子に映ったようだ。ほのぼのとした様子で言う。
「あらあら、いっつも仲がいいのね?天姫ちゃん、突然家を飛び出しちゃったのよ……昨日から部屋に閉じこもったままごはんも食べないし…」
顔に手をそえ、心配そうに顔を曇らす。
そこにあるのはまるで子供を心配する母親のようだ。
そして奈々ママの発言に食いついたのがさっきの
「本当ですかっ!?」
「天姫がいないっ!?」
両者二人であった。
恭弥と骸が身を乗り出して奈々ママに迫る勢いだ。
「それってどういうことなんですか?」
「みんな、天姫ちゃんが心配なのね?こんなにあの子は心配されてるのに、…どうして家出なんか……」
「えっ、天姫が家出!?」
「まさか、そんな……」
「今、ツナやみんなが探しに出かけたところなの。お願い、みんなも探してくれないかしら」
「もちろんです!」
「………天姫……」
恭弥は我先にと野性的な本能で天姫を探すために走り出しました。
残る黒曜ーズには、恭弥のように野生的本能があるのかどうかわかりませんが、
天姫との交信はいまだ、障害が発生し、通信できないでいました。
そこで思いついたのが、千種の一言。
「そうだ、…犬。嗅ぎつけろ」
「俺が!?」
驚きに満ちた彼の声。だが、骸はナイスアイディアと千種に賛同します。
「こんな時の犬ですね!?さぁ、行きなさい!犬、天姫のにおいをたどるのです」
「…犬、ちゃんと探せたらご褒美あげるから…」
そして、クロームまでが犬扱い。
三者に囲まれ、身動きすらとれない犬には
選択の余地はありませんでした。
「………………行くびょんっ!」
大好きな天姫のためならば、犬扱いされても悔いはない。
そう強く心に思った犬であった。
猛ダッシュでかけていく犬に、続くメンバーたち。最後に千種がぺこんと奈々ママにあいさつをし、かけていく。
「みんな、気をつけてね」
奈々ママはそう、いい、天姫の無事を祈るばかりだった。
※
ディーノside
俺たちが辿りついたのは並盛の学校。だが、簡単には天姫のもとへたどり着くことはかなわなかった。
なぜなら、行けども行けども同じところを言ったり来たりしているのだ。
「なんなんだよ、これはっ!?」
俺はツナたちとこの異空間の中はぐれてしまった。
まるで自分の立ち位置さえ把握できないような環境。
吐き気までしやがるぜ。
くそ、天姫。お前はこんなことをしてまで俺たちを拒むのか……
失意のどん底にまで叩き落されたかのような気分に陥る馬鹿な俺。だが、突然聞き覚えがある音が耳に入る。それは鈴の音。
「にゃー」
「シロ?お前、どうして……」
「にゃう」
シロは俺の顔をみて一鳴きし、それから背を向け歩きだした。
俺はことの展開についていけず、そのままぼうっとしていたらシロは再び止まり俺の顔を見上げる。そう、まるでついてこいというかのように。
「お前、もしかして、天姫のとこわかるのか?」
俺の問いに答えることはなく、じっと見つめてくるのみ。
このような感じ前にもあったことがあった。
天姫がまだ銀の天使だった頃、あいつの居場所を俺に導かせるためにシロは来たのだ。
俺はその確信した。だから言った。俺の答えを待っているシロを見つめて。
「俺を天姫の所に!」
一瞬、瞳を細め、呼応するかのように、シロは俺のセリフですぐに走り出した。
天姫、待ってろよ……!
※
扉越しだというのに、その声はあまりにも切なく胸がはりさけんばかりに苦しそうなものだった。
「…劉牙……どこ、にいるの?…」
バンッ!
扉を蹴とばした瞬間、会いたかった人物がいた。でもその場所がまずい。フェンスに近すぎて今にも落ちそうな勢いだ。
あまりにも小さく感じたその背中に俺はとっさに叫んでしまった。
「馬鹿な真似はやめろっ!天姫!」
降りしきる雨のなか、彼女は凍えついた瞳をしていた。
あまりにも、深く傷ついた雛鳥のような。俺が天姫の瞳いっぱいにうつる。
あるのは、戸惑いと、こちらにまで伝わるほどの膨れ上がった殺気。
「…なんで、でぃでぃが…!?」
俺の服が雨で濡れていく。だが、天姫はそれ以上にずぶ濡れだった。髪も服も何もかもが。だが、天姫は俺を拒む。頑なに拒絶する。
「来ないで」
切羽詰まった追い詰められた犯人のような顔をする天姫。どうしてお前がそう責められなくてはいけない。俺はそれでも一歩足を進める。お前に近づきたいんだ。
「なんで来たの。惨めな私を嘲笑いに来た?違うわね、貴方は優しいから止めに来たのね。ああ、でも残念。今回ばかりはディディのいう事聞いてあげない。聞いてる暇ないの。構ってあげられないの。だから大人しく帰って?帰ってくれたらフェンスから離れてあげる」
「嘘だな」
「嘘?嘘じゃないわ、貴方が去ればフェンスから離れると言ったの。これは嘘じゃないわ」
「嘘じゃないだろうさ、だがそれは真実のようでいて嘘だ。天姫の言い方は含みがある。『フェンスから離れる』と言っているが、それはどちら側の話だ。ちゃんと足場が安定している方に離れるのか、それとも足場がない方に離れるのか。お前はそれを告げずにただフェンスから離れると言っているだけだ」
俺の指摘に天姫は目を細めて低い声で返す。
「……へぇ…、私を疑うの。この私を……。あれだけ可愛い可愛いって猫かわいがりしてたのは見た目可愛い女の子だったから?この姿になったらやっぱり信用できないとかってパターンなわけ?はーん、まぁ別にいいけどね。所詮その程度の関係、その程度の仲だったわけだし……。私は、本当はあの時死ねばよかったのよ。……そうすれば狗楽をしばることもなかった、揚羽が神男に縛られる理由もないもの。劉牙を死なせることもなかった、燐華を悲しませて、朱論に恨まれることもなかった、パパがおかしくなることも、じーじが怪我をすることもなかった、陸遜も私なんかに会わなければあんな苦労をすることも無かった。全部、全部私が元凶。ああ、すっきりしたわ!全部私、全部私がいたから起こった災厄。だったら元凶である私が消えればいい!そうすれば全部何もかも元通りに」
まるで憑りつかれたかのように天姫は死に縋り付いている。
一歩、後ろに後退しながら俺を渇いた笑みで見た。
「死が、救いなのよ」
自分から死にたいなどと、馬鹿なことを!!
今がチャンス、視線を逸らした隙に俺は駆け出した。
いや、もう何も考えていない。ただ俺は高まる気持ちを抑えることはできなかった。無意識のうちに手はのびていたんだ。
「天姫っ」
バシンッ!
いつの間にか距離を詰めて、近距離。そして、彼女の頬を加減などなしに叩いた。
「っ!?」
「……そんなことばっかり言うな!」
どうしてそんなことばっかり言うんだよ……っ!
「でぃでぃ…?」
俺の言葉が理解していないかのように一瞬だがきょとんとしていた。それだけに俺の心はもっと荒れ狂った。
「俺はお前に出会えて幸せだった、俺はお前に救われた!お前の純真さ、無垢なところ、まっすぐなところ、他者を労わる思い、お前の全部、全部だ。……たとえお前が全てを否定したって、俺はお前を否定しない!お前は、そんな俺を否定するのか!?俺の気持ちをもなかったことにしちまうのかっ!?」
俺は湧き上がる感情を抑えきれずに泣きながら天姫に訴えた。自分がなぜ泣くのか、わからずに。
「全部、全部ぶちけれ、天姫。俺が受け止める、お前の悲しみ、苦しみ、痛み、全部全部受け止めてみせるから!」
天姫も知らなかった。自分も泣いていることも。
俺に台詞に喰らいつくかのように表情を変え、声を荒げた。
「……そんなことできる訳ないじゃない!無関係な人間が簡単にわかった風な口きくな!」
「………」
俺の怒鳴った天姫。俺はこの子のこんな表情など知らない。いつも、笑みを浮かべて嬉しそうに抱き着いてくる、可愛い少女。知っているつもりで、知らなかった、この子の内面。初めて『人』を見せた瞬間で、俺は黙って天姫の言葉を耳にする。
彼女の『人』としての内面を感じた。
「所詮、人間なんて最後には自分が可愛いんだ、他人なんか信じられない、口では綺麗ごとばかり言っていざ危険が迫った時には自分が我先に助かろうとする、醜い人間ばっかり。簡単に人を裏切るんだ!信頼していた人から裏切られることにどれだけ絶望を味わう事かアンタに理解できる!?!大切な人に裏切られてそれで平気な人がいる?いるわけない、そんなのあるわけないじゃない!結局私は利用されてぽいっされる運命にあったんだよ!そうだよ!私が産まれたときからそんなレールが敷かれていたんだ!信じて信じられなくて全部から目を背けようとしたでも信じようって努力してようやく信じられたのにまた裏切られた!またかって落胆さえしたさもう諦めたよ私が信じられるのは自分とあの子だけ後の周りは敵敵敵!!そればっかりそう思わなきゃ私が壊れそうだったんだよ私が保てなかったんだよ!私だって人の子だよ人間の心もっていたいよ!でも環境はそう整えられたもんじゃない私が一から作り上げなきゃ、じゃなきゃ私は……!私はアンタたちが思い描いた理想の神崎天姫じゃない、最低最悪の下劣な女よ!……平気なんかじゃない、私は……!」
天姫の言葉を一言も漏らさないように、ただ静かに。そして、俺は、
「天姫」
静かに名前を呼んだ。
「でも、彼だけは違う。今まで出会った中で彼だけは違って見えた。……劉牙は違った、彼はまったく違う人だった。最後まで私を信じてくれた。私が何であってもどんな過去があったとしても、劉牙は『そんなもんだろ、人ってさ』って笑い飛ばした。こっちが呆気にとられるくらい馬鹿みたいで、ああ、この人にそう言われると今までバカみたいなことで悩んでたなって思えた。重かった肩がフッて軽くなった気がした。たった一言でだよ?今まで悩んでたのが馬鹿みたいに思える位に。彼の存在がどんどん私の中で大きくなっていった。消せないくらいに、刻み込まれたの、私の胸奥深くに。でも私はそんな大切な人にひどい仕打ちをした。信じていてくれた彼に私は……。でも彼は笑ってくれた。本当に嬉しそうに笑って、……逝った。こんな馬鹿で救いようのない屑な私に……彼を手にかけてしまった愚かな私に……笑って!?馬鹿じゃない!?なんで笑うの!?睨みなさいよ石でもぶつけなさいよ罵ってくれたっていいじゃない!呪ってくれたっていいじゃない!?なんで笑うのよ!なんでそんな顔して逝っちゃうのよっ!なんで私に追わせてくれないのよ、責任取らせてくれないのよ…。どうやってこの想いを届ければいいの……?どうやって……」
嗚咽を漏らしながらも天姫は訴えた。俺を通して、彼に訴えているんだ。
「私は彼に言いたいんだ!愛される事を恐れた馬鹿な私だけど、それでもそれでも私は彼と幸せになりたかったんだって。失いたくなかった。彼だけを、愛したかった本当に大切だったの、彼が大切だったの……!」
「ああ」
「彼に逢いたいの、ディディ」
「ああ」
「逢いたくてたまらないの」
「でもな、天姫」
「わかってる。わかってるよ、ディディ。もう逢えないってわかってる。彼はもう死んだんだって理解もしてる、はずなんだ。でも、どうしようもないの逢いたいの伝えたいの言いたいの!」
「彼に、伝えたい……」
お前は一生懸命愛したかったんだな。
お前の生きてきた環境をすべて知っているわけじゃねぇし、知ったかぶりなんてもしたくねぇ。けど、お前は今まで愛されることに恐怖していたのか。
だから、その気持ちを持つことを怖く感じていたんだな。
天姫は唇を震わせ、視界を涙の海でにじませ口だけ動かす。
それは彼だけに伝えるのだろう。『愛してる』と。
「ため込むな、天姫」
「………だって、私…は…!」
「お前は一人じゃない、俺たちがいる」
「でも」
天姫、俺はお前の全てを理解したなんて思ってないぜ。
俺とお前。所詮は他人だ。完全に分かり合えることなんてこの先ないのかもしれない。けどな、逆にこう思う。
他人だからこそ、言えることがある。
他人だからこそ、共有できるものがある。
お前がため込むしかない気持ちってのをただ受け入れて聞くことはできる。
俺にはそんな事しかできないけど、ぶつかってこい、天姫。
俺は全部受け止めてやる。子供みたいに癇癪おこしてもいい。暴れてもいい。
ただ自分を傷つけるようなことはするな。おまえが痛いなら俺も痛い。
俺も悲しくなる、それにお前を大切に思っている人たちも悲しいはずだ。天姫、お前は一人じゃない。
「でもじゃない。何度だって言ってやる。お前は一人じゃない。信じられないならお前が
信じるまで何度だって言ってやる。お前は一人じゃない」
「でぃ、でぃ」
「天姫、お前は一人じゃない」
同じ言葉なんて何回だって続けて言ってやる。耳にタコだって言われたって言い続けてやる。お前が安心するまで、何度でも。
「おまえは『人』なんだから当たり前だろ?そしたら、また怒って受け止めてやるから何度でも爆発でも噴火でもすればいいさ」
「天姫、孤独になるな。お前は一人じゃないんだ」
俺はたとえ、世界が破滅しようがお前を一人にさせる気なんか全然ない。もう、お前に依存しちまってるのかもしれない。
「でぃでぃ、寒いよ……」
天姫は俺の服に縋りつくように握った。
「俺があっためてやるよ……そうすれば寒くないだろ」
顔を覆っていた手を、ゆっくりと引き離し、優しく天姫の片手を包み彼女の背に手を回す。
「………うん……」
天姫も残っていた片手を俺の手へと重ね俺の胸に寄りかかるように体重を預けてきた。
今はこれ以上言葉は必要ないだろう。後でまた話そう。時間はいくらでもある。
求めるようにお互いの体温を感じあった。
俺はさらに天姫の後頭部に手を回して抱きしめながら、前から考えていた件について、進める時だと思った。この並盛での時は確実に天姫を傷つけている。
それが天姫に必要なものなのだとしても、このまま黙って見過ごすことなどできはしない。義兄として、家族として。
ほら、さっきまで涙雨だった空が晴れてきたぜ。たぶん、お前の気持ちの変化が関係してるのかもな。だってようやくお前の笑えた顔が見られたんだからな。
(きっとその笑みが最初の一歩になるんだろう)