闇ニ花ヒラク蒼薔薇   作:サボテンダーイオウ

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標的09銀の天使と夕闇の女王

チャリ、となにか金属が擦れあう音でジルは目を覚ました。

肌に触れる感触が冷たく体が冷えている。倦怠感を感じながら半ば引きずるように起こすと、

 

「目が覚めましたかな?」

 

一人の男がこちらを見下ろしていた。ジルに面識はない男だった。だが彼こそ、クワイエットファミリーのボスである。ジルを誘拐し、己のアジトに身を隠したのだ。ボンゴレを退ける強大な力を手に入れたつもりでいる愚か者だ。

 

「ああ、声が出なかったのだね。痛ましいことだ。その可憐な声をこの耳にすることはできないとは」

 

煩わしい似非紳士の言葉にジルは不愉快に眉を吊り上げる。どうやらジルは檻の中に入れられているようだ。それも動物でも押し込めるような小さな檻。

異臭が周囲に漂っており、ジルは顔を顰めた。

 

「……その堂々たる態度。凍てつく瞳、シルバーブロンドの髪。まさに神すら退ける究極の存在。貴女は美しい。この世のどの華よりも。穢れた輩など貴女にはふさわしくない。……この私が貴女を支えその力を上手く引き出してあげよう。だから、私と組みなさい。全ての望みをかなえてあげるよ」

 

妄想男の笑える台詞にジルはクスリと笑みが浮かべた。顎先を手で固定され視線を逸らすこともできない状況なのに、ジルは取り乱す様子もなかった。それどころか相手を余裕で挑発すらしていたのだから、男は分かりやすく癇に障ったのか声がわずかに震えた。

 

「……何か気に障ったのかな?」

 

顔を掴む手に力が入ったのを感じた。それでもジルは笑ったまま、相手を見つめる。いや、眺めている。動物を鑑賞するように。

 

だって無理なのだ、ワタシを従えさせられるのはお前じゃないんだよ。

いいや、違うか…。そもそもワタシ達を従えさせようなど愚かな考えだ。

 

「……何がおかしいっ!?」

 

怒鳴り声と共に首を掴まれ締め上げられる。だがそれでもジルは笑って見せた。

 

苦しいな、苦しいなァ。だがこんな状況だからこそ嗤える。

 

「!」

 

「…そ…て……」

 

「あぁ!?」

 

怒鳴り声を上げ力を更に強めた。だがそれは瞬時のうちに終わる。

空気が裂いた瞬間男の手はずるりと離れ、ジルは一気に酸素を得て小さく咳き込んだ。

 

「…ェ…」

 

いや離れたのではない、離したのではない。

手が、ジルの首を掴む手が薄汚い地面に落ちたのだ。

べちゃりと肉体から切り離された手が落ちた床先の中心に真っ赤に染まる。

 

「ァァァァァああ嗚呼ああああああ!!」

 

切り口がすっぱりと切られ断面が露わになる。まるでまな板の鯉のように。男はこれから少女に調理されるのだ。愚かにも、彼女に逆らってしまったゆえに。

 

「……ワタシに気安く触れるものじゃないわよ、その安い命、溝に捨てたいのならね」 

 

高い代償を払うことになるんだから、と彼女は嗤う。

ジルの目が赤く輝き、男はのた打ち回りながら死を、死よりも怖い恐怖を体感したのだ。

 

◇◇◇

 

何処までも何処までも行き着く先は闇ばかりだ。自分自身はここにいるのに自分じゃない自分は何処にいるのだろう。

魂だけが外歩きしているようだ。体を捨てて魂だけとなっているのか。これはあの時と似ている。彼女が体を支配する時の甘い誘惑と同じなのだ。

 

たった一口、口にいれてしまった禁断の果実のように全身に染み渡る強くて危険な力。

彼女が私を守るのはなぜだろう。

 

【ワタシは貴女 貴女はワタシ】

 

彼女はそう言っていた。だが理解できない、私は私でしかいないはずなのに。

 

…………私……?そもそも私の名前はなんていうんだ?

今のジルじゃない、本当の名前。思い出せない。全然なにも。自分の事なのに。

どんな人物だったか、どんな暮らしをしていたか、家族はいたのか?友達は、仕事?恋人は?歳は?性別は?それさえわからなくなっている?当たり前と思っていたことが当たり前じゃなくなってきている。

 

わからないわからないワカラナイワカラナイワカラナイ!嫌だ、私が私でなくなる。

私は誰だ?一体、何者なんだ?

 

私を飲み込もうとする闇が深く鳴ってく。それは脆い私を飲み込む勢いだ。

終わる、私はこんなところで終わってしまう。

 

だが絶望の中、ある声が天上から響く。

 

『弱くなったな、お前は』

 

誰…?

見知らぬ声に戸惑う私。

 

『いつものあの偉そうな気迫は何処へ消えた』

 

……知らない、そんなの私じゃないわ。

 

『知らないだと?ただお前は逃げ出しただけじゃないか。己の現実からな』

 

げん……じ…つ……。嫌、その言葉は私を脅かすもの。

 

『俺は弱い人間に役目を背負わせた覚えはない。俺の選定が間違っていたなんていわせねぇぜ。この神である俺がな。さっさと思い出さねぇとお前の大切なモン消えちまうぞ?…アイツとかな』

 

アイツって誰?

 

暗闇から急に視界が開けた。どんより雲が広がる向きだしの大地にポツンと座り込む一人の少女がいた。独りぼっちで。

 

『……イヤダ…、イヤダよぅ…』

 

泣いている?どうして泣いているの。

栗色のふわふわとした髪が風に揺れる。でも私の手は彼女の体をすり抜けた。

 

『ひッ…ク……お願…い…』

 

かすれた声から響くのは切なる願い。

 

『お願いお願いお願い!助けて!死なせないで!』

 

少女は虚空へ手を伸ばす。必死に、無我夢中で。

 

『おねーちゃんを死なせないでぇぇぇえええ!』

 

少女の瞳は涙で揺れていた。

 

◇◇◇

 

「ようやく来たのね」

 

嘲笑うような笑みを浮かべてジルはその場に一人佇んでいた。

 

「喋っている…のか…」

 

ジルのすぐ足元には男の頭がごろりと転がっている。最初は暗がりの中、マネキンの頭かと思った。だが違うとすぐに判断する。部屋には濃い血の匂いが充満していたからだ。全身の血液を抜いたように壁という壁に飛び散っている。それは足元でさえも同じこと。

 

「喋れたらおかしいかしら、ああ。コイツ愚かにもワタシに手を出そうとしたから遊んでおいたわ」

 

ジルはそれをまるで道端の小石を蹴とばすように足で蹴った。それはゴロゴロとディーノの足元に転がってくる。絶望に顔を歪ませたままその男だったものとディーノは視線が交差し、瞬間喉元からせりあがってくる気持ち悪さに口元を覆うも間に合わずその場に吐しゃしてしまう。

 

「うっ、ぐっ……!」

 

「あらあら、マフィアのボスともあろうものが軟弱なのね。これぐらい見飽きてるくらいでしょう?」

 

早くこの空間からジルを連れ出さないとおかしくなってしまうと思った。だから「ジル、帰ろう。すぐに、帰ろう」と無理矢理ジルの腕を掴んだ。だがジルの身体がまるで岩のようにピクリとも動かなかった。

 

「まだ遊び足りないわ」

 

そう言ってジルはディーノの手をいとも簡単に振り払う。

後からやってきたジル探しに合流し現場に駆け付けたザンザスが凄惨な場に驚愕の声を上げた。

 

「!?……どうしたんだ」

 

「ザンザス、……なぜ来たの」

 

「お前!?声が……ジル来い」

 

「貴方まで邪魔するのね」

 

「いいから、来い!」

 

ディーノではなぜか動かなかったジルの身体がまるでなにもなかったかのように簡単にザンザスの腕に収まる。抱き上げられジルは可笑しそうに喉を鳴らして笑う。

 

「フフッ、貴方って相変わらず乱暴ねぇ」

 

「……」

 

「でも『面白いし愉しいから』、いいわ。飽きたし帰りましょうか?せっかくの服が台無しだもの」

 

じっと黙ったままのザンザスの首にぎゅっと抱きついたジルはそういって微笑を浮かべた。通常の人間なら精神がおかしくなっても間違いはない、一人の人間が無残な死体をさらしている部屋で子供は笑うのだ。むしろザンザス相手にじゃれてさえいる。いや、あれは構っているといった表現が正しいか。幼い容姿に似つかわしくない大人のやり方。

 

異常。

これは異常なのだ。

 

この光景はディーノの中で決定的な傷を負わせた。

 

少女の運命に自分といる現実は存在していない。なぜか?それはジルが現れ、あの指輪が出現した時から決まっていたのだ。だからこそ九代目も俺からジルを引き離してジルに相応しい教育と環境を与えようとしたのだ。全てはボンゴレ繁栄のため。

 

もう時間は残されていないとディーノは思った。

 

だからこそ、ディーノ自ら手放そうと決断した。全てはジルのためだと自分に言い聞かせて。傍に置けられるほど彼女は小さな存在ではないことを思い知らされ、己の手だけでは守り切れないと痛感したからだ。

 

反対にジルは彼の苦渋の決断を知っていた。

彼が身を切られそうに悲しい顔をしていたから。共に過ごした時間は短いかもしれない。だがその時間だけでも彼の人となりを知ることができた。だからこそ受け入れることができた。きっと、元に戻れる時が来るからと願って。

屋敷に戻って二人っきりになった時にディーノはジルの隣に座り少女の小さな手を己の手で包み込み、視線を合わせた。

 

「ジル、……しばらく、さよならしなきゃならない」

 

子供にもわかりやすい言葉を選んで選んで彼は告げる。

 

ありがとう、でも大丈夫だよ。

だって私が普通と違うのは明らかだもの。知らない記憶の裏にはどこかで私が何かした証が刻まれている。今回もプツンと記憶が途切れたみたいに途中で目が覚めたら、一番に会いたかった彼が居たもの。あれ、いつの間に戻ってきたんだろって首ひねったよ、その時は。

……私は分別ある大人、だと思う。見た目は子供だけど子供じゃない。

我儘いって困らせるのなんて嫌だ。

だから私は彼に笑顔で微笑んだ。聞き分けのいい子みたいに演技をする。

 

「うん。分かった」

 

それが最良な選択だ。

なのにどうして彼は今にも泣きそうな顔をしているのか。

 

「…ジル…悲しいか……」

 

「ううん」

 

悲しくなんかないよ。

だって私は貴方に家族だといってもらえた。素性の知れない餓鬼一人のために一生懸命愛情を注いでくれた。だからそのお礼に私は何でもする。

ううん、させてほしい。この身一つで何か返せるなら何でもするよ。

だから。ああ、どうか涙を溜めないで。貴方は笑顔が似合うから。

私も、今泣きそうかもしれない。けど涙は零さない。それが私の決意だもの。

 

(『家族』それが貴方と私の合言葉)

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