前回のあらすじ三行
・二度目のPvP
・番外ちゃんの勝ち
・子作り宣言
ジャック・オー・ランタン 様 誤字報告ありがとうございます。
「というわけで、早速命令を聞いてもらうわ。私と子供を作りなさい」
チャリオットはあまりの衝撃に何も言えず呆然としていた。
この世界に転移してからまだ二日目。出会ったばかりの少女に、何もかもすっ飛ばしていきなり結婚を申し込まれたのである。確かにどんな命令も一つだけ聞くという条件だったが、せめて恋人からではないだろうか。いやそもそも何故惚れられているのだろうか。
「あなたとの間に生まれる強い子供が欲しいの。できれば教育も手伝って欲しいけれど、そこまで無理は言わないわ」
「ほ、本気か? だって出会ったばかりだぞ?」
「関係ない。だってあなたの様に強い男なんて、他にいないもの」
平然と話しているが、その動機が理解できない。
いやもしかすると、この世界独自の価値観なのかもしれない。女はより強い男を探して子を成すのが常識で……ありうる。
あまりにも都合の良い解釈に逃げている。が、正直これだけの美少女に告白されて断るのはあまりにも忍びない。リアルでは出会いがなくて彼女の一人も出来なかったのだ。面食いだなどと言われても知ったことか。だって可愛すぎるんだもん。
「分かった。でも結婚はちょっと待ってくれ。もっとお互いを知ってからで……」
「結婚はしないわ。というか籍入れられないでしょ?」
「えっ」
どういう事なのか話を聞いてみると、どうやらこの世界に自分のような異形種はいないらしい。
森でユグドラシル由来のモンスターを見たせいでずっと勘違いしていたが、ゲームのように多種多様な生物が共存しているわけではなく、国民のほとんどは人間種か亜人種で構成されている。つまり、どこに行ってもこの姿では受け入れて貰えないのだ。早くそれを言って欲しかった。
すぐにでも街に入って観光しようと思っていたのだが、それも不可能になってしまった。透明化や幻術の類も持ち合わせていない。
「変身とかできないの?」
「そんなことできるわけ──あ」
融合体はあらゆる種族の特徴を持っている。それは人間種も例外じゃないはずだ。更にこの職業を取得するための前提職の一つに<
一つ懸念事項があるとすれば、それはシェイプシフターのレベルがたったの1だということだ。必要最低限しか取らなかったのが悔やまれる。
目を閉じて人間の姿をイメージする。まずは翼を仕舞って──
「痛い痛い痛い!!」
背中の翼がゴリゴリと体内にめり込んで無茶苦茶痛い。体のツボを思いっきり押されているような、芯に響く激痛だ。
「大丈夫?」
「な、なんとか……」
気を取り直して邪魔な部分を体内に取り込む。どうにか翼と尻尾を収納できたので、次に人間の皮膚を全身に纏うようなイメージをしてみると、見る見るうちに体が変形していく。死ぬほど痛いが変形は止まらない。
十秒ほど経つとようやく落ち着いてきた。まだ体内でぐるぐると何かが蠢いているのが少し不快だが。
あまりの痛みに零れてしまった涙を拭い、自分の左手を見る。それは温かみのある健康的な人間の手……などではなく、やはり猛禽類の手であった。そのまま視線を落として見ると、思いっきりアレが丸出しだった。慌てて適当なズボンを履く。
アイテムボックスに鏡代わりになるものはないかと探してみると、丁度良く"鏡の騎士の大盾"があった。金属でありながら雷属性に対して高い耐性を持つ盾である。
「うわー。中途半端」
頭と胴体は概ね人間に見える。しかしパーツが足りなかったのか、手足の関節から先がそのままだった。
それに体の表面積を減らしてぎちぎちに詰め込んだせいか、少し体温が上昇した気がするし、なんだか窮屈だ。サイズの合わないスーツを着せられているような感覚だろうか。
(どっかで見たような顔だな)
上半身裸、ツンツン頭、日本人らしい黒髪黒目。
思い出した。ユグドラシルで最初にアバターを作るときのデフォルト設定だ。
なぜデフォルトなのかと考えながらぺたぺたと触っていると、彼女の視線に気が付いた。素人でも分かるような、強い疑いの目だ。
「……なぜ? どうしてお母さんと同じ色を? あなた、一体どこから来たの?」
彼女との共通点は髪と瞳の色だから、おそらくその事を話しているのだろう。母親のみを挙げているのは、彼女がハーフだから?
ただならぬ雰囲気から、下手な発言は彼女の機嫌を損ねかねないだろうと考える。昨日の会話を思い出しながら質問の意図を探っていると、一つの答えに辿り着いた。
「そうか……。君のお母さんは、日本人だったのか」
「ニホン……?」
彼女は自分を神の血を引く存在だと言っていた。昨日は黒歴史だと思い流していたが、本当に六大神、つまりプレイヤーの血を引いたのなら、日本人の特徴を持っていてもおかしくはない。
この子には話すべきかもしれない。プレイヤーとの繋がりを持つ存在は貴重なはずだ。
「俺は違う世界から飛ばされて来たんだ。その世界に住む多くの人は日本という国の出身で、こんな黒髪黒目をしている。多分、君のお母さんもそこから来たんじゃないか?」
「お母さんは法国出身だから違う。あくまで神の血を引いてるだけ」
その言葉を聞いて少しだけ落胆する。可能性は低いと思っていたが、やはり彼女の母親はプレイヤーではなかった。
「ねぇ、あなたは神様なの?」
「こんな神様いたらそれはそれで面白いけどね。神様も実験失敗するんだなって。
まぁ冗談はさておき、俺も六大神も、ちょっと力を持っただけの生き物に過ぎない。なんで日本人が神として崇められてしまったのか、どうも理解に苦しむな」
「そうなんだ。この世界と違って、あなたの居た世界は面白そうね。私もそこで生まれたかった」
「あー……オススメはできないな。こっちの方がよっぽど良い世界だよ。ホントに」
あの世界は取り返しのつかない失敗をしてしまった。人間が欲をかきすぎた結果、美しかった環境は汚染され、格差社会を生んでしまった。
もう二度と、あんな所には戻りたくない。
「ねぇ。もっと色んな話を聞かせてよ」
「もちろん。君のお母さんの話も聞かせてくれ。まぁそれは移動しながらだな」
「その前に水浴び」
それもそうだ、と無限の水差しを渡す。大量の水を収納できるアイテムだ。
互いに汚れを落とし、荷物をまとめる。
最初に目指すは三国に囲まれた城塞都市、エ・ランテルだ。
* * *
エ・ランテルまでの道のりはそれなりに険しい。というのも、法国の連中に姿を見られないよう森の中を進んでいるからだ。自分は人間に変身して手足を装備で隠しているし、彼女は全身を緑のコートで包んでいるから、すぐにバレることはないだろうが。
最初の内は自然を楽しみながら歩いていたが、次第にストレスが勝ってくる。森の中はほとんど整備されていないので足元に気を配る必要があり、モンスターも頻繁に襲ってくるので中々神経を使う。
しかしこうまで徹底する必要があるだろうか。街に着いても法国の人間に見つかる危険性はあるのだから、いっそ<飛行>で一気に移動してしまおう……と彼女に提案したのだが、それは断られてしまった。
どうやら彼女は、俺がモンスターと戦う様子を見て楽しんでいるらしい。モンスターが出る度に自慢げに技を見せびらかしたのが仇になってしまったのだ。
そしてついに訪れた、二日目の夜。手頃なスペースを見つけて食事をとり、水浴びや服の洗濯を済ませたら、テントを広げる。
(やばい、結局何の対策も思いつかなかった。いきなり子作りはまずすぎる。色々と後に引けなくなるし、この世界を旅したいのに子供なんてできたら……)
歩きながらの会話の中で、この世界は本当に謎に満ちているということが分かった。まるでユグドラシルのように、未知のエリアで溢れているのだ。是非とも冒険してみたいと思うのだが、もしも子供が産まれたらその夢は潰えるだろう。
彼女と一緒にいられるのは嬉しいが、夫婦円満を望んでいるわけではない。できることならリアルのように家族や社会に縛られず、自由に生きていきたいのだ。
しかし気付けば二人テントの中。彼女は恥ずかしげもなく服を脱ぐ。
年相応の控え目な双丘に、引き締まった美しいボディラインが、月の光に薄く照らされシルエットとして映し出される。半端に利いた夜目のせいで細部はぼやけ、むしろ情欲を掻き立てられる。
掛ける言葉も見当たらず、無意識にゴクリと喉を鳴らしたタイミングで彼女は言った。
「心配しないで。やり方は知ってるわ」
え、まさか経験豊富なのか。ちょっとショック、いやそうじゃないと一人問答している内に、するりと寝床に潜り込まれてしまった。
彼女は俺の右腕を両手で抱きしめ頬を当て、更に足を絡めると、その状態で両目を閉じる。
そのまま五分が経過した。右腕と右脚はがっちりと挟まれて動かせない。
十分経過。人間形態は体温が高いというのもあり、汗だくになる。時々入る外の風が心地良い。
三十分経過。彼女はすーすーと寝息を立てて寝てしまった。
* * *
城塞都市エ・ランテル。三重の立派な城壁に囲まれたこの都市に、新たな二人の冒険者が現れた。
一人は漆黒の全身鎧に身を包み、真紅のマントと二本のグレートソードを背にする屈強そうな戦士。そしてもう一人は誰もが振り返るほどの美貌を持つ女性で、その黒髪は日の光を浴び真珠の様に艶やかに輝いている。
戦士モモンと魔法詠唱者ナーベの二人組は、冒険者として初めての依頼に望んでいた。
「では先導は野伏のルクルットが、左右は私とダイン、ニニャが守ります。モモンさんとナーベさんは、馬車後方をよろしくお願いします」
「了解しました」
今回共同で依頼を受けた『漆黒の剣』リーダーであるペテルが指示を出す。
モモンは隠れて興奮していた。蓋を開けてみれば夢のない冒険者稼業に一度は落胆したものだが、それでも初めての依頼は気合が入る。それに、久しぶりに外で体を動かせるのも嬉しかった。
(よし、何事も最初が肝心だ。この依頼でモモンの実力を見せつけ、彼らには存分に俺の名声を高めて貰わなければ)
「出発しますねー」
馬車の準備が整うと、今回の依頼主であるンフィーレアが声を上げた。
そして出発と同時にまたもルクルットが軽口を叩く。彼は酒場で出会った時からナーベに目を付け、しつこいほどにアプローチしているのだ。
対するナーベは黙れミジンコとお得意の毒舌をお見舞いする。
主人が呆れ、従者が自責の念にかられているその隙に、背後から凶刃が襲い掛かった。
「ナーベ、あまり人間を下等生物扱──あだぁ!?」
「アインズ様!?」
どこからか飛来した何かがモモンの背を強烈に打つ。突然の衝撃に対応できず、モモンはそのまま地面に激突してしまった。
「アインズ様、ご無事ですか!?」
「ナーベ! 俺の事なんか気にするな! 周囲の警戒をしろ!」
モモンは素早く起き上がり、ナーベは弾かれたように周囲を見張る。更に『漆黒の剣』のメンバーも集まって武器を抜いた。
一人の歯ぎしりと呪言を除いて、しばらくの静寂が続く。
「誰も、来ないですね」
最初に口を開いたのはペテルだ。
「そうだな。しかし、一体何が起きたんだ? この斧はどっから飛んできた?」
続いてルクルットが疑問を投げかける。モモンの足元に転がっていたのは、一見して安っぽい印象を受ける一本の斧だった。
モモンはそれを一瞥した後、振り返る。
「皆さん、申し訳ありません。今回の依頼は日を改めてもよろしいでしょうか?」
「……当然ですね。このまま出発するのはあまりにも危険です。いいですよね、ンフィーレアさん?」
「わ、分かりました。それで大丈夫です」
依頼主が了解し、この場は解散となった。
モモンは足元の斧を乱暴に拾ってアイテムボックスに収納し、すぐさまナザリックに転移する。
* * *
ナザリック第十階層玉座の間。緊急招集を受けた階層守護者達は、玉座に向かうアインズの急いた足取りに不安を抱く。もちろん、それを表に出す愚か者はいない。
「面を上げよ」
素早く一斉に顔を上げ、極限まで集中する。緊急の要件においては聞き逃すことは疎か、一秒でも無駄な時間を掛けることは許されないからだ。
「つい先ほどのことだ。私が冒険者モモンとして活動している最中に、何者かの襲撃を受けた」
シャルティアは内に渦巻いたあらゆる感情を必死に抑え、続く言葉を待った。
「そうだ。不測の事態に必要なのは常に冷静であることだ。お前達は正しい。
さて、まずは伝えねばなるまい。私は何らの怪我も負っていない。安心してくれ」
マーレは感謝する。偉大なる至高の支配者は、何よりも優先して我らしもべの不安を取り除こうとしたことに。
「だが、この事実もまた問題なのだ。私は襲撃に遭ったにも関わらず、ほとんど実害を被っていない。では敵の目的は何か?」
デミウルゴスは思案する。緊迫した状況だが、それでも我らの頭脳を試されているのだ。
「誘導、でございます。アインズ様は既にニグレドによる追跡を行っているはず。ですが、下手に手を出すわけにはいきません」
「その通りだ。それに、重大な事実も発覚した」
アインズはアイテムボックスから斧を取り出し、<道具上位鑑定>を掛ける。
「襲撃に用いられたこの投げ斧はユグドラシル製だ。主に<投擲>スキルを持つ戦士職がモンスターを誘き出す時に用いる。つまり襲撃者は、戦士職の
コキュートスは思い出し、カチリと顎を鳴らす。かつての大侵攻では、アインズ・ウール・ゴウンに歯向かう愚かなプレイヤーに敗北を喫し侵攻を許してしまった。二度と繰り返してはならない過去である。
「ここで最悪の可能性は、襲撃者がこのナザリックの存在を既に暴いているということ。私がこの斧の所有者に躍起になっている間にここを襲撃される、ということだけは絶対にあってはならない。分かるな?」
アウラは歯噛みする。今回の襲撃に最も憤るべきは当然アインズ自身である。その本人が、我々しもべに我慢せよと言っているのだ。本当ならば是が非でも襲撃者を追いたいはずなのだから、その苦悩は計り知れない。
「敵の戦力が分からない以上、下手にこちらの戦力を分散することもできない。しばらくはニグレドに調査を任せ、情報を得次第お前達に共有し、対策を練らねばならないだろう。
いいか、気を引き締めろ。常に警戒を怠らず、慎重に行動せよ」
アルベドは決心する。愛するお方を傷付けたクズ共を、必ず地獄に叩き落とすと。
ナーベラルが物凄い勢いで口を滑らしちゃってますが、仕方ないですよね。
ついアルベドは不穏な書き方をしてしまいましたが、頻繁にログインしていたチャリオットはそんなに憎んでいません。多分