番外ちゃんと旅するお話(仮)   作:ミッドレンジハンター

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前回のあらすじ三行
・初夜
・モモンさん襲撃される
・NPCげきおこ


逃亡生活が始まる?

 この森に巣食うモンスターはかなり弱い。レベルにして十に満たないのではないだろうか。これまでは念を押して強めのスキルを使って倒してきたが、今はもう気持ちが緩み切ってしまった。敵が見えたら斧を投擲する、それだけの作業だ。

 実はこれが意外にも番外ちゃんに好評だった。というのも、この世界では武器の投擲という攻撃手段は珍しいそうだ。考えてみれば当然のことで、アイテムボックスを持たない人にとって携帯できる武器の数は有限である。わざわざ投擲用の武器を用意するくらいなら、素直に弓を背負う方が理に適っている。投げナイフならば嵩張らないかもしれないが、スキル無しでのスローイングは想像だけでも難しい技術だと分かる。精々見世物くらいにしかならなそうだ。

 そんなわけで、今は彼女と共に投擲の練習をしながら歩いている。投げ物は数種類あるが、まずは比較的扱いやすい投げ斧を渡しておいた。

 

「またつま先の向きズレてるよ。あともっと胸を張る」

 

 ギルドメンバーからの受け売りではあるが、投擲に必要な知識を伝えていく。だがこれは一朝一夕で身に着くような技術ではない。まずは投擲物の重心に慣れ、リリースタイミングを体で覚える必要がある。ユグドラシルではキャッチボールは得意でも、武器の投擲は苦手とする人が多かった。

 彼女もその例に漏れずかなり苦戦している。センスはあるし膂力も十分なのだが、やはり精度が悪い。すぐには使いこなせないだろうが、楽しんでやっているのはとても嬉しいし良いことだ。

 

 

 

 太陽が一番高く昇る頃、50メートルほど先の木の間から、緑の平原と白い城壁が見えてきた。あれが目的地の城塞都市エ・ランテルに違いない。思っていた以上に立派な街のようで、未知の文化に期待が高まる。

 するとすぐ先の木陰から、下卑た声をあげながら、ゴブリンの集団が姿を現した。彼らが手に持つ小汚い得物には見覚えがある。朝に逃がしたゴブリンが、性懲りもなく待ち伏せをしていたのだろう。

 しかし、わざわざ待ち伏せしておきながら不意打ちをしないのは非常に勿体ない。ゴブリン程度の知能ではこれが限界なのだろうか。

 

 隣の番外ちゃんは待ってましたと言わんばかりに斧を構える。新たな犠牲者、もとい練習相手に少しだけ憐憫の情を抱きつつ、数歩後ろに下がる。彼女が斧の投擲にハマってからは、自分は専ら斧の回収役になっていた。散らばった斧を<磁力>で回収し、彼女に手渡す。まるで小間使いだが、この世界唯一の協力者の機嫌を損ねるわけにはいかなかった。

 

 対するゴブリンは無策でもないらしく、斧を振り被るのを見ると木を盾にして回避している。ちゃんと学習能力はあるらしい。

 そうして上手いこと前進するのかと思いきや、何故かゴブリン達は少しずつ後退していった。彼らの後ろに森はないため、後退は悪手でしかないはずだ。どうにも一貫性のない行動に違和感を覚え始めたとき、その理由が明らかになる。

 

「あ」

 

 時すでに遅し。樹上に潜んでいたゴブリンによる棍棒の投擲が彼女を襲う。それは見事頭部にヒットし、ボコッと鈍い音を立てた。

 それを受けた彼女は足を止め、斧の柄をギリギリと握り締める。無理もない。ゴブリン如きの作戦に引っかかってしまったこともあるだろうが、真に注目すべきは彼らの投擲技術。安定を欠く樹上から、粗末な出来の棍棒を的確に頭部に命中させたのだ。投擲だけ見れば間違いなく彼女よりも上手であった。プライドの高い者にとっては耐えられないかもしれない。

 怒りに任せて樹上に放った投げ斧は、ゴブリンの真上を掠めて抜けた。

 

「ちょ、やばい!」

 

 斧は凄まじい速度でエ・ランテルの方向へ飛んでいく。慌てて<磁力>を唱えるが、既に射程外であった。

 万が一でも街の住民に被害が出たら大変なことになる。探知系の魔法を使われればすぐにこちらの居場所が割れ、指名手配まっしぐらである。それに人的被害がなくとも、城壁に突き刺さった斧が見つかるだけでも大問題になりかねない。

 

 せめて斧の行く先を見なければ。目の前のゴブリンを即座に切り伏せ、街に一番近い木陰に身を隠す。幸いこの身体は視力が良いため、既に小粒程度にまで遠ざかった斧を捉えることができた。しかしその両目は、最悪の事態を目の当たりにしてしまう。

 城壁をかろうじて避けたその斧は、運の悪いことに城門近くに立っていた黒の全身鎧に命中してしまった。

 

「あ、あわわわわ……」

 

 鎧の者はすぐに立ち上がり剣を構えた。命に別状は無いようだが、問題はその隣にあった。

 その体つきと身長から、恐らく女性。顔や装備までは見えないが、重要なのはただ一つ。その女性は、黒髪であった。

 

「番外ちゃん! 逃げるぞ!」

「え?」

 

 彼女の疑問に答える時間は無い。もしもあの女性が日本人、いやプレイヤーであれば、非常に不味いことになる。黒の全身鎧、黒髪の女性、更に後ろには数人が見えた。もしもその全員がプレイヤーなら、どうやっても勝ち目はない。こちらが取るべきは、逃げの一手だ。

 

 幸いまだ気付かれていないらしい。素早く森に戻ってから、アイテムボックスを探る。取り出すのは斑模様の入った手の平サイズの卵。フレンドリーファイアの可能性があるため本当は使いたくなかったのだが、背に腹は代えられない。番外ちゃんを襲わないよう祈りながら、卵を地面に置く。

 手を離れた卵はカタカタとひとりでに揺れ始める。数秒後にはヒビを作り、眩い閃光と共に孵化すると、見慣れた()()()が現れた。

 

 "潜む沼地の大蛇"の名でヘルヘイムにPOPするこのモンスターは、運営の御眼鏡に敵い、課金限定の移動用ペットに抜擢された。

 縦に黒と茶の縞模様を揃えたその体長は20メートルにも及び、レベルも80と非常に高い。ただし飽くまで移動用のため、攻撃命令は下せない。戦闘に関しては最低限の自己防衛機能を備えているだけである。

 しかし、自己防衛の条件には「所有者以外の騎乗」が含まれていたし、そもそも一人乗りのペットであった。ユグドラシルでのシステムがどこまで反映されているのか、全く想像がつかない。そういった意味で、これは危険な賭けだった。

 

「キース。俺達を乗せて全速力で駆けろ。できるか?」

 

 意思疎通が出来ることを祈って声を掛けてみると、頷いて了解の意を示してくれた。信じられないことに、人の言葉を理解しているようだ。

 キースの背に恐る恐る跨ってみる。光沢のある頑丈そうな鱗だが、思っていたよりも柔らかく、乗り心地はとても良い。凄い、可愛いと口にする彼女も続いて跨るが、キースに嫌がる素振りはない。敵対の不安が解消され一安心だ。

 出発の合図を出すと、キースの全身が瞬間硬直し、最高速で駆けた。

 

「は、はやっ……!」

 

 一瞬の加速によって全身に強烈なGがかかる。空気の塊が正面から襲い掛かる。少し考えれば分かったことだが、ゲームにはない物理法則の波に押し寄せられた。

 

 

* * *

 

 

 薄明に差し掛かった頃、俺達はカッツェ平野と呼ばれる場所にいた。エ・ランテルから南東に位置し、常に霧に覆われている地だ。アンデッドが多発する危険地域でもあり、逃げ隠れるには絶好の場所となる。今日はここにグリーンシークレットハウスを建てることにした。

 

 魔法で作られたコテージ風の拠点は、外見と異なり内装がとても広い。何時間も走りっぱなしだったキースはへとへとであり、リビングで羽を伸ばしている。番外ちゃんはキースを気に入ったようで、全身を触ったり頭を撫でたりしていた。今は餌を与えようとしているが、キースはどれも受け付けないようだ。ゲームなら特別餌を与える必要はないのだが、この世界ではそうもいかないだろう。蛇の餌の好みも調べなくてはならない。

 

 ふかふかのソファーに腰掛けて、今日の出来事を振り返る。

 

(困った、本当に困った。今思えば、素直に自首して謝罪するべきだった)

 

 普通に考えれば、この世界に飛ばされたプレイヤーの存在は貴重なはず。仮にこの世界に飛ばされたのが最後までログインしていたプレイヤー全員だったとしても、異なる土地と時代に分散すれば、出会う確率はかなり低い。むやみに手は出せないだろうし、そもそもユグドラシルにおいて確実に勝てる保証など一つもない。不可能を可能にしかねないWI(ワールドアイテム)が存在するからだ。

 

(まぁ、WIなんて持ってないんだけど……。過ぎたことを考えていても仕方がない。そんな躍起になって追いかけられるほどの事件でもないしな。今後の予定を考えるか)

 

 今後の予定といっても、目的地は殆ど決まっている。エ・ランテルの南から逃亡し、南西のスレイン法国を避けるなら、行ける場所は南東の竜王国しか残っていない。人間圏の最南端である竜王国は、その名に反してドラゴンなどは住んでいないらしい。国名の由来が気になるところだ。

 

 竜王国に着いたら、仕事はどうしようか。世間知らずで出自不明の一部異形種が暮らしていけるのだろうか。最悪、番外ちゃんのヒモになってしまうかもしれない。それだけは避けたいと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 




遅くなりました!
初夜後の展開ばっさりカットですみません。上手く書けませんでした。

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