ありふれた職業で世界最強~シンゴジ第9形態とか無理ゲー~   作:ユウキ003

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今回は、序盤はハジメ達の話ですが、中盤以降は
雫達にフォーカスしたお話です。


第11話 もう一つの迷宮攻略

~~前回までのあらすじ~~

オルクス大迷宮150層にて封印された少女

を助け出したハジメや司達。しかし5人の

前に突如としてサソリ型の魔物が出現する。

司が指揮を執り、何とかこれを撃退した後、

彼らは少女に事情を話し、また少女の事情

を聞き、彼女に『ユエ』と名前を

付けるのだった。

一方で、司は自らの素性を話し、無事4人

に受け入れられるのだった。

 

 

サソリ型魔物との死闘。ユエとの出会いの

翌日の朝。

私はいつも通りに目を覚ました。

その時、ふと体にのしかかる物を感じ、

下に視線をやれば、ルフェアが私の胸の

上で眠っていた。

私はゆっくりとルフェアを布団に寝かし

直すと、ハジメ達の方を見回した

のだが……。

 

何やらハジメの布団が盛り上がっている。

そして、ユエの方の布団に彼女の姿が

無い。……まぁ良いか。

私はそう思って、防音結界の中で朝食の

用意をしていた。

 

防音、と言っても中から外に音を

漏らさないだけで、逆に外からは普通に

音が聞こえる。

なので……。

 

「え?……えぇぇぇぇぇぇっ!?」

食材を調理していると、後ろからハジメ

の叫び声が聞こえた。

振り返ると、ハジメが自分の胸の上で

眠るユエに気づいて驚いていた。

「ゆ、ユエちゃん!?何で!?」

ハジメが驚いていると、ユエが

起き上がりハジメの腹の上に座った

まま眠そうに瞼をこする。

 

「ふぁ。……おはよう、ハジメ」

「あ、うん。お、おはようユエちゃん。

 ……じゃなくてっ!何で僕の布団で

 寝てるの!?」

「……添い寝だから」

「……。うん、ごめん。今のは僕が

 言葉足らずだったね。僕としては

 理由が聞きたいんだけど……」

「ん。私がハジメと一緒に寝たかった

 から」

ユエがそう言うと、ハジメは困ったような

表情を浮かべた。

 

ふぅむ。どうやらユエはハジメに気がある

様子。

っと、どうやら彼女が起きたようだ。

 

未だにハジメの上に座るユエ。その時。

「ハジメくん?」

彼の耳に、静かながらも底冷えする声が

聞こえた。

ハジメは、ギギギッと擬音が聞こえる

ように、ゆっくりと声の主の方を向く。

 

そこには、背後に鬼神のオーラを纏った

香織が、笑みを浮かべながら立っていた。

……と言うか、以前の般若からパワーアップ

していますね。あれ。

「ユエちゃんと、何をしてるのかな?」

「え。い、いや、あの、香織さん。

 こ、これは、その……」

「……添い寝。して貰った」

「ゆ、ユエちゃん!?」

驚愕するハジメ。どちらかと言うと、ユエ

が潜り込んだ形のようだが……。

しかし、今の香織を更にヒートアップ

させるのには十分なようで……。

 

「ふ~ん。そうなんだ~」

おぉ、香織のオーラがより濃密に。

これほどのオーラを放てる人間が

居たとは……。人間に対する認識を

改めねば。とか思いながら私は調理

を続ける。

 

「ねぇ、ユエちゃん。実はね、私と

 ハジメくん、付き合ってるんだよ?」

「……ハジメ、本当?」

「う、うんっ!そうなんだ!実は

 僕と香織さんは付き合ってるんだよ!」

「……ふ~ん」

二人の言葉を聞いても、ユエは頷く

だけでハジメから離れようとしない。

 

すると……。

「……じゃあ、奪う気で行く」

そう言ってユエがハジメの首元に両手を

回した。

「……はい?」

瞬間、香織のオーラが更に膨れ上がる。

……。香織、今のあなたは威圧感で

人を殺せそうな程ですが……。

これは口に出さない方が良さそうだ。

 

すると……。

「……私は、ハジメが好き。

 だから、これは戦争」

「……ふ~ん」

香織とユエの間で火花が散る。

成程、これが俗に言う『修羅場』ですか。

そして、見るとすぐ側では縮こまっている

ハジメと、起きたらすぐ隣で修羅場に

なっていた事に驚いて大量の疑問符を

浮かべながら半泣きのルフェア。

成程。これが所謂『混沌』な状態ですか。

 

「はいはい。そこまでですよ二人とも」

私はドーム結界を解除し、二人の仲裁に

入った。

「朝食にしましょう」

 

そう言って、私はとりあえず二人を

宥めるのだった。

そして朝食を取った後、少しの休憩を

挟んで私達は出発の為にジョーカーを

纏った。のだが……。

 

「……司」

「ん?何ですかユエ」

「……私も、あれ欲しい」

「あれ?」

そう言ってユエが指さしたのは、ハジメの

ジョーカー0の首元だった。

「あぁ。マフラーですか?」

「ん、そう」

「まぁ別に構いませんが、色など

 要望はありますか?」

「……ハジメと同じ、深紅」

「分かりました」

パチンと指を鳴らすと、深紅の

マフラーが現れ、ユエはそれを首元に

巻いた。

 

「……ん。これでハジメとお揃い」

と言いつつ、ドヤ顔をするユエ。

『ボゴォォォンッ!!』

 

すると、近くの壁が粉砕された。

音がした方を向くと、何やら香織が

壁を思いっきり殴っていた。

「……香織、どうしました?」

「え?何でもないよ~。ちょっと、

 虫の魔物が居たからさ」

それで壁を全力で殴るんですかあなたは。

 

そう聞こうと思ったがやめた。

見るとルフェアとハジメがガタガタと

震え、そして私の後ろに隠れた。

……二人は私を盾にする気ですか?

 

「ハァ。……全員傾注」

二人のハジメ争奪戦にため息をつきつつ、

私は気を引き締めて4人に向き直る。

流石に場所が場所だ。私が声を上げると

4人とも気を引き締めた様子だ。

 

「それでは、これから再び行軍を

 開始する。ユエが加わった事で、

 フォーメーションを若干修正する。

 これからは中衛を廃して、前衛と

 後衛に分ける。私とハジメが前衛。

 香織、ルフェア、ユエの3人が後衛。

 また、ユエはその力の関係上、

 接近戦が苦手と判断します。なので、

 香織とルフェアは万が一にも敵に接近

 された場合は彼女を守るように」

「ん」

「うん。任せて」

「がんばります!」

ユエ、香織とルフェアが意気込んだ返事

を返す。

 

「ハジメ。ハジメはこれから私と共に

 前衛です。と言っても、主な内容は

 私のサポートと、後衛である3人の

 元へ魔物を行かせない、要撃の

 役割を行ってもらう事になりそうです」

「要撃、インターセプター、か。

 うん。どこまで出来るか分からないけど、

 司のくれたジョーカー0があれば、

 何とかなると思う。やれるだけ、

 やってみるよ」

ハジメも頷く。

 

「では……。行きましょう」

 

そして、私の言葉を合図に私たちは

更に下へと向かって行った。

 

 

~~~

司に率いられオルクス大迷宮の最下層を

目指している5人。

そんな5人とは、打って変わって、光輝たち

はと言うと……。

 

ユエと出会い司が正体を暴露したその日、

光輝、坂上、雫、恵里、鈴の勇者パーティ、

更に檜山たち小悪党組、それと永山重吾

という柔道部部員の男子生徒が率いる

パーティが、オルクス大迷宮に潜っていた。

 

時間は、少しばかり巻き戻り。

ハジメ、香織、司がルフェアを伴って

教会側、王国側から離脱した直後の事だった。

双方かなり荒れた。まず何よりも、人族

にとって救世主であるはずの彼ら3人が

亜人に味方する立場を取った事。

それによって教会の高位の立場にある

者達はすぐさま3人を異端者認定し

捕らえるための兵を送るべきだと言い出した。

王国貴族の大半も教会の信者であり亜人に

侮蔑的な感情をもっていた事や司に、惨め

気絶させられ失禁させられた事を根に

持っていた為に、彼に悪感情を持ち始めて

いたのだ。

 

それに真っ先に反発した者が居た。

愛子だった。

彼女も裁判の時その場に居たので、

大まかな流れを見ていた。そして彼女は

彼らの言い分が横暴である事、死刑に

しようとした事から教会側に猛反発した。

これに困ったのが彼らの方だ。愛子は

作農師として、既に界隈から

『豊穣の女神』と称えられている存在。

そんな彼女が反発したとあっては、

食糧事情に問題が発生しかねない。

更にそれを後押ししたのが、メルド以下

騎士達だった。

 

愛子がイシュタルやエリヒド王、貴族達の

前で猛抗議をしていた時だった。

「恐れながら王よ。私から具申

したい事が」

「ん?何だメルドよ」

「我々は、恐らく最強の戦士を手放した

 のでは、と考えております」

「それはどう言う意味だ?メルド」

「神の使徒である光輝達の中において、

 司の力は群を抜いておりました。

 ベヒモスを一瞬で消滅させた力も

 しかり。ハジメに力、ジョーカーを

与えた事もしかり。司の力は、既に

完結しています。言わば、即戦力でした」

「……お前をして、それほどまでか?」

「はい。……光輝達には悪いと

 思いますが、恐らく彼ら全員と司

 一人の強さを比べても、圧倒的に

 司の方が強いでしょう」

メルドの言葉に、光輝や坂上、檜山達が

歯がみする。

一方で、それ以外の者達はその言葉を

理解しているのか、自分達の手の中に

あるその武器を見つめた。

 

彼らが手にしている武器は全て司が

製作した物だ。しかも一切素材を使わず

指を鳴らすだけで出現させる。

威力も通常の武器とは比較にならない。

それは使って居る彼ら自身だからこそ

分かっている事だ。

 

「加えて、ベヒモス戦の力があいつの

 限界である確証もありません。

 もしかすると、あいつはベヒモスで

さえも雑魚、と言わざるを得ない程の

 圧倒的強者、かもしれません」

「……つまり、彼の離反は……」

と言いかけ、エリヒド王はイシュタルを

チラ見してから咳払いをした。

「我々にとって、損失と言えるのか?」

「はい。しかし、司の力に限った話

 ではありません。今、雫達が

 身につけている武器は、全て司が

 生み出した物。そして彼とハジメ

 が纏っていたジョーカーシリーズの

 力もまた、圧倒的な物でした。

 ……国を守る者として、はっきりと

 申し上げるのなら、我々はこの国の

 兵士を最強に出来る存在を手放した、

 とも言えるでしょう」

「……メルド、お前をしてそこまで

 言わしめるか」

「はい。残念ながら、司の力と彼が生み出す

 力があったのであれば、王国は如何なる

 侵略にも耐えうる鉄壁の防御力を

 身につけていたのでは。そう

 考えております。それと、もう一つ

 皆様方の耳に入れておきたい事案が」

「ん?まだあるのか?」

「はい。……これはホルアドの町で聞いた

 話なのですが、ある日冒険者達を治療する

診療所に司達が現れ、戦いで手足や

目を失った者達を、まるで怪我など

無かったかのように治癒した、と。

確証は少ないですので眉唾物の話

ですが。……しかしベヒモスを意図も

容易く屠り、アーティファクト級の

武器と鎧を容易く創り出す力。

それを考えれば、無くした四肢を再生

させるなど、司ならば造作も無い

 事かと。であればこそ、最悪の事態

 だけは避けたいのです」

「……メルドよ。何が言いたい」

 

「……司達が、私達の敵になる

 可能性です」

メルドが呟くと、皆がざわめく。

「司の力は、規格外という言葉が

 似合うほど。もし、彼を敵に回す

 と言うのなら、あの日の、魔族よりも

 先にこちらを滅ぼすと言う言葉。

 現実になると覚悟すべきかと」

「バカなっ!?たった一人でこの国を

 滅ぼすだと!?」

その時、神殿騎士の一人が叫んだ。

「あくまでも最悪の可能性です。私の 

 空想、とでも言われるでしょうが、

 司は少なくともベヒモスを単独で

 倒しています。それは、かつて

 最強と言われた冒険者よりも強い、

 と言う証拠に他なりません。

 彼を異端者として捕らえようと兵を

 送れば、少なくない被害を受ける

 事は間違い無いでしょう。司の

 力を考えれば、彼を敵に回す事

 だけは、絶対に避けるべきだと、

 ここに具申致します」

 

このメルドの発言が愛子の言葉を

後押しした。

更にメルドの部下である騎士達が

オルクスでの司の奮闘ぶりを事細かく

語り、同様に彼を敵に回す事の

危険性を語った。

 

曰く、『敵に回せば万単位の人間が死ぬ』。

曰く、『王国は滅びる』。

曰く、『魔族との戦争どころでは無くなる』。

曰く、『世界が滅びる』など。

所々に誇張表現が混じっていたが、

総じて皆、『司を敵に回すのは危険だ』、

と言う旨を伝える発言をした。

 

メルドと騎士達の発言に、エリヒド王は

頭を痛め、彼の方からイシュタルら教会側

へ、異端認定の延期が打診された。

もし、人族に仇成した時がくれば、

その時こそ異端認定すれば良い、と言う

物だった。イシュタルは最初それに

渋い顔をしたが、ここで対応を間違えば

司達に続いて愛子までも離反しかねない

彼女の勢いに負け、この提案をのむ事に。

 

こうして、司達のあずかり知らぬ所で

彼らは異端認定を免れていた。

 

しかし、この一件で生徒達の大半は戦う事を

拒否してしまった。

一つは、今現在装備している武器が壊れると

それを直せる人材、つまり司がいない事だ。

そして同様に、司がいない事事態がその

原因ともなっていた。

 

司は、光輝以上に強い。それはベヒモス戦

やそれ以降の迷宮攻略で証明された。

その司が彼らの側を離れた。それはつまり、

彼らは最強の矛と盾を失ったのと同じだ。

そこに恐怖を覚えたのだ。

大半の生徒達は、今ではオルクス大迷宮の

上層、およそ20層より先には行こうと

しない。

精々、体を鈍らせない為の鍛錬しか

しない。

 

司という護りを失った彼らには、そこまで

戦う勇気など、覚悟など無かったのだ。

 

一方で、攻略に前向きな光輝達。

しかし、彼らの中で苦労人となった人物が

いた。雫だ。

 

司は、暴走しがちな光輝や坂上のストッパー

として機能していた。二人は、あまり雫の

言う事も聞かず暴走しがちだ。司はその度

に殺気を放って二人を止めていた。

メルドとしても、暴走しがちであまり

彼の言う事を聞かない光輝を、殺気を

使ったとはいえ大人しくさせる司の

存在を、ありがたいと思って居た。

 

しかしその司が去った事で、彼らを

止められる者は居なくなった。

しかもこれまで幾度となく抑圧

されてきたのと相まってか、二人

はこれまで以上に御しにくい、

さながら暴れ馬と化した。

 

更に問題があった。檜山だ。檜山は

司達が去った後、光輝達の前で土下座し

あの事件の事を必死に詫びる『ふり』を

した。泣いて謝る檜山の演技に騙され、

光輝は檜山に二度とこんな事をしないよう

に、とだけ言って彼を許した。

だが問題はそれだけに止まらなかった。

檜山は他の小悪党仲間達と和解し、

再びパーティを組んで迷宮攻略に参加

している。そしてこいつらは深層まで

潜っている事を良い事に、上層から

降りてこようとしない彼らを

『負け犬組』、などと言って見下している。

既にそう呼ばれている彼らからも苦情が

愛子や雫の元に届けられていた。

 

『あの場に新生君たちが居たら、絶対

 演技だって見抜いてたんだろうし。

 今だってあの悪党たちを押さえ込む

 抑止力になってくれたんだろうな~。

 ハァ』

と、内心ため息をつく雫。しかし、

彼女を悩ませるのはそれだけではない。

「うっし!この調子でドンドン

 行くぞ~!」

抑えられていた闘志が爆発し

燃えてる筋肉バカと。

「そうだ。香織はきっとあの亜人の

 子を祖国に送りに行っただけなんだ。

 それが終わればきっと俺の所に……。

 やっぱり香織は優しいな」

香織が王国、いや自分の元から離れた事

を勝手に解釈している自己中バカ。

 

檜山たちの横暴な態度に、戦力には

なるが全く命令などを聞かないバカ二人。

雫の前に、問題は文字通り山積みだった。

 

「ハァ」

『新生君、帰って来てくれないかな~』

ここ最近、頻繁につくようになった

ため息を吐き出しながら雫は、若干

強引ながらも戦争の悲惨さを語り皆に

力を与え守り、そして光輝以上に現実

を見て彼らを導けそうな彼の、司の帰還

を願うのだった。

 

そうこうしている内に、彼ら以前の到達

最高深度、65層を目前に控えた光輝達は

念のため小休止をする事に。

 

雫は近くの岩に腰掛けると、徐に

ヴィヴロブレードを鞘から抜き、その

刀身に目を走らせた。

『……刃こぼれとかは、一切なし。

 これまで、何十何百と魔物を斬って

 来たけど、切れ味だって全然

 落ちないし。……と言うか、こんなの

 ポンポン作れる新生君が王国の

 人達に武器渡してれば、私達が戦う

 必要も無くなるのかなぁ』

「ハァ」

 

本日何度目になるか分からないため息を

つく雫。しかし、やがてメルドから出発

の声を掛けられると、雫は両手で

パンッと頬を叩いて立ち上がった。

そして、右手を左手首に添えた。

 

『今、皆を守れるのは私しか居ない。

 ……いざって時は、使わせて

 貰うわよ、新生君』

司はいない。だから自分が皆を

守らなければ。

切札を持つ者として。

そんな想いが、雫の中にあった。

 

そして彼らはついに65層まで

やってきた。

 

広い空間に出た彼ら。しかし彼らには

嫌な予感がした。そこがまるで、

バトルフィールドのようだったからだ。

そして、予感はあたった。

 

魔法陣が現れ、そこからベヒモスが

出現した。

「マジかよ、アイツは死んだんじゃ

なかったのかよ!?」

驚き叫ぶ坂上。それにメルド団長が

怒鳴り返す中、雫は一人前に出る。

 

「ッ!?雫!何を!」

それに気づいて叫ぶ光輝。

「……悪いけど皆。ここは私一人に

 やらせて」

そう言いながら、雫は青龍を抜き放ち

鞘を後ろに投げ捨てる。

「なっ!?無茶だ雫!相手はベヒモス

 なんだぞ!ここは皆で力を

 合わせて!」

「……今ここに、新生君はいない」

「し、雫?何を言って……」

唐突に呟かれた司の名前に戸惑う光輝。

 

「けれど、私には与えられた力がある。

 ここで、私一人でベヒモスを

 倒せなきゃ、皆を守れないから」

『強くなければ自分さえ守れない、

 でしょ。新生君』

雫は青龍を逆手に持ち地面に突き刺すと

左手のブレスレット、待機状態のジョーカー

を眼前のベヒモスに見せるように、顔の

前に翳す。

「こいつは、今の私が超えるべき壁

なのよ」

 

『早速だけど、使わせて貰うわよ。

 新生君』

そう考えながら、雫はスイッチを右手で

叩くように押し込んだ。

 

『READY?』

「アクティベート!」

『START UP』

 

雫が叫ぶと、ブレスレットから光が

溢れ出し彼女の体を、雫専用の

ジョーカー、『タイプC』が

覆っていく。

 

タイプCを装着した雫は、右手で

地面に刺さっていた青龍を抜く。

 

彼女の纏う、淡い水色のタイプCは、剣士

の天職を持つ雫に合わせてカスタマイズが

施されていた。

ハジメのタイプ0や香織のタイプQ

とは異なり、装甲の各部を軽量な

物へ変更。背中、腰部背面、足裏にメイン

スラスターを。肩、肘、腿の部分に姿勢

制御用のサブスラスターを装備し、機動性

を徹底的に突き詰めていた。

 

「あれが、八重樫のジョーカーか」

ジョーカーを纏った雫の背中を見ながら

メルドが呟く。

そして、その側で歯がみする光輝と

檜山たち。二人にしてみれば、それだけ

司の存在と力を疎ましく思って居るのだ。

 

しかし雫はそんな感情になど構わず、

青龍を構える。

ベヒモスは、そんな雫だけを見て敵意を

ぶつけてくる。

だが雫は動じる事無く、青龍を構える。

そして……。

『ドウッ!!!』

彼女の背中のスラスターが瞬いた。

かと思うと、ベヒモスとの距離を

一瞬で詰める雫。

「ッ!?!?」

これにはベヒモスも戸惑い反応に遅れる。

 

それが致命的だった。

「ハァっ!」

まずは右足の裏に回り込み、一刀で

健を切り裂く。

「グルァァァァァァァァッ!?!?!?」

痛みに叫ぶベヒモス。しかし雫は

すぐさま後ろへと回り、更に右後ろ足

の健も切り裂く。ベヒモスは何とか後ろ

足を動かして雫を踏み潰そうとするが、

あっさりと避けられ、逆にいくつも

傷を付けられより血を流す。

 

雫は一旦距離を取る。ベヒモスは彼女を

追って結果的に光輝達に背を向ける。

「ッ!今なら!」

そう言って聖剣を抜こうとする光輝。

しかし……

「手出し無用!」

その時雫の、透き通るような叫びが

周囲に響き渡った。

彼女が叫ぶと、ベヒモスはまだ無事な

左足と、右足を何とか動かし雫に向かって

行った。

しかし、その動きは酷くトロい。

故にジョーカーの機動性を持ってすれば

回避は簡単だ。

雫は、ベヒモスの突進を跳躍して避け、

その背中に降り立つとそのまま数多の

傷を作りベヒモスの背後に着地する。

そして、更にその周囲を高速で

飛び回りながら、雫はベヒモスの

体を何度も切り裂いていく。

 

その動きは、さながら舞のようだった。

ジョーカーのスラスターが瞬く度に

雫の体は宙を舞い、さながら曲芸の

ような動きで攻撃を躱し、近づき、

切り裂き距離を取る。

 

「す、すごい」

その動きを見ていた光輝達の中で、

静かに呟く鈴。

しかし、そう呟く彼女の側に居た光輝は

ギュッと拳を握りしめた。

自分の隣に居るはずの雫が、司の

もたらした力で戦い、あのベヒモスを

相手に単独で圧倒している。

それが光輝には面白くなかったのだ。

 

そして……。

「はぁっ!」

ベヒモスの足を徹底的に攻撃した雫は、

その体を蹴って光輝達の前に着地した。

 

彼女の見据える先では、ベヒモスが

震えながら立とうとしていた。

しかし、既に足の健を切り裂かれ、

既にフラフラ。足はガクガクと震え、

立っているのがやっと、と言う有様だ。

 

『行けるッ!』

そう考え、もう一度突進しようとした雫。

 

≪焦るな。焦りは油断。油断は死に

 繋がる≫

 

不意に、雫の耳に響いた司の声に彼女は

踏み出しかけた足を止めた。

 

『っと、そうだったわね。

 危うく忘れる所だったわ』

内心、突進癖がある自分に笑いながら、雫は

聞こえる司を模した『AI』の言葉に耳を傾ける。

≪奴は既に動けない。『スパイラルグレネード

 ミサイル』で仕留めろ≫

『オッケー!』

 

「ウェポンコマンド!スパイラルグレネード

ミサイル!」

彼女が叫んだ次の瞬間、雫の頭上の

空間が歪み、そこから、巨大な

RPG7、対戦車擲弾発射機のような物が

召喚された。

その先端に搭載されている、削岩機の

ようなドリルを持つ、スパイラルグレネード

ミサイル(※以降はSGMと略称)。

 

雫は青龍を地面に突き刺すと、

ミサイル発射機を右肩に担ぎ振り返る。

「そこ!私の後ろに立たないで!バック

ブラストで吹き飛ぶわよ!」

彼女の叫びに、光輝達が慌てて彼女から

離れた。

 

それを確認した雫は、SGMの狙いを

定める。

そして……。

「当たれぇぇぇぇぇっ!」

『ボシュッ!!!』

雫の叫びと共にSGMが発射された。

バックブラストが発射され、離れていた

光輝達は咄嗟に顔を腕や武器で守る。

 

SGMは真っ直ぐベヒモスに向かっていく。

そして……。

『グサッ!』

SGMはベヒモスの頭部に突き刺さり、

更に体内へと進んでいく。

そして……。

『ドォォォォォォォンッ!!!!』

 

次の瞬間、ベヒモスが内側から爆ぜた。

 

背中の肉が吹き飛び、さながら火山が

噴火したかのようにベヒモスの血肉が

周囲に飛び散り、一番ベヒモスの近くに

いた雫のジョーカーを濡らした。

 

雫は、担いでいた発射機を消滅させると、

手を前に出す。その掌が、血に濡れて

ヌルヌルとぬめりを感じる雫。

彼女はそんな右手をギュッと握りしめる。

滑る血の感触が、彼女に不快感を与える。

 

『これが、殺すって事なんだ』

≪そうだ。覚えておけ≫

雫にだけ聞こえる声。

しかしその声には、優しさなどは

感じられない。

『もうちょっと、何かフォロー

 してくれない?』

≪……。戦争をするなら、こんな行為

 を何十、何百と繰り返す。……現実は

 甘くない。ここで甘やかしても、

 いずれ現実を受け入れられずに

 折れるだけだ。それでも甘い言葉が

 欲しいか?≫

『………。うん、ごめん。ちょっと

 ナイーブになってた』

≪そうか。今はそれでも良い。しかし、

 本当の戦争をし始めたら、そんな事は

 言ってはいられないぞ?≫

『………うん。分かった』

 

やがて、雫は装着を解除する。

そして彼女は、もう一度右手を見つめて

からそれをギュッと握りしめるのだった。

 

『ここには、司も南雲君も、香織も居ない。

 そして、私にはこれがある』

雫は、左手首のジョーカーに目を向ける。

≪……。あまり一人で背負いすぎるなよ。

 重い物を背負い続けていると、いずれ

 お前が潰れるぞ?≫

そのジョーカーから、テレパシーのように

AIの声が聞こえる。

 

『分かってる。でも、私しか居ないから』

≪……だからそれが危ないと……。

 まぁ良い。AIだが愚痴くらいは

 聞けるし少しはアドバイスも出来る。

 吐き出したい物があるのなら、私に

 吐き出せ≫

『うん。……ありがとう、司』

 

雫は、誰も知らない、姿無き

パートナーの存在をどこか頼もしく

思って居るのだった。

 

 

その後、ベヒモスを倒したとあって彼らは

ホルアドの宿に戻った。

「ふぅ」

雫は、息をつきベッドに腰掛ける。

相部屋の相手は香織だったが、

その彼女が去った今、隣には誰も

居ない。

 

しかし……。

≪今日は初めてジョーカーを使ったんだ。

 早く休め≫

『うん。ありがとう司』

今の彼女には、AIと言う新しい

パートナーが居た。

≪礼は要らない。私は雫をサポートする

 立場にある。これ位は当然だ≫

『そっか。……にしても、ホントに

 驚いたよ。あの日受け取って

 夜に自分の部屋で左手首に

 巻いたら、いきなり司似の声が

 聞こえてくるんだもん』

≪本来なら、オリジナルの私が

 色々教えるべきだったのだが、今は

 それも叶わないからな。なので、

 支援AIである私が創られた。

 と言っても、私はオリジナルと

 思考パターンは殆ど変わらない≫

『それって、殆ど司と一緒って事?』

≪有り体に言えばその通りだ。

 ……と言うか雫≫

『ん?何?』

 

≪お前はいつからオリジナルの私を

 下の名前で呼ぶようになったんだ?

 以前は名字だけであっただろう?≫

「え?……あぁ!」

この時ばかりは、雫も思考による会話を

忘れ、声が出てしまった。

 

「い、いやこれはその!何て言うか、

 無意識って言うか!その!」

≪落ち着け雫。今のお前は独り言を

 言ってるようにしか見えないぞ≫

「……………」

『う、うぅ。恥ずかしい』

 

黙り込みながらも、内心顔を赤くしている雫。

≪オリジナルの私をどう呼ぼうが

 構わない。それは全てお前の自由だ≫

『う、うん。……えっと、じゃあ、お休み』

≪あぁ。お休み≫

 

雫は、パートナーにそう呟くと

静かに眠りについていった。

 

司たちは、確かに雫達の前から去った。

 

しかしそんな中で雫は力を与えられた。

そして彼女をサポートする姿無き

パートナーも。

彼女は戦う。司やハジメ達とは別の

場所で。

 

ハジメ達の旅が続いているように、

彼女の戦いもまた、続いているのだった。

 

     第11話 END

 




って事で、雫にはサポートAIが尽きました。
そして多分、雫は司のハーレムの方に行くかも
しれません。(確定ではありませんが)

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