ありふれた職業で世界最強~シンゴジ第9形態とか無理ゲー~   作:ユウキ003

36 / 87
今回は、ウルの町での愛子たちとの再会話です。


第30話 再会、ウルの町にて

~~~前回のあらすじ~~~

西の大砂漠を目指す中で立ち寄った中立商業都市、

フューレン。司たち一行はこのフューレンで

宿を取るつもりだったが、ギルドにおいて

ゴタゴタを起こしてしまう。そんな中、

彼等の前にフューレンのギルド支部長、

『イルワ・チャング』が現れる。キャサリン

からの手紙で一行の強大な力を知った

イルワは、今回の一件を不問にする代わりに、

北の山脈地帯で行方不明の男性、『ウィル・

クデタ』捜索を一行に依頼する。

ハジメと司たちはステータスプレートの

一件を条件に追加し、依頼を受ける事に。

そして一行は、すぐさまフューレンを発ち、

山脈地帯に近い町、ウルを目指すのだった。

 

 

今、広大な平原を北に真っ直ぐ伸びる街道の

上を、一台の装甲車、バジリスクが疾走していた。

運転席に座る司。助手席のハジメ。その後ろ

の三列シートにはユエ、シア、香織。ルフェア

は更に後ろのベンチシートの一つに座っている。

 

「それにしても、ウルの町か。確か、司が

 前にカレーを作ってくれた時にお米や

 調味料を仕入れた町、だったよね?」

「えぇ。湖畔の町であるウルは水資源が

 豊富なので、稲作が盛んでした。

 おかげで米を入手する事が出来ました」

「え?司さんってこれから行く町に

 行った事あるんですか?」

と、後ろから問いかけるシア。

「えぇ。私達、つまり私やハジメ、香織。

 更に王国に居るであろうクラスメイト達は

 日本という国で育ちました。そして、

 そこでの主食は米なのです。しかし、こちら

 の主食はパンなどが主流です。彼等にして

 みれば、日本人として主食であったお米、

 ご飯が食べたかったのでしょう。そこで、

 私がお米を買い付けてきて、米料理を

 ハジメやクラスメイト達に振る舞った

 のです。その際、このウルの町に足を

 運んだのですよ」

そう私が話していると……。

 

「……みんな、元気にしてるかな」

ハジメが、静かにそう呟いた。

「心配ですか?彼等の事が」

「そりゃぁまぁね。クラスメイトだから」

「そうですか。……雫の護衛として付けた

 AIの報告によれば、生徒達の大半は

 今、王城に引きこもっているようです」

「え?でも確かハジメさん達って、一応神の

 使徒なんですよね?それがどうして……」

と、首をかしげるシア。

 

「無理もありませんよ。そんな大層な称号

 を持っていた所で、実際は人を殺した事も

 無い。大量の血を見たことも無い。

 ただの子供です。加えて、ハジメや香織、

 雫以外には大した覚悟も無い」

「一応、皆は司が創った武器を持ってる

 んだけどね。……怖いんじゃないかな。

 司が居ないから」

「怖い?」

と首をかしげるユエ。

「うん。……司は文字通り無敵でしょ?

 その司が、今は僕達と旅をしていて、

 皆の側には居ない。司は言わば、

 最強の剣であり、最強の盾なんだよ」

とハジメが言うと、香織たちは確かに、と

頷いた。

 

「その司くんが居ない今、皆は最強の

 剣と盾を無くしたも同然、って事

 になるんだろうね」

「うん。だから怖いんだよ。皆は、

 時々司の力を恐れている感じが

 あった。でも、結局はその力に

 守られていた。そして、それが

 無くなったから、怖いんだ。

 ……戦闘で死ぬ確率が上がったん

 だからね」

「成程。そう言う事ですかぁ」

頷くシア。

 

チラリと外に目をやれば、既に日が落ち

かけている。

「そろそろ日暮れですね」

「あ。司、見えたよ」

その時、助手席に座っていたハジメが

前方を指さした。

「どうにか日が暮れる前に到着出来ましたか」

何とかウルの町に到着した私達。

しかし夜の山の探索は危険だ。

 

「皆、聞いて下さい。私としてはウルの

 町で一泊し、明日の朝、早朝から

 山脈に向かいたいと思います。

 皆はどうですか?」

「僕は異議無し」

「うん。私も」

「ん、賛成」

「私も問題なしですぅ」

「分かった。私もそれで良いよお兄ちゃん」

どうやら皆の賛成は得られたようだ。

 

こうして、私達はウルの町へと到着した。

 

 

一方、その頃。

「ハァ。今日も手がかり無しですか。

 ……清水君、一体どこに行ってしまった

 んですか」

ため息をつき、ウルの町の表通りを

トボトボ歩いているのは、召喚された

一行の中に居た教師、畑山愛子だった。

 

 

ここで、時間は少しばかり巻き戻る。

 

司という、無双の剣にして絶対の盾を

失った生徒達の大半は、戦う事を拒否し

出したのだ。教会側は、そんな彼等に戦う

ように迫った。それを良しとしなかった

のが愛子だ。

彼女は、戦う気力の無い生徒達に戦いを

強要しようとする教会や王国に猛反発

し出したのだ。その時、愛子は自分の力と

そして、司の事を出して彼等から勝利を

もぎ取った。

『もし皆を戦わせようとしたら、新生君に

 連絡して私も皆も連れて行ってもらいます!』

この脅し文句が効いたのだ。

 

実際、ジョーカー・タイプCを持つ雫は司達

と連絡を取り合う事が出来るし、何なら

平原に要塞を築いて愛子たちを匿うなど、

司からしてみれば造作も無い事だ。

無論、愛子はそんな事は知らない。が、司たち

に続くように、しかも今度は大半が離反する

事態だけは避けたい教会と王国側は、

愛子の言葉を聞くしか無かった。

 

しかし、ここで愛子にとっての誤算と

呼べる事態が発生した。

生徒達を思いやるその姿に、その生徒達が

奮起し、戦うのは怖いが、任務で各地を

回る愛子の護衛を!と言う事で『愛ちゃん

護衛隊』なるものが出来た。

 

ちなみに、その護衛隊が出来た一端として、

彼女の護衛として付いていた騎士達が

イケメンなのだ。どう考えても逆ハニー

トラップだ。

しかし……。

 

神殿騎士の隊長、『デビッド』曰く……。

「心配するな。愛子は俺が守る。傷一つ

 付けさせない。愛子は、俺の全てだ」

と言う台詞を真顔で吐けるほど、愛子に

心酔していた。他の騎士達も殆ど

似たり寄ったりだ。

 

結果、愛子は生徒達と神殿騎士たちに護衛

されながら農地の開拓を進める事になった。

そんな一行がウルの町へとやってきて、

彼女の豊穣の女神、と言うあだ名がウルの

町で広まり始めた頃、男子生徒の一人、

『清水幸利(ゆきとし)』が突如失踪したのだ。

 

今、愛子達はその清水の捜索を行っていたが、

彼に繋がる情報は今のところなかった。

その後、愛子たちは宿泊している宿に戻り、

食事をする事にした。

 

そこはウルの町一番の高級宿、『水妖精の宿』

だ。ここは1階がレストランとなっており、

愛子達は司が去って以来食べられる事の

無かった米料理に舌鼓を打っていた。

 

と、そこへ60代くらいの男性が

現れた。

彼はこの水妖精の宿のオーナー、『フォス・

セルオ』だ。

そして、そのフォスが切り出した話題、

と言うのが……。

 

「実は、大変申し訳ないのですが……。 

 香辛料を使った料理は今日限りとなります」

「えっ!?それって、もうこのニルシッシル

 食べれないって事ですか?」

と、護衛隊の一人、カレーが大好物の

園部優花が、異世界版カレー、ニルシッシルを

食べられないと聞いて、ショックを受けたよう

に問い返した。

 

「はい、申し訳ございません。何分、

 材料が切れまして」

そう言ってフォスが語ったのは、最近

魔物の群れが北の山脈で目撃された事で、

香辛料を取りに行く者が減少。更に

高ランク冒険者たちのパーティが

帰ってこなかった事もそれに拍車を

かけている事などだ。

 

そんな心配事に、皆表情に影が差す。

するとそれを見たフォスが気分を

変えようとある話題を出した。

 

「しかし、その異変ももしかすると

 もうすぐ収まるかもしれませんよ」

「どういう事ですか?」

「実は、今日の日の入りくらいに新規の

 お客様がいらっしゃったんです。何でも

 先ほど話した高ランク冒険者の捜索の

 ためにやってきたとの事でした。しかも

 フューレンのギルド支部長直々の指名

 依頼だそうで。ギルドの支部長直々と

 なれば、相当の実力者なのでしょう。

 なので、もしかしたら異変の原因を

 突き止めてくれるかもしれません」

 

この言葉に、ギルドの事をさして知らない

愛子達はピンと来なかったが、デビッド達

からしてみれば、イルワは最上級の幹部

職員だ。そんなイルワの推す冒険者には、

彼等からしてみれば興味があったのだ。

デビッド達はすぐさま金のランクの

冒険者たちを頭の中でリストアップ

していく。

 

と、その時。2階に通じる階段から男女の

話し声が聞こえてきた。

「おや?噂をすれば。彼等ですよ。騎士様、

 彼等は早朝にはここを発つそうなので、

 もしお話になるのでしたら今のうちが

 よろしいかと」

「そうか。……しかし、随分若い声だな。

 金にこんな若い者がいたか?」

と、首をかしげるデビッド達。

 

そして、次第の声の主達は愛子達の側に

やってきた。

 

「それで、明日はどうするの?お兄ちゃん」

「そうですね。広い山間部での捜索ですし、

 やはり人海戦術でしょう。ガーディアンを

 一個大隊、いや、一個連隊ほど召喚し、

 山を捜索します」

「人海戦術か。確かにそれしか方法は無い

 ね。あとはドローンを飛ばすとか?」

「そうですね。『ハジメ』の言うとおり、

ドローンなども放ってと、陸と空の

両方から捜索を行うべきでしょう」

「もはや山狩りだね、『司』」

「えぇ。明日は徹底的に山を捜索します。

 『香織』たちもそれで良いですか?」

「うん。良いよ、『司くん』」

 

足音と共に近づく声の主達。そして、愛子

は会話を聞いてすぐに分かった。『彼等が

ここに居る』と。

どうやら優花たちも同じようだ。

まさか!?と言いたげな表情をしている。

 

そして、愛子は静かに立ち上がり、VIP

席と言う事で、周囲から食事の様子を

見られないように掛かっていたカーテンを

開いた。

「ん?」

どうやらその音に気づいたのか、司が

振り返った。他の5人も足を止め振り返る。

 

そして……。

「新生君?南雲君?白崎さん?」

「あっ!えぇ!?あ、愛子先生!?」

愛子に気づいた香織が驚いて声を上げる。

すると、VIP席から優花たちも出てきた

事に、さらに驚く香織。

「え!?園部さんや菅原さんも!

 どうしてここに!?」

久しぶりのクラスメイトとの再会に

驚きつつも喜んでいる香織。

 

「し、白崎さんこそ、どうしてここに?」

そんな中で驚いていた優花が彼女に

問いかけた。

「あ、えっと。実はちょっとした依頼でね。

 それでこの町に寄ったんだよ」

「それって、もしかして北の山脈で

 冒険者を探すって言う?」

「うん。って、なんで園部さん達が

 知ってるの?」

ん?と首をかしげる香織。

 

その時、司が愛子に近づく。

「……お久しぶりです、愛子先生」

「はい。本当に……。でも、3人が

 無事で、先生、安心しました」

そう言って、愛子は目尻に涙を溜めながら

笑みを浮かべた。

 

 

愛子先生達との再会の後、先生からこれまで

私達が何をしていたのかを知りたい、と

言われたので、先生達がいたVIP席で

食事を交えながら話す事になった。

話をするのはハジメだ。

その側では、何やら香織が園部たちと

ガールズトークに花を咲かせていた。

 

まずは、王国を離れてからの事だった。

最初はルフェアをフェアベルゲンに送り届け、

その後元の世界への帰還方法を探るつもり

だったが、彼女には帰る気が無かった事から、

今はこうして仲間として旅をしている事。

帰還の有力な方法として、神代魔法にその

可能性があると考え、今はその神代魔法に

ついての情報を得るため、世界中を

回っている事。

もちろん、世界の、エヒトの真実については

伏せた。

そこは、『神が私達を召喚するのに使った

力は神代魔法だから、同じ力を探している』

と適当に嘘を交えて言っておいた。

流石に、第3者、と言うか神殿騎士の前で

エヒトの狂った云々は言えないだろう。

即殺し合いになる。

 

そして、今はその過程でフューレンを

訪れ、依頼を受けたためにここに居る、

と説明をし終えたハジメ。

「そうだったんですか。あの、それで

 元の世界への帰還方法は?」

「それが……。まだ情報を集めている

 段階で。……それらしい力がある、

 と言うのは分かっているんですが」

申し訳なさそうに教えるハジメ。

「そうですか……」

すると先生はどこか沈んだ表情を浮かべ、

周りの園部たちも同じように俯く。

「だ、大丈夫ですよ!まだ可能性が0

 な訳じゃないから!ね!?司!」

「えぇ、まぁ。……とにかく情報収集は

続けています。帰る手立てが見つかれば

こちらから連絡します」

「そ、そうですか。ありがとうございます、

 新生君」

愛子先生は、安堵したのか息を漏らしている。

恐らく、彼女としては自分が帰れる、と言う

より『私が皆の帰還の為に尽力している事』か、

『自分を含めて皆で帰れる可能性』に安堵して

いるのだろう。

「いえ。これくらいは当然です」

私としては、クラスメイトをこの世界に

置いて行く気は無い。そこまで彼等を

嫌っては居ないからだ。

 

しかし、どうやら私と先生の会話が気に入らない

のか、隊長格らしき騎士、先生がデビッドと

呼んでいた男を始め、奴らが私のことを

睨んでいる。

 

「……何だ。何か言いたいことでもあるのか?」

視線がウザいので、とりあえず声を掛けた。

「何が、だと?忘れた訳ではないぞ……!

 王城でのあの一件……!」

王城?あぁ。あの似非裁判の事か。

「貴様はあそこに居た有象無象の一人か」

「うぞっ!?貴様ァ!その態度は何だ!」

男は、バンッとテーブルを叩く。それだけで

園部たちがビクッと肩をふるわせる。

 

「騎士と呼ばれても、礼儀はなってない

 ようだな。食事中は静かにするのが

 マナーだろう?」

「ふん、礼儀だと?その言葉、そっくりそのまま

 貴様に返してやる。薄汚い獣風情を、それも

 二匹も人間と同じテーブルにつかせるなど、

 お前の方こそ礼儀がなってないな」

 

 

………今、こいつは何と言った?

ルフェアとシアが、薄汚い獣、だと?

そう、言葉を認識した瞬間。

 

私の中で何かが切れた。

 

それは、後々理解した。今切れた物の名を。

 

人はこう呼ぶ。

 

『理性の箍』、或いは、『堪忍袋の緒』と。

 

 

『ガッ!』

「ぐぁぁっ!」

私は、目の前が真っ赤になるイメージを錯覚

しながら、気づいた時にはデビッドと呼ばれた

騎士の首を掴み、締め上げていた。

そのまま、爪が食い込む程ギリギリとデビッド

の首を締め上げる。

 

「どうやら私は、突発性難聴でも発症したようだ。

 聞き違いかな?貴様が、貴様のような三下の

 クズが、私の連れを薄汚い獣などと

 言ったように聞こえたが?」

そう呟く私の周囲では、先生を始め、園部達が

唖然としていて、突然の事に部下の騎士達は

対応が遅れている。

「……訂正し二人に謝罪するのなら、生かし

てやる。それとも、このまま首の骨を

へし折られるのがお望みか?どっちだ?」

 

「がっ!ぐっ!だれ、が!」

「そうか。死ぬのがお望みか。ならば、

死ねっ!」

『ギリギリギリッ!!!』

更に腕に力を入れる。

「がっ!はぁ!」

隊長の男の目が充血し、股間が濡れる。

ちょうどその時、オーナーのフォスが

入ってくるのは同タイミングだったが、

私は一切気にしない。今はただ、

無性にこの男を殺したい。

 

その時、

「た、隊長ッ!」

ようやく我に返った騎士達が剣を抜き

向かって来た。しかし、笑止。開いている左手

にノルンを召喚する。当然、弾は装填済みだ。

『ババンッ!』

「ぐあぁっ!」

「ぎゃぁっ!」

先頭の二人を、ノルン(電撃弾)で撃ち倒す。

 

「今のは手心を加えた。死んではいない。

 ……しかし、お前達の隊長は私の連れを

 侮辱した。謝罪するのならば生かしてやる。

 しかし、それも拒否した。ならば……」

更に右手に力を込める。ぶくぶくと泡を吹く

神殿騎士。

 

そして、デビッドの腕が、力無くダランと

垂れ下がった時。

 

「ま、待って下さい!新生君!」

慌てた様子で私の右手にしがみつく先生。

「……何ですか先生。邪魔しないで下さい。

 あと少しで終わります」

「何があと少しなんですか!?今すぐ 

 止めて下さい!殺人なんて、ダメです!」

「この男は、私の未来の妻であるルフェアを

 獣と侮辱した。殺す理由としては、これ以上 

 無いくらいの物です」

「だ、だからって殺人はダメです!

 デビッドさんの非礼は私が詫びます!

 もうこんな事言わないようにしっかり

 言っておきます!だから止めて下さい!

 何より、あなたを殺人者にするわけには

 行かないんです!」

 

殺人者にするわけにはいかない、か。

私に取っては今更だが……。

時間も経って少し怒りが和らいできた。

ここは、先生の顔を立てるとしよう。

『パッ』

私は、すぐに手を放した。

『ドタンッ!』

音を立てて落下するデビッド。

「うぉぇっ!げほっ!げほっ!」

すると、どうやら生きていたのか途端に

咳き込むデビット。

それに駆け寄る部下達。その時。

 

「貴様等の隊長に伝えておけ。先生に感謝

 しろ。それと、次また私の仲間を侮辱

 したら、今度こそ殺す、とな。無論、 

 貴様等も同じだ。私の仲間を獣などと

 罵ってみろ。ただ単に殺された方が

 マシだったと思うくらい、苦痛と後悔、

 絶望を与えて殺してやる。それがイヤなら、

 とっとと失せろクズ共が」

その言葉と共に、私は絶望の王の力を

発揮して、周囲に殺気を飛ばす。騎士達は、

ガクガクと震えながら頷いていた。

 

どうやらデビッドという騎士は、気絶

してしまったようだ。部下達が部屋へと

運んでいった。

それを確認した私は、シアとルフェアの方へ

視線を向けるが、二人ともかなり落ち込んでいる

様子だった。シアは特にだ。

無理も無い。彼女が最初に訪れた人の村は

ブルックの町だ。あそこは、良い意味でも

悪い意味でも彼女に寛容だった。

……人間の亜人に対する差別意識の低さが、

悪い意味を持って今発揮されてしまった、

と言う訳だ。

 

ルフェアの方も、改めて人の悪意に晒され

気が滅入っているようだ。

「ルフェア」

「……お兄ちゃん」

やはり、気が滅入っているのだろう。

僅かに表情が暗い。

……何か男子が『ん?お兄ちゃん?』とか

言ってるが無視する

「……。ルフェア、こちらへ」

「……うん」

私は、自分の席へルフェアを呼ぶと、

ルフェアの脇の下に手を入れ、彼女を私の

膝の上に座らせた。

そして……。

 

「大丈夫です」

ただ一言、そう呟きながらルフェアを

後ろから抱きしめた。

「あっ」

それだけで、顔を赤くするルフェア。

女子達が何か騒ぎ始めたが無視だ。

彼女を包み込むように、守るように、ルフェアの

体を左右から抱きしめる。

 

「私が居る限り、ルフェアに襲いかかる

 悪意も、害意も、全て私が倒します」

「本当?」

「えぇ。本当です。なぜなら、私は

 ルフェアを愛しているのだから」

「ん、あっ」

耳元で囁かれた愛の言葉に、ピクピクと

顔を赤面させながら震えるルフェア。

その恥ずかしがる姿も、とても魅力的だ。

 

やがて、数秒した頃。

「うん、ありがとうお兄ちゃん」

「いえ。お気になさらずに。何と言っても、

 ルフェアは未来の私の妻ですから。

 未来の妻を守るのも、夫の役目です」

そう言うと、私はルフェアを立たせ、

彼女の掌にキスをした。

 

すると、何やら女子達がキャーキャー

騒ぎ始めた。

「ししし、新生君!?あああ、あなた!

 何をしてるんですか!?と言うか、未来の

 妻って!?」

更に、顔を真っ赤にしてテンパっている先生。

「何か可笑しいですか?私とルフェアは、

 互いに気持ちを伝え合い、今もこうして

 愛し合っています。流石に彼女も15歳

 ですし、私も結婚の適齢ではないので

 恋人止まりですが、いずれは式を挙げる

 つもりです」

と言うと、女子と先生が顔を真っ赤に

している。

 

そして、この騒動はハジメに飛び火した。

「ななな、南雲君はどうなんですか!?

 まさか、旅の最中にいかがわしい事を

 してたりとか!」

「うぇ!?」

突然の飛び火に驚くハジメ。

「い、いや~。僕はその……」

『これは話せる空気じゃない』と感じた

のか、言葉を濁すハジメ。

しかし……。

 

「今、争奪戦の真っ只中」

「ユエさん!?!?」

「そ、争奪戦?」

ユエの突然の発言に驚くハジメと首を

かしげる先生。

「ん。私と香織とシアで、ハジメを

 奪い合ってる」

「え、え?ユエさんや、白崎さん。

 シアさん、も?」

現実を受け入れられないのか、驚く

先生。一方、男子達が何やらハジメに嫉妬

と羨望の視線を向けている。

「今のところ、私は最有力候補」

「何を言ってるのかなユエ?

 ハジメくんの恋人は私なんだよ?

 分かってるかな?かな?」

ユエの発言に、背後に般若のオーラを

浮かべる香織。そのオーラに園部たち

女子がガタガタと震えている。

そして、更にシアが……。

「う~!私だって負けないですぅ!」

ハジメに撫でて貰って慰められていた

シアも、負け時と声を荒らげる。

 

「わ、私だってこの前ハジメさんに

 初めてを捧げましたぁ!」

文字通り、爆弾発言だ。女子も男子も、

皆呆然としている。

 

「……はい?」

首をかしげる先生。そして、先生が

ハジメの方を向く。

 

「………」

ハジメは、全力で視線を外す。

そして、意味を理解したのか、先生は

温度計のように首下から徐々に徐々に顔を

赤くしていき……。

 

「は、破廉恥ですよ南雲君っ!!!!」

火山の噴火の如く、怒りだした。

「ま、まだ成人前で!それも高校生の

 身で何をしてるんですか!説教です!

 お説教!南雲君!ここに正座しなさい!」

床に正座し、ペシペシと自分の前の床を

叩く先生。

その後、ハジメのお説教が始まったのだが……。

「ちなみに司もルフェアと毎日愛し合ってる」

「新生君もこっち来なさい!」

ユエが暴露し、私もハジメの隣に正座する

羽目になったのだった。

 

ちなみに……。

「畜生!まさか、新生と南雲に女が!」

「不思議だ。さっきまで新生が怖かったのに

 今は殺意と嫉妬が沸き起こってるぜ」

「ふっ。奇遇だな。俺もだぜ。そして……」

「あぁ。その通りだ」

「「「彼奴らから女子と仲良くなる方法を

  聞き出す!」」」

グッ!と拳を握りしめながら男子がそんな

事を言っていて、その姿を女子達が

とても冷めた目で見つめていた。

 

 

結局、私とハジメへの説教は1時間

近く続き、シリアス展開もどこへやら。

 

そして、なんやかんやで夜。深夜。

 

 

その時間帯、愛子は一人、自分に

あてがわれた部屋で、寝付けずに居た。

ソファーに座り、愛子は火の付いていない

暖炉を見つめながら、呆然と考え事を

していた。

当然、司たちの事だ。

彼等が無事だった事は、愛子としてとても

喜ばしい結果だ。

しかし、それに反して手放しに喜べない

のが、司本人だ。

もしあそこで愛子が止めなければ、司は

間違い無くデビットの首をへし折っていた

だろう。

そこに、一切の躊躇いが無いのを愛子はすぐ

側で見ていた。彼に躊躇いが無いのは、

ハジメ達を除けば彼女が一番良く分かっていた。

更に問題を上げるのなら、あの時ハジメ達は

司を止めようとはしなかった。

 

司の実力は、愛子も知っている。まだ司が

王国に居た頃、彼と共に戦ったメルドや

騎士達、そして雫から聞いていたからだ。

個人の戦闘力しかり。武器を与える力もしかり。

彼を味方にする、と言う事は万の軍勢を

味方にするのと同義だ、と。

彼女は以前騎士の誰かがそう言っているのを

思い出していた。

確かに彼は強い。地球帰還への方法も

彼が見つけたに等しい、とハジメからは

聞かされていた。

 

確かに彼は強く頼りになる。冷静な判断も

出来る。しかし、殺人への一切の躊躇いが

無い。そこは、とても認められない。

それが愛子の彼に対する認識だ。

 

以前、檜山の一件で司は愛子に、親しい

人を守る為ならばその手を血で汚すことも

躊躇わない、と言っている。

そして、司はそれを実行している。

そこに一切の躊躇いは存在しない。

彼が敵と認定した物は、死ぬだけだ。

 

つまり、愛子からしてみれば、頼りには

なるが、その力を簡単に使えてしまう司の

生き方を簡単に認めることはできなかった。

これは認識の違いだ。殺人を明確な悪と

捕らえる愛子と。守る為ならば殺人、

虐殺さえも一切問わず行う司。

 

「……ハァ。それでも、私は結局、

 彼に頼るしか無いんですね」

帰る為には司の協力が必要。

と言う現状に、情けなさからそんな事を

呟く愛子。

 

『コンコン……』

「え?」

不意に、消えそうな小さな音で、ドアが

ノックされた。

「誰?こんな時間に」

不思議に思いながらもドアを開ける愛子。

 

そこに立っていたのは、司だった。

「え?新生君?」

「夜分にすみません。実は、折り入って

 先生に話しておきたい事がありまして。

 部屋に入ってもよろしいですか?」

「あ、えぇ。どうぞ」

突然の訪問に驚きながらも、司を招き入れる

愛子。

 

「失礼します」

そして、司は念のため周囲を警戒しながら

愛子の部屋に入って行った。

「それで、話というのは?」

「はい。…これから話す事は他言無用です。

 特にトータス世界の人間には、です。

 生徒達に対してもです。ですが、一応

 先生にだけは、伝えておこうと思いまして」

 

 

私は、そう前置きしてからこの世界の真実を

語った。

神、エヒトの狂乱の真実。解放者という前例。

オルクス大迷宮の、真の大迷宮の事。そこが

解放者の試練の場である事などなど。

そして、奴にとって私達も玩具に過ぎない

だろうと言う推測も。

 

「そ、そんな。じゃあ、私達は……」

「召喚されたあの日、イシュタルはエヒト

 なら我々を帰還させられるだろう、

 と言って居ましたが、エヒトの真実を

 聞いた私達としては、そう簡単に奴が

 私達を元の世界へ戻すとは思えません。

 奴にしてみれば、この世界はチェスの

 盤上。そして、我々はチェスの駒

 なのですから」

「……新生君。あなたは、その、エヒトを

 どうするつもりなの?」

「こちらから仕掛ける気はありません。

 が、向こうが私達の帰還を妨害する、 

 或いは私達に手を出してきた場合は、

 全力でこれを排除します。最も、

 ハジメの予想からして、奴は自分の

 思い通りに動かない駒を排除しようと

 するでしょうから、戦いは避けられない、

 と考えています」

「つまり、戦うの?」

 

「はい。守る為です。ハジメや香織と言う、

 友人。シアやユエと言った、この世界で

出会った仲間。そして何より、愛おしい

人、ルフェアを守る為ならば、私は、

この星その物を破壊する事さえ

厭いません」

「ッ。それはつまり、エヒト諸共、この世界

 の人がどうなっても良い、と?」

「非道な事、と言う自覚はあります。

 ですが、それは私の決意です。ハジメや 

 ルフェアは、この世界と秤に掛けても、

 私にとってはなお重い存在なのです。

 それだけの事です」

「それを、悪だと分かっていてもですか?」

 

「……愛子先生。こんな言葉をご存じですか?

 『戦争は誰が正しいのかを決めるのではない。

  誰が生き残るのかを決めるのだ』。

 英国の哲学者、バートランド・ラッセル氏

 の言葉です。……私は、いえ、私達は

 生き残る。必ず。そこに悪や正義などと

 言う曖昧な概念は必要ありません。

 生きるために、戦うだけです」

「で、でもそれは!」

「先生が殺人を悪とする理由は何ですか?

 それが、道徳的に間違っているから

 ですか?法律に反するからですか?

 残虐だからですか?」

「……全部、と言ったら、新生君は

 どうしますか?確かに、新生君の言うとおり、

 守る為には力が必要なのだとは、私も

 思います。でも、殺してしまうと言う事

 を認めてしまったら、それはブレーキが

 壊れたのと同じです!殺人への忌諱感を

 失ってしまったら、暴力を、力を振りかざす

 事になれてしまったら!それは、理性と

 対話の為の言葉を持つ、人間では無くなって 

 しまいます。……自分の欲望のままに

 力を振るう姿は、獣と同じです。

 人とは言えません。私は、そう思っています。

 あなたは、どうなんですか?新生君」

 

 

「私自身、その問いに対し、敢えてこう

 言わせて貰います」

どれだけ優しい生き方でも、どれだけ正しくても、

そこに力が無ければ。決意が、覚悟が無ければ。

 

「『何も傷付けず、自分の手も汚さない。

優しい生き方ですが、それは、結局の所何の役

にも立たない』」

 

生きていても、失ってばかりだ。

 

「敵は、我々を食い殺そうと力を行使してくる。

 それに立ち向かうには、力が必要です」

「でも、それでも……。私は、誰かを殺す事を、

 正しいとは思いません」

「……。先生、貴方の思いは、尊敬に

 値するものなのでしょう。

 しかし、『意思だけ』では、『声だけ』

 では、『言葉だけ』では、何かを

 守る事は出来ない。力の無い存在は、

 ただ奪われるだけです」

 

それだけ言うと、司はドアの方に歩き出す。

そして、最後に「失礼します」とだけ

呟き、彼は愛子の部屋を後にした。

 

一人残された愛子は、ソファーに深く

座り直しながら、再び考え始めた。

 

生き残る為には、力が必要だとして、

殺人を躊躇わない司と、殺人を悪として

否定したい愛子。

「……生徒の説得も出来ないなんて。

 私は、教師失格なのかな」

 

彼女のそんな悩みに答える者は誰も

居なかった

 

     第30話 END

 




次回は山脈でのお話です。

感想や評価、お待ちしています。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。