戦艦三笠の苦悩   作:樋口晶子

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第5話

「ありがとう…これ、何を入れたの?」

 

「ふん!ロシアの酒ウォッカを淹れてあげたのよ!どう?体の芯から温まるでしょ!」

 

「私はお茶を頼んだのだけれど…」

 

「三笠は毎日大変みたいだからね~工廠や軍令部との往復。司令がほとんど鎮守府にいないのはどうかと思うけど?まぁそのまま過労でぶっ倒れればいいわ」

 

「なるほど、壱岐なりに気を使ってくれたというわけね」

 

「はぁ?私はただあんたに死んでほしいだけ。あのときあんたの手を取ってここに連れてこられたけど…殺しておくべきだったわ」

 

「ふふ、まだ諦めていなかったのね」

 

「当然でしょ!いつか絶対にあんたを殺すわ」

 

「ほら手が全然動いてないわよ、いつになったらその書類終わるのかしら?」

 

「貴様!人の話を!」

 

「あ、そうだ壱岐少し街に出ましょう」

 

「はぁ?何を言ってるの!私は接収艦よ!軍施設以外での行動は制限されてることくらい知っているでしょ!」

 

「私が監視しているから大丈夫よ。さぁ行きましょ」

 

「ちょ、ちょっと!私に気安く触るんじゃない!」

 

 

 

 

「で?なんで私たちはこんなところで並んでいるの」

 

「壱岐は短気な性格?」

 

「何のために並ばされているの!」

 

「それよりほら見て。みんなワクワクしながら並んでいるでしょ!私も初めてきたから実はすごく楽しみなのよ!」

 

「はぁ?まったく答えになってないし…ふっ、東洋のサルがこぞって並ぶとは!ここは密林のジャングル?それとも動物園」

 

「日本人よ。壱岐知っているかしら差別主義者とは個別の事例を思案できない頭の悪い人のことだって」

 

「貴様!」

 

「公衆の面前よ控えなさい」

 

「…」

 

「ロシア人も日本人も同じホモサピエンスの遺伝子を持つ同種の生き物よ。あなたそこに優劣があると本気で信じているの?」

 

「祖先は同じでも国の偉大さは桁違いよ!ロシアのロマノフ王朝はいずれ世界を統一する。その時お前は私の考えうるもっともむごい殺し方でなぶってやる!覚悟しておくのね」

 

「あなたのその敵意は劣等感ね」

 

「なに」

 

「戦前のプロパガンダとして相手を卑しめ士気を上げるこれは理解できるわ。だけれどあなたはにはもう必要のないことだもの、植え付けられた思想だとしても聡明な壱岐のことよもうどこかで気づいているのではないかしら?」

 

「おまえ」

 

「あ!私たちの番よ!」

 

「ちょ!離しなさい!」

 

「へぇーこれが自動販売機」

 

「む…何よこれ」

 

「初瀬姉さんが言うにはここにお金を入れて…コップを置いて…蛇口をひねると!」

 

「む、水?」

 

「いいえ!これはじゅーすというものらしいのとても美味しいみたいだけれど…壱岐は何味にする?」

 

「味?味があるの」

 

「ええ、えーとりんご、バナナ、みかん、ブドウがあるわね」

 

「…では、みかんを」

 

「はい!コップは持ち帰れないから今ここで一気に飲むのよ!」

 

「え、ええ」

 

「いただきます!」

 

「…」

 

「…美味しい!!」

 

 

 

 

 

「なぜ今日私を連れ出したの」

 

「知って欲しかったのよ日本という国を。ね?この木村屋のあんパンも美味しいでしょ?」

 

「ええ、美味しい…ってそうじゃなく!」

 

「壱岐にも知ってもらえたと思うわ日本人は江戸から維新。近代化するため自らの民族、文化、政府を淘汰し新時代を開いてからも慢心することなくのまず食わずで独立をてに入れた。そんな彼らがあんなに幸せそうな顔でジュースやこのあんパンを食べて明日からも頑張る。そこに優劣は有るのかしら?自らの幸せのために生きるロシアの方々もそうなのではなくて」

 

「…正直に話そう。私はこの国に来てから驚かされることばかりよ…水は水道から供給され家庭の蛇口を捻れば何事もなく水が使える。みな医者に診てもらえ、その気になれば大学へ行き教師にも官僚にも医者、軍人にもなれる。ロシアではこうはいかない自由に職業が選べるのはロマノフ家と仲のいい貴族だけ、平民はみなその日のパンをもとめ肉体労働を極寒の地で強いられる…だから植民地を求め奴隷を集める。この国にはそんなもの無縁みたいね」

 

「貴女の国の話を聞かせてもらえないかしら」

 

「…ええ、ロシアはとにかく寒いのよ。だからみな強い酒を飲むそうすれば凍えないし、いい夢も見れる。王家はフランスと親戚でサンクトペテルブルクのエカテリーナ宮はヴェルサイユを参考にして建てられたの…でも国民の不満も大きくて。レーニンという自称革命家が日々あちこちで事件を起こしていて王家も頭を悩ませているわ」

 

「…そう」

 

「…その、ごめんなさい。発言を撤回する日本人は立派な民族よ、決してロシア人にも負けないくらい強い人々」

 

「…明石元二郎大佐。ご存知かしら」

 

「知らないわね、誰?」

 

「…いえ、知らなかったらいいのよ」

 

「何?今日の三笠はいつにも増して変なかんじ」

 

「さあ!まだまだよ!次はアイスクリンとそーだを頂きにパーラーに行きましょう!」

 

「くりん?ってちょっと!まだ食べるの?」

 

「もちろんよ!」

 

「はいはい!仕方ないわねぇ…ふふ帰ったらみんなでウォッカ空けましょ!」

 

「ええ、いいわよ!」

 

「飲みくらべよ!まあ三笠なんかあっという間に目を回しちゃうでしょうけど!」

 

「臨むところね?壱岐が倒れたら介抱してあげるわ」

 

「それはこっちのセリフよ!」

 

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