ここから挙兵のために再興軍が行動を開始します!
・山城国 京の町 東福寺
無事に尼子勝久を総大将として迎えることに成功した一同は今後の方針について話し合っていた。毛利家と戦うためにまずは兵を募り、軍備・兵糧を準備する必要がある。その他には未だに出雲で抵抗を続けている反毛利勢力との交渉や各地に散らばった尼子の遺臣たちとの連絡などやるべきことが山積みなのだ。
しかし、ここで早くも問題が発生していた…
「さて、それじゃ何から取り掛かろうか?」
「……うむ」
「え、え~と…」
だが、あれほど挙兵に積極的だった久綱と鹿之助が今回はなぜか少し弱気になっていた。不思議に思った宗秀と勝久は思わず二人に尋ねた。
「ん?どうしたんだ二人とも?最初はあんなに乗り気だったじゃないか」
「い、いったいどうされたのですか?」
「そのぉ~…ちょっとだけ問題がありまして」
「問題?何かあるのか」
「…単刀直入に言おう、実はな」
そう言うと久綱は懐から袋を取り出した。取り出すと同時にじゃらじゃらと音を出すそれは間違いなく金銭だったが、問題は入っている金額だ。
その総額はというと…
「この袋にわしと鹿之助の俸禄を合わせた銭がある。しめて二百貫(約四十五万円)だ…」
現代人の目から見ればそれなりの大金に見えるがこの時代の人から見ればこの金額は武士が俸禄(給料)で貰える程度の金額なのだ。軍備や兵糧を準備するとなれば今ある金銭の数百倍ぐらいは必要になるだろう。これだけの金銭では戦どころか兵を集めるのも困難だ。
「情けないが軍資金はこれだけしか無いのだ…」
「あ~…そう言うことか」
「はい…戦を始める以前の問題なんです」
慌てて出雲を出発した影響で軍資金や兵糧のことなどまるで考えていなかったのだ。つまり身も蓋もない言い方をすれば今の宗秀たちは軍資金も無ければ兵糧も拠点も兵もない、文字通り裸一貫に近い状態なのだ。勝久を再興軍の総大将として迎えられたのは良いが本当に大変なのはここからだったのだ。
「まずは軍資金を何とかせねばならぬな、となれば何処かの商家から金銭を借りるしか無い」
「ですが叔父上、私たちに金銭を貸してくれる商家があるでしょうか?」
「…やるしかない、それ以外に金銭を手に入れる方法は無いだろう」
だが望みはほとんど不可能に近いだろう。どう考えても勝算がほとんど無い再興軍に投資しようなどと微塵にも思わないはずだ。精々、鼻で笑われて門前払いをくらうのが目に見えている。
「姫様…我々はなんとか軍資金を調達します。ですが、この荒れ果てた京では何もできませぬ。ここは堺に参りましょう。あの地は商いが盛んな土地、微かに望みがあるかもしれませぬ」
「わ、分かりました…!久綱さまの言うとおりにしましょう」
「はっ!…失礼ながら姫様、拙者のことは久綱とお呼びくだされ」
「え…?で、でも…出会ったばかりなのに呼び捨てなんてできませんよ…」
「姫様、よろしいですか?貴方様はもう寺娘ではありませぬ。我らの主君なのです。家臣に敬語で話す主君はおりませぬぞ」
「そうですよ!姫様!私のことも鹿之助とお呼びください!」
やはり急には慣れないのか普段から真面目で誰に対しても敬語で話す勝久は久綱たちを呼び捨てることに戸惑いを感じていた。だが久綱の言うとおり総大将となるからには君主と臣下の立場を明確にしなければならない。そうでなければ勝久が臣下たちから軽視され、命令を聞かなくなってしまう者たちが現れるかもしれないのだ。
「さあ、姫様!遠慮は無用です!!」
「え、えっと…し、鹿之助…?」
「そうです!姫様、どうぞこれからは呼び捨てでお願いします!」
「あはは…やっぱり慣れませんね」
「それなら『肉奴隷鹿之助』なんてどうですか!」
「も、もっと言えませんよ!!?」
「あ…姫様に言われると思ったら興奮してきました…!はあ、はあ…七難八苦です…!」
「コラコラっ!お姫様に変なことを教えるな!」
この後、再興軍の当面の目標は軍資金の確保が最優先ということで一同の意見が合致し荒廃した京を離れ隣国の堺に向かうことになったのだ。堺は武家ではなく「会合衆」と呼ばれる豪商勢力によって支配された特殊な地域で、戦が絶えぬ戦国時代では珍しい中立地域なのだ。戦国時代の商いはこの堺を中心に動いていると言っても過言ではないだろう。ほとんど一文無しの再興軍が軍資金を調達するためにはやはり堺に賭けるしかなかったのだ。
その翌日の早朝、堺に向かうことになった再興軍一同は東福寺を後にしようとしていた。勝久は坊主から渡されたお古の小袖を身に纏い別れを告げていた。
「…お師匠さま、長い間お世話になりました。孫四郎は行って参ります」
「孫四郎様、ご武運をお祈り致します。どうか大業を成し遂げられますよう」
「ま、また…会えますよね?きっと…」
「…拙僧はもう長くありませぬ。もう会うことは無いでしょう。拙僧のことは気にせずに自分の道をお進みなさい」
「そ、そんな…い、嫌です!」
「…孫四郎よ見苦しいぞ!そのように軟弱な考えでは乱世は生きられぬ!しっかりせぬか!!」
「ひっ!でも…お師匠さま…」
物心ついた時からずっと自身を厳しく育てた師でもあり優しく面倒を見てくれた育ての親と言うべき人物との別れは勝久にとって辛いものだった。最後に師として彼女に渇を入れたのも坊主なりの優しさなのだろう。
「強くなりなされ、父君に劣らぬ立派な武士に」
「…わ、分かり…ました…お師匠さま…どうかお元気で…」
勝久は坊主と強く抱き合うと涙ながらに別れを告げ、一同と共に東福寺を後にした。その後、再興軍一同は京を出ると堺へと歩みを進めた。幸運なことに現在は三好家と足利将軍家との戦は一時的に膠着状態に陥っており、宗秀たちは戦に巻き込まれることなく京の街道を抜けることができたのだ。しかし、一触即発の状況であり権力闘争が収まるまではしばらく京に近づくことはできないだろう。
その日の夕刻、無事に堺へとたどり着いた一同はとある宿場に宿泊するとこれからの対策を考えていた。
話し合いの結果、久綱と鹿之助は堺中の商家と会合衆を訪ねて回り軍資金を援助してくれる商家を探すことになり残った宗秀と十勇士たちで堺の情報収集と探索をすることに決まったのだ。商家からの援助があまり期待できない以上、何か儲け話でも見つけ早急に軍資金を確保しなければならない。時が経てば経つほど挙兵の機会を逃してしまうことになってしまうからだ。
・摂津 堺
その翌日、一同は早速行動を開始した。久綱と鹿之助は堺各地の商会との交渉に向かい十勇士たちも情報収集のために全員が不在となっていた。そんな中、宗秀もまた十勇士たち同様に堺の町を探索していた。その傍らには再興軍の総大将となって間もない勝久の姿もあった。
「よかったのか?宿場で待ってればいいって久綱さんも言ってたが」
「い、いえ…皆さまが頑張ってるのに私だけ何もしないなんて嫌です…」
「だが、さすがにお姫様を連れ回す訳にはなぁ」
「大丈夫です。堺にはお師匠さまと何度か来たことがありますし、お邪魔はしませんから…」
「そうか、じゃあ一緒に回るか」
「は、はい!宗秀さま…じゃなかった…む、宗秀…」
「ははっ、やっぱりまだ慣れないか」
ちなみに宗秀は勝久のことをお姫様と呼ぶようなり呼び捨てにされることも別に気にしていなかった。二人はまるで観光でもするようにのんびりと話しながら堺の町を歩いていた。
「あ、あの…鹿之助から聞いたのですが…宗秀は未来から来られたとか…本当なのですか?」
「…まあな、でも最近未来から来たとかあまり気にしなくなったんだ。どうせ誰も信じないし自分で言ってて馬鹿らしくなってきたしな」
「え、えっと、私は本当だと思います。宗秀は他の人とは違う気がしますし…」
「へぇ、信じてくれるのか?よかったら理由を聞いてもいいか?」
「そ、その…なんと言うか、雰囲気…でしょうか?それに皆さまの中でも宗秀は私たちには分からない大きなことを分かるような…そんな感じがするんです」
す、すみません…!変なこと言ってしまってと慌てて勝久が謝る。やはり現代と戦国では価値観も考え方もまったく異なることを改めて実感した。だが、こうして自分のことを受け入れてくれる人は鹿之助や久綱だけでは無いのだと宗秀は少し喜びと安心感を覚えていた。
「いいんだ。信じてくれてありがとな、お姫様」
「そ、そんな、私は思ったことを言っただけで」
その後、しばらく堺の町を見て回ったが特に珍しい情報も無くただ時間だけが過ぎていった。町を歩く中、宗秀は堺の壮大で美しい町並みに圧倒されていた。様々な屋台に多くの店と商家さらに二人を飲み込まんばかりの人で溢れていた。
「それにしても…すごい活気だな。戦国時代の町とは思えないぐらい賑わってる」
「はい、この堺は日ノ本の商い中心地で全国から民と商人、職人たちが集まっているのです…」
「さながら戦国時代の東京だな」
「…え?とうきょう?」
「ははっ、気にしないくていい。こっちの話だ」
「ところで、お金の方はどうします?私もどうしていいか分からなくて…」
勝久の心配はもっともだ。普通ならほぼ無一文の状態から短期間で軍備を整えられるだけの金銭を稼ぐなどほとんど不可能に近いだろう。
そう普通なら…
「心配するな、なんとかなる」
「え!?…じ、じゃあ、宗秀には何か考えがあるのですか?」
「まあな、上手くいくかどうかはまだ分からないが」
宗秀には考えがあった、この時代の人間に無いものを自分は持っている五百年先の未来で生きてきた中で身につけた知識と見聞、そしてこの時代では測れない物事の価値観…これらの自分にしかない特別な力を使わない手はない、今こそ自分の力を発揮する時だと宗秀は心を踊らせていた。
まず宗秀が目を付けたのは商売だ。この時代では製造、販売されていない未来の品物の数々を宗秀は知っており、それらを何処かの商家に売り込む方法やまたは自分たちで売ることも方法の一つだろう。この時代の人々に気に入られるかどうかは分からないがきっと効果があるはずだ。そんな中、どのような商品を売り込むか思案している宗秀の目にとある建物が目に入った。
「ほお…立派な屋敷だな」
「あれ…?こんな所に屋敷なんてあったでしょうか?」
「なになに…本阿弥光悦邸?」
二人の目にあったのは広さ300坪ぐらいだろうか塀に囲まれた立派な造りの屋敷が建っていた。門の名札には「本阿弥光悦邸」達筆な字で綴られている。つい最近建てられた物なのか屋敷の造りが他の建物に比べるとまだ新しく見えた。
「あ!本阿弥光悦…思い出しました。京で有名な芸術家ですよ」
「へえ、芸術家か…そんなに有名なのか?」
「はい、陶芸、茶道に漆芸…特に達筆でとても美しい字を書く脳筆家としても有名な方です」
「す、すごいな…多芸多才にも程があるだろ」
「しかも歳は十八代ぐらいだと聞きますよ?」
「すげぇ〜…高校生ぐらいの歳なのか、天才って本当にいるんだな」
その若さでそれだけの技術と教養を持っているだけでなくすでに高名な芸術家として世間から注目の目を向けられているなどただ者ではない。天才という言葉はよく聞くが、まさに彼女のような人間にこそふさわしい言葉だろう。
「と、とにかくすごい方なんです!でも…どうしてその光悦さまの屋敷が堺にあるのでしょうか?」
「さあな、でも本阿弥光悦か…一度会ってみたいな」
「…なあ、うちになんか用?」
「うお!?びっくりした!!」
気づくと二人の横に一人の少女が立っていた。藍髪のポニーテールに桜の模様が描かれた職人のような着物を身に付け、片手に筆などの小道具の入った小包みを持っていた。見たところ年齢は十七か十八ぐらいに見え、まるで不審者でも見るような目で二人を睨んでいる。
「あんたら…うちの屋敷の前で何してはるん?人呼ぶで?」
「うちの屋敷?…ひょっとして君が本阿弥光悦か?」
「そうで、うちが光悦や」
そう二人の目の前にいる少女こそ有名芸術家・本阿弥光悦その人だった。
「とりあえず帰ってくれへん?うちせわしなんやさかい」
はんなりとした京言葉で話すその姿はまさに優雅でしとやかな京女だ。ちなみにせわしは「忙しい」という意味だ。
「すまない、怪しい者じゃないんだ。あんまりに立派な屋敷だったから眺めていただけだ」
「ふ〜ん…まあええわ、お兄さんたち悪い人じゃなさそうやし」
「ところで綺麗な屋敷だが、最近建てた屋敷なのか?」
「うん、うちは元々京で暮らしとったけど、今の京はあないな感じやさかいここに引っ越したの。新しゅう屋敷建てるの大変やったのよね」
「こんなでかい屋敷を自分で建てたのか!?いくらかかったんだ?」
「うちの財産の半分かいな…ほんまに最悪やで」
戦の影響で光悦が住んでいた京の屋敷は野盗たちによって荒らされてしまったのだ。しかし抜け目のない光悦は京での戦を予想し早い段階で引っ越しをしていたことから家財や芸術品は無事だったのだ。
「ところでお兄さんたち、ほんまに何の用なん?泥棒ちゃうんは分かったけど…」
「君がすごく有名な芸術家だって噂を聞いてな、よかったら君の芸術品を見てみたいと思ったんだが…」
「は、はい!私も見たいです!!」
「ふぅん…お兄さんたち、うちの作品に興味があるん?お目高いなぁ、ええで見せたるわ。…特別やで?」
自身の作品に興味がある人を気に入る性格なのか光悦は上機嫌に宗秀と勝久を屋敷に招き入れた。屋敷に案内された二人は居間で光悦から茶と菓子を振る舞われた。その居間は上品な雰囲気の内装で所々に風景が描かれた掛け軸や高価そうな壺などが置いてあった。さらに窓からは堺の町の港を一望でき、その景色はまさに絶景だった。茶道にも通じているというのは本当のようで茶を点てている光悦の手は洗練され名人の風格を漂わせている。
「できたわぁ!さあどうぞ!」
光悦は笑顔で二人に茶を差し出した。二人はお礼を言うと差し出された茶碗を手に取り音を立てないように注意しながら静かに茶をすする。
「わあ…とても美味しいです!」
「ああ、絶妙な甘みとうまみだ。なんと言うか…味に深みを感じるな、まさに名人の味だ」
「あはは、おおきに。まあ、うちの茶はただの嗜みやさかい大したことあらへんけど」
「嗜みでこんな美味しいお茶が点てられるなんてもっとすごいです!!さすがは光悦さまですね!」
誉められるのは素直に嬉しいのか光悦は頬を赤らめながら微笑んでいた。気分を良くした光悦は早速、自身の芸術品の話をし始めた。どうやら彼女がこれまで作った作品の中でも最高傑作とも言える作品を二人に見せてくれるそうなのだ。その後、しばらくして居間の奥から戻った光悦はその芸術品を二人の前で自信満々に披露した。
「どや?これがうちの最高傑作…『不二山』やで!」
光悦が二人に見せたのは茶碗だった。製法は楽焼で白釉を用いられており特に茶碗の下半部分が炭化して黒く変色しているのが最大の特徴だ。達人とも言える陶芸の腕前を持つものの何故か陶芸をあまりしない光悦が偶然、完成させたものだった。
ちなみにこの『不二山』は現存し、別名・楽焼白片身変茶碗と呼ばれ重要文化財として現代に伝わる日本の国宝でもある。
「これが…噂に聞く「不二山」ですか…初めて見ました!」
「…確かに凄いな。鑑定初心者の俺でもこの茶碗が名作だってことが分かるぞ」
芸術品の鑑定眼が薄い二人でも美しくそして素晴らしい作品だと思わせてしまうほどの名品なのだ。自身の作品に厳しい光悦もこの不二山だけは自信満々に最高傑作だと認めていた。
「どや?すごいやろ、これ以上の茶器はちょっと手に入らへんよ?」
「ああ、御見逸れしたよ。君は間違いなく天才芸術家だな」
「えへへ、そう?うちなんか大したことあらへんで」
「謙遜しなくていいさ、もっと誇ってもいいと思うぞ」
「もう、誉めてもなんも出えへんで!そうや!他にもあんで!見せたるわ」
光悦は宗秀たちを気に入ったのかその後自身の作った作品の数々を披露してくれた。他の作品も名品と呼ぶにふさわしい作品で、特に脳筆家と言われる通り彼女が執筆した書物の文字はとても美しかった。そして自身の作品をあらかた披露し終えた光悦は二人に尋ねた。
「なあなあ、うちの作品を見せたった見返りってわけちゃうけど…よかったらお兄さんたちのこと聞かせてくれへん?あんたらほんまに何者なん?」
「あ…え、えっと…私たちは…」
「お姫様、いいじゃないか。芸術品を見せてもらった礼だ、話してもいいだろ?」
「そ、そうですよね…分かりました」
それに光悦は悪い人物ではなく素性を明かしても問題無いと判断した宗秀と勝久はそれぞれ簡単な自己紹介をした後、自分たちの目的やこれまでの経緯を話した。特に光悦が驚いていたのは宗秀が未来から来た人間だと言うことについてだ。
「ふーん、滅亡した武家の再興ねえ…」
「はい…今の私たちにはお金もなければ味方もいないのです…いったいどうすればいいのか分からなくて…」
「勝っちゃんも大変やなあ、…それよりもお兄さん!」
「ん?何だ」
「お兄さん、未来から来たってほんまなん?」
「…まあ、一応な。馬鹿らしいとは思うが」
「でも、証明する方法ならあんで。これからうちが言うたことをしてくれるなら信じたるわ」
「俺にできることなら構わないが…」
「簡単やで!うちに未来の芸術品を見してや!」
「は…?」
もちろん宗秀自身にも興味があったがそれ以上に光悦が気になったは未来の芸術、そして文化だったのだ。五百年先の未来ではどんな芸術品や文化が生み出されているのか…きっと自身の想像を越える素晴らしい物に違いないとそんな未知なる世界を思うと光悦は気持ちの昂りを抑えられなかった。
「さあさあ!早う見してや!」
「…と言われてもな」
「何でもええのよ?例えば、絵やらでもええで」
「…まあ、描けないこともないが」
「え!?お兄さん、絵の心得があるん?ほな、描いてみせてや!!」
「構わないが…たいした絵は描けないぞ。この時代じゃ鉛筆もペンも無いしな」
実は宗秀には絵の心得がありまだ彼が十代の小学生だった頃に現代で言うアニメにハマりそれがきっかけで二次元イラストを描くようになったのだ。そのハマり具合が尋常ではなく暇があれば絵を描き、時には寝る間も惜しんで描いていたほどだ。そして、その腕前は友人から漫画家になれると太鼓判を押されるほどだったそうなのだ。
「しばらく描いてなかったからな、しかし筆で描けるか…?」
「えんぴつ?ひょっとしてこれのこと?」
「ああ、そうそう…って!?なんであるんだ!!?」
「ちょい前に、南蛮の商人から買うてん。せやけど使いにくいさかい捨てよう思たのよね」
「驚いたな、この時代に鉛筆ってあったのか…」
実は鉛筆は戦国時代末期に日本に伝来しており実際に天下人・徳川家康や独眼竜の異名で知られる伊達政宗などが鉛筆を使用していたと伝えられている。しかし、この時代ではまだ鉛筆は定着せず本格的に日本への輸入が始まるのは明治時代からである。
「よし…!鉛筆があるならラフイラストでも描くか…ちょっと待ってろよ」
そういうと宗秀はすらすらと鉛筆を走らせ、瞬く間にラフ絵を描いて見せた。描いた絵は戦国時代に因んで甲冑を身にまとった美少女のイラストだ。
「どうだ?これが俺の時代の絵だ。まあ、下手だしペン入れも色もついてない落書きだけどな」
「…す、すごいです!!こんな綺麗な絵は初めて見ました!これが未来の絵なのですね!」
「そうか?ただの落描きだぞ」
「そんなことないですよ!まるで生きてるみたいです!宗秀にこんな特技があったなんて驚きました!」
どうやらこの時代の人に二次元イラストは受けがいいのか勝久は深く感銘を受けているようだ。宗秀は落描きとは言っているが、その絵は即興で描いたものとは思えないほど見事な出来映えなのだ。それを見ていた光悦はその絵を睨み付けるように眺めながら全く動かない。
「……」
「すまん、今の俺の腕前じゃこれが限界だ。もっと上手い奴が描いたらもっとすごいんだがな」
「……す」
「ん?」
「すっっごい!!すごい!すごい!なあ!さっきのどないして描いたん!?」
高名な芸術家である光悦も同じく感銘を受けたのか目を輝かせていた。
「こないなすごい絵、初めて見たわぁ!!未来にはこないなすごい絵ぇ描ける人がおるのね!」
「そ、そうか。気に入ってもらえて何よりだ」
「なあなあ!こらなんて言う絵なん?」
「ああ、それは二次元イラストっていうんだ。まあ、現実には存在しないような架空の人物をこんな風に可愛いく、または格好良く描く絵のことだ」
「"いらすと"って言うんや!すごいなあ…♪」
光悦は宗秀のイラストを眺めてうっとりしていた。よほど気に入ったのか何度も何度も角度を変えながらまるで地面でも舐めるかのようにイラストを眺め続けてはニヤニヤしている。この時、光悦は現代の二次元イラストに宿る不思議な魅力…いわゆる「萌え」の魅力に強く惹かれていたのだ。
「…知らへんかった、この世にこないなすごい絵ぇ描ける人がおったなんて…天下はほんまに広いわ。井の中の蛙大海を知らず、とはほんまこの事やわ!」
すると光悦は宗秀に向き直ると姿勢を正し、急に真剣な表情で話し始めた。
「お兄さん…いや宗秀はん。あんたは素晴らしい芸術家やったんどすなぁ、どうかこれまでご無礼許しとぉくれやす」
「おいおい、そんな大げさな…」
「うちの作品なんて宗秀はんの"いらすと"に比べればカスやで…ほんまに自分がどれだけ未熟か思い知らされたわ…」
「いやいや!!?君の茶器や書物のほうがこんな絵より百倍すごいと思うぞ!?」
「ううん、だってうちの作品にはあの絵みたいに人をときめかせるような魅力なんてあらへんもん!…そやさかい、宗秀はんにお願いがあるんやけど…」
「お願い?」
「……おたのもうします!!うちを宗秀はんの弟子にしとぉくれやす!」
そう言うと光悦は宗秀に深く土下座する。だが、いきなりの土下座に宗秀もどうしてよいか分からず困惑していた。後世にまで残る作品を生み出す光悦の技術と自身の趣味で描く絵の技法とでは価値はまるで違うからだ。
「いやいやっ!?君はもう十分すごいだろ!?こんなこと教えるまでもな…」
「そうどすなぁ、これほどの業ただでは教えられへんと…だったら、うちの覚悟をお見せしまひょ!!」
「ちょっと待てっ!人の話を…」
「ちょい待っとって!!すぐ戻るさかい!」
「人の話を聞けー!!」
話も聞かずに光悦は居間から飛び出すと何処かへ走り去っていった。下駄を履く音がしたところどうやら外に行ったようだ。
「…な、なんだか大変なことになっちゃいましたね」
「…ああ、すごく面倒なことになりそうな気がするぞ」
このままこっそり帰ろうとも考えたがさすがにそれは手厚くもてなしてくれた光悦に失礼だと感じ二人はじっと光悦が帰ってくるのを待つことになった。しばらくすると光悦が息も絶え絶えの状態で居間へと戻ってきた。だが、その後ろに光悦と同じように謎の男が疲労困憊で立っていた。
「ぜぇ〜…ぜぇ〜…お、お待たせ…連れてきたで…」
「ふぅ…光悦はん、いったい何事ですかいな?急に屋敷に来てほしいなどと」
光悦の後ろにいる大柄な男、この男の名は今井宗久という者で堺の会合衆の一人だが宗久が経営する納屋はその中でも特に大きな利益を上げていることからその会合衆の代表のような存在でもあるのだ。南蛮渡来の片眼鏡が特徴的で岩ような大きな顔に商人とは思えない屈強な肉体、まさに頑固一徹という言葉がぴったりと似合う男だ。
「ん?そちらのお二人は?」
「あ、紹介すんで!こっちが友達の勝ちゃんとうちの師匠の清河宗秀はんよ!」
「誰が師匠だ!!」
「あ、あはは…」
「ほう、光悦はんの…それがし、会合衆の今井宗久という者、以後お見知りおきを」
「会合衆?じゃあ、あんたは商人か」
しかし宗秀はますます光悦が何がしたいのか分からなくなってしまった。覚悟を見せると言っていたがその覚悟の為になぜ商人を呼んできたのか。
「ところで、光悦はん。それがしに大切な用とはなんですかいな?そないに慌てた光悦はんは初めて見ましたわ」
「そう!今日、宗久はんを呼んだのはほかでもあらへんわ!ちょいと取引がしたいのやで!」
「取引?」
そう言うと光悦は先ほど宗秀たちに披露した最高傑作・不二山の茶碗を宗久の前に出すと次の瞬間、信じられないことを口にした。
「これ、売るわ!確か六万貫やったけ?」
「…なっ!!?」
「……は!?」
「……え?」
なんと、あれほど自分の最高傑作だと自負していた不二山を売却しようと言うのだ。しかもその不二山の売却金額は六万貫…現代の金額で換算すれば約六億円ほどの価値になるのだ。
「ちょ…!?こ、光悦はん!?それがしがあれほど頭を下げて懇願しても首を縦に振らんかったのに…いったいどういう風の吹き回しでっか!?」
「簡単なことやで、これより価値があるものをうちは見つけた…それだけのことや」
「こ、光悦はん…」
「あ!それとその六万貫はそこの宗秀はんに全部あげるさかい」
「ちょっ!?こ、光悦はん!そ、それは…!!」
いったいさっきから何を言っているんだコイツはっ!?と宗秀は気が気でなかった。二次元イラストの描き方を宗秀に教えてもらうために後に日本の国宝と評価されるほどの芸術品を売ろうとしているのだ。さらにその売却金を宗秀にまるごと譲るとも言っていた。
「宗秀はん…!どや?これがうちの覚悟や!」
「あわわ…ろ、ろくまんかん…ろくまんかん…」
勝久はその驚きの金額に動揺を隠せずただ"ろくまんかん…"と呟きながら目をぐるぐると回している。
「おいっ!!お前、自分が何を言ってるか分かってるのか!?」
「うん、うちは本気やで?」
「じゃあもっと駄目だろ!?よく考えろ!どう考えても君は大損だぞ!」
「え?六万貫じゃ足らへん?」
「違うっ!!君が損をするって話をだな…!!」
「損なんてしいひんもん!うちは本気で弟子にしてほしおすの!!」
光悦の目は真剣そのものでその言葉は冗談や悪ふざけなどではなく本心だった。
「うちが損するかなんか宗秀はんには関係あらへんやん?物の価値なんて自分自身が決めるものやで!うちにとって宗秀はんの業を教えてもらうことは今えらい大事なことなんや!!」
「光悦…」
「宗秀はんもお金欲しいんやん?宗秀はんはお金貰えて、うちは未来の業を教えてもらえる…それやったらうちも幸せだしあんたも幸せ…それでええやろ?」
そう言われてみれば宗秀は再興軍のための軍資金を手に入れられ光悦も未来の技術と伝授してもらえると考えればどちらにとっても悪い取引ではない、少なくとも光悦にとっては宗秀の絵の技法は自身の不二山を超える価値のあるものだと信じていたのだ。
「お願い!!一生のお願いどす!弟子にしとぉくれやす!おたのもうしますぅ!」
「……」
物の価値は自分自身で決める…光悦の言葉が宗秀の心に大きく響いていた。彼女にとってこの技術がそれほど価値があるのならそれを教えてもよいのではないだろうか?と思っていた。
「…分かった。そこまで言われたら断るのも失礼だな」
「え!?ほな…」
「ああ、教えてあげるよ。君の本気とその覚悟に俺も応えたいからな」
「…う、うわ~ん!!おおきに!!師匠っ~!!」
「うおっ!?いきなり抱きつくなよ!」
光悦は宗久に不二山を売却するとその売却金を宗秀に渡し取引は無事に終了した。その後、宗秀たちが宿場で過ごしていることを知ると光悦は喜んで宗秀たちを屋敷に招き、「好きなだけ居候してええで!」と挙兵の準備が整うまで光悦の屋敷で居候することなったのであった。
新たなオリキャラ、本阿弥光悦登場です!
ちなみに何故、本阿弥光悦なのかというと漫画「バガボンド」での光悦が個人的に気に入っていて自分の作品でも登場させたいと思ったからです!
光悦の生年月日や芸術品の製作日などが全然違いますけど、あまり気にしないでくださいね…
ちなみに鉛筆って戦国時代からあったんですねっ!!
作者の私もびっくりですよ~!