七難八苦戦記   作:戦国のえいりあん

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やっと書けました!
最近、忙しくてなかなか書けません…



第十話 旗印の元に

・堺 本阿弥光悦の屋敷

 

 忍びである世鬼蛍を仲間に迎えた宗秀は早速、彼女を鹿之助たちに紹介していた。出会った時から口も開かず心を閉ざしていた彼女が再興軍に加わったことに鹿之助や勝久は驚いていた。しかし、蛍が忠誠を誓ったのは宗秀個人にであり再興軍や総大将である勝久に対してではないためかその態度は無愛想というか無関心だった。

 

「というわけで今日から共に戦うことになった忍びの蛍だ」

 

「……」

 

「お力を貸して頂けるとは心強いです。どうかよろしくお願いしますね、蛍」

 

「今日から我らは共に戦う同士です!」

 

「……」

 

 鹿之助と勝久は快く蛍を歓迎するが当の彼女は無言で頷くだけで何も喋らない。そんな彼女が第一声に発した台詞がこうだった。

 

「……勘違いしないで…あたしが力を貸すのは宗秀様にだけ…あなたたちと馴れ合うつもりはないから…」

 

「な、なんだと!?き、貴様ッ!姫様に対して無礼だぞ!」

 

「…話は以上だから…」

 

「あ、あはは…」

 

(まあ、なんというか…予想通りの反応だな)

 

 やはりと言うべきか彼女が心を開いているのは主君と認めた宗秀だけであるようだ。しかし、主君である勝久がこのように言われては忠義に厚い鹿之助が黙っていなかった。部屋の空気が一瞬のうちに重くなる。

 

「…もう一度言う。私を侮辱するのは構わないが姫様を侮辱するのは許さない、今すぐ謝罪しろ!」

 

「……」

 

「聞こえなかったのか?謝罪しろ!」

 

「…大声で喚かないで…うるさい…」

 

「き、貴様ァ!!」

 

「や、やめてください!鹿之助!」

 

 激怒する鹿之助を慌ててなだめる勝久だが蛍はまったく気にする様子はない。謝ろうとするどころか迷惑そうにそっぽを向いている。このままでは鹿之助が蛍に襲いかる展開が安易に予想できた宗秀はため息をつきながら命令した。

 

「蛍、自己紹介ぐらいちゃんとしろ。紹介した俺の顔を潰す気か?」

 

「……分かりました…宗秀様がそう言うなら…」

 

すると、そっぽを向いていた蛍は二人に向き直ると渋々膝まずいて改めて自己紹介を始めた。

 

「…私は…宗秀様の忍び…世鬼蛍…よろしく…」

 

「はい、蛍、よろしくお願いしますね」

 

「…覚えておけ、次に姫様を侮辱すれば命は無いぞ」

 

 そんな鹿之助の警告も気にもせずに蛍は音も無くその場から立ち去った。これまでの態度から予想はしていたが蛍はかなり性格に癖のある人物のようだ。

 

「宗秀殿!なんなのですか、あの者は!」

 

「まあ、その〜…少し大目に見てやってくれ。あんな性格だが根は悪い子じゃないんだ」

 

「ですが…!」

 

「大丈夫ですよ、宗秀がそう言うのであればきっとそうなのでしょう。私は気にしませんから」

 

(あれだけ酷い状況で日常生活を送ってたんだからそりゃあれだけ捻くれた性格になるよなぁ…蛍も少しずつでも仲良くできればいいんだがな)

 

 姫様がそう言うなら…と鹿之助も渋々、納得した。こうして新たな仲間を加えた再興軍は着々と挙兵の準備を整えていた。久綱によって各地に散らばっていた元尼子家の旧臣たちと連絡がつき、少しずつ勝久の元に同志が集い始めたのだ。さらに鹿之助によって忠義に厚く腕に自信がある浪人たちも集められていたのだ。

 

 そして、今日も久綱によって招かれた尼子家の旧臣たちが勝久と面会していた。

 

「ご両人、よく来てくださった。こちらが勝久様だ」

 

「わ、私が尼子勝久です。よろしくお願いします」

 

「「ははっ!!」」

 

 久綱の招きに応じてわざわざこの場にやって来た二人の男だった。二人とも白髪の混じった初老の男で、屈強な身体に鋭い目付きをしている。まさに歴戦の勇士という言葉がぴったりと似合う風貌だ。二人は勝久に対して深く頭を下げる。

 

「お初にお目にかかりまする。それがし牛尾兵庫介と申しまする」

 

「拙者、赤穴五郎左衛門と申します!勝久様、お会いできて光栄にごさいます!」

 

「あの…素性の怪しい私ごときの為にご足労感謝します。久綱から聞いているとは思いますが、どうかお二人の力を私に貸してください」

 

「…この時を待ち望んでおりました。亡き経久様の築かれた尼子家の栄光を必ずや再興しましょうぞ!」

 

「我ら二人、勝久様の御為にこの命を捧げまする」

 

 どうやら二人とも勝久が尼子一族の生き残りであることを信じているのか、迷いもせずに勝久に忠義を誓っていた。実際に勝久の存在はこれまで隠されていたことから彼女が本当に尼子一族の血を引く者なのか疑問に思う者たちも少なくないのだ。にも関わらずこの二人は正真正銘、勝久は尼子誠久の娘であると断言しているのだ。

そして、それには確固たる証拠があった…

 

「……うう、孫四郎様…ご立派になられましたな。亡き奥方様によく似ておられます」

 

「……えっ?」

 

 すると勝久を見ていた牛尾兵庫介が突如、涙を浮かべていた。つい最近まで勝久が名乗っていた孫四郎という幼名を口にしたのだ。

 

「あ、あのっ!!兵庫介…私のことを知っているのですか?」

 

「…はい、産まれて間もなかった貴方様をお目にしたのは十年前でしたな。懐かしゅうございます…」

 

「あ、あなたは…一体…」

 

 思わず勝久は二人を紹介した久綱を見る。久綱は無言で頷き説明し始めた。何故、この二人が存在を隠されていた自分のことを知っているのか。

 

「姫様…牛尾殿と赤穴殿はかつて晴久様に滅ぼされた"新宮党"の生き残りです」

 

「新宮党の生き残り…じ、じゃあ…!!」

 

「ははっ!かつて拙者と牛尾殿は貴方様の父君、誠久様に仕えておりました。…しかし、あの時殿を守り切れずやむ無く我々と僅かな家臣たちだけが生き延びたのです」

 

 かつて牛尾兵庫介は尼子誠久の重臣で赤穴五郎左衛門は新宮党の侍大将を務めていたそうだ。その後、出雲に隠れ住んでいた二人の元に久綱から伝えられた誠久の遺児である勝久の挙兵…これを聞いた二人は大急ぎで駆けつけそうだ。

 

「貴方様は正真正銘、誠久様のご息女にございます。我らの力、存分にお使いくだされ!」

 

「…あ、ありがとうございます。亡き父上に代わって礼を言わせてください…本当にありがとう…」

 

 勝久の眼からとめどなく涙が溢れてくる。こうして自分のことを知っている者がいる、覚えていないが確かに自分には両親がいたのだと。これまでずっと一人だと思っていた勝久はそれを思うと涙が止まらない。

 

 そして、二人の話によれば出雲には尼子家の再興を願う者たちがいるようで、勝久が挙兵すると聞けば喜んで味方するという勢力も存在するそうなのだ。さらに二人はすでに五百の兵を準備しており、号令があればいつでもその元に馳せ参じると言ったのだ。その五百の兵たちはあの第二次月山富田城合戦から逃げ延びた者たちに加えて、同じく兵庫介たち同様に生き延びた元新宮党の兵士たちによって構成されていた。

 

 こうして続々と戦力を整える中、再興軍一同は来るべき時に備えてそれぞれ行動していた。

 

 

・後日 堺 本阿弥光悦の屋敷

 

 

「うおおっ!!」

 

「あまいですっ!そんな弱腰では敵は倒せませんよ!」

 

「ぐおっ!!?」

 

 光悦の屋敷に庭で訓練用の槍を手に鍛練に励む二人の姿があった。涼しい顔で余裕そうに立っているのは鹿之助でボロボロで身体中擦り傷と土埃だらけになって片膝をついているのは宗秀だった。

 

「ぜえ…!ぜえ…!」

 

「どうしました?宗秀殿、貴方の腕前はその程度ですか?」

 

「まだまだッ!うおおおっ!!」

 

 宗秀は体勢を立て直し、槍を構えて再び鹿之助に向かっていく。鹿之助に宗秀は勢いよく突きかかるがその一撃は容易くいなされ、代わりに強烈な反撃を食らう。腹部に槍の柄で重い一撃を受け、思わずよろけながら後ろに倒れ込んだ。

 

「…ぐふっ!?」

 

「なんですかっ!それは!槍の持ち方は教えたはずです!正しく槍を持つことも出来ないのですかっ!!」

 

覚悟はしていたがあまりにもハード過ぎる…と宗秀は内心呟いた。戦国で生き残る為にどれほど厳しい鍛練でも死に物狂いで耐えてやるという気持ちだったのだが、なんと言っても過酷の言葉に過ぎる。鹿之助の言葉通り彼女の鍛練は厳しく、そして容赦が無かった。槍の持ち方と構え方を教えてもらってからいったい何度こうして突き飛ばされたことか。

 

「…ぜえ…!ぜえ…!」

 

「さあ、立ってください!宗秀殿!」

 

「し、鹿之助!もう今日は止めましょう!宗秀も限界です!」

 

 二人の訓練を見ていた勝久が慌てて止めに入った。彼女が思わず静止させようとするほど鹿之助の訓練は厳しいのだ。勝久に言われると鹿之助は構えを解いた。傷だらけになった宗秀に勝久が濡れた手拭いを持って駆け寄った。

 

「そうですね、今日はここまでにしましょう」

 

「む、宗秀…大丈夫ですか?」

 

「…ぜえ…ぜえ…あ、ああ…すまない…」

 

 完全に疲労困憊し険しい表情で倒れている宗秀に鹿之助が歩み寄り、笑顔で手を差し出す。先ほどまでの激しい一面は消え去り、いつもの真面目で明るい彼女に戻っていた。

 

「宗秀殿、すみません。お怪我はありませんか?」

 

「…ああ…今日も惨敗だ…俺もまだまだだな…」

 

「そんなことはありませんよ、この短期間でよくここまで成長しましたね。正直、驚いてます」

 

「そうか?お前にそう言ってもらえるなら自信がつくよ」

 

 呼吸が整った宗秀は差し出された鹿之助の手を掴み、起き上がった。鹿之助の言うとおり宗秀は筋がいいのか当初はまったく武芸の心得が無かった彼が僅か短期間で鹿之助が驚くほどの成長ぶりを見せたのだ。もちろんここまで成長できたのは資質だけではなく、すぐにでも強くなりたいという彼の強い覚悟と努力あってこそだ。

 

「あの…宗秀殿、非常に言いにくいのですが…」

 

「ん?どうした?ひょっとして悪い所があったのか?」

 

「いえ、そうではありません。その…」

 

 何か伝えたそうにしている鹿之助だがよほど言いにくいことなのか口をつぐむ。そんな鹿之助に対して宗秀は遠慮しなくてはっきり言ってくれと笑顔で答えると鹿之助は申し訳なさそうに話し始めた

 

「宗秀殿は武術の才があります、この僅かな時間でここまで強くなれたのには私も感嘆しています。ですが…」

 

「ですが?」

 

「…はっきり言って宗秀殿は武術には向いていません。…貴方は優しすぎるのです。先ほどの訓練でも刃に迷いがありました」

 

「…そうか、やっぱり分かるんだな」

 

 鹿之助いわく、すでに宗秀は足軽程度の相手であれば対等以上に渡り合える実力を持っているのだが彼の戦い方はどこか迷いを抱えているように感じるらしいのだ。宗秀の心にある"誰かを傷つけたくない"という気持ちが枷となって全力を出せないでいるのだった。

 

「…すまない、覚悟してたはずなんだが」

 

「もっと早く言うべきでした。ですが、必死に訓練に励む宗秀殿のお気持ちを無下にできなかったのです」

 

 宗秀は今でも悔やんでいた。あの時、初めて人を自分の手で殺めてしまったあの時のことを。この弱肉強食の戦国の時代ではやむ得ないと無理矢理自身に言い聞かせていたが、どうしても心のどこかで"これ以上誰かを殺したくない"と思う自分がいるのだ。

 

「宗秀殿、これ以上はやはり…」

 

「…いや、続けさせくれ」

 

「ですが…」

 

「…頼む!俺は強くなりたいんだ…!宇山さんと約束したんだ、みんなを守れるような強い武士になるってな」

 

 確かにまた誰かを殺すのは震えるほど恐ろしい、だがそれ以上にもうあんな思いはしたくなかった。誰も守れずただ怯えて逃げることしかできなかったあの初陣の時のように。あの時ほど自分の無力さを嘆いたことはない、今度こそ自分が大切な人を守れる存在になりたい…その思いに偽りはないのだ。

 

「わかりました。そこまで言われるのであれば私も止めません。ですが肝に命じておいてください。その情けはいつか貴方の命を奪います」

 

「ああ、覚えておく」

 

「…では、宗秀殿!明日もびしばし鍛えますから覚悟しておいてくださいね」

 

「おう、明日も頼む」

 

(…とは言ったが、明日も訓練に付いていけるかなぁ…はぁ~…)

 

 また今日のように容赦なく鹿之助にボコボコにされると思うと内心ため息が止まらない宗秀だった。

 

「貴方ならすぐに私に追いつけるはずです、共に切磋琢磨しましょう!」

 

「ああ、根を上げないように頑張るさ」

 

「はい!逆に私をボコボコにできるぐらい強くなりましょうね」

 

「…いや、それはいくらなんでも無理があるぞ」

 

「何を言うのです!そうなって貰わねば困ります!宗秀殿にボコボコにしてもらえる…ああ…気持ちよさそうですね…!はあ、はあ…七難八苦です!」

 

「………」

 

「あはは…」

 

 鹿之助はいつものように一人で勝手に興奮していた。やっぱりこの変態に武術を教わるのやめようか…と内心呆れる宗秀だが、多分それを言ったら余計に喜ばすだけになりそうなので言わなかった。それ以来、宗秀は時間があれば鹿之助に武芸の鍛練を頼み、徐々にその腕前を上げていったのだ。

 

 

◯おまけ

 

・堺 本阿弥光悦の屋敷

 

 

「師匠~!もっと"いらすと"について教えてや!」

 

「先生!私にも"いらすと"の極意を伝授してくれ!」

 

「師、今日もよろしくお願いいたします」

 

「あ、ああ」

 

 光悦の屋敷にある一室で今日も二次元イラストの講習を行っている宗秀の姿があった。この三人が(無理矢理)弟子になってからというもの絵の描き方を教えて欲しいと強くせがまれる毎日を送っている。一室に集まるのは天下を代表する芸術家、本阿弥光悦、狩野永徳、長谷川等伯…本来の人間関係を考えたらあり得ない光景だ。

 

「先生からご教授される度に目から鱗が落ちる気分だ…先生こそ!天下一の芸術家だ!」

 

「おいおい、いくらなんでも天下一は言い過ぎだ。こんな落描きで天下一が名乗れるほど世の中あまくないぞ」

 

「ご謙遜を…これほど美しく心ときめく絵を描けるのは師しかおられません。貴方様こそ天下一です」

 

「はあ〜…頼むからやめてくれないか」

 

 三人が弟子になってからというもの毎日がこんな調子であり宗秀本人も戸惑い隠せなかった。勢いで弟子になることを承諾してしまったが、やはりあの時の判断は大きな間違いだったと後悔していた。天下の三大芸術家が光悦の屋敷に入り浸っている噂は瞬く間に堺中に広がり、知らない内に宗秀はちょっとした有名人になっていたのだ。

 

「今、堺で師匠の名前は噂になってんで、素晴らしい絵ぇ描く天才芸術家として!」

 

「お前のせいだろ、清河宗秀の一番弟子です!っていろんな奴に言ってればそりゃあ…」

 

「だってほんまのことやん?師匠がすごい芸術家なのは疑いようのあらへん事実なんやさかい」

 

 これ以上話をややこしくしないでくれ…とため息をつきながら宗秀は呟いた。あくまで自分たちは挙兵の為に軍備を整えている最中であり必要以上に目立つわけにはいかなのだ。

 

「まあまあ、少しぐらいならよろしおすやろ?師匠ほどの人を野に埋もれさせるのんはもったあらへんわ!」

 

「どこが少しだよ…!お前、つい最近俺が描いたイラストを町で見せびらかして回ってたただろ」

 

「だって、師匠のすごさをみんなに伝えたいんやさかい!」

 

(まいったな…戦国時代に二次元イラストなんか流行させたらマズいよな…)

 

 当たり前だが戦国時代に二次元イラストなどの文化は存在しない。この時代でイラストを描けるのは事実上、宗秀ただ一人と言ってもいいだろう。下手に未来の文化などを流行させてしまっては歴史に悪影響が起こるのではないかと危惧していたのだが、その予感は半ば的中することになる。

 

 それから数日後、光悦が見せびらかした宗秀の絵が堺中で話題になり、宗秀は天下の三大芸術家を越える天才芸術家として噂されるようになったのだ。それ以来、イラストを真似して描く者が続出しイラストは瞬く間に大流行し堺に新たな文化が広まることになった。 

 

 いわゆる、"戦国二次元文化時代"の到来であった。

 

「…どうするんだよ、もう収拾がつかないぞ」

 

「……宗秀様が描いた絵が大人気……すごい…!」

 

「はぁ〜…なんでこんなことに」

 

「…殿は偉大な人…尊敬する…!」

 

 目を輝かせて喜ぶ蛍に対して、宗秀は青ざめた表情で頭を抱えている。連日、屋敷の前には宗秀の噂を聞いて一目会おうとやって来る人々が増えてきたのだ。今や堺でちょっとした有名人になった宗秀の前に勝久と鹿之助がやって来た。

 

「あはは…え、えっと…今、堺は宗秀の噂で持ちきりになってますね」

 

「宗秀殿…貴方の絵が素晴らしいのは認めますけど私たちの目的はあくまで尼子家の再興なのですよ?それを忘れてはいけません!」

 

「分かっているよ、まさか二次イラストがここまで受けるなんて予想外だったからな」

 

「ま、まさか…!尼子家再興の夢を諦めて芸術家になるつもりなのですかっ!?そ、そんなことは鹿之助が許しませんよ!」

 

「…うるさい…猪女は口を出さないで…宗秀様がどうしようと勝手でしょ…」

 

「なんだと…?貴様、懲りずに減らず口を…斬られたいのか?」

 

「…あなたみたいな猪女、相手にならない…黙って…」

 

「…ほう?言ったな!面白い、忍びごときがこの鹿之助を倒せるか!!」

 

 すると鹿之助が腰の脇差を抜こうとして構える。最初に出会った時からそうだったが、この二人の相性は最悪であり顔を合わせては喧嘩ばかりしている。今日はついに鹿之助の堪忍袋の尾が切れたのか、本気で蛍を斬ろうとしている。凄まじい殺気に宗秀と勝久は慌てて止めようとするが…

 

「…ふ~ん…?あたしとやる気なの…?…じゃあ遠慮はいらないってことでいいんだね…」

 

「さっさと構えろ、今日ばかりは我慢ならん!叩き斬ってくれる!」

 

「…あなたの秘密…ばらしちゃうよ…?」

 

「な、何?」

 

 すると蛍はニヤリと笑みを浮かべた後、ジト目で鹿之助を見ながら言った。

 

「…あなた…この間…光悦の茶器を割って壊したでしょ…」

 

「なっ!?なぜその事を…!!?」

 

「…その後、慌てて証拠を隠滅しようとして必死に残骸を土に埋めるあなたの姿は滑稽だった…」

 

「な、な、な…!!?」

 

 あれはお前の仕業だったのか…と宗秀は冷ややかな視線で鹿之助を見つめる。実は以前に光悦が大切にしていた茶器が急に紛失するというちょっとした騒動が起こったのだ。しかし、結局見つからず何者に盗まれたということで事は収まったのだが、茶器は盗まれたのではなくうっかりして割ってしまった鹿之助に隠されていたという真実が発覚したのだ。その一部始終を蛍は目撃していたというわけだ。

 

「…あの茶器…いくらするか知ってる…?およそ二万貫だよ…」

 

「に、二万貫ッ!!?」

 

「ああ、たしか光悦がそう言ってたな。前に売った"不二山"の次にお気に入りの茶器だったらしいぞ」

 

「…あ~あ…ばれたら大変だね…あなたに弁償できるのかな…?」

 

 蛍はクスクス笑いながら次々と鹿之助に正論を飛ばす。一方の鹿之助は先ほど殺気は完全に消え去り、ぐうの音も出ずに黙り込んだままだ。しかし誠実な鹿之助がこのような真似をしたのには理由があった。

 

「うう…す、すみません!姫様ぁ…私のせいでせっかく手に入った軍資金を無駄にするわけにはいきません!!こ、こうなった以上、この命をもって償うしかぁ…!」

 

 鹿之助は涙と鼻水で顔をグシャグシャにしながら脇差を抜くと自身の腹に突き立てようとする。そんな鹿之助を勝久と宗秀が慌てて取り押さえた。

 

「し、鹿之助!駄目です!お金ならまた稼げますから!早まらないでください!」

 

「そうだぞ、こんな事で死のうとするな」

 

「う、うう…ひ、姫様ぁ…宗秀ぇ…」

 

「ちゃんと謝って弁償すれば許してくれるさ。ほら、元気を出せ」

 

 すると鹿之助に対して高圧的だった蛍が急に問いただすのをやめた。蛍からすれば鹿之助がどうなろうと構わないがそのせいで主君の宗秀に苦労をかけさせるわけにはいかない。蛍はため息をつきながら呟いた。

 

「…はぁ~…光悦は茶器を本気で盗まれたと思ってる…黙ってれば問題ない…」

 

「ほ、蛍…!」

 

「…そのかわり…素直にあたしに謝るなら…黙っててあげる…」

 

「ぐ、ぐぐ…き、貴様という奴はぁ…!!」

 

「…さあ…どうするの…?」

 

 蛍は再びクスクスと笑いながら鹿之助を見下すような目で見る。今回ばかりは鹿之助が茶器を割ってしまったことが原因なので宗秀も勝久も彼女を擁護することができなかった。そして観念したのか鹿之助は床に頭を擦り付けながら蛍に土下座し謝罪したのだ。

 

「ぐぐ…す、すまない…わ、私が…悪かった…」

 

「…ふふ…あたしの勝ち…ざまみろ…」

 

「…く、屈辱だっ!!このような醜態を晒すとは…!そうか…!これは試練なのだな!この苦難を乗り越えて私は強くなるのだ!…はあ、はあ…どのような苦難にも耐えて見せるぞ!七難八苦万歳~!!」

 

「…この変態…気持ち悪い…」

 

「あ、あはは…」

 

「なんというか、まさに犬猿の仲…だなぁ」

 

この事件の真相は宗秀たちのみが知る事となり、事態は終息した。

 

 

 




次は久しぶりに番外編を進めてみましょうか?
そろそろ毛利陣営について触れるのもいいかもしれません。
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