七難八苦戦記   作:戦国のえいりあん

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新作、書けました!
今回は原作キャラが登場です!



第十一話 八咫烏と中二病の伊達娘

 

宗秀たち再興軍が堺を拠点に行動し始めて約四ヶ月、潤沢な軍資金と尼子家の遺児の挙兵という大義名分の効果もあり、一文無しの裸一貫だった再興軍の戦力は大幅に増強されていた。

その中には牛尾兵庫介や赤穴五郎左衛門といった滅ぼされたはずの新宮党の生き残りや同じく尼子家の再興を志す者たちも勝久率いる再興軍に加わったのだ。

そんなある日のこと、勝久は宗秀や鹿之助たちを屋敷の一室に集め会合を行っていた。

 

 

・堺 本阿弥光悦の屋敷 屋敷の一室

 

 

「姫様!それは誠ですかっ!?」

 

「はい!久綱、皆に解説をお願いします」

 

「ははっ、牛尾殿や赤穴殿率いる元新宮党の戦力に加え、姫様の挙兵を聞き駆けつけてくれた同志たちと鹿之助の集めた手練れの傭兵や浪人たち…これらをすべて合わせると現在の我々の兵力はおよそ三千だ」

 

「三千か…よく数ヶ月でここまで集まったな」

 

勝久の号令があればいつでもその旗本に馳せ参じる手筈になっていた。しかもその三千の兵の大半は素人ではなく戦闘経験のある者や戦い慣れている歴戦の兵士が多かったのだ。

 

「武具、兵糧に関しても問題無い。宗秀が手に入れた軍資金もあって三千人分の武具を調達することができたぞ。兵糧についても約半年分の量を宗久殿が用意してくださった。後、二月ほどで準備が整う予定になっている」

 

「それに久綱に話によれば、まだ軍資金には余裕があるのです」

 

「ええっ!?あれだけ武具と兵糧を買ってもまだ軍資金が余っているのですか!」

 

もちろん三千人分の武具と半年分の兵糧を揃えるために支払った金額は軍資金をほとんど使いきってしまうほどの値段だったのだが、宗久が特別に割引をしてくれたそうで予定よりも少し安く、軍備を手に入れることができたのだ。

久綱の話によれば六万貫あった再興軍の軍資金の残金は残り一万五貫だそうだ。

 

「あれだけ使ってもまだ一万五千貫もあるのか」

 

「うむ、これもすべてお主の手柄だ。お主のおかげで軍備を整え、兵も集めることができたのだ。感謝するぞ」

 

「宗秀、私からもお礼を言わせてください。本当にありがとうございます!」

 

「私にも言わせてくれ。ありがとう!やはりお前はすごいな!さすがは未来から来た男だ!」

 

勝久や鹿之助とその場にいた再興軍の者たち全員が宗秀に感謝の言葉を伝える。それを聞いた当の宗秀は照れくさいのか苦笑いをしながら頭を掻いていた。再興軍がこれほど早く軍備を揃えることができたのは宗秀が手に入れた軍資金あったからだ。

 

「気にしないでくれ、それより、残った軍資金はどうする?」

 

「本題はここからだ。実はこの残りの軍資金をどう用いるか

皆で話し合いたい。意見があれば遠慮なく言ってくれ」

 

一万五千貫という大金があれば様々な使い道があるのだが、この余剰金をどう使うのか、再興軍全員で考えることになった。

 

意見は様々であり勝久の"もしもの時に備えて備蓄するべき"という意見や、鹿之助の"軍馬を揃え強力な騎馬隊を編成するべきだ!"という意見もあった。他の者からも様々な意見が出るのだがそんな中、宗秀は一つ疑問に思っていた。

それは誰かがきっと言うだろうと考えていたのだが誰もそれを口に出さないので思わず宗秀は口を開いた。

 

「…なあ、"鉄砲"を揃えるのはどうだ?」

 

そう、何故"鉄砲"が話題に出ないのか?宗秀は疑問に思えてならなかったのだ。現代人である宗秀は戦国時代と聞いて何を最初にイメージするのか、彼が脳裏に浮かぶのは"織田信長"や"南蛮貿易"…そして鉄砲なのだ。

鉄砲と言えば日本の戦国時代の戦争に革命をもたらす重要な物であることは現代人なら誰でも知っている。しかし宗秀のその一言に一同はなんとも言えないような難しい表情をしている。

 

「…あんな物が役に立つのか?」

 

「う~ん…鉄砲ですか…」

 

「宗秀、言いにくいのだが鉄砲など使い物にならないぞ?」

 

「おいおい、何でみんなそんな嫌そうな顔するんだ?」

 

鉄砲に対していまいちな反応する勝久たちに宗秀の疑問に思ったが宗秀以外の者が微妙な反応をするのにはちゃんとした理由があった。鉄砲の威力と重要性は理解しているが実は戦国時代の鉄砲には戦国時代の歴史に疎い彼では分らなかった致命的な欠点があったのだ。

 

その欠点はというと…

 

「えっと…鉄砲ってすごく高いですよ?」

 

「まあ、鉄砲だし仕方ないよな。いくらなんだ?」

 

「一丁、四千貫だぞ?」

 

「………は?」

 

鉄砲はまだ日本に伝わって年月が浅く国内での生産もまったく追い付いていない状況だったのだ。つまり鉄砲は非常に高価で入手しづらい貴重な物なのだ。

 

「そ、そんなに高いのか…」

 

「それに使用するには弾薬に加えて"硝石"という火薬が必要になりますし、これもすごく貴重でなかなか手に入らないのです。全部集めようと思ったらとんでもない金額になってしまいます…」

 

「…すまん、俺が考えが甘かった」

 

「確かに威力は大したものだが戦でまともに使えるとは思えん」

 

勝久たちの意見が当時の一般的な鉄砲に対する評価なのだ。これにはさすがに宗秀も諦めて引き下がることしかできなかった。しかし鉄砲の強さはこの中で一番よく知っている、いつになるか分からないが必ず鉄砲を用いて自分たちの戦をより有利にしたいと宗秀は内心思っていた。

 

そして話し合いの結果、勝久の提案した意見で方針が決まり、万が一に備えて残りの軍資金はひとまず屋敷の倉に備蓄することになったのだ。

 

 

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・数週間後

 

その後、軍備を整えた再興軍は好機の到来をじっと待っていた。数ヶ月で三千の戦力を集めることに成功したが、だからと言ってすぐに挙兵できる状況ではない。

蛍が手に入れた中国地方の情報によれば現在、毛利家によって中国地方は完全に掌握されており、尼子家に味方していた豪族や国人衆の大半は鎮圧され毛利家による支配体制が少しずつ整えられているそうだ。さすがは謀神と畏怖される毛利元就だけあって行動が恐ろしく素早い。

 

しかし、中には良い情報もあった。

それはあの毛利元就の病が悪化しそれから危篤状態に陥っていることと、九州の博多を巡って大友家と毛利家の外交関係が不穏な空気になっていることだ。

もちろん再興軍にとってこれほどの好機はない、このまま元就が死に毛利と大友が戦を始めてくれれば挙兵する絶好の機会だ。こうした情勢もあり再興軍は、はやる気持ちを抑えてしばらく戦機をじっと待っていた。

 

それから数週間経ったある日のこと、光悦の提案で宗秀が二次イラストを描いてる瞬間をファンに見せてあげたいということで屋敷の大広間を解放し宗秀の絵に興味があるファンや民衆たちを屋敷に招き入れた体験会を開催したのだ。

しかし、予想していた以上にファンの人数が多く光悦の屋敷の門前は瞬く間に人で埋め尽くされ、屋敷周辺はちょっとしたお祭り騒ぎになっていた。

 

 

・本阿弥光悦の屋敷 光悦の部屋

 

 

「ええわ!ええわ!これで師匠の人気は鰻登り間違いなしや!」

 

「…おいおい、ちょっとやりすぎじゃないか?」

 

「さあ!師匠!"いらすと"を天下に広めるまたとあらへん機会やで!うちと師匠の二人で日ノ本の芸術のてっぺんに立ちまひょ!」

 

「あのなぁ…」

 

光悦の宣伝の効果もあって宗秀は完全に天才芸術家の有名人として堺の人々に認知されるようになっていた。幸いなことにこれだけ人気になっても今のところ裏で尼子家再興を手伝う協力者だという秘密は未だにばれていない。

 

「さあ!いきまひょ師匠!ふぁんのみんながうち達を待っとるわ!師匠の神技をみんなに見せたって!」

 

(はぁ〜…こうなったら腹をくくるか)

 

予期せぬ事態だが自分が描いた絵を多くの人々に気にいってもらえるのは悪い気分ではない。ならば皆に満足してもらえるような楽しく有意義な時間にしようと宗秀は改めて意気込んでいた。

その後、光悦に引っ張られながら宗秀はファンの皆が待つ大広間へと向かう。そして大広間の前に来ると襖をそっと開けて二人は室内に足を踏み入れる。

 

「みんな~お待たせ!こちらがうちの師匠、清河宗秀はんよ!今日はこないに集まってくれて嬉しいわぁ!楽しい時間にしまひょ!」

 

二人が入室すると同時に大広間は大歓喜の嵐に包まれる。部屋の中央を開ける形でファンたちが座わっており年齢層は若い者が多かったが中には子供や中年の人なども居た。

二人はファンたちに通されながら部屋の中央へ移動し用意されていた座布団の上に腰を下ろした。

 

「みんな、忙しい中わざわざ集まってくれてありがとう。こんなに俺の絵に興味を持ってくれる人がいて嬉しい、今日は楽しく有意義な時間にしたい。しっかり楽しんでいってくれ」

 

「「「おおっ~!!」」」

 

早速、宗秀は用意されていた机の上に紙を設置しイラストを描く準備をする。今や天才芸術家と謳われる彼の業がどんな物なのか…ファンたちが固唾を呑んで見守っている。もちろんだがこんな大勢の人たちに見られながら張り詰めた空気で絵を描くのは容易ではない。空気をリラックスさせるために宗秀は笑顔でファンたちに声をかけた。

 

「…みんな、そんなに固くならなくていい、描いてる場面が見たかったらもっと近くで見てもいいぞ。質問があったら遠慮なく言ってくれ」

 

当初はファンの皆も戸惑っていたが堺の町で知り合った顔見知りの子供たちが遠慮なく宗秀の側に行ったことを皮切りに他の人達も近くに寄り始めた。

 

「清河のお兄ちゃん!今日は何描くの~?」

 

「う~ん…そうだな、描いて欲しい物はあるか?」

 

「あ!じゃあ可愛い女の子を描いてよ!」

 

「よし、分かった。ちょっと待ってろ」

 

子供の要望に答え、宗秀はすらすらと鉛筆を走らせてイラストを描く。絵を進める度に周りから驚きや感心の声が上がる。瞬く間にラフイラストを描き上げた宗秀は子供にその絵を見せる。ご要望通り和風な着物を着た可愛らしい少女のイラストだ。

 

「ほら、出来たぞ」

 

「すご~いっ!!可愛い!」

 

「よかったらお嬢ちゃんにやるよ」

 

「ほんとっ!?お兄ちゃん、ありがとう!」

 

子供は嬉しそうにイラストを受け取りそのイラストを眺めていた。すると今度は別のファンからの要望があり今度は"格好いい侍"を描いてほしいという声があった。宗秀は笑顔で引き受け、再び鉛筆を走らす。これを機に場の空気が一変し見学していたファンたちからリクエストや質問の嵐が巻き起こる。

その後、時間はあっという間に過ぎいつの間にか半日が終わっていた。

 

「清河先生!ここはどうやって描いているのです?」

 

「ああ、そこは複数の線を描いて表現しているんだ。こうすると後ろに影が付いてるように見えるだろ?」

 

「おお!本当だ…!」

 

室内の盛り上がりは最高潮に達しており誰もが笑顔で楽しんでいる。彼らの喜ぶ姿を見て宗秀と光悦はこの体験会を開いて本当によかったと思っていた。しかし、その体験会もそろそろ終わりの時を迎えようとしていた時だった。

 

「お、おい!我も描いて欲しい絵があるぞ!」

 

「…ん?君は」

 

「あら?珍しいお客はんやな」

 

宗秀の前に現れたのは金髪の少女で服装は南蛮渡来のフードの付いた黒と金を基準にした外套で身にまとっていた。特に特徴的だったのは彼女の左目に付いている独特な紋章の眼帯だ。

そんな珍妙な格好した少女が目を輝かせながら宗秀を見ていた。

 

「ククク、清河と言ったな。なかなか見事な絵を描くではないか、その腕を見込んで我が命ずる!これから我の言う物を描いて見せよ!」

 

「へぇ、金髪の女の子とは珍しいな。どこから来たんだ?よしよし」

 

「こ、こら!我の頭を撫でるな!無礼だぞ!」

 

「ははっ、元気のいい奴だな」

 

撫でられて少し照れながら怒る少女を宗秀は笑いながらからかう。すると少女は宗秀を指差しながらカン高い声リクエストを言い放った。

 

『ククク、この魔王が貴様に命ずる!魔界に生息する伝説の禍々しい魔龍を描くのだ!!』

 

少女は眼帯を抑えて格好をつけながらリクエストを伝える。しかし何を言っているのか理解できない光悦や周りのファンたちは黙り込んで首を傾げていた。場の空気が一瞬で冷め切り静粛で室内が包まれている。

だが、この少女の意味不明なリクエストを理解した者が一人いた。

 

「…要するにドラゴンを描いて欲しいのか?いいぜ」

 

「…え!?ほ、本当に描いてくれるのか!?」

 

「し、師匠っ!?今の説明で分かったん?」

 

「まあな、で?どんなドラゴンがお好みだ?魔龍って言ってたから黒龍とかがいいのか?」

 

「う、うむ!それでいい!描いてみせよ!」

 

宗秀は少女のリクエストに答えてすらすらと鉛筆を走らせて黒いドラゴンを描き上げていく。彼女の珍妙なリクエストを理解できたのはファンタジーや二次元などの発想に慣れ親しんだ現代人だったからこそだ。

鉛筆を走らせる度に少女が興奮し喜びの声をあげる。

 

「こんな感じか。後は周りに稲妻を描いて……ほら、出来上がりだ」

 

描き上げたのはリクエスト通り全身が黒く身体中に複雑な紋様が入った黒龍だ。禍々しさを再現するために龍の周りに稲妻を描いている。

完成の宣言と共に少女を始めとして周りのファンたちからも歓声の声が響き渡る。

 

「おおっ~!!か、かっこいいっ!!すごいにょだ!!」

 

「気にいったか?ほら、君にやるよ」

 

「も、貰ってもいいのか!?」

 

宗秀から絵を受け取った少女は絵を何度も見て嬉しそうにはしゃいでいた。ここまで喜んでもらえると描いたこちらも嬉しい気分になってくる。

 

「もっと描いてほしいにょだ!次は悪魔を頼む!」

 

「ははっ、そう急かすな」

 

目を輝かせながら少女はまじまじと宗秀が絵を描く姿を見ている。その後、少女のリクエストに答えて何度も絵を描いている内に残り時間はあっという間に過ぎ、いつしか体験会は終了しファンたちも満足して帰っていった。

 

「ふぅ〜…終わったか、さすがに疲れたな」

 

「師匠、お疲れやす!今日の体験会は大成功やね!」

 

「…まあ、皆が楽しんでくれたならいいか」

 

無事に体験会を終え、二人はホッと胸を撫で下ろす。しかしあの金髪の少女だけは帰らずに一人だけ残っていた。

 

「ククク、見事だ!貴様の絵、気に入ったぞ!その腕を認め貴様を我の配下にしてやるにょだ!喜べ!フハハハハ!」

 

「…お嬢ちゃんまだいたん?おとんとおかんに怒られても知らへんよ?早う帰ったらええよ?」

 

「悪いな、今日はもうお開きだ」

 

子供の冗談だと思った二人は笑いながら少女の言葉を聞き流していたが、一方の少女は意外にも真剣のようで宗秀の着物の袖を引っ張って駄々をこね始めた。

 

「イヤだ~!!我と共に奥州に来るのだ~!!」

 

「ん?奥州?じゃあ、お前は日本人なのか?」

 

「ククク、その通りだ!我こそは破壊の大魔王、"黙示録のびぃすと"梵天丸だ!」

 

「……何言うてるのかさっぱり分からへんわ。ほんまにけったいなお嬢ちゃんやな」

 

(あ~…これはいわゆる"中二病"か、というか戦国時代にも中二病患者がいたんだな)

 

中二病の少女、梵天丸は意地でも宗秀を連れて行きたいのか屋敷から帰ろうとしない。聞けば梵天丸は最近、堺に建てられた南蛮寺に居候しているそうで偶然にもその南蛮寺は光悦の屋敷のすぐ近くにあるそうだ。

しかし当の宗秀はどうにも府に落ちない点があった。

 

「そもそも何で俺を連れて行きたいんだ?そんなに絵が気に入ったのか?」

 

「…そうではない、清河は我の言葉を理解してくれたし我のことを魔物だと恐れぬ。それに発想も極めて豊かだ!我の知恵と貴様の発想があれば奥州を平定し天下を狙えると思ったのだ!」

 

(子供なのにそんな事まで考えているのか、ただの子供じゃなさそうだな)

 

見たところ勝久よりも幼い子供であるにも関わらず、そんな点に着目している時点でただ者ではない。この梵天丸という少女も別の意味で光悦と同じ天性の才を秘めているのだろう。

 

「もっと…もっと清河と話がしたい!!お願いだ…!」

 

恐らくこれが彼女の本音だろう。

この梵天丸という少女はこの珍しい外見とその性格が影響で心の許せる友人や自分の居場所が無かったのではないのだろうか?思えば宗秀の絵を見ている彼女の姿は楽しくてはしゃぐ子供そのものだった。きっと遊ぶことも許されず寂しい思いをしていたのではないかと宗秀は思っていた。

 

「悪いな、先約があるんだ。お前と一緒に奥州には行けない」

 

「そ、そんにゃあ!?」

 

「でも、話ならいくらでも付き合うぞ。いつでも屋敷に遊びに来るといい」

 

「ちょちょっ!?し、師匠っ~!?」

 

「ほ、本当かっ!?」

 

「ああ、待ってるぜ」

 

その後、納得した梵天丸は嬉しそうに帰っていった。その日から毎日のように梵天丸が屋敷に遊びに来るようになり、屋敷内は騒がしさと賑やかさでさらに溢れるようになった。

 

 

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・数日後 宗秀の部屋

 

それから数日後のこと。

宗秀は貸してもらっている屋敷の自室で一人、物思いにふけっていた。腕を組み難しい表情で彼が何を悩んでいるのかというと…

 

(どうすれば鉄砲をうまく集められるか…)

 

そう、宗秀は戦で鉄砲を用いることをまだ諦めていなかったのだ。戦国時代の戦に革命をもたらしたこの武器を用いない手はないと宗秀は強く思っていた。あの戦国最強と謳われた武田騎馬軍団ですら鉄砲の前に成す術もなく破れ去ったほどだ。

 

(…駄目だな、どう考えても予算が足りない。それに手に入る数も程度が知れている)

 

例え鉄砲を入手できたとしても数十丁程度では久綱や鹿之助の言うとおり大した戦力にはならないだろう。さらに戦国時代の鉄砲の精度は恐ろしいほど低く、訓練しなければまともに扱うどころか発砲することも難しいのだ。

 

「…悔しいが今の俺たちではどうにもできないのか」

 

「清河!難しい顔して何を悩んでいるのだ?」

 

「ああ、ちょっと考え事をしていたんだ。気にしなくていい」

 

「にゃ?そうか。それよりも清河!今日も未来の世界の事を聞かせて欲しいにょだ!」

 

「ほいほい、それじゃ今日は何を話そうか」

 

梵天丸は宗秀が未来から来た人物だと言うことを既に知っており、それを信じていたのだ。ちなみに宗秀が自身で話したわけではなく、光悦が勝手に自慢話も含めて宗秀の情報を話してしまったのだ。

 

「そう言えば、お前は俺のことをあっさりと信じてくれたよな?理由を聞いてもいいか?」

 

「ククク、決まっている。貴様のあの生きているような素晴らしい絵はこの時代の人間が描ける物ではない。それに我の考えを理解できる…これが未来人でなくて何だと言うにょだ!」

 

「そ、そうか…ありがとよ」

 

(そうは言うが、俺もこいつの考えていることなんてほとんど分からないんだがな…)

 

いわゆる中二病患者である梵天丸は平時から意味不明な台詞を言い放つ癖があるのだ。特に"ヨハネの黙示録"にかなりハマっているようで、ちょくちょくそれに関連するキーワードを織り交ぜながら喋っていた。

だが、たまに梵天丸の言葉に合わせて宗秀も中二病ぽい言葉を返して遊んでやることもあり、その時はとても喜んでおおはしゃぎするのだ。

 

「ククク、未来にはカッコいい台詞がたくさんあるにょだな、もっと我に教えるのだ!覚えて小十郎や愛(めご)に自慢してくれようぞ!フハハハハ!」

 

「……」

 

そんな梵天丸を見ていた宗秀はふと思いついた。変人ではあるが彼女は時折、万人を唸らせるアイデアや発想を口にすることがあるのだ。何か良いヒントが得られるかもしれないと考えた宗秀は梵天丸に聞いてみる。

 

「なあ、梵天丸。少し聞いてもいいか?」

 

「にゃ?何だ清河、カッコいい決め台詞でも思いついたのか?」

 

「そうじゃない、例えばの話だが…鉄砲を大量に集めようと思ったらお前ならどうする?」

 

「鉄砲?」

 

「ああ、鉄砲がとんでもなく高いのは知ってるよな?だがどうしても数百丁ぐらい手に入れたい。そんな時、どうしたらいいと思う?」

 

「フハハハハ!答えは簡単だ!そんなの無理に決まっているではにゃいか!!…大量の銭があれば話は別だと思うが」

 

梵天丸でもそれ以外の考えは浮かばないようだ。やはり鉄砲は諦めるしかないと宗秀が決意を固めようとしていたその時、梵天丸があることを口にした。

 

「そうだ!買うのが駄目なら貸してもらえばいいにょだ!そうすれば安上がりだぞ!」

 

「おいおい、貸してもらうなんてできるわけ……いや、そうか!その手があったか!!」

 

万策尽きたと諦めていた宗秀の脳裏にある考えが浮かんだ。梵天丸の口にした"貸してもらう"がヒントとなり宗秀はある妙案を思いついていた。

思わず宗秀は梵天丸の頭をわしゃわしゃと撫でる。

 

「梵天丸、さすがだな!お前なら本当に奥州の覇者になれるかもしれないぞ」

 

「へ?ええ?ふ、フハハハハ!当然だ、この大魔王にかかればこの程度の知恵など容易いにょだ!」

 

誉められて喜ぶ梵天丸をよそに宗秀は早速、くノ一の蛍の名前を呼びながら手で合図を送る。すると蛍は音もなく一瞬で宗秀の前に現れ、その場にひざまずく。

 

「…殿…お仕事?」

 

「ああ、蛍。ちょっと調べて欲しいことがある」

 

「…うん…何を調べればいいの?」

 

「畿内とその周辺諸国を調べて、鉄砲を用いる傭兵集団がいないか調査してくれないか?」

 

「…分かった…あたしに任せて」

 

すると蛍は再び音もなくその場から姿を消した。

梵天丸の言った"貸してもらう"というキーワードをヒントに宗秀が導き出した答えはこうだ。"鉄砲が買えないのなら、鉄砲を専門とする傭兵を雇えばいい"という結論にたどり着いたのだ。この方法なら一丁の鉄砲に大金を注ぎ込む必要がない上に鉄砲を専門としているのなら扱いにも長けているはずだ。

 

(…思いついたのはいいが、そう簡単に鉄砲専門の傭兵軍団なんているか?)

 

最初に聞いたとおり鉄砲は日本に伝来してまだ月日が浅く、生産性も戦への影響力も少ないこの時期にそんな都合のいい傭兵部隊が存在するのだろうか?と疑問に思っていた。

 

しかし、そんな宗秀の不安は四日後に打ち消されることになる。

 

 

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・四日後 宗秀の部屋

 

 

「…殿…お待たせ…戻ったよ」

 

「お疲れさん、それでどうだ?何か分かったか?」

 

「…うん…いい情報が手に入った…」

 

あれから四日後、蛍の帰りを待っていた宗秀はさっそく彼女が持ち帰った情報を聞く。

 

「…調査してみたけど、どうやら紀伊国に"雑賀衆"って言う鉄砲を専門にした傭兵集団がいるみたい…」

 

「驚いたな…本当にいたのか」

 

「…紀州は鍛冶が盛んな土地、日本で鉄砲の生産が高い技術で大きく進んでる…それに海にも面しているから貿易による利益もあって硝石と火薬も多く手に入る…」

 

蛍が調査した情報によれば、雑賀衆は紀伊国北西部の地侍たちによって治められた五つの地域がそれぞれ同盟を結び、それら連合軍が雑賀衆と呼ばれているわけだ。鉄砲が日本に伝来すると雑賀衆はいち早く鉄砲に目をつけ、優秀な砲手を育成すると共に鉄砲を用いた戦術を考案する強力な傭兵集団になったのだ。

 

「…頭領の名は『雑賀孫一』…本名は鈴木重秀…豪放磊落で自由奔放な姫武将だけど鉄砲の達人でその腕前は神業とも言われてる…」

 

「雑賀孫一か…彼女の力を借りられば心強いな」

 

「…雑賀衆は傭兵集団…銭さえあれば雇うのは簡単…でも傭兵なんて信用できない…いざという時に役に立たないから」

 

蛍が危惧するのも当然のことだ。当たり前だが銭で雇う以上契約者に対する忠誠心は無いに等しく、状況によってあっさり逃亡したり敵に寝返ってしまう危険も考えられるのだ。

 

「…その孫一と話がしたい。蛍、続けて悪いがこの文を孫一に届けれるか?」

 

「…いいけど…会ってどうするの?」

 

「信用できる人物なのか確かめたい、頼めるか?」

 

「……殿がそう言うなら…でも注意してね…傭兵なんて簡単に信用しちゃ駄目だよ?」

 

蛍は宗秀からの手紙を懐にとんぼ返りで再び紀州へ向かった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

・翌日 宗秀の部屋

 

 

「……殿、手紙…渡したよ」

 

「お、おう。ご苦労だったな」

 

「…変なのも一緒に付いて来たけど…」

 

「なんやなんや!うちに会いたいちゅうからわざわざ来たったのに」

 

なんと蛍と一緒にいたのは雑賀孫一こと鈴木重秀その人だった。手紙を受け取って内容を確認した孫一は二つ返事でそれを承諾し「ええよ!今すぐ会いに行ったるわ!」と蛍に無理矢理付いて来てたのだ。

 

そんな彼女の身なりはというと、黒髪の一本結びで鳥を型どった髪飾りで髪を留めている。妙に露出度の高い着物の上に軽装の鎧を身に付け首元には黒いマフラーが巻かれていた。そして片腕に担いでいるのは愛銃である大型の種子島銃「八咫烏」だ。

 

「蛍、ありがとな。ゆっくり休んでくれ」

 

「…うん…また任務があればいつでも言ってね」

 

 

そう言うと蛍はその場から姿を消した。

早速、本題に入ろうとするが一方の孫一は宗秀をまじまじと見つめていた。

 

「さて、早速本話に入るか。まずは自己紹介だ。俺は清河宗秀、君が雑賀孫一だな?」

 

「…ふ~ん」

 

「ん?何だ、俺の顔に何かついてるか?」

 

「へぇ…あんたが清河宗秀はんか、なかなかええ男やなぁ」

 

「俺のことを知ってるのか?」

 

「もちろんや!清河宗秀と言えば今、堺で有名な天才芸術家やろ?それに、男前って噂も聞いとったけど…噂以上やで」

 

宗秀に興味津々なのか孫一はまるで品定めでもするかのようにじっと観察し続ける。そんな彼女に戸惑いながらも宗秀は本題に入るために話題を切り出した。

 

「今日はわざわざ来てくれてありがとう。早速だが君に依頼したいことが…」

 

「ああ、話ならあんたの忍びから全部聞いとる。うちら雑賀衆を雇いたいって話やろ?」

 

「そうか、なら話は早いな。是非、君たち雑賀衆の力を借りたい、報酬は相応の額を支払う」

 

「…悪いけど、お断りや」

 

なんと孫一からの返答は拒否だった。

もちろん孫一がこの依頼を断るのはれっきとした理由があった。

 

「あんたら、数千の兵であの毛利家と一戦交えるつもりなんやろ?確かにうちらは銭さえ貰えればどんな戦場にも行ったるけど、勝ち目の無い戦に参加するほどうちは馬鹿やない」

 

「……」

 

「うちから見ても勝算なんて無いに等しいで、ほんまにやる気なんか?」

 

孫一は鉄砲の名手だけでなく戦術や指揮能力も優れている。その彼女がここまで言うのなら間違いないだろう。しかし勝算が極めて低いことなど最初から理解している。それでも宗秀はめげずに孫一に提案する。

 

「ああ、勝ち目が無いなんて百も承知だ。だが、やってみなきゃ分からないだろ?」

 

「大した根性やけど、あんたのそれは勇気じゃなくて無謀や。時には潔く諦めるのも大事やで?」

 

「可能性が零じゃないなら俺は最後まで諦めない、微かにでも勝算があるなら俺は戦う」

 

「…宗秀はん、あんたはなんでそこまでするん?主君の為?それとも忠義の為なん?」

 

「ただの恩返しさ、尼子家の皆が助けてくれなかったら俺は今頃どこかで野垂れ死んでいたはずだ。何よりほっとけなかったしな。俺は家臣じゃないが、少しでも皆の力になれればと思って一緒にいる」

 

「…はあぁ!?じゃあ、あんたは尼子家の家臣ちゃうの?」

 

「まあ、協力者みたいな感じだな。それに総大将の勝久はまだ幼い、誰かが側にいて支えてやらなきゃならない」

 

(たったそれだけの理由でここまでするんか!?この乱世にこんなお人好しがおったなんて…)

 

恩返しの為とは言え、自身の命を賭けてまでこんな無謀な戦に協力するなどお人好しを通り越してただの馬鹿だと孫一は思った。しかし、この宗秀という男は本気だ。彼の言うとおり僅かな勝算に賭けて尼子家を勝利に導こうとしている。

自身の損得を考えず、ただ恩を返す為にだけに戦う…この男の姿を愚かだと思う一方で勇ましいと孫一は感じていた。

 

「…頼む!君たちの力を貸してくれ!ならこうしないか?報酬はもちろん払う。でも、いざという時は自分たちの安全を第一に考えてくれ。不利になった時は俺たちのことは気にせずに全力で逃げてくれて構わない」

 

「…ふふ、あっはははは!!」

 

「な、何だ?何かおかしなことを言ったか?」

 

「宗秀はん、あんたは面白い御仁やな。気に入ったで!…最後にもう一つ聞かせてや、あんたはその生き方に悔いはあらへんの?」

 

「後悔なんて無いさ、俺は馬鹿だから生き方を変えるなんて器用なことは出来ないからな、たとえ戦場で死ぬことになっても悔いは無い」

 

恐らくこの男の信念は死ぬまで変わらない。彼の眼を見ればそれが偽りで無いことが分かる。そんな彼の覚悟を見せられた孫一もまた一つ決断した。

 

「よっしゃあ!!うちも決めたで!」

 

「うおっ!?な、何だよ」

 

「協力したるわ!!雑賀鉄砲軍団の力、あんたに貸したるで!!」

 

ドッキュウウン!!と孫一が天井に向けて急に愛銃の八咫烏を発砲する。いきなり発砲するなどさすがに宗秀も驚愕したが孫一が撃ったのは空砲だったようだ。特に二人の部屋の天井で待機していた蛍は驚きようは尋常ではなかった。

 

「ほ、本当か…!」

 

「おう!うちらが味方するんや!勝利は間違い無しやで!」

 

なんと孫一が依頼を承諾したのだ。

宗秀の強き信念と覚悟が彼女の心を動かしたのだ。ちなみに先ほどの会話で何が彼女を動かしたのか全く分からない宗秀はきょとんとしていた。しかし雑賀衆を雇うにあたって孫一から条件があった。

 

「…ただし!条件があるで!一つは報酬をきっちりうちらに払うこと、二つ目はうちら雑賀衆は尼子家じゃなくて宗秀はん…あんたに協力する!せやからあんたの命令しか聞かん!」

 

「あ、ありがとう!恩に着るぜ。でも、何で急に協力する気になったんだ?」

 

「決まってるやろ!うちはええ男の味方やで!」

 

「そ、そうか…」

 

(ふふ…!ついに…ついにええ男に巡り会えたで!必ずあんたの心を射抜いたる!)

 

若干、孫一の視線に恐怖を感じたが何はともあれ雑賀衆を雇うことに成功した宗秀は早速、報酬について話を進めた。孫一は当初、宗秀たちにろくな装備や軍資金がないと見ていたのか報酬金額は大盤振る舞いの千貫ほどにしようと考えていたのだが、宗秀の口から驚きの金額が飛び出した。

 

「よし、じゃあ報酬は五千貫ってところでどうだ?」

 

「ええで!特別に千貫でええ……って、はあぁぁ!?ご、五千貫っ!?」

 

「ん?不満か?参ったな、苦労して何とか久綱や鹿之助から許可をもらったんだが、五千貫じゃ厳しいか?」

 

もちろん勝久の許可もすでに得ており、五千貫までなら好きに使っても良いと伝えられていたのだ。久綱と鹿之助の説得には骨が折れたが、宗秀の熱心な説得によって「お前がそこまで言うのなら…」と特別に承諾されたのだ。

 

「ほ、ホンマに五千貫も出してもらってええの!?」

 

「もちろんだ君の鉄砲の腕前は神業だと聞いてる、その力を是非俺たち貸してくれないか?」

 

「か、神業やなんて褒めるんがお上手やなぁ宗秀はん♪ますます気に入ったで!特別や!報酬は三千貫でええよ!」

 

「そ、そうか…これからよろしくな孫一」

 

こうして雑賀孫一率いる二百の雑賀衆が一時的に再興軍と行動を共にすることになったのだった。

再興軍が挙兵の準備を進める中、中国地方では毛利家と九州の大友家の対立が悪化し、一触即発の極めて危険な状況になっていた。そして、ある出来事をきっかけに九州にて新たな戦の火蓋が切られようとしていた。

 

 

 

 




再興軍が挙兵するまでもう少しですね…
早く戦のシーンが書きたいです!!
頑張ってがんがん書いていきますよ!!

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