七難八苦戦記   作:戦国のえいりあん

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第二話 危急存亡

 

 

 出雲の町で鹿之助に出会った後、宗秀は彼女の主君である尼子義久の居城月山富田城に案内されることになったのだが、この選択が宗秀にとって吉だったのか凶だったのかは分からない。

 

 宗秀が城に入って数日後、出雲に侵攻していた毛利家の大軍が月山富田城を包囲したのだ。毛利の侵攻は予想以上に早く何より前線で戦っていた尼子家の将兵がほとんどが戦わずして降伏していたことが原因であり極めつけには月山富田城の背後に位置し補給線であり日本海にも面している白鹿城も毛利傘下の村上水軍によって既に陥落していた。

 

 毛利軍は約三万に対して尼子軍は一万にも満たず士気も低かった。補給線も断たれ逃げ道も失った尼子家はまさに絶体絶命の危機を迎えていた。

 

・出雲 月山富田城内

 

 包囲されて数週間後、月山富田城内は重い空気と緊張に包まれていた。毛利軍の連日に渡る凄まじい攻撃により兵たちは疲弊し士気は下がる一方だった。鹿之助を初めとした将兵たちが必死に抵抗するもこのまま包囲が続けば陥落するのは時間の問題だった。

 

「叔父上、これでは城が落ちるのも時間の問題です」

 

「うむ…何か策を講じなければならぬな」

 

 鹿之助の隣にいる人物、彼の名は立原久綱。尼子家の家臣で主君である義久の近習頭を務める男だ。年齢は三十代前半で家中でもそれなりの発言力を持ちさらに山中鹿之助の叔父にあたる人物である。

 

(兵糧も残り少ないが、心配なのはそれだけではない)

 

 城内の兵糧が心許なくなる中、さらに追い討ちをかけるように状況が悪化し始めていた。誰が言い出したのか「城内に毛利に通じている者がいる…」とそんな噂が城内に流れ始めていた。

 

(これでは戦どころではない、どうすればよいのだ…)

 

 こんな状況をなんとかしようと当主、義久を初めとした重臣たちが必死に城内の混乱を沈めようと動いていたが、収拾は困難を極めていた。

 

「兵たちを激励し少しでも士気を高めねばならん、鹿之介よ城内を巡察するぞ」

 

「はい!叔父上」

 

 そういうと鹿之助と久綱は城内の見廻りを始めた。負傷し戦意を失っている者、意気消沈している者が大半を占めていたがそんな中、一人懸命に負傷兵の手当てをしている者がいた。

 

「鹿之助!久綱さん、敵は退いたのか?」

 

「宗秀殿?こんなところで何を?それにその姿は…」

 

 鹿之助が驚くのも無理はない、宗秀の衣服が血だらけになっていたからである。さらに足元には薬と大量の包帯が転がっていた。

 

「…俺にも何かできることがあればと思ってな」

 

 戦の経験が皆無な宗秀は非戦闘員として戦力外通告を受け城内の女子供たちと共に城内の奥で待機を命じられていたのだが何か戦っている鹿之助たちの役に立ちたいと無理を言って負傷兵の手当てを買って出たのだ。

 

「勝手なことをしてすまない、でも何か力になりたいんだ」

 

「…いや、助かる。お前には苦労をかけるな」

 

「別にいいさ、こんな状況なのに居候させてもらってるしな」

 

 前向きに振る舞ってはいるが実のところ宗秀も内心は不安でいっぱいだった。すでにこの戦いはほとんど詰みに近い状況であり戦の経験がない宗秀から見ても勝算などほぼ無いに等しいと。

 

「それより、これからどうするんだ?このままだと本当に落城は時間の問題だぞ?」

 

「うむ、実は宗秀。そのことでお主に聞きたいことがある」

 

「え?俺にか?」

 

「そうだ。未来から来たというお主の知恵を我らに貸してほしいのだ」

 

 実は久綱もまた未来から来たという宗秀に少し興味を持っていたのだ。最初は久綱も半信半疑だったがあの鹿之助が推挙するほどの人物と彼に一目置いていたのだ。こんな緊迫した状況で未来から人間というなんとも馬鹿らしい話を信じたいと思うほど事態は深刻なのだ。

 

「…期待を裏切って悪いが、何も考えはないんだ」

 

「…そうか」

 

 こんな男に期待して損をした…そんな顔をしながら久綱はため息混じりに言った。鹿之助も少し残念そうな表情をしており宗秀は申し訳ない気持ちと自分の無力さに心が張り裂けそうになった。

 

「…本当にすまん、ただ確実に言えるのは敵は今以上に激しい力攻めはしてこないと思うんだよな」

 

「なぜそう思うのだ?」

 

「包囲されてもう数日経ってるがこれまで大規模な城攻めは行われていない、毛利軍も力攻めじゃこの城を落とすのは難しいと思ってるはずだ」

 

 この数日間、包囲されてはいるものの小競り合いが起こる程度で両軍に激しい損害が起こるほどの戦闘はまだ行われていない。毛利軍もまた難攻不落と言われたこの月山富田城を警戒しているのだ。

 

「この城の防御力が機能している間に何か手を打てればいいんだがな…このまま城内の士気と戦意まで失ったら本当に負けだ」

 

「ふむ…」

 

 この男…戦の経験がない割にはなかなか鋭い所を見ておるな、と宗秀に感心していた。

 

「…先ほどはすまぬ。どんなことでもよい、お主の考えを聞かせてはくれぬか?」

 

「まあ、今できるのはただ勝機が見えるまで耐えるしかないと思うぞ。それも難しいとは思うけどな」

 

「うむ…兵の士気も低い上に兵糧も残り僅かだ。さらに将兵たちも疑心暗鬼になっておる。このままでは我らは内より崩れる」

 

「せめて兵糧だけでも何とかなればいいんだが…」

 

 とは言っても包囲されている上に補給路も断たれていては兵糧を調達する方法はない、誰がどう考えても手の打ちようがないのだ。

「とにかく、わしも何か策を考える。お主も何か良い考えがあれば教えてくれ」

 

 そう言うと久綱は足早にその場を去っていった。そんな宗秀に鹿之介は藁にもすがるような思いで懇願する。

 

「宗秀殿!未来人なら奇跡を起こしてください!例えば、天から兵糧を降らすとか…」

 

「そんなことできるか!というか、お前も血まみれじゃないか!?何処か怪我をしたのか?」

 

「あ、心配しないでください。これはすべて敵兵の血ですから」

 

「そ、そうか。怪我はしてないんだな?」

 

「はい!私の武勇の前では毛利など敵ではありません!」

 

(やっぱり、めちゃくちゃ強いよなあ鹿之介って)

 

 出会った時から只ならぬ雰囲気を放っていた彼女だったが、それは決して見せかけなどではなかった。尼子軍が籠城に耐えられていたのもこの鹿之助の武勇とその配下の尼子十勇士たちの活躍があったからだと言ってもよいだろう。さらに城内で遠慮せずに宗秀と話せる数少ない人物の一人でもあり、今では初対面の時よりも親しい間柄になっていた。

 

「ああ…戦が終わったら急にめまいが…」

 

「多分、疲れてるんだろ。今日はゆっくり休んだほうがいい」

 

 すると鹿之助の腹の虫が大きな音を立てた。普通なら恥ずかしがったりそれを否定したりする反応をするものだが鹿之助は違った。

 

「…お、お腹が空いてめまいが…はあはあ…七難八苦です」

 なんと恥ずかしがるどころか興奮して悶え始め、しかもどこか喜んでいるようにも見えた。

 

「あ!お前また飯を食わずに戦に行ったな!?あれだけちゃんと食べておけと言っただろ!」

 

「え?ちゃんと食べましたよ…?出陣する前に米粒が一つ入った汁を一杯…」

 

「そんなもん食べたうちに入るか!!…というか、お前わざと飯を食わないようにしてないか?」

 

「ぎくっ!…そ、そんなことありませんよ?決して空腹だった時の状態に快感を覚えてしまったから敢えて食べていないなんてことはありません!」

 

 この数日、宗秀が彼女と過ごしていて分かったことあった。それは彼女がかなりのマゾヒストだということだ。鹿之助が尼子家に仕えて間もない時、どんな苦難にも屈しないという覚悟を示すために月に『我に七難八苦を…』と祈ったのだが、本当に苦難が怒濤の如く降りかかるようになってしまったのだ。

 数々の苦難が原因であのような性格になったのかそれとも素なのかどうかは分からないが宗秀は後者のほうだと考えていた。

 

「はあ〜…強くて美人なのに、とんでもない変態だったとはなあ…」

 

「変態じゃありません!私がこうなってしまったのは月に七難八苦を願ったからです!…多分」

 

「普通の奴は空腹で興奮したりしないぞ。いいから、ちゃんと飯を食べるんだ。もし、戦ってる最中にぶっ倒れでもしたらどうする」

 

「わ、分かりました」

 

 しかし、こうして軽口をたたける相手がいてくれて嬉しいとも宗秀は思っていた。不安で押しつぶされそうなのに鹿之助と話すと不思議と気持ちが楽になるのだ。

 

「なあ、鹿之助?気を悪くしないで欲しいんだが…」

 

「はい?なんでしょうか?」

 

「この戦、勝てると思うか?」

 

「……」

 

 恐らく城内にいる誰もが思っていることだろう。このまま戦っても勝機など無いのではないか?宗秀もその一人で無駄な抵抗をするぐらいならいっそのこと降伏すればいいのではと心の内で思っていたが鹿之助は笑顔で答えた。

 

「心配ありません!!絶対勝てます!」

 

「…本気で言ってるのか?」

 

「はい!勝機は必ず訪れます。それまで耐えればきっと現状を打開できるはずです」

 

 鹿之助は自信満々に言い放った。いったいどこにそんな自信があるのかしかもまだ勝つつもりでいる。鹿之助はどんな苦難でも決して諦めることは無い。そんな彼女に勇気づけられた者たちも少なくなかった。

 

「…すごいよな鹿之助は、お前がいるから尼子家のみんなも戦えるんだろうな」

 

「いえ、私など叔父上や皆様に比べればまだまだです」

 

「そんなことないさ、お前はすごいよ」

 

 それに比べて自分はなんと無力で役に立たないのかと宗秀は情けない気持ちでいっぱいになった。五百年先の未来から来ておきながら自身にできるのは鹿之助や久綱が戦っているのを見守ることしかできないのだ。

 

「すまん…何の役にも立てなくて」

 

「いえ、そのお気持ちだけで充分です。私の方こそ申し訳ありません。あなたを無関係な戦に巻き込んでしまって…」

 

「それは気にしないでくれ、それより手伝えることがあったら何でも言ってくれ。俺もできる限りのことをやる」

 

「…分かりました。ですが、無理はしないでくださいね。」

 

「ああ、お前もな」

 

 久綱や鹿之助ら将士たちの奮戦もあってかろうじて持ち堪えている月山富田城だったが、この籠城戦がさらに過酷なものになるなど尼子軍はまだ知らなかった。

後の世で「第二次月山富田城合戦」と呼ばれるこの戦いの火蓋が切られようとしていた。

 




不定期更新ですが、頑張って書きます。
時間があったら挿絵などを入れてみたいと思ってます!
ちょっと難しいですけど…
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